04 笑う魔女と怒れる絶対零度(1)
「よくぞ来てくれた優斗! そしてピヨ!」
校舎三階の片隅にある第二社会科準備室。ひっそりとたたずむ扉の奥に待っていたのは、黒いケープと同色の三角帽子に身を包みし魔女。その名は
三年生にして『超自然現象研究会』の部長であり、唯一の部員でもある。
「久しぶりに顔を出すと連絡があったからな、仕込みを万全にしておいた」
直角に曲げた両腕を顔の上下に構え、人差し指と中指だけを伸ばし、間に白い札のような紙を挟んでいる。実生活ではいかなる事態に陥っても取らないポーズに不敵な笑みが加わり、常人には理解できない空間を展開していた。
「こんにぴよロキ。相変わらず意味の分からない格好でお出迎えぴよね」
「すみません。いろいろゴタついていて」
仕込んだポージングをいじることもなく、僕は定位置となっているパイプ椅子に腰かける。これが正解。
長机を挟んで置かれたスタンドミラーに映るのは、冴えない男子高校生と、ありもしない前髪を気にする仕草のひよこ。生えてからやれ。
「多忙だったのは例の結晶探しか?」
路希先輩もあっさりと着席して僕と、僕の頭頂部に向かって問いかける。その目に浮かぶのは興味の灯。
「それとは別件で」
「違うのか……今日はその話が聞けるのかと楽しみにしていたのだが」
腕を組み、思いをはせるように天井を仰ぐ。
「『
「期待するようなものじゃないですよ。見た目はただのおもちゃですし」
ゲームに出てきそうな名前のアイテムこそ、ピヨが僕の頭に住み着く目的だ。
神さまのミスで、天から地上に落としてしまった結晶を回収するのがピヨの役割らしい。詳しい事情や対象物の詳細は当の本人——本鳥も理解していない。
「本当にロキはオカルトに大好きぴよね」
「オーパーツのように心が躍るじゃないか……くぁかか」
独特の笑い声と表情はヤバい人のそれ。他人の前でも自分を偽らない人だ。
路希先輩も例に漏れずピヨを認知できない。会話が噛み合っているように聞こえたのは偶然で、僕の頭に目配せするのも「居るであろう」前提に過ぎない。
人知を超えた事象への関心が、見えないピヨの存在をあっさり受け入れてくれた。その性格に助けられ、こうして縁を持っている。おかげで頭の上との会話も気兼ねなくできるわけだ。
「探し物に期限はないのか?」
「特にないみたいです。というか、今はそれどころじゃなくて……」
迫るタイムリミットを思い出し、指先を絡ませる。
「そうそう、結晶なんて探している場合じゃないぴよ」
大事な仕事ならもう少しやる気を見せろ。
そうツッコミたいところだけれど、事実、今の僕に残された時間は限られている。
「ふむ。なにか悩み事があれば聞かせて欲しい。なにか力になれるかもしれない」
「でも家庭の事情なんで……その……」
「無理
魔女の瞳は純粋だ。言動はアレな人だけど、人間性は高い。
「ロキは変な子だけどいい子ぴよ。話すことで背負っている物が少しは軽くなるかもしれないぴよ」
現状を誰かに打ち明けたことはない。話す相手がいなかったし、話したいとも思わなかったから。
周囲に無関心を貫いてきた代償は受け入れているつもりだった。上辺だけのつき合いだから、困っても都合よく求めることはしない。頼ったら負けとさえ思っていた。
それがいざ窮地に立つと、心のどこかで助けてほしいと望んでいることに気がつく。張りぼてのプライドを掲げていた自分に嫌気がさした。
「ユート、『助けて』はもっと気軽に使うべき言葉ぴよ」
鏡の中のひな鳥が語り掛ける。
「頼ることは悪いことじゃないし、恩を受けたら恩で返せばいいだけぴよ」
簡単に言うな……いや、簡単なことなのか、きっと。
助けてもらう行為を罪悪のように捉えていたのは、一方的に利益を得ることを自分本位で都合のいい振る舞いに感じていたからだ。僕が人生のどこかで勝手に作ったルール。誰かに正しいと認定されたわけじゃない。これを
絡まった指先を解くと、自然と両手が丸くなる。
路希先輩にならいいかもしれない。そう思ったら自然に言葉を発していた。
両親が亡くなって今の家に居られなくなったこと。新しい家を探しているが、前途多難であること。死因は事故だと偽った。半分本当で半分嘘。
あんな事実は、話しようがない。
「そんなことがあったのか……聞かせてくれとは軽率な要求だった。許してほしい」
「ぜんっぜん大丈夫ですから!」
心底申し訳なさそうな顔に努めて明るく取り
「もう先月の話ですし、それに今は不動産屋めぐりで落ち込む暇もないっていうか」
空っぽの笑みを浮かべ、自分の気持ちも含めてごまかす。
痒くもない後頭部をかいていると、路希先輩がよし、と表情を戻した。
「私も探してみよう。親や祖父にも当てがないか聞いてみる」
「ええっ? いくらなんでも……」
「言っただろう。力になりたいんだ」
そんな風に言われたら断ることなんてできない。ありがたい申し出に、今度は僕が頭を下げる。気にするなと振る手に持つのは黒いケースを装着したスマートフォン。六芒星の魔方陣が
「礼なんて見つかってからでいい。……さて、そろそろだな」
「面倒見のいい先輩ぴよね。ユートの周りには素敵な女の子ばっかりぴよ」
他に誰がいるんだ? そう思った矢先にノックが響く。
扉を開けたのは、僕と同じ二年生の女子。腰まで伸びた黒髪は遠目にも滑らかに艶めく。誰が見ても美人というであろう
その眼差しは凍るほどに冷たく鋭いから。
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