第23話〔仕合い〕
第23話〔仕合い〕
スラインが、ラウクン王子に『シクサードとの闘い』を頼んだ後、僕達はそれぞれの場所に帰って行った。
オリアン達は、そのまま村に、チェスハは自分の店に、スラインとラウクン王子は城に、僕はミウに会うため、ラウクン王子と一緒に城に向かった。
城に着くと、スラインはすぐに兵達の所に行き、オリアンから貰った『オサケ』を振る舞い労をねぎった。
そして、次の日にジプレトデンに帰るよう命令をし、その日は娘のニーサ達と一緒に過ごした。
僕は、ラウクン王子に教えて貰った部屋に行き、ミウとの再会を果たした。
一晩しか離れていなかったのだが、凄く懐かしいような気持ちになり、ミウの家族が居るにも関わらず、顔を見た瞬間抱き締めてしまった。
「ミウ、傷は大丈夫?」
「うん、平気。タロンは?ケガしてない?痛い所は無い?」
心配そうな顔で見つめるミウに、僕は顔を近付け、
「大丈夫!僕はミウの勇者だから。ミウが居れば、ぜんぜん平気さ。」
と、笑顔で答えた。
そして、イブレドさんに貰った『ジャム』を取り出し、みんなで一緒に食べた。弟妹のラク、スンが、大喜びしながら食べたのは言うまでもない。
その頃、城の地下では、ラウクン王子がシクサードにスラインの言葉を伝えていた。
シクサードの居る独房は、分厚い鉄の扉に閉ざされ、小さな天窓が1つあるだけの薄暗い部屋だった。分厚い扉には窓らしき物も無く、下にお盆がギリギリ入る位のスライド式の隙間があるだけだった。
その場所は、他の牢屋と違い、見回る衛兵は居なかった。というより、見回る必要がないのだ。
食事は扉の隙間からパンが1日に1個、水はほとんど与えられず、何日か後には処刑をされる者が入る部屋だからだ。
シクサードも、それは十分にわかっていた。
スラインは、分厚い扉越しに話した。
「シクサード!お前のやった事は、許されるものではない!しかし、スライン将軍が、お前と『仕合い』たいと申し出ている。どうだ、やらぬか!」
「フン!スライン将軍が俺と闘いたいだと?『豪剣スライン』か、確かに1度は本気でやり合いたいとは思っていたがな。
そうか、スライン将軍が、俺の処刑人ってわけか。
しかし俺は、簡単には殺られないぜ。もし俺が勝ったらどうなる?『豪剣スライン』を倒したという、栄誉を持って地獄に行くって事か?」
「いや、もし万が一スライン将軍が負けることになれば、お前は国外追放だけで許してやろう。それがスラインからの条件だ。」
「ハ!大した余裕だな!俺をこのまま逃がせばどうなるか解って言ってるんだろうな?必ず戻って来るぞ!」
「私はスライン将軍を信じる!」
「よかろう!スライン将軍の申し出を受けようではないか、しかし、1つだけ条件がある。」
「条件だと?なんだ、言ってみろ。」
「一晩でいい、国王と同じ部屋にしてくれ。国王には散々世話になった。最後にお礼をしないとな。フフフ…」
ラウクン王子は、シクサードの言っている意味がよく解らなかった。が、
「わかった、今晩一晩だけ一緒にしてやろう。」
そしてラウクン王子付き添いのもと、手足に鎖を繋がれた国王が何十人もね衛兵に連れられ、シクサードの部屋に入れられた。その日だけは、いつも以上の食事と水を与えられた。
これもスラインからの願いだった。正正堂堂と闘いたい。スラインはそんな男だったのだ。
その日の夜、シクサードの独房からは、国王の悲鳴が、遅くまで鳴り響いた。
夜が明け、ラウクン王子が独房に行くと、なにやらスッキリとした顔のシクサードが待っていた。
シクサードは王子に刃向かう事もなく、言われるがまま、顔に黒い袋を被せられ、手足に鎖をつけたまま馬車に乗せられた。
シクサードが居なくなった部屋の中には、尻から血を流している国王が、気を失って倒れていた。
僕は、昨日の夕方にイブレドの宿に戻り、ジャムの権利をジプレトデンに売った事を伝えた。
エティマスさんは、残念そうにしたが、王子から1000万の報酬があると伝えると、すぐに納得してくれた。さらに「エミナー」さんが生きていて、しかもスライン将軍の奥さんになっている事を伝えると、お金なんかいらないとまで言い出し喜んだ。
そして、僕はイブレドさと一緒に、一晩中ジプレトデンに渡す『ジャム』を作っていた。ジプレトデンの国民に『ジャム』の素晴らしさを伝えるためだ。
朝になると、「ティージーの店」に寄り、チェスハさんと一緒に城に向かった。
城には、すでに出発の準備を整えたジプレトデンの馬車が待機していた。
僕はスラインに、
「おはようございます。スライン将軍。急いで『ジャム』を作って来ました。ジプレトデンの人達に食べさせてあげて下さい。」
と、とりあえず馬車に積めるだけの『ジャム』を渡した。一樽だけだが、『オサケ』も渡す事が出来た。
「ありがとう、タロウ。これからもヨロシクな。」
スラインは右手を差し出して来た。
僕がその手を握ると、チェスハも手のひらを重ねて来た。
「スライン、エミナーの事、頼んだぞ。幸せにしてやってくれ。」
スラインは大きくうなずき、
「わかっている。お前の事も伝えておいてやるから安心しろ、無茶ばかりする、はねっ返りの真っ赤な猿が居たってな。ハハハ、また一緒に『オサケ』を飲もう!」
「ああ、また来いよ。」
チェスハはスラインの胸に軽く拳を当てた。
僕は『ジャム』の瓶を持ち、ニーサの乗る馬車に行った。
「ニーサちゃん、はいこれ、お土産。帰ったらお母さんと一緒に食べてね。」
「ありがとう!お兄ちゃん。次は私の所に遊びに来てね。」
「うん!美味しい物を作って持っていくから、待っててね。」
僕は、一緒に乗っていたレセナとロレールにも、一瓶づつ渡し、握手をして馬車を降りた。
そして、
「よし!出発!!!」
スラインの号令と共に何千もの馬車と馬が動き出した。
先頭はスラインではなく、1番隊隊長が勤めた。
スラインは列の1番後ろで、僕達やラウクン王子と同じ場所に居たのだ。
しばらく行くと、ユーリセンチとジプレトデンの国境に差し掛かった。
すると前を歩いていた、馬車軍が一斉に歩を止めた。
しかし、すぐに馬車は動き出し、続々とジプレトデンの領地に入って行った。
なぜ、一旦止まったかと うと、国境の手前で、オリアンが腕組みをして仁王立ちしていたのだ。それだけではない、隣には黒龍が、同じように立っていた。
あまりの迫力に、馬達が怯えて止まったのだ。しかし先頭を行く隊長は、昨日スラインと一緒に村に行き、オリアン達と『オサケ』を飲んでいたので、動じる事もなく馬を落ち着かせ、オリアンに「ペコリ」と挨拶すると、横を通り抜けて行った。
オリアンは、隊長の挨拶に右手を軽く上げ、黒龍は小さく「ガオッ」とだけ鳴いて答えた。
ジプレトデンの兵達は、近くで見る黒龍に、怯えながらも、中には手を合わせ拝みながら、通り過ぎる兵も居た。
馬車の列も中盤に差し掛かり、ニーサの馬車が横を通り過ぎる時、ニーサが窓から顔を出し、
「おじちゃんも遊びに来てね。ドラゴンさん、また一緒に遊びましょ。」
と、手を降りながら言った。それに対しオリアンは、この時ばかりは顔が緩み、
「ああ、またな。」
と、笑顔で答えた。黒龍はというと、オリアンが酔った勢いで教えた「ピース」をしてニーサを見送った。
全ての馬車がジプレトデンに入って行くと、1番後ろに居たスラインを乗せた馬車は、オリアンの隣に止まった。
その馬車に向かい合うように、ラウクン王子とシクサードが乗った馬車も歩みを止めた。
そして、馬車から頭に布を被せられたシクサードが降ろされた。まだ手足には鎖が繋がれたままだ。
するとオリアンも馬車を降り、シクサードに対峙するように立った。
「外してやれ。」
ラウクン王子の言葉に、衛兵が頭の布を取り、手足に付いた鎖を外した。
シクサードは一言も発さず、スラインを睨み付けていた。
スラインもそれに答えるかのように、じっとシクサードの目を見つめながら、自分の馬車に積んでいた、シクサードの「大剣」を出すように、「おい!」とだけ言い、兵に命じた。
スラインが剣を受け取ると、ヒョイとシクサードの足元まで放り投げた。
「ガシャ~ン!!」
鈍い音が回りに響いた。
シクサードは剣を拾うと、静かに背中に背負った。そして…
「シャリ~~ン…」
ゆっくりと剣を抜き、地面に剣先を当てた。その時、初めてシクサードの口が開いた。
「おい!スライン!俺は礼を言うべきなのか!?」
すると、スラインは、
「さあな、俺はお前と「仕合い」たかっただけだ。それ以上でもそれいかでもない!
ただお前にとっては、悪い話ではなかろう。俺の後ろは「ルアスティ」との国境だ、ここに入れば、いかに俺達でも迂闊には入れない。」
そう、ここはジプレトデンとの国境でもあり、ルアスティとの国境でもあるのだ。オリアンの隣に入れば「ジプレトデン王国」今、スラインが立っている横を行けば「ルアスィ王国」なのだ。
そして、オリアン、チェスハ、黒龍、ラウクン王子、数名の衛兵とジプレトデンの兵達、そして僕が見つめる中、スラインも、ゆっくりと剣を抜き静かに構えた。
シクサードは、いつものように、剣先をスラインに向け、そのまま両手で水平に構えた。
シクサードの剣技は、まず鋭い突きを放ち、相手が避けたところを、そのまま横に薙ぎ払うというものだった。
横だけでなく、上下左右どこに逃げても、剣の方向を変える技術をシクサードは持っていた。
大きくて重いシクサードの剣は、まともに受ければ剣も鎧も粉々になってしまうという代物だ。
そんな重い剣を、いとも簡単に操れるだけの力があるシクサードならではの技だ。
ただし、それは相手が重い鎧をつけていた場合のみで、オリアンのように身軽で俊敏な相手には通用しなかった。持久戦に持ち込まれれば、体力が無くなるからだ。
しかし、今回の相手はスラインだ。頑丈そうな鎧を着て、お世辞にも俊敏そうとはいえない。
そのスラインはというと、剣は普通の剣より細く、やや長い。
まともに受ければ、粉々になるのは誰が見てもあきらかだった。通り名にある「豪剣スライン」のイメージとは少し違った。
僕がオリアンに、スラインの剣技を聞いたところ、不思議な事を言った。
「アイツの剣は生きている。」
「剣が生きている!?」
僕は、驚くと同時に、言っている意味がまったくわからなかった。
「う~ん…「生きてる剣」って、漫画でよくある、意思があってしゃべるとか?魔法の類いか?でも、この世界に魔法っていう概念はなさそうだし…」
僕があれこれ考えていると、チェスハがやって来て、
「なあ、オリアン。どっちが勝つと思う?」
「お、なんだ、チェス…猿姫か。」
するとチェスハはオリアンを覗き込み、
「ん~?なんだよオリアン、昨日は名前で呼んでくれたのにさ、今日は「猿」呼ばわりか?」
「べ、別にいいだろ!俺の勝手だ。昨日は、いろいろあってどうかしてたんだよ。」
必死に言い訳をするオリアンの顔は赤くなっていた。
「ふ~ん、まあいいけどさ、で?どっちが勝つと思う?」
「スラインだよ。」
オリアンは、なんの躊躇いもなく「スライン」の名をあげた。
2人の体格は、ほぼ同じ、少しシクサードの方が、背が高いといったところか。
僕が見る限りでは、すぐには決着が着かず、激しい戦いの末、若いスラインが体力で勝り、それでも敵であるシクサードを讃え、味方にするという、よくある「スポ根漫画」のワンシーンを想像していた。
昨日、スラインが言っていた、「シクサードも仕える主人さえ間違わなければ、こんな事にはなってないのにな…」の言葉が、てっきり「仲良しフラグ」だと思っていたのだ。
その時、オリアンが、
「動くぞ…」
ジリジリと間合いを詰めていたシクサードが、オリアンの言葉と同時に、スラインに向かって走り出した。
「おおおぉ~~!!スライン~~!!!!!」
剣先は、真っ直ぐスラインの顔に突き進んでいた。
しかし、スラインは避けるどころか、その剣先に向かって走り出したのだ。
「シ~ク~サ~ド~~~!!!!」
そして、シクサードの剣が、スラインのすぐ目の前まで来た瞬間、
「キン!!ギィ~~~~ン!!」
スラインがシクサードの剣に自分の剣を少し当て軌道を変えた。
そして、シクサードの剣がスラインの頬の横を通り過ぎると同時に、剣を滑らしながら、そのままシクサードに向かって行った。
「よく見てろよ、タロウ。一瞬だ…」
オリアンは静かに、僕に呟いた。
「ギン!!」
スラインとシクサードの鍔(つば)が当たった。
鍔迫り合いになると、大きい剣の方が有利なのは間違いない。
と、そこに居た人みんなが、そう思ったはずだ。オリアンを除いては…
鍔と鍔が当たった瞬間、僕はスラインの剣が、少し揺れたような気がした。
そして、次の瞬間、僕は驚きのあまり、声が出なかった。
スラインの剣が、「ユラリ」と揺れたと瞬間、倍の長さになり、まるで生きているヘビのように、シクサードの体に巻き付いたのだ。
そしてスラインが剣を思いきり引っ張ると、
「うぎゃ~~~ぁ~~!!!!」
身体中から血しぶきを上げながら、シクサードはその場にうつ伏せに倒れた。
「ブンッ!シャリ~ン!」
スラインは、剣に付いたシクサードの血を振り払うと、何事も無かったように剣を鞘に収めた。。
「フ、フフフ。あれがスラインの剣か…」
オリアンの顔はひきつりながらも、笑っていた。
「なんだ今のは!あたしもあんなのは見たことがないぞ?!」
チェスハも初めて見る武器に興奮していた。
「ママカリソード…」
僕は、思わず呟いた。前に読んだ小説に出てきた武器に似てたからだ。
「ん?タロウ、あの剣を見たことがあるのか?」
オリアンが不思議そうに聞いてきた。
「い、いや見たというか、読んだというか…前に読んだ『ケータイ小説』に…」
「『ケータイショウセツ』?」
「あ、いや、本に書いてあった物語に出てきた武器に似てて。その本では、剣からムチになるんですけど…」
「まあ、スラインがその本を読んだかどうかは知らないが、あれが本当のスラインだ。
『豪剣スライン』の通り名は、戦いにおいて片っ端から蹴散らす姿を言葉にしただけだからな。
一対一の勝負なら、負けた事がない。さらに戦った相手は、みんな死んでいる、まさに死神だ。」
たしかに今のスラインに、いつものような豪快な笑顔は無い。
それどころか、親友でも亡くしたかのような、悲しげな表情をしていた。
スラインはラウクン王子に、軽く頷くと、そのまま馬車に乗り、付き添いの兵と共に、ジプレトデンに帰って行った。
ラウクン王子は、シクサードの亡骸を馬車に積み込むように命じ、積み終わると、そのまま静かに、ユーリセンチへと帰って行った。
後に残された僕達は、さっきの仕合いについて語っていた。
「なあ、オリアン、お前はスラインが勝つと断言していたよな。なぜわかった?シクサードも相当強い方だが。」
昨日、シクサードにコテンパンにやられたチェスハだからこその疑問だった。
「シクサードは確かに強い、だがな「ただ強い」それだけだ。
しかし、スラインは違う、アイツの剣ほど繊細で計算しつくされた剣技はない。めったには見せないがな。
シクサードが勝てる訳がないんだ。たぶん、シクサードもわかってたと思うぞ。」
「え?じゃあ、負けるのがわかってて、スラインと戦ったって事?」
僕はオリアンに尋ねた。
するとオリアンは、
「スラインだってわかっていたはずだ。シクサードに勝ち目が無いって事はな。
しかし、シクサードが、『ただの悪党』として死ぬか、『剣士』として死ぬかは選ばせてやりたかったんだろう。スラインはそうゆうヤツだ。」
僕は、自分の考えの甘さを痛感した。
今、まさに目の前で1つの命が消えたのだ。『仲良しフラグ』などと、言ってる場合じゃない、ここは漫画でも小説でもない、現実に生きている人がいるのだ。まさに命懸けで生きているのだ。
僕は改めて、この世界に来た理由を考えてみる事にした。
何か必ず理由があるはずだと思ったからだ。
シクサードは、城の裏にある『剣士の墓』に埋葬された。
そこには代々、国の為に命を落とした者達が眠っているのだ。
その後、オリアンは黒龍に乗り、僕はチェスハの乗って来た馬車に乗せてもらい、それぞれの場所に帰って行った。
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