45 賑やかな日々(3)

 月曜日の夕方。呼んでもないのに那須が訪ねてきた。


「うーっす大将、なんだ元気そうじゃん」


「人違いです出ていってください」


「ウェルカムジョークも平常運転で安心だな」


 本気で言ったのに那須は勝手に丸椅子に座る。五分で八百円の使用料を取ってやろうかと思った。


「大将が入院したって聞いて心配してたんだぜ。あとリアルナースが見たくて」


「不純な動機が九割だろ」


「心外だなあ、ほらちゃんと見舞いの品も持ってきたんだ」


 書店のビニール袋を手渡された。中には書店のブックカバーをかけた文庫本が数冊入っている。


「入院中は暇だと思って、俺の一押しベストラノベセレクションを見繕ってきた。それで退屈と戦ってくれ」


「あ、ありがとう」


 那須のことだから、入院見舞いの定番だとか言っていかがわしい本を突きつけてくると思ってた。いくらコイツでも、そこまでベタなことはしないか。


「スマホも使えなくて毎日ヒマだったから嬉しいよ」


 ライトノベルはあまり読まないが小説は好きだ。窓の外を眺めるよりも有意義な退屈しのぎになる。

 一冊取り出してめくると、最初に挿絵のカラーページが出てきた。


 半裸の女騎士が泡だらけになって抱き合っていた。


「!? お前これは」


 先の挿絵もめくってみると、ほとんど裸の女性が気持ちの良さそうな表情を浮かべている。隣のページに書かれる文章には、息使いや喘ぎを表すセリフばかり。

 うわ……すごい……いやらしい。


「こ、高校生がこんなの買ったら――」


「勘違いするなよ大将、それは健全で合法な全年齢ラノベだぜぇ?」


 那須がほかの本を開いて見せてくる。一糸まとわずベッドに寝転ぶツインテール。汗まみれで怪物に羽交い絞めにされているエルフ。鎧なのか紐なのか分からない服装で高飛車に笑う王女様……。


 こんなイラストばかり乗っているラノベが普通に売られているわけがない。


「昨今はきわどいイラストもファン獲得の大事なファクターなわけよ。見た目から興味を持つのは何も悪いことじゃない」


 ブックカバーを外した表紙には『伝説の女騎士と大陸一の大賢者がオレ様の下僕になって王女も魔王も手玉に取る最凶外道アウトサイドスキル』と書かれている。長い。


「魅力的な様相で客を引き寄せるのは商法の基本だろ? 生き馬の目を抜くラノベ戦国時代、まずは第一印象で手に取ってもらうことが評価の第一歩。ギリギリを攻めるのは業界を生き残るための戦略なんだ!」


「そうなのか……いや僕は挿絵の必要性について問うてるんだよ!」


「やっぱり大将はあざむけないか。さすが新世代の征夷大将軍」


 あぶなっ、こいつの舌先三寸に惑わされるところだった。その場で考えたとは思えない適当な文章には注意しなければ。適当なイタズラ書きひとつ見過ごせない。


「中身が面白かったら貸してくれ。読むから」


「なにがベストセレクションだよ……」


「大将の好きな爆乳キャラが多いタイトルばっかりだろ」


「僕がいつどこで伝えたよ! 捏造ねつぞうするな!」


「俺聞いたぜ? 大将は大きな胸に興奮するって」


「フェイクニュース!!」


「それにしてもナースって最高だよな。俺さ、見た目は清純だけど中身はド淫乱なナースさんと知り合いになりたいから上手い方法を考えてくれよ」


「もう帰ってくれ……」


「ああっ白衣の天使様、穢れた世界で懸命に生きる俺を救ってくれぇぇぇ!」


 その後も病院から連想できるしょうもない欲望を語るだけ語って、那須は帰った。しょうもない時間だった。しゃべりすぎて疲れたしお腹も減った。


 きっと夕食が美味しく感じたのはそのせいだ。



「仲村さんは人気者ね」


 巡回に来た恰幅かっぷくの良い女性看護師が世間話を振ってくると、謝るしかなかった。


「怒ってるわけじゃないのよ。元気になってくれて嬉しいし、先生も喜んでいたわ。友達にも学校でお礼しないとね」


「別に友達ってわけじゃ……」


「なに言ってるの。頼んでもいないのにお見舞いに来てくれるなんて立派な友達よ。それに黒髪の美人の子、大切にしなきゃダメよ。面会できなくても毎日来てくれたんだから」


 あいつ忙しいのに。


「仲村さんを訪ねてくる美人女子高生がいるって、ちょっと噂になってたのよ。で、で、実際のところ、お付き合いしているの?」


「そんなんじゃないですよ」


「友達の関係かあ。私はお似合いだと思うけどね。ガンバって」


 何に対しての応援……? それにいつの間に友達になったんだ。

 僕は友達になってとはお願いしていないし、向こうも口に出していない。でもはたから見れば有珠杵や那須は僕の友達になっている。


 今までフリだけ身につけて、友達の定義や作り方を考えることがなかった。


「どうしたら友達って作れるんでしょうか?」


 看護師さんは仕切りカーテンを整える手を止めて、キョトンとしてしまった。

 何を聞いてるんだ僕は。

 無視されても仕方ないと思ったが、以外にも真剣に答えてくれた。


「私としては友達は『作る』っていうより自然に『なってる』って感じかな」


「なってる、ですか」


「こうだって決めるものじゃないと思うの。よく一緒にいるから友達、気が合うから友達とか……まあ自分が友達って思ったら友達でいいんじゃない? 形のないふわっとした関係性でいいのよきっと」


「でも向こうが友達と思ってなかったら迷惑じゃないです?」


「それはショックよねー。でも自分のためを思って頼んでもいないことをしてくれるなら好意があるわけだし、そういう絆は大切にした方がいいわ。友達にしろ何にしろ。じゃあお大事にね」


 曖昧な説明を残し、看護師さんは別のベッドに移動した。


 こういう疑問はピヨ先生に聞きたいが、相変わらず無言で寝たままだ。答え合わせはできない。


 みんなも看護師さんと同じように考えているのだろうか。それが当然なのか。

 どこで教えてもらえるんだ、当たり前って。

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