16 債務遅延ではあるが、不履行ではない(2)
「あの有珠杵が嫌っている相手にこんなことをするのか?」
映っていたのは、僕が差し出したスプーンを有珠杵がくわえ込んでいる場面。
これは、いつぞやのジェラートショップでの一幕。あのときは誰も観ていないと思っていたのに……まさか隠し撮りされていたとは……!
「人目もはばからず男女でこんな行為に及ぶなんて、よほど親密な関係じゃなけりゃしないはずだ。例えば恋人同士、とかな」
「誤解だ。このときは僕もはめられたんだ」
「うるせぇ! 彼女の口にスプーンハメといてしらばっくれるとはいい度胸だな、ラブコメ漫画みたいなシチュエーション気取りやがってちくしょう!」
「聞けって。このときはただの付き添い、ナンパの風よけに使われただけなんだよ。体のいいエンカウント回避アイテムみたいな扱いだったんだ」
「いいからさっさと白状しろ。あの難攻不落のお嬢様をどんな言葉で落としたんだ? どこまで行ったんだ? この様子ならAは終わってるな。Bもしてるに違いない……ま、まさかDに達している⁉」
「こいつアホぴよ」
ピヨは呆れているが、僕は次の言い訳に頭を回転させている。支払い期日を過ぎて利子が上乗せされた今、那須は相当ゲスいことを要求してくるに違いない。なんたってゲスオだからだ。厄介がふりかかる前に、なんとかこの場を
「校内美人ランキング最上位とイチャイチャしやがって……しかも大将、あんた魔女と同時攻略してるって評判だぜ」
「どこでだよ。魔女って路希先輩のことか?」
「部室に出入りしていた目撃証言がある。今日だって寄ってきたんだろ? 部員でもないのに、何をしに行ったのかね」
どこまで僕のことを調べたんだ……情報屋は伊達じゃないってことか。
逆に個人情報の不正取得で支払い責任と相殺できないかと考えてみるが、難しいだろうな。
「一筋縄じゃいかない女子を二人も落とすなんて、その恋愛テクニックをぜひともご教授してもらいたいもんだ」
「風評被害も
「たしかに外見はまともじゃないが……俺の目は狂っちゃいない。分析する限り、冠理先輩はハイスペックな肉体だ!」
視神経を含む脳全体が狂ってるだろ、とは言わず、なにやら熱弁が始まりそうなのでとりあえず聞き手に回る。
「たしかに奇抜な格好と偏屈な言動は、周囲の人間に距離を置かせている。プライベートも謎が多いしな。校内美人ランキングも中間より下。胸はでかいがマイナス面が大きすぎるんだよ。胸はでかいのに」
二回言うな。そういうところだぞ。
「三角帽子で隠れているが、素顔は男好きのするタイプだ。だから普通の格好さえすれば真の姿が解放されランクアップ間違いなし。そしてああいう女子に限って休日は可愛い格好をしてるはず。ギャップによる補正でさらに魅力が倍率ドン! トップテンも目じゃない、冠理先輩のレアリティーはSSRだと俺は評価している!」
「日本の将来が心配ぴよ……」
こいつみたいな高校生ばっかりじゃないから。むしろ希少個体だからこんなの。
頭の悪い高校生男子とひよこの温度差が激しすぎて体調を崩しそうだ。現に目まいとだるさが押し寄せている。
でも話が逸れているのはいい流れ。このまま話題をすり替えてしまおう。
「一理あるな。たしかに路希先輩の普段着は普通、というか結構オシャレだと思う。スポーティだったり大人びていたり、意外な一面は多いぞ」
「え? 大将、見たことあるの?」
「二回だけだけど」
「……なんで?」
「休みの日に会ったから」
「デートじゃねぇか!」
「そういうんじゃないから。むしろ僕の用事を手伝ってもらっただけ」
「何をしたか詳しく」
息を荒くし目を見開いて僕に詰め寄ってくる那須。怖いので押し戻す。
「それはまあ、ちょっと郊外まで付き合ってもらったり、家を見に行ったり」
「だからそれを世間一般ではデートって言うんだよふざけやがって!」
今度は頭を抱えてその場で右に左に転がり始めた。下校しようと校舎から出てきた生徒がみな注目する。巻き込まれ事故だ、二歩下がって他人の感じを出そう。
「郊外ってどこだ、どうせわいせつなお店に行ったんだろ! 家を見に行くなんてDなんてレベルじゃねーぞ、
「意味の分からない言いがかりで胸ぐらをつかむな!」
「キヨオミには飛鳥時代からきちんと勉強し直してもらうとして、いつまで相手を続けるぴよ?」
僕だってこんな奴に構っている時間はない。強引にでも話を切り上げてしまおう。別れてしまえばこっちのものだ。襟首にかかる両腕を外しながら、まとめに入る。
「とりあえず画像の真相は後日改めて話すからさ、今日のところはいったんお開きにしよう。連絡くれたらきちんと返すから。じゃ——」
「そうは問屋が卸さねえぞ」
素早い百八十度ターンが決まったところで、再び肩を掴まれた。力加減が先ほどより必死だ。
「とりあえず先延ばしにした分の利子だけでも払ってもらおうか」
「……要求は何だよ」
「冠理先輩の私服姿」
え、なぜそれ?
「先輩に一目置いている奴は他にもいる。そいつらにとって普段着なんて激レアな写真は喉から手が出るほど欲しい一品。いい取引材料になるんだぜこれが」
「ユートの学校どうなってるぴよ」
こっちが聞きたい。もしかしてこの学校には一般生徒には知られていない、深い闇の部分があるのだろうか。僕は知りたくもないけれど。
それはともかく、今すぐにどうにかできるものでもない。
「分かったよ。今度機会があったらお願いしてみる。じゃあ僕は用事があるから」
「なんだデートか? ま、まさか三人目の幕府を開きに行くのか? 鎌倉、室町は開いているからいよいよ江戸か⁉」
「違うしお前は一度日本史の先生に叱られろ……おい、ついてくるな」
「デートじゃないならいいだろ?」
那須はおもちゃを前にはしゃぐ子供のような笑いを見せる。ただしそこにあるのは無邪気さではなく、底の深そうな
「大将からは面白そうなネタの匂いがプンプンするんだ。もしスクープがあったら利子に補填してやるから、よろしく頼むぜ」
どうやら僕は悪魔に憑りつかれてしまったようだ。さて、ファントムとどちらが厄介で面倒だろう。
校門を出ると、本日も公園に向けて自転車のハンドルを切った。
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