それは本末転倒なんじゃ……

 途中で休憩を挟み、馬を走らせること一時間半。たくさん群生しているわけではないが、小規模の群生地コロニーがちらほらある場所にたどり着いたというので馬を停めてもらった。山の裾野から見るパノラマの景色は素晴らしいけれど……ぶっちゃけた話、お尻が痛い。

 水分補給を兼ねた休憩をとったあと群生地の一つに近づいて座り、籠とナイフを用意してから魔力草を切っていく。一緒に切っているのは護衛三人のうちの一人で女性――その名をマキアという。



 おお――なんということでしょう……! 護衛は「シェイラと一緒にいたいからくっついて行く!」と宣言しまくっていたジェイド、マキア、マクシモスの三名でした……!



 彼らは帝国出身で、ジェイドとマキアがザヴィド、マクシモスがロドリクの子供だというんだから、紹介された時に驚いたのはいう間でもない。道理でザヴィドたちと初めて会った時、三人を彷彿させると思ったよ……親子なら当然か。


 つーか、どうやって私たちよりも早く帝国に来たんだろう?


 休憩中にそんな質問をしたら、私が全員の傷薬のできを見たあと、もともと旅の用意をしてあったのですぐにあの街を出たらしい。しかも、あの街に着いて落ち着いたからとザヴィドたちと連絡を取り合っていて、『傷薬が作れるならば、さっさと帰ってこい』と呼び戻されたというんだから驚きだ。

 本人たちはあの街にずっといたかったらしいけど、私が帝国に行くと聞いたから、戻る決心をしたらしい。

 どんだけ私と一緒にいたかったんだよ。まあ、最初から好意的だった三人と一緒にいるのは……ジェイドが近くにいるのは嬉しいけどさ。

 だからおっさんから魔力やその使い方の話を聞いた時、どこかで聞いたことあるなぁと思ったんだよね……帝国出身なら納得だ。


「じゃあ、三人はもともと薬を作る技術を学ぶためにフローレン神殿に行ったのに、結局は三人とも神殿騎士になったと? しかも傷薬を作れるようになった途端に巫女を辞めて、最終的にジェイドは団長、マクシモスとマキアは副団長にまで上り詰めて」

「ああ」

「それは本末転倒なんじゃ……。何のためにフローレン神殿に行ったのさ」

「うっ」


 マキアと話しながら魔力草を切っていく。ほんと、何のために神殿に行ったんだか。

 ちらりと残りの護衛二人を見ると私たちの話が耳に入ったのか、ジェイドとマクシモスがそっぽを向いて知らん顔をしているし、それを見たカムイも苦笑していた。……おい、お前ら自覚ありかい。


「まあ、あの時も言ったけど三人とも中級になってるから、傷薬と風邪薬、解毒薬くらいは作れるから問題ないし、わからなければ教えるから。あと、魔導石はどう? アストから教わったんでしょ? 誰か作ることはできたの?」

「俺とランディが」

「へぇ……そうなんだ。なら、騎士を辞めたとしても、それと薬草で生計をたてられるね」

「そうだな」


 マクシモスってば相変わらずだなぁ……もうちょっと喋る努力をしようよ。まあ、それがマクシモスなんだからしょうがない。

 それに、私がヴォールクリフの娘だと紹介されたにも拘わらず、態度が変わらなかったことは密かに嬉しかったりする。あと、親子だとバラしたので、この三人の前では『お父さん』と呼ぶことにもしている。



 ここに到着する前に一度休憩をとった時、そこで三人の事情となぜ『リーチェ』がいた神殿にいたのかを説明された。どっちも武門家系の侯爵家で、ジェイドとマクシモスは三男、マキアは次女なんだとか。

 この国では王族と特殊な場合を除き、貴族の長男は跡継ぎ、次男はそのサポートか予備、三男以降は成人すると家を出て自立するのが通例で、女性は政略結婚の駒とされるのが普通だそうだ。


 ……成人前に神殿に来たキミたちは普通じゃないってことかい。


 そんなことを遠まわしに聞いたら、「せめて傷薬を作れるようになってこい」と、おっさんが皇太子だった時に命令を出したそうだ。当然のことながら三人だけではなく、大人や子供を含めた何人もの人があちこち行かされたらしい。

 そして薬草を作れるようになってから戻ってきた者は、今の所三人以外はいないんだとか。他は短期間で戻ってきたり、行方がわからなくなっている人もいるらしい。


 当然だよねえ。その人の根性と努力と才能にもよるけど見習いから初級に上がるまで二、三年はかかるし、見習いの段階で辞めちゃう人もいるくらい、薬草類の擂り潰し作業はつらい。

 一番最初は薬草類を束にして干したり、葉っぱの形がなくなるまでひたすら擂り潰す作業しかさせてもらえないんだよ……先輩巫女がコツを教えてくれるし雑談しながらとはいえ、根性がなければできないことだと思う。あとはそれを苦行だと思わないことか。

 覚えている限りだけど『リーチェ』はその作業が楽しくて、ニコニコしながら小さな手でひたすら擂り潰してたなぁ。……当然のことながら周囲の人間にドン引きされてたけどさ。

 その結果が『今』に活きているってことなんだからすごい。


 で、おっさんに言われた三人は大人三人と一緒に旅をしていたけれど、その途中で神官と一緒だったラーディたち四人と出合い、全員一緒に私たちが出会った神殿に行ったんだとか。

 十代前半で親と引き離すなんて、ほんっとに碌なことしてねえな、おっさん。政策と教育が違うといってしまえばそれまでだけど、よくグレなかったよね、三人は。

 ちなみに一緒に行った大人組は三日もたたずに辞めて帝国に戻ったそうだ。……情けなさすぎて涙が出る。

 まあ、おっさんも帝国のためを思ってやったことなんだろうけど、そもそも薬を作れなくなった原因が自分のご先祖様なのがね……。理様や月姫様がそんな事情を一切話していなさそうなので、許可が出ない限り私も話すつもりはない。

 祖父やおっさんのことだから、知っていたら神殿の位置をずらしているだろうし。


「んー、こんなもんかな? マキア、一回試しに薬を作るから、採取を止めてお父さんたちと一緒に周囲を警戒しててくれる?」

「わかった」


 マキアたちに周囲の警戒を頼み、別の籠や手持ちの中から必要な薬草を出してその中に一回分の材料を入れる。触った感じでは魔力草の葉っぱの硬さは毒草とほぼ同じなので、その感覚で神気を込めながら薬にしていく。

 だが。


「くぅーっ……失敗したー! 難しいなあ……これは一回擂り潰してみないとダメっぽい」

「そんなに難しいのかい?」

「『リーチェ』も含めた私自身、魔力草は初めて見る薬草だからさ。どの薬草もそうだけど、初見の薬草でいきなり作ると失敗することもあるんだよ。見た目や触った感じは毒草に近いけど、実際は葉っぱがもっと硬いかも知れないんだよね」

「なるほど……」

「擂り潰す道具は置いてきちゃったし、あったとしてもお父さんは魔獣が出るって言ってたでしょ? 危険だからここで試すのは無理。どうする? 種もあるみたいだし、採取だけして一旦帰る?」


 カムイの質問に、失敗した理由をあげると納得してくれた。一発でできるとは思ってなかったけれど、想像以上に難しくて厄介そうだ。きちんと薬を作るためには一度擂り潰す必要があると判断し、帰る提案をしてみる。

 まあ、必要なぶんプラス余分なぶんを持っていけばいいし、今後のために種と苗を採取していくつもりでいるけどね。


「そうだね……魔力草の数はどう?」

「あとちょっと採取すれば、必要数と予備分は揃うよ」

「なら、それを採ったらかえ……っ! 桜!」

「シェイラ、前にハバーリだ!」

「えっ……、って、うわっ!」


 カムイとマキアの注意喚起に前を向くと視線の先にはイノシシ――ハバーリがいて、真っ直ぐこちらに向かって来ているのが見えた。慌てて籠などの道具類をしまうと立ち上がり、その進路に立たないように避ける。


「アレは真っ直ぐ突っ込んでくる習性があるから、死にたくなかったらその進路に立たないでね! 誘導できそうなら、大きな木の幹に突っ込ませるようにしてみて!」


 そう叫ぶなり、すごい勢いで真横を通り過ぎて行くハバーリ。そのサイズは、以前倒したものよりも更に一回り大きかった。ちらりとジェイドたちのほうを見れば、ハバーリを誘導しながらもカムイを安全なところへ下がらせていた。

 うん、まがりなりにもカムイは生まれながらのれっきとした王族だからね……対応は間違ってない。いくら私の護衛といえど、父を蔑ろにしたら許さんぞ?

 そんなことを考えつつも刀を抜刀し、投擲ナイフで牽制しながら全員で動き回り、大きな木へと誘導する事に成功する。幹を背にしてわざとハバーリの正面に立つと、ジェイドたち護衛組が悲鳴をあげた。


「シェイラ!」

「危ない!!」

「やめろ、危険すぎる!!」

「大丈夫だから、覚えておいてね。ハバーリはね、こうして倒すんだ……よっ!」

「「「なっ!」」」


 突っ込んできたところを右に避けるとそのまま幹にぶつかった。その巨体とスピードで幹が軋む音がしたのと同時にハバーリが目を回したのかふらついたので、「ごめんね」と口の中で呟いてから首を斬ったあと、そこからすぐに跳びのく。


「……っ」


 切口から血しぶきがあがり、自分がやったこととはいえ思わず息を呑む。三人は感心したような顔をしているけど、やっぱり慣れないし怖い。

 こういう時、「いただきます」と「ごちそうさま」とういう言葉の意味を……そのありがたみを、改めて感じる。


 警戒したまましばらくそのまま待ち、動かなくなったので心の中で手を合わせて祈りを捧げた。


「すごいな……」

「一撃か」


 感心したように、マクシモスとジェイドが呟く。


「人間もそうだけど、一撃で倒すには防御が薄い首を狙うのが一番なんだよね……静脈や動脈があるから」

「シェイラ、わかるように説明してくれ」

「あー、そっか。説明するけど、先に血抜きをしていいかな。説明しながら三人にも教えるよ」


 ハバーリの血抜きをすると言うと、なぜか驚かれた。どうやら彼らも血生臭いものしか食べたことがないらしく、ハバーリが美味しいとは思ってもいないようだった。

 ふっふっふっ……王族たちを唸らせたその肉の旨さを味わわせてやろうではないか!


 まずは首を斬り落とす。骨の構造及び静脈と動脈がどういった役割なのかを説明しながら、ハバーリの足を縛る。その間に枝の真下あたりに深めの穴を掘ってもらい、手伝ってもらいながらそこにハバーリを吊るすとそのまま放置する。


「こうすることで躰に血が廻らず、美味しいお肉になるんだよ。血はそのまま臭みになるから」

「なるほど……。だから、人も太い血管が切れると勢いよく血しぶきがあがるのか」

「血がある程度なくなると、人は死に至る……それを本能的に知ってるから、すぐに血止めをするでしょ?」

「ああ」

「特殊な場合を除き、左の首を斬るとほぼ即死。利き手が右だった場合、正面に立つと左首が利き手側になるから……」

「剣を振るえば一巻の終わり、ってことか……」


 三人に警戒してもらい、ハバーリを放置して魔力草とその種と苗を採取する。それが終わったころには血抜きも終わっていたので、サバイバルナイフを抜いてハバーリを解体していく。

 解体の仕方も教えてくれというので、それも教えた。内臓は食べられないので穴に入れてもらい、骨は迷ったけど結局それも穴に入れて埋めた。

 肉はとりあえずカムイのマジックジュエリーにしまってもらい、投げナイフを回収してから忘れ物がないか確かめたあと、魔獣がでない川がある場所まで下山した。

 そこでお昼と呼ぶにはやや遅いご飯の支度をして食べてもらった結果。


「……うまいっ!」

「血抜きをするとこんなにも味が違うのか……」

「どっちもいけるが、俺はこのハーブのやつがいいな」


 マクシモス、マキア、ジェイドと三者三様の答えが帰ってきた。カムイを交えて楽しそうに感想を言いながら食べている顔を見る限り、彼らの口にあったんだろう。そのことにホッとする。最後に口がさっぱりするようにと緑茶を淹れるとその味にさらにびっくりされたけれど、私がいた世界の味と同じだと言えば、唖然としていた。


「食後休憩も終わったことだし、そろそろ出発しようか」


 カムイのその言葉に全員頷き、城へと帰還したのだった。


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