第12話 本当のヒーロー!!

高度七百キロ――スペースシャトルが飛ぶほどの超高高度のその世界に、直径十キロを下らない超巨大隕石が浮かんでいました。ですが、大気圏を落下しているはずのその速度は不自然なほど遅いです。

その隕石の上まで飛んできた私は、腕を組んで地球を見下ろす悪役姿の少女――ブラスタの姿を見つけました。その前へ着地すると、彼女は満足そうに頷きます。

「来たか、母よ」

「もうこんなことはお止めなさい!」

光の球から有機生命体モジュールに戻った私はびしっと指を突きつけました。その姿にブラスタはまた満足そうに頷いて――ふと、不思議そうに首を傾げました。

「なぜ融合者を置いてきたのだ、母よ。それでは正義のヒーローにはなれない」

「これは私の撒いた種です。徹さんは関係ありません!」

「理解不能だ、母よ。これはアナタが望んだことだ」

「……っ!」

その言葉が心に突き刺さります。この星に来るまでは自分で認識すら出来なかったその痛みを必死に押し殺しながら、私はブラスタに答えました。

「そうですね……平和な街を襲う巨鋼獣も、それを打ち倒すことも。悪の宇宙人が現れて落下させる隕石を止めることも、地球を救う正義のヒーローとしては申し分ないシチュエーションです……ですが、その引き金を引いたのが自分なのは絶対に許せません!!」

そう、私は正義のヒーローになりたかった。ですが、そのために私がしたことは正義とは最もかけ離れた最低の行為でした。

正義のヒーローをしていた時は正直、凄く楽しかった。永遠にこの時が続けばいいと本気で願っていました。でも……もう駄目です。真実を知ってしまった今、それはきっと願うことさえ許されません。

「そうですよね、徹さん……」

唇を噛み締めながら、大切なその名前を呟きます。

見た目は怖くて、性格も結構怖くて。でも正義感に溢れていて、面倒見がよくて、料理がうまくて、色々言いながらも私と共に戦ってくれた最高のパートナー……ですが、もう一緒にはいられません。いる資格なんて無い。ならばせめて――。

「せめてこれは私が止めます……いいえ、止めなければいけないのです!!」

「不可能だ、母よ。その有機生命体モジュールでは我々には絶対に勝てない」

淡々とブラスタが指摘します。確かに、徹さんの傍にいるためだけに造ったこの有機生命体モジュールにはほとんど戦う力はありません。ですが、それでも……!

「戦います。これは私が撒いた種です。それに……私が憧れたヒーローたちは、どんなに勝てそうにない相手にだって敢然と立ち向かっていったのですから!!」

その言葉で自分を奮い立たせると、私は地面を蹴って飛び掛かりました。そして振り上げた右手に精一杯の力で空間を圧縮すると、ブラスタに向かって振り下ろします。

ですが――その拳はあっさりと受け止められました。そしてブラスタが腕を無造作に振るうと、私はあっけなく吹き飛ばされました。その勢いに受身すら取れず、何度も隕石の上をバウンドして大きな岩に叩きつけられます。

「かはっ!? けほっ、けほっ……くっ、ま、まだまだです!」

「無駄だ、母よ。同じ事を一万回反復しても我々は倒せない。諦めて融合者を呼ぶがいい」

「嫌です……駄目です、絶対に許しません! もう二度と徹さんは巻き込めません!! 私が……私が一人で終わらせなければならないんです!!」

体中に走る激痛を堪えながら私は立ち上がりました。

……さすが正義のヒーローたち。こんなにも辛くて苦しくて痛い事に耐えながら戦っていたなんて、やはり尊敬します。

「こうなったらこの隕石だけでも……!」

私は足元の隕石を睨み付けました。これだけでも破壊できれば、地球の人々も徹さんも助かります!

「一撃……必殺!!」

残るエネルギーを集めて圧縮空間を纏わせると、私は気合と共に拳を振り下ろしました。最初はただ名前を略しただけのダサい名前だと思っていましたが、慣れてくると案外そうでもありません。

ですが徹さん命名のその一撃は、隕石が自ら張った空間障壁によって弾き返されてしまいました。これはまさか――!?

「ディフェンスフィールド!?」

「気付いていなかったのか、母よ。彼らは我々だ」

その言葉に私はようやく気付きました。足元にある直径十キロの巨大な岩塊、それは私――超機生命体ブラスタの残り全てが擬態した姿だということに!!

「彼らは我々がいる限り全力でフィールドを形成し続ける。つまり、これを破壊するためには我々を倒さなければならないぞ、母よ。ラスボスとは必ず最後に立ちはだかるからこそラスボスなのだ」

ラスボスらしく胸を張って偉そうな姿でブラスタが語ります。これで表情も悪役らしくしてくれれば言うことは無いのですが。

「って、そんなことを考えている場合ではありません! 一撃で駄目なら何度でも!」

私は諦めずに何度も何度も拳を叩きつけました。フィールドからの反動で拳の皮が剥がれ、人と同じように造った血が飛び散って腕に激痛が走ります。ですが、それでも……っ!

「無駄だと言っている。それはアナタにも分かっているはずだ、母よ」

「だからなんだと言うのですか! この程度のピンチはヒーローのお約束です! ここから大逆転を決めてこそヒーローなんです!! そうですよね、徹さん!!」

――無意識に出ていたその叫びを聞いた瞬間、私は必死に頭を振りました。

ああもう……! 何を言ってるんですか、この馬鹿生命体! そんな弱い心だからこんなことになったんですよ! これは私がしでかしたことです。だから……だから絶対に徹さんを頼ってはいけないんです!!

「…………それで終わりか、母よ」

「いいえ、まだです……まだ諦めません!!」

何十回もの失敗の後、私は立ち上がりました。そしてふらつく身体を何とか支えると、ブラスタに向かって再び駆け出します。

「無謀な突撃はヒーローのお約束だが、それを許すほど我々は甘いラスボスではない」

そう言うとブラスタはその手から無数のエネルギー弾を放ちました。次々と巻き起こる爆発で有機生命体モジュールが傷だらけになっていきます。ですが、その痛みを堪えながら一直線に駆け抜けると、私は最後の爆発に紛れて彼女を飛び越え、そして後ろから羽交い絞めにしました。

「何をするつもりだ、母よ……?」

「こうするつもりです!」

不可解そうにブラスタが振り返った瞬間、私は宇宙空間で活動するために纏っていた薄いディフェンスフィールドを開放しました。それは彼女や足元の私たちが纏うディフェンスフィールドと接触すると、耳障りな音を立てて一気に空間を不安定にさせていきます。

「空間(くうかん)共振(きょうしん)……!? だが、なぜ我々のフィールドの空間固有振動数が!?」

「伊達に何度も殴っていたわけではありません!」

叫ぶ間にも共振が共振を呼び、捻じ曲がっていく空間の裂け目に触れた隕石が轟音を立てて削り取られていきます。

「くっ……母よ、このまま我々と共に消えるつもりか!?」

「その通りです! これならあなたも足元の私たちもまとめて破壊できます!!」

「自爆エンドというわけか……これはこれで美しいが……っ!」

ブラスタは必死にもがきますが、共振する彼女のディフェンスフィールドそのものが重石となって彼女と私を封じ込めます。このままあと数分もすれば空間と共に私たちも引き裂かれ、その残骸はどことも知れない異次元に落ちることでしょう。

「これで地球は守られます……これで……」

その時、私はふと眼下の地球を見つめました。空間が歪んでいるためその姿ははっきりとは見えませんが、それでも私はその姿を美しいと思いました。

「……さようなら、地球の皆さん……有紗さん、クラスの皆さん、先生――」

不意に地球で出会った人々の姿が思い浮かびます。私、一週間ぐらいしか地球にいませんでしたが、結構色々な人に出会っていたのですね。

有紗さん、クラスの皆さん、先生、店長、ついでに悪人とお付きの人。そして――。

「……さようなら、徹さん。あなたにお会いできて私は……本当に……っ」

また視界が歪みます。だけどそれは空間のせいではなく、私から溢れた涙によるもの。頬を伝って落ちたそれは、フィールドの外に出ると一瞬で蒸発しました。

……仕方ありませんよね。こんな大悪党にはきっと、小さな涙一つ残す資格も無い――。


「なに勝手に自己満足してんだ、お前は!!」


「はぅあ!? 非常に懐かしい感じのサイコヒットが!?」

拳骨で思いっきり殴られたような衝撃に思わず空間共振を解除すると、隕石に向かって見たことも無い飛行機が飛んできました。そのコクピットにはあの悪党とお付きの人、そして――。

「と、徹さん……!?」



「まだですわ竜ヶ崎徹さん! 今、速度をあわせて――」

「んなこと待ってられるか!!」

宇宙服の通信機から制止の声が聞こえるが、どう見てもブラスの様子がやばい。

俺はエアロックまで走ると、覚悟を決めてハッチを開放し――直後、巨大な掃除機に吸い込まれるように、俺は灼熱の大気圏へと放り出された。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「とっ……徹さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

生まれて始めての超高高度ダイブ。目の前が一瞬で赤くなったかと思うと、ブラスがこっちに向かって飛び出した。そしてその腕が俺を捕まえた瞬間、身体が見慣れたディフェンスフィールドに包まれる。

「なんて無茶するんですか! 私がいなかったらあっさりと蒸発してますよ!?」

そう叱りつけながら隕石に着地したブラスはもう一度俺の姿を確認して安堵の息を吐くと――きっ、とその顔を上げて叫んだ。

「どうして……どうして来たんですか!? もう少しで私の勝利だったんですよ! 放映終了の最終回だったんですよ!! 悪が……悪が全部まとめて滅びるハッピーエンドだったんですよ……っ!」

そう言うとブラスは、遂に堪え切れなくなったようにボロボロと涙を流した。その姿を見つめていた俺は……やがて微笑みを浮かべると、ブラスに語りかけた。

「そりゃすまなかったな。けどな、ブラス。俺はお前に大事な事を言わなきゃならねぇ」

「大事なこと……?」

「そうだ。だからよく聞いてくれ」

「は、はい」

「――――目を瞑って歯ぁ食いしばれ」

「はい! って、え? いったあああああああああああっ!?」

何かを期待するような顔で馬鹿正直に目を閉じた瞬間、俺はその白い頭目掛けて拳骨を振り下ろした。その人生最高の一撃にブラスが頭を押さえてごろごろと悶絶する。

「な、何をなさるんですか!?」

「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎!! お前こそ、なに勝手なことしてるんだよ!?」

「わ、私は自分が犯した大罪を清算しようと一人で……」

「何が大罪だ! そんなことで謝るなら、まず俺にしでかしたことを全部謝れ!!」

「えっ? 私、何かしましたか?」

さも意外そうな顔でブラスが首を傾げる。

ええい、何でヒーローごっこは謝れて俺の苦労は記憶にすら残ってねぇんだ!?

「大体な、お前は自分で責任を取るとか一人で戦うとか挙句の果てに勝手に自爆してハッピーエンドにするとか、やることがいちいち極端なんだよこの暴走生命体!!」

「私は超機生命体です! ですが、私は自分勝手なことで皆さんを……」

「お前の自分勝手は今更だろうが! それに過去に間違いを犯したヒーローなんて幾らでもいるだろ! お前はアイ●ンマンを否定する気か!?」

「そんなことはありません! 彼は永遠のヒーローです!! ですが……」

ごにょごにょと呟くとブラスはまた悲痛な顔で俯いた。ったく、本当に根っこだけは真面目だなこいつは。

俺はブラスの肩を掴んだ。そしてその顔を上げさせると、分厚い耐熱ガラス越しに見えるヒーローマニアの生命体に向かって叫ぶ。

「お前は、何になりたいんだよ」

「私が……なりたいもの……?」

「ああ、そうだ。このまま悲劇のヒロインになりたいのか? 地球を滅ぼす悪の親玉か? それとも馬鹿をやらかした宇宙人になりたいのか? いいや、違う。お前はそんなもんで満足なんか絶対にしねぇ」

戸惑うブラスが俺を見つめる。その蒼い瞳に浮かぶ迷いを全部払ってやるように――俺は俺の言葉を全力で叩きつけた。


「お前は――みんなを守る正義のヒーローになりたいんだろうが!!」


「――っ!? わ、私は……っ」

「そもそもな、悪い事をしたと思ってんならまずちゃんとみんなに謝れ、この馬鹿野郎」

唇を噛み締めて震えるその頭にもう一度拳を当てると、俺は息をつきながらこう付け足した。

「土下座ぐらいなら一緒にしてやるからよ」

「徹さん……」

呟いたブラスは一度俯くと、静かに肩を震わせてから――自分で顔を上げた。

そして涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして唇を震わせつつも、俺のパートナーは力いっぱいに叫んだ。

「私は……私は正義のヒーローになりたいです! こんな自分勝手をして誰にも認められなくても……それでもやっぱりヒーローになりたいです! あと学校にも通いたいですし、アニメももっと見たいですし、フィギュアだって飾ってません! それに……それに、一人ぼっちはもう嫌です!!」

「欲望全開だな。ま、最後だけは同意するけどよ」

ようやく素直に全部吐き出したブラスの白い頭を、俺はくしゃくしゃと撫でる。

「だったら、やることは自爆でも泣くことでも無いだろ」

「はい! 正義のヒーローは……悪を倒してその野望を打ち砕くんです!!」

ぐしぐしと涙を拭うと、ブラスはいつもの人懐っこい笑顔を見せた。そして新たな決意と共にブラスタを振り返る。

「いきますよ、徹さん!!」

「おう、あの悪役野郎をぶっ飛ばしてさっさと帰るぞ!!」

叫んだ俺はブラスが伸ばしたその手を掴んだ。そして心の中に浮かんだ言葉を――ブラスから伝わってくるその気持ちを、虚空に向かって高らかに叫ぶ。


『我らは有機にして勇気!! 無機にして無敵!! 二つの魂交わる時、ここに新たなる英雄が生まれる!! 叫べ、地球よ!! その名は超機英雄――ブラストール!!』


目の前で閃光が輝く。

そしてそれが晴れた時、俺は人も機械も超えた巨大な英雄ヒーローブラストールへと変身していた。

「……素晴らしい。素晴らしい復活劇だ、母よ」

そんな俺たちのやりとりを見つめていたブラスタは、どこか感動したように拍手を送った。

「やはり我々の行いは間違っていなかった。本当に素晴らしいぞ、母よ」

「うるせえよ、この悪役マニア」

その拍手を遮るように一歩踏み出すと、俺は鋼になった瞳でブラスタを睨み付ける。

「親子揃ってこんな壮大で滅茶苦茶で、しかも大迷惑な大馬鹿をやらかしやがって。俺がどんだけ周りに借りを作ったと思ってやがる……お前がブラスの肉親だって言うなら遠慮はしねぇ。泣いて土下座して心を入れ替えて誠心誠意謝るまで、たっぷりと姉貴直伝のお仕置きしてやるからな。今のうちに便所には行っておけよ、くっくっく……!」

『あの、正義の味方っぽくないことはなるべく控えていただけると……』

ブラスが脳内でちょっと引いてるが、そんなもんは無視だ。

正義は悪に容赦しない、相手が身内なら尚更だ。

「これで役者は揃った。予定通り最終決戦を開始しよう、母よ」

そう言ってブラスタが手を広げると、足元の隕石が突然沸きあがった。その岩の奔流はブラスタを飲み込むと、たちまち巨大な山のように積み重なって粘土細工のようにその姿を変えて――その中から新たな姿を現した。って、この姿は……!?

「ブラストールじゃねぇか!!」

『しかもデザインが違います!!』

ブラスが同時に叫ぶ。

そう、俺たちの前に現れたのは山のように巨大なブラストールだった。しかもご丁寧にカラーリングが黒と赤に変更されていて、細部のデザインも凶悪そうになっている。正に悪のラスボスって感じだ。

「これが我々の最終決戦形態(ファイナルフォーム)だ。どうだ、母よ」

『巨大ながらもヒーローと同じ姿、正反対にして悪役のお約束を踏まえたカラーリング、そして微妙に違うデザイン……ううむ、自分ながら見事なラスボスっぷりです。名前は間違いなくダークブラストールですね!』

「正解だ。さすがだ、母よ」

「なに嬉しそうに言い合ってんだ! つうかどうやって倒すんだよ、こんなやつ!?」

感心するブラスを意識で殴りつけると俺はダークブラストールを見上げた。

どう見ても俺たちの十倍はあるな……!

「さぁ、勝負だ、母と融合者よ。地球の未来を賭けて!!」

そうしてどこか楽しそうに叫ぶと、ダークブラストールがその巨大な拳を振り上げた。

「んなもん、受けてられるか!」

俺たちよりも巨大なその一撃を地面を蹴って回避すると、俺はすかさずブラストバーンを放った。胸から伸びたビームは見事ダークブラストールに命中……したが、爆発が晴れてみると、装甲の一部を僅かに削っただけだった。

「マジかよ……!?」

『我々は当社比三倍以上の性能があるぞ、融合者よ。その程度では効きはしない』

「例えが微妙だな!」

テレビCMみたいな事を言いながらダークブラストールが次々と攻撃を繰り出した。余裕なのかそれとも身体がでかすぎて小回りが利かないのか、大振りな攻撃を何とか回避した俺は右手を握りこんだ。

「ちまちまやってても意味がねぇ! 一気にこれでぶっ飛ばすぞ!!」

『はい!』

俺は金色に輝く右手を振りかざすとブラスの声に押されるようにして跳んだ。そして巨大な胴体に向かって拳を思いっきり叩き付ける。

「一撃……必殺!!」

叫びと同時に拳が直撃する。黒い装甲を砕いてめり込んだその拳は、ダークブラストールの胴体で大きな爆発を起こした。

「やったか!?」

『徹さん、それは!』

「効いていないお約束だ、融合者よ」

どこか馬鹿にするような声と共に爆発の向こうからダークブラストールの拳が飛んできた。空中を飛んでいた俺たちにそれは避けられず、まるで巨大なハンマーで殴られたような衝撃と共に大きく吹っ飛ばされる。

「お嬢様、巨人が!」

「姐御とお呼びなさい! もう、何をやっているんですのあの白髪娘は!」

隕石と平行するように飛んでいる飛行機から鬼龍院たちの騒がしい声が聞こえる。その声を気付け代わりに起き上がると、俺はめり込んだ大地から何とか立ち上がった。

「いってぇ……なんつう攻撃力だ」

「それだけではないぞ、融合者よ。この姿ならばこういうこともできる」

そう言うとダークブラストールは腕を交差させて何やら複雑なポーズを取った。そしてその胸のパーツを輝かせて……って、まさか!?

「ブラストバーン・ノヴァ!!」

反射的にブラスがディフェンスフィールドを展開した瞬間、ダークブラストールの胸から漆黒の輝きなんていう色々と矛盾したビームが発射された。それは一瞬で俺たちを包み込むと、あの光子爆弾を百個まとめて爆発させたような閃光と爆発を巻き起こす。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ディフェンスフィールドごと大きく吹っ飛ばされた俺たちは何度もバウンドした後、大地に叩き付けられた。腕を見ると、ディフェンスフィールドを張っていたはずなのに装甲が融けかかってやがる。

「くそ……ブラス、大丈夫か?」

『戦闘行動に支障はありません! ですが、さすがにエネルギー量が違いますね……』

「ラスボスとはそういうものだ」

全身から煙をあげる俺たちをダークブラストールが見下ろした。ちっ、何となくいい気になってやがるのがムカつくな……!

『ですが、この程度で私たちは屈したりしません! ピンチからの大逆転こそ正義のヒーローのお約束です!』

「そう簡単に大逆転できたら苦労しねぇよ。ま、今回だけはそうしなきゃならねぇけどな……!」

いつもと変わらないブラスのその声に何となく笑みを浮かべると、俺は重い身体を引きずって立ち上がった。そして気合を入れるために両手の拳を叩き合わせる。

「行くぞ、ブラス!!」

『はい!』

「何度立ち向かってきても無駄だ、母と融合者よ!」

――そして、吼えた俺たちとダークブラストールが激突した。

落下する隕石の上で、巨大なヒーローと巨大なラスボスが互いの全力をぶつけ合う。俺はダークブラストールの山のような拳を受け流しながら、逆に隙を付いて何度もこっちの拳を叩き込んだ。だが、ダークブラストールはそんなものをものともせずに俺たちに猛攻を仕掛けてくる。俺たちが百発殴らないと意味が無いのに、向こうは一発でも当たれば俺たちを簡単に吹っ飛ばす。くそ、まるで兎とゴリラの戦いだな……!

「どうした、それで終わりか正義のヒーローたちよ」

何度目かのぶつかり合いの後、先に片膝をついた俺たちをダークブラストールが余裕たっぷりに見下ろした。

「この星を守る英雄はこんなものか。我々が直接手を下す必要など無かったな、まったくこんなものにやられる部下たちが情けない……!!」

『くっ、悪役としては一度は言って見たい台詞のオンパレードです……!』

ブラスが悔しそうに唇を噛み締める。おいこら、悔しがるところが違うだろうが。

「くそ、これがブラスなら黙らせる方法は幾らでも………………ん?」

その瞬間、ふと俺の頭の中であるアイディアが閃いた。いや、幾らなんでもこれは……。

「……………………やってみるか」

『どうしました徹さん? 何故か非常に嫌な予感がするのですが……』

何故かちょっと怯えているブラスに脳内で手早く説明すると――俺はダークブラストールに向かって大声で叫んだ。

「ちっ、駄目だ……強すぎる! しかも黒くてデカくてかっこいい……!!」

「フフフ、そうだろうそうだろう、融合者よ。もう諦めるがいい、地球は終わりだ!!」

「ああ、もう勝てねぇよ……だから最後にもう一度聞かせてくれ。お前たちが地球を破壊する理由をよ……」

心底悔しげな声で言うと、ダークブラストールから意外そうな声が聞こえてきた。

「何だ、もう忘れてしまったのか、融合者よ。我々はだな――」

「――――は? 何だって?」

律儀にもう一度説明したダークブラストールに、俺は大きな声で聞き返した。

「む、聞こえなかったか。だから我々は――」

「はぁぁぁ? 何だって? 悪い、聞こえづらいからもう一回頼む」

「むぅ、ここには演出のために擬似的な空気を再現しているが、それでは聞こえにくかったか。よし、ならばこちらにしよう」

頷いたダークブラストールの目が光った瞬間――俺は脳内通信が繋がる慣れた感触を感じた。

よし、かかった!!

『これで聞こえるだろう、融合者よ。いいか、我々は――なっ!? い、痛い痛い痛い!! な、なんだこれは!?』

「よし! 絶対に逃がすなよブラス!」

『ええっと………………はい、分かりました』

『痛い痛い痛い!! な、何だこの精神攻撃は!? くっ、通信が切れない!?』

何故か棒読みで答えたブラスが脳内通信を維持している間に、俺はブラスタを意識の拳で徹底的に殴りつけた。同時に、無防備になったダークブラストールも一撃必殺で何度も何度も殴りつける。

「おらおらおら! どうた、反省したか!? 反省したら部屋の隅で体育座りして『すいませんごめんなさいもうしません』って言葉を百回書いて部屋に張れ!!」

『痛い痛い痛い!! な、何故だ! 何故ただの地球人がこうも高度な精神攻撃を行うことができる!?』

『そこが私も不思議なんですよねー……』

何となく引いた声でブラスが呟く。そんなもん、気合だ気合。

そうして精神と肉体、その二つを同時に何度も殴り続けた結果――ダークブラストールが遂に大地に膝をついた。

『エネルギー総量低下! 徹さん、今です!!』

「おおっ!!」

その声に応えるように吼えると、俺はダークブラストールに向かって跳んだ。そしてありったけの輝きを拳に集めると、その一撃を胴体の中心に向かって振り上げる。

『まだだ……まだ終わらんよ、母たちよ!』

その時、脳内で吼えたダークブラストールがその巨大な拳を突き出した。

腕の装甲が展開し、その隙間から白銀の輝きが漏れる。

『それは……一撃必殺!?』

『同じデザインは伊達ではないぞ、母よ! これが我々の――超・一撃必殺だ!!』

叫んだダークブラストールがその腕を振りかぶり――二つの拳が激突した。

黄金と白銀、正義と悪。相反するその二つの輝きが互いを滅ぼそうと全てを賭けてぶつかり合い――やがて、俺たちの拳にひびが入る。

『残念だな、母よ。大体の場合において正義よりも悪の方が性能は上なのだ!』

「――そりゃ、普通のヒーローの話だろうが」

勝ち誇ったように叫ぶダークブラストールに、俺はにやりと笑みを返した。

「こいつが……いや、俺たちがそんなお行儀のいいヒーローだと思うなよ! おいブラス、お前の設定全部よこせ!!」

『設定……あ、分かりました!』

俺の考えに気付いたブラスがブラストールの右手をさらに複雑に変化させた。まるでヒーローの最終フォームのように変形したその右腕は金色に輝いたかと思うと――触れていたダークブラストールの腕を一瞬で光に変換して粉砕した。

『なっ……!?』

「逃がすかよ!!」

驚いて後ろに引いたダークブラストール目掛けて俺は右腕を振りぬいた。その瞬間、腕から出現した金色の刃が月まで届くほどに伸びて、その身体を大きく切り裂く。

『馬鹿な……こんな攻撃は今まで無かったはずだ!?』

「そりゃ使わなかったからな!!」

そう叫びながら、俺は地球じゃ危なくて使えない武器や必殺技を片っ端から試してダークブラストールを徹底的に破壊していく。最強攻撃、最終奥義、超必殺技、禁断の兵器、破滅の呪文、宇宙創世の一撃……もうなんでもアリだ。

『くっ、ヒーローのピンチに新たなる力が現れるのはお約束だが……これはお約束どころか超展開ではないのか、母よ!? 幾らなんでもこれでは盛り上がりに欠ける!!』

『いえ、私も用意したのはいいんですが、まさかこんな風に使われるとは思って無くて……あ、それ気をつけてください。ブラックホールなのであまり乱暴に扱うと色々と危ないので』

「うるせぇ、使えるもの使って何が悪い!! そもそも、ボコられるのが嫌なら悪役なんかやるんじゃねぇ!!」

手に握った黒い塊でダークブラストールのビームを吸収すると、俺は別宇宙から取り出したらしい無限熱量が宿る拳で巨大な顔面を殴り飛ばした。

「どうだブラスタ! もうてめぇの負けだ、降参しろ!」

『そうです! 今なら徹さんも拳骨十発ぐらいで許してくれるはずですから!』

『既にその十倍は殴られてるぞ、母よ! そしてこの最終決戦は母のためでもあるが我々のためでもある! その悲願を達成するためなら、我々はその全てを費やそう!!』

そうブラスタが叫ぶと、足元の隕石が同意するかのように波打った。そして津波のように盛り上がると、再びダークブラストールに巻きついてその身体を再生し始める。

「くそ、まだそんな力が残ってんのか!?」

『第二形態はラスボスのお約束だ、融合者よ!』

その叫び通り、より凶悪に姿を変えたダークブラストールが紅い瞳を輝かせる。

全ての設定を開放した俺たちよりもさらに凶悪になったその姿に、ブラスは唇を噛み締めると――やがて、覚悟したように呟いた。

『……仕方ありません。徹さん、彼女を……いえ、私たちを止めて下さい!!』

「――ああっ!!」

その叫びに応えると、俺はダークブラストールに向かって全力で跳んだ。

『これが我々の最終奥義だ、ヒーローよ! ブラストバーン・スーパーノヴァ!!』

全エネルギーを結集したダークブラストールがその全身から特大のビームを放った。地球すら吹っ飛ばしそうなその最強の一撃に――しかし俺は迷わず突っ込むと、突き出した右手でその輝きを貫いていく。

『馬鹿な!? 我々もパワーアップしたはずだ! それが何故……何故負ける!?』

「お約束な台詞をありがとうよ! けどな、んなこと決まってるだろうが!!」

叫びと共にビームを抜けた俺はダークブラストールに向かってひび割れた拳を振り上げた。そして、全力で叫ぶ。

こいつが忘れてる――最後のお約束ってやつを。

「いつだってなぁ、最後の最後に勝つのは!!」

『悪などではなく、私たちのような!!』


「『正義の……ヒーローだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』」


重なった俺たちの声と、そして全てを賭けた拳が――ダークブラストールを貫いた。

その勢いのまま俺たちは隕石に長い着地跡を刻むと、やがて立ち上がって拳を突き上げた。その瞬間、背後でダークブラストールが大爆発を起こす。

その破片は周囲を包む大気圏に触れると、一瞬で燃えて綺麗な流れ星となって地球へと落ちていく。目の前で無数の流星が落下していく光景は、ある意味幻想的だった。

「…………憧れの地球に落ちたんだ。それで満足しておけよ」

僅かに浮かぶ罪悪感と共に呟く。こいつらだって、こんなことさえしなけりゃブラスと一緒に地球で楽しく暮らせたかもしれなかったのによ……。

そうして少しの間沈黙すると、俺は隕石から帰ろうとして――。

「って、ちょっと待て! 何にも解決してねぇぞ!?」

気がつけば相変わらず隕石は落下していた。もうかなり高度が下がってきて、眼下には地図でよく見る日本の姿がはっきりと見える。

「おい、ブラス! これどうすんだよ!?」

『既にエネルギー供給は止まっています! ですから、残ったフィールドをこちらのフィールドで相殺し、外殻を貫いた上で圧縮空間の開放とその爆発を防ぐ〈決闘空間〉の構築を同時にできれば!!』

「日本語で頼む!!」

『思いっきりぶん殴ってください!!』

「わかった!!」

俺は痛みを堪えながらもう一度拳を握る。

さっきの無茶な必殺技の連発でブラストールはかなりボロボロだが、ここで踏ん張らなきゃ何の意味も無い。

「俺の身体なんだからもっと気合入れろ、ブラストール!!」

その叫びに応えるようにもう一度腕のパーツが展開した。そして残ったエネルギー全部を込めて、思いっきり隕石をぶん殴る!!


「『一撃……ひっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!』」


その拳が奥深くまで突き刺さった瞬間、隕石の表面に無数の亀裂が走った。そして内側から金色の輝きが溢れ出して――隕石全体が光り輝く。

『〈決闘空間〉、最大出力!!』

ブラスが叫んだ瞬間、蒼い地球が灰色に染まり――直後、隕石が巨大な爆発を起こした。

全てを真っ白に染める強烈な閃光の中、巨大隕石が砕けるのを確かに見た俺はやりきった充実感に応えるようにその右手を高く掲げると、心の赴くままに叫んだ。

ガキの頃に夢見た、正義のヒーローたちのように――。


「超機英雄――ブラストオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォルッ!!」


……やっぱ、悪役よりはいい気分だな。



『……さん……徹さん……徹さん!』

「やめろブラス……そんなに秘伝の拷問をされたいのか……ん?」

ふと目を覚ますと、俺はどこかの宇宙空間に漂っていた。

「どこだ、ここは……?」

『た、太陽の近くです』

微妙に引きつったブラスの声に振り向くと、目の前に果てしなく巨大な光の球が――太陽が見えた。

「な……なんでこんなところにいるんだよ!?」

『隕石の爆発を漏らさないように〈決闘空間〉を展開したのですが、その衝撃で空間が歪んでこんなところに出てしまったようです』

「マジかよ……なぁ、戻れるのか?」

『大丈夫です。徹さんは必ずお戻ししますから』

脳内でブラスが頷いた。その言葉に安堵すると『それはそれとして――』とブラスが何やら鼻息荒く食いついてきた。

『七百五十三秒前に徹さんが決めた勝利のポーズと名乗り……大変素晴らしかったです! まさに正義の使者! ジャスティスヒーロー! 勇気が生み出した究極の破壊神!! 記録を撮り忘れたのでもう一度お願いします!!』

「二度とやるか。つうか、誰が破壊神だコラ」

さりげなく失礼なことをのたまったブラスを脳内で殴りつけると、俺は多分地球があるだろう方向を向いた。

「いいから、そろそろ帰るぞ。あんまり遅くなると姉貴に悪戯の口実を与えるからな……ん?」

遥か遠くに地球を見つけたその時、俺はふと妙なことに気付いた。なんか……段々と地球が小さくなってないか?

『当然ですよ、私たち太陽に落ちていますから』

「ああ、太陽に落ちてるのか。そりゃ小さくなって当然――って、なにいいいいいいっ!?」

悲鳴をあげて振り返ると、確かに太陽がさっきよりも大きくなっていた。慌てて宇宙空間を泳ぐが、どれだけじたばたしても何も変わらない。

「このまま落ちたらどうなる!?」

『さすがに燃え尽きますね。恒星って結構手ごわいんですよ、何度か食べようとして失敗したこともあります』

「冷静に言ってる場合か! 早く脱出しろ!」

『それが、最後の《決闘空間》でほとんどのエネルギーを使ってしまいまして』

「マジか!?」

そんな衝撃の事実に驚く間にも、俺たちはどんどんと太陽に向かって引き寄せられていく。まるで巨大なキャンプファイヤーにでも近づいていってるみたいだ……!

「くそっ、友達も彼女も作らないままこんなところで死んでたまるか!」

『大丈夫ですよ。徹さんだけは必ずお戻しすると言ったじゃありませんか』

「俺だけって……うおっ!?」

さっきからやけに穏やかなブラスの声が聞こえたかと思うと、目の前が閃光に包まれ――気付けば俺は透明な泡に包まれた元の姿で宇宙に浮かんでいた。その向こうにはブラスがいる。

「残った全てのエネルギーを使えば、徹さんだけは送り返すことができます」

「だけって……お前はどうするんだよ!?」

同じように浮かぶ人間姿のブラスに叫ぶ。だが、ブラスは何も答えずにそっと俺を包む泡に触れた。そして囁くように――告げる。

「……本当にありがとうございました、徹さん。あなたのお陰で私も最後に正義のヒーローになれました。無為に過ごした六十億年なんかよりも、徹さんと過ごしたこの一週間の方が私には凄く価値がありました……最高の宝物です」

「な……何言ってんだよ!? こんなんじゃ何も意味ねぇだろうが!」

「いいえ、意味はありました。私にとって、とても大きな意味が」

そう言うとブラスはそっと泡を押し出した。それだけで太陽が遠ざかり――そして、少しだけ寂しそうに笑うブラスの姿が遠くなる。

「さようなら、徹さん。あなたに会えて――本当によかった」

「おい……おい! ふざけんな!! こんな終わり方なんて認めるかよ!! お前も一緒じゃなきゃ意味ねぇんだよ!! おい、ブラス……ブラァァァァァァァァァァァァァァァァァス!!」

そうして声が枯れるほどに叫んだ俺が最後に見たのは――最初に出会った時のような光の球となって太陽に消えていくブラスの姿だった。


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