もしも私が私じゃなかったら

私がもし鳥ならば

今すぐあの空に飛んだだろう


私がもし魚なら

今すぐあの海に飛び込んだろう


私がもし……もし……

私じゃなかったなら

私は何をしたのだろう



なにかになりたいと呟いて

君はそれに頷いてくれた


まるで愚痴だったけど

本気で鳥になりたかった


苦しい今から逃げたくて

何かを目指すのが嫌で


失敗も何も考えずにただ

あの空を羽ばたきたかった


私が赤い涙を流す時、

あなたはそっとハンカチを渡してくれた


私がもしも鳥だったら

こんな感情を抱いただろうか


翼じゃない温かな手の温もりが

あなたから私に伝わってくる


体も心も温めてくれる


冷たい風を切って飛ぶのもいいけれど

今はあなたの温もりを感じていたい


そう思えたんだ




逃げ出したいって願っても

あなたは私を逃がさなかった


あなたの掴む手はすごく痛くて

とても温かかった


『逃げちゃダメだ』って

抱きしめてくれたんだ


何故かわからないけれど

透明な涙がこぼれた


私が苦しいと嘆く時

あなたは暗闇を照らしてくれた


私がもしも魚だったら

こんな感情抱いただろうか


冬の海より冷たくなった

あなたの手を握り締め


あなたといるだけで暖かい


荒波に晒されるのもいいけれど

今はあなたの隣にいたい


そう思えたんだ




私をここに繋ぎとめた手は

いつの日か消えてしまった


あなたの声が聞こえなくなった

一人寂しかった


『愛してる』って

掠れた声で


最後に伝えてくれたんだ

笑顔か泣き顔か分からないような


あなたの顔にキスをした


閉じていく瞳に最後まで

私が映っていてほしいと願った


あなたが喋らなくなって

初めて感じたこの感情


『大好きだ』って言えなかった


『ずっと一緒にいたい』

その願いは叶わなかった


私がもしも鳥だったら

あなたを好きにならなかっただろう


私がもしも魚だったら

あなたを心に留められないだろう


私がもしも私じゃなかったら

こんなに辛い思いをしなくて済んだだろう


私はあなたを愛している


それは今もこれからも変わらない


でもそれはあなたを失った苦しみを

ずっと背負い続けるという決意


でも不思議なんだ


暴力を振るわれる苦しみも

見捨てられる悲しみにも慣れてるのに


あなたがいないことには慣れないの

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