あちゃー……マジかー
護衛と女官を呼んだおっさんに「フードを被れ」と言われて慌てて被ると、すぐに彼らが入って来た。そしてあれこれ指示を出し始め、箝口令を敷いている。
特に侯爵家の面々はさっきのことで信用を落としたのか、「俺が話す前にちょっとでもクリフと桜の噂が入ってきたら、反逆罪適用な」なんて脅……釘を刺していた。
なんでそんな口の軽い人間を連れて来たんだと、おっさんを小一時間ほど問い詰めたい。
そして騎士や女官、あの場にはいなかったけど侍従たちはちゃんと心得ているらしく素直に頷き、侯爵家の面々を冷めた目で見ていた。彼らにまで信用されていないとは……。
私が心配することじゃないけど、大丈夫か? この国とその宰相。つーか、機密漏えい的に口の軽いヤツを宰相にするってヤバいでしょ。
そして侯爵家の二人はここまでらしく、奥のほうに歩いて行った。方向的に中央の建物に行く感じかな? ロドリクを連れたおっさんも途中まで一緒に歩きながら何か話していることから、多分仕事のことを話しているんだろう。
それを視界に入れつつ、一部の侍従と女官は先に移動を始め、私よりもちょい上くらいの年齢の騎士二人のあとに祖父母、カムイと私が続く。左右に騎士と侍従と女官、後ろにはザヴィドが付いて警護を堅める。
話が終わったのかロドリクがザヴィドに並び、おっさんが祖父母の前に行くと入ってきたところを戻る形で歩きだした。そしてエントランスホールみたいな場所には行かず、そこを通り過ぎて真っ直ぐに歩いていく……但し、ゆっくりと。
なんでゆっくり歩くのかと首を傾げながら、何気なく祖父母を見る。すると、侍従の補助を受けながら祖父が微妙にびっこを引いて歩いていることがわかった。
もしかしたらそれが原因で引退したのかな、怪我ならあとで治してあげようかな、なんてことを考えながらくっついていくと、T字路を右に曲がった。視線の先にはまた扉があり、そこを開けたら外に出た。
ザヴィドとロドリクがそのまま外を突っ切って歩いて行ったので、そのあとに続いて奥に見えてる建物に向かうのかと思いきや、彼らに続くことなく左に曲がったので驚く。
(どこに行くのかな……?)
どうやら今歩いているのは建物の外周のようで、謂わば渡り廊下を歩いている感じなんだろう。
「今向かっているのは、僕の宮だよ」
外や奥にある、地球のものとは似て非なる珍しい建物を見るのにキョロキョロしてたら、すっごく小さな声でカムイにそう言われた。
「そうなんだ……」
「あとで案内するから」
「うん!」
二人して小さな声で話しているうちに、他とは一回り小さな建物に着く。と言っても、デューカスの家なんか目じゃないほど大きいのだが。そして、よく見ると建物自体はくっついていることから、もしかしたら独立しているように見せかけて、内部で繋がっているのかも知れない。
「陛下、いらっしゃいませ。大公夫妻、お帰りなさいま……え……ヴォールクリフ、様?!」
「ごくろう。この通り両親と共にヴォールクリフが帰還した。ここを開けよ」
「はっ!」
扉に近づくと、若い騎士が二人と執事服を着た、穏やかな顔をした壮年の男性がいた。祖父母に対して「お帰りなさい」と言ったことから、ここで暮らしていると推測できる。そしてカムイを見たその男性は驚いた声をあげると、おっさんの言葉に従ってその扉を開けた。
(うおっ?! 小説やマンガの世界かっ?!)
扉を開けた先には、この屋敷? 館? で働いているらしい女官と侍従が勢ぞろいしていた。シュタールの王宮の時は怒りまくっていたせいでそれほど驚きはしなかったけれど、平常心で見るとこれは驚くし、慣れていないから心臓に悪い。
何人いるかわからないけれど、この場にいる人数は少なく五、六人しかいないし、騎士に至っては一人もいなかった。だからこそ、おっさんが「戦える侍女がいる」と言ったことに納得できたし、話題にはでなかったから聞かなかったけど多分侍従も戦えるんだろう。
「ヴォール、クリフ、様……?!」
「生きておられた……ようございました……!」
「ただいま。心配かけてごめんね」
驚きとともに今にも泣きそうな顔で次々にかけられる声に、カムイは申し訳なく思っているのか、きちんと謝罪していた。王族が簡単に謝罪したり頭を下げたりしちゃいけないと知ってるけど、カムイのこういうところは尊敬できる。
そしてある程度落ち着くと、今度は私に怪訝そうな視線を向けてきた。まあ、気持ちはわかる。王族がいるというのに、今の私は思いっきり外套のフードを被っているからね。ただ、私から勝手にフードを外すことはできないからさ……そんな視線を向けられても困る。
「恐れながら、陛下。そちらの方は……?」
「先に父上たちとクリフを部屋へ案内せよ。その時に紹介する」
先ほど外にいた侍従が恐る恐るおっさんに私のことを聞いてきた。この建物を管理しているっぽい人たちからすれば、王族の近くにいながらフードを被ったままなんて、十分不審者すぎる。そんな思いを知ってか知らずか、おっさんは祖父母とカムイを優先させるのだった。
***
現在、二階にある日当たりのいいサロンらしき場所にいるんだけど、室内は静寂に包まれている。正確に言えば、おっさんが祖父母たちに話した内容を使用人たちにも話し、私がフードを取ったら驚愕され、さらに杖を出したところ絶句されてしまったのだ。
杖を右手に持ったまま、気まずい思いで出された紅茶を飲もうと左手を伸ばしたその時、ピシリと何かが割れたような音のあとで、カランとテーブルの上に何かが落ちる音が響いた。その音がしたほうを見れば指輪が真っ二つになっているのが見え、小指に嵌っていたはずの『封印の指輪』が無くなっていた。
持っていると邪魔なので、内心でガックリ項垂れながら杖を消す。
「あちゃー……マジかー……」
「さ、くら……? その神気は一体どこから……」
いきなり溢れだした神気に、祖母が驚いたような戸惑ったような顔で私を見る。しかも女官たちや侍従たちの中には、最高位の巫女に対する最上礼をしてる人もいた。
神気がわかるということは過去に神殿にいたか、現在も神殿にいることになる。祖母もその女官や侍従もそのどっちかなんだろうし、今まで『封印の指輪』が嵌っていたおかげで体内の神気は小さかったから、わからなかったんだろう。
「ええっとですね……指輪で隠していました」
「指輪で隠す……?」
「はい。この割れてしまった指輪は『封印の指輪』といいます。左の小指に嵌めることで神気を中級以下の巫女の力に抑える効果のある指輪で、フローレン様の娘の一人に作っていただいたものです。最高位の巫女であることを神殿関係者に気取られたくなくて、ここに来るまでずっと中級巫女を装っていました」
首を傾げる祖母に指輪を手に取りながら説明すると、全員あんぐりと口をあけて私を凝視した。カムイは指輪の効果を知っているから驚かず、微笑を浮かべながら優雅に紅茶を飲んでいる。
それでもさすがは王族、おっさんはすぐに立ち直ると紅茶を飲み始めた。
「……フローレン神殿の巫女や神官は、最高位の巫女を囲い込みたい、利用したいと考えている輩が多いからな。懸命な判断だ」
「そうなんですね。ただ、そんなことを仰っていますけど、月姫神殿はどうなんです? 同じことをしていないと言えるんですか?」
「言えるな。基本的に、月姫神殿の最高位の巫女はその一生を独身で通し、神殿に篭っている。確かに婚姻をする巫女もいるが、相手は神殿関係者が多いんだよ」
「王族や貴族に嫁ぐ巫女は全くいないと?」
「いないわけではないが、婚姻したら神殿を出ることになるから、そこで神殿との関係が切れるんだ。フローレン神殿のように、監視役である神官や神殿騎士が一生ついて回るわけではないし、王家に嫁がせるなんて『一生利用します』と言っているようなものじゃないか」
神官や神殿騎士、王家に嫁ぐ巫女のことを冷ややかな声で話すおっさん。つーか、よく知ってるな……帝国は情報収集もバッチリってことか。まあ、『
「確かに。で、陛下に一つ聞きたいことがあるんですが」
「……なんだ」
「私の扱いはどうするんです? 先に言っておきますが、『ヴォールクリフの娘』及び『理様の最高位の巫女』として紹介するのは拒否させていただきます」
「ここ一連の桜の話と態度から、最早理様の巫女として紹介するのは諦めたさ。ただなぁ……俺としては、クリフの娘として紹介する気満々なんだが」
私を窺うように見るおっさんにイラつく。なので、地を出すことにした。このほうが私の怒りと呆れが伝わるだろうから。
「……私の育ちは庶民だし、もういろいろと面倒だから言葉を崩すけど。……ほんっとに懲りねーな、おっさん。また殴られたいの? それともわざとなわけ?」
「……は?」
私の言葉遣いとその内容に使用人たちが固まり、おっさん以外はさっきので慣れたのか苦笑している。カムイに至っては紅茶のおかわりを頼んでいるし。
「あのさぁ。詳しくは知らないけど、この場にいる王家の人や王宮に仕えている人ならば、王家の力? 魔術? を知ってると思うんだよね。実際、巫女の杖を出し、指輪が壊れて神気が溢れたら最高位の巫女だってわかってくれた人もいたわけだし」
「ああ、そうだな」
そう話すと、最上礼をしていた女官や侍従は頷いている。
「だけど、それを知らない貴族や庶民にその力のことを説明できんの? 『三年前に異世界で産まれた娘で、いま二十六です』って説明して、一体誰がそんな荒唐無稽な話を信じるっていうのさ」
「それは……。桜が」
「私はあの姿のまま、ずっとここで過ごすつもりはないからね? 『一人旅がしたい』って言ってんでしょーが」
「うっ」
問題点を指摘したら、おっさんは言葉を詰まらせて目を泳がせる。
「お父さんは生まれた時から王族だし、行方がわからなくなってるって話だから、帰還したことを伝えるのはわかる。お父さんと過ごすのも賛成。また釣りをする約束をしたし、旅も一緒にしたいって思ってるからね。あと、フローレン様から聞いたというレシピ……んと、作り方で薬を作るのも、やりたくないけど、やるよ」
そこで一旦区切ると、紅茶を一口飲む。
「だけど、私はお父さんの血を引いているとはいえ、この国に戸籍があるわけじゃない。最高位の巫女になって、神殿に縛りつけられるのも嫌。向こうでは庶民だったんだから王族や貴族の仕来たりなんて知らないし、王族になんかなるつもりもない。そんな人間を、あんたや帝国の都合で巫女や姫に祭り上げて、自分たちの人気取りや政治的な思惑に利用しようとすんな」
「そっ、それは……」
「あんたがそんな態度や気持ちだから、『自ら迎えに来た』意味も『後ろ盾』の意味もなくなるんだよ。馬車の中で、あの侯爵家の二人のようなヤツは王宮にいないって言ってたけど結局はいたし、他にも同じように考えるヤツが出てくるんじゃないの? そんな輩になんて二度と会いたくもないし、こっちから願い下げ! どうしても強要するっていうんなら、薬も作らずさっさとここを出て行く。自国内のことは、その有り余る金を使って自分たちでなんとかしな」
「……っ」
冷めた視線と声でそう話せば、おっさんはとうとう黙り込んだ。
血筋からいえば、確かに私は『リーチェ』の時も今も王族の姫なんだろう。だけど『氏より育ち』って言葉があるように、子供のころなら矯正可能でも、二十六……もうちょっとで二十七になる私には、今まで培ってきた生き方や考え方を変えることなんてできないし、変えるつもりもない。
国民の命を盾に取った脅し? 私は身内だけが大事で大切なんだから、赤の他人のことなんか知ったこっちゃねーよ。
そんなことを伝えたうえでおっさんに同じことができるのかと聞けば、首を横に振って溜息をついた。
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