そのおかげで私は妻を失い、娘も失った

『カムイ、殺気が駄々漏れしてるよ? 少し抑えないと、騎士に気付かれるよ?』


 カムイはハッとしたように私を見ると、小さく息を吐いてその殺気を抑える。

 カムイにしてみたら自分の妻を殺され、娘と引き離される原因となった女性――ロシェルが目の前にいるのだ。気持ちはわからなくもないけど、今は我慢してほしいよ。


 そんなやり取りをしていたら、王様が手を上げた。何をするんだろうと思って見ていたら、偽王太子――シャルフを騎士に拘束させ、私たちと王様の間に引き摺り出した。


「シャルフ、そなたには失望した」

「父、上……」

「いろいろと話したいこともあるが、ここでは話せぬ。そなたの処遇が決まるまで幽閉する」


 厳しい声で告げたた王様に、偽王太子シャルフは体を震わせる。私の位置からだと彼の顔色は見えないけど、相当悪いんじゃなかろうか。

 そんなことを考えていたら、シャルフは騎士に引き摺られるようにしながら、この場から連れ出された。


 とりあえずシャルフの件は終わったけど、問題はこれからだ。カムイはどんな話をするんだろう……。

 そんなことを考えながら内心で溜息をついている間に、王様とアストとの間でまた会話がなされて行く。本物の王太子はどこにいるのか、レーテはどうしたのか、と聞いている。

 幽閉されていた塔に賊が入り込み、王太子も、レーテも、レーテの護衛騎士も塔からいなくなったなどの、打ち合わせをしていた話をしていた。


「三人の行方について何か知っておられたら、我が国に教えていただきたい」

「そうですわね……。もしわたくしが知っている、と言ったならば、陛下はどうなさいますか?」

「なに……?」

「こちらに来る途中で、不思議な塔を見つけましたの。但し、その塔を見つけたのはこちらの方……カムイ様ですわ」


 アストの視線はカムイのほうへと向いていた。そのカムイはと言えば、笑顔を張り付けたまま優雅にお辞儀をした。尤も、目は全く笑ってない。


「この場では関係ございませんので詳しいことは省きますけれど、わたくしはこちらに来る旅の途中でカムイ様と知り合いましたの。カムイ様も旅をしておられると伺いましたので、そのお話をしてくださるようにお願いしましたら、旅の途中の話やその塔のことなどを話してくださいましたの。ね? カムイ様」

「ええ……そうですね。その塔に閉じ込められていた女性と男性二人をお助けいたしました」


 アストに問いかけられ、王様に視線で話す許可をもらって話し始めたカムイの声は、私の声ではなく本来のカムイの声で男性のもの。その声に驚いたのか、王様や王妃様、後ろにいた近衛騎士らしきあのおじさんとお兄さん、アストまでもが驚きをあらわにしていた。

 まあ、驚くのは無理ないよねー。体は私って知ってるし、事前に声も聞いてるんだから。尤も、近衛らしきあの二人は、助けたのがカムイってことに驚いているらしいが。


「私は声を自在に操れるのですよ。ですが、この姿ならばこの声のほうが似合うと思いませんか?」

「え、ええ、そうですわね」


 優雅に微笑みを浮かべてしれっとアストに宣うカムイに、アストは何とか笑顔を張り付けて頷く。ごめんよー、アスト。私もカムイが本来の声を出せるとは知らなかったよ。


「女性と男性二人をアストリッド様に引き合わせましたら、この国の高貴な方とその護衛騎士と仰るではありませんか。驚きました」

「わたくしも驚きましたわ。すぐに三人を保護をさせていただきました」


 アストのその言葉に、フードを目深に被っていたクレイオンとレーテがフードを外し、ヤグアスが鬘を取り、布で顔の傷を消して本来の姿を表すと、その場にいた人々がざわめきだした。


「残念だったな、ロシェル様。私も、我が妃も、ヤグアスも生きている」

「ええ。カムイ様に助けていただきました。カムイ様がくださった傷薬がなければ、わたしもきちんとした巫女治療ができず、今ごろはお二人とも命を失っておりましたわね」

「過去のこと、そして王太子を殺害しようとしたことは言い逃れできんぞ、ロシェル!」


 クレイオン、レーテ、王様の言葉が続き、偽王太子の時と同じように王様が手を上げると、ロシェルも王様の前に引きずり出された。但しその扱いは偽王太子よりもひどく、罪人を扱うようだった。まあ、実際に罪人なのだが、その扱いが不満だったのか、ロシェルが顔を上げて王様を見ている。雰囲気から察するに、王様を睨んでいるのかも知れない。


「どうして……何で……! あたしが何をしたって言うの!」

「何をしたのか、だと? 帝国の皇弟に横恋慕し、その妻をその手で直々に殺めたではないか! それを忘れたと申すか! そして我が国の王太子に怪我をさせ、最高位の巫女でもある王太子妃を塔に閉じ込め、何をしたのか知らぬが我らを操っていたではないか! この二十年弱の間、そなたのせいで我が国は苦渋と辛酸を嘗め、それが現在も続いておるのだぞ?! それなのに『何をしたのか』と申すのか!」


 怒り心頭の王様の言葉に、ロシェルの肩がビクンと跳ねる。当然のことながら、王妃様も、上層部らしき人も、皆厳しい眼差しと顔つきをしている。


「陛下の仰る通りですね。……そのおかげで私は妻を失い、娘も失った。そして、妻の祖国も」


 冷ややかに告げたカムイの言葉に、ロシェルだけでなく王様や王妃様……私以外の全員が驚いてカムイの顔を見た。フェンリルになっている私に触れながらカムイが小さく何かを呟いた途端、フェンリルだった私の体が人間へと戻る。その姿は、薄紫色の髪と瞳を持った、生前の『リーチェ』の姿だった。


「リーチェ……?!」

「そんな……だって、三年も前に……!」


 ざわめく謁見の間の中、アストとレーテが小さく叫んだ言葉が聞こえて来る。


「この姿は、三年前にユースレス王――当時は王太子でしたか――に殺された、私の娘の姿です。娘を知っていたフェンリル自身が、その幻影をかけてくれているに過ぎない。貴様がアイリーンを殺さなければ娘のリーチェも妻のアイリーンもまだ私の側にいた。最高位の巫女の資質が三歳でリーチェに発現することもなく、アイリーンの弟……リーチェにとっては叔父である、セレーノの王太子であったパーシヴァル殿にも会えた。リーチェは家族や身内がいることすら知らずに亡くなり、妻の祖国であったセレーノはこの国に併合され、最早その存在すら無い」

「……っ」

「知っているかな? 妻の祖国では貴様が『魔女』と呼ばれていたことを。貴様が彼の国に病を撒き散らしたと噂になっていることを。その姿を見た者がいて、お尋ね者として姿絵が出回っていたことを」

「し、らない……そんなこと知らない! あたしはやってない!」


 冷ややかに、そして静かに言葉を重ねるカムイにロシェルは反論していたけど、宰相様と重鎮らしき人の何人かの眉間に皺が寄ったことから、もしかしたらあの人たちはカムイが語った噂話を知っていたに違いない。

 カムイの哀しみと怒りが伝わって来る。その思いが切なくて悲しくて、「私がいるよ」という思いでカムイの手を握ると、カムイにその思いが伝わったのかそっと握り返してくれた。


「アイリーンさえいなければ私が貴様に靡くと思っていたようだが、それはないと断言できる。まさか、自分の妻を殺した人間を、いつか愛するようになってくれると本気で思っていたのか? 妻子がいる男に言い寄る愚か者は、我が帝国には存在しないうえ、露呈した場合は処罰は免れん!」


 ヒタ、とロシェルに向けられるカムイの視線は、今すぐ殺してやりたいと言っていた。そんな視線を向けられたことがないらしいお嬢様のロシェルは、カムイの断罪も相まってか、どんどん顔が青ざめて行く。


「言っておくが、貴様が過ごした家は最早存在しない。貴様の親兄弟も、親戚も……一族郎党が皇帝陛下によって既に処刑されている。その命をもって、皇帝陛下に、私に、アイリーンに……そしてリーチェに詫び、償え」

「カムイ殿……いや、ヴォールクリフ殿はそれを望む、と?」

「当然でしょう? 隣国の王族を殺したあげく、間接的に一つの国を滅ぼしておきながら、幽閉されただけでのうのうと生き延びた者を、貴方は許せるのですか? ……ああ、帝国によって失った領土ほどではないにしろ、貴方は謀らずも妻の祖国を手に入れたのです。さぞや満足されたのでは?」

「そ、んな、ことは……っ」


 カムイの嫌味と怒気に中てられ、王様だけではなくこの場にいる重鎮たちや騎士すらも、最早顔面蒼白で身じろぎすらままならない状態だ。

 気持ちはわかるけど、もう少し怒気を抑えてくれ。でないと話が終わんないよ、カムイ。


「それに、私はずっとこの手で、この女を八つ裂きにしたいと思っていたくらいです。それができないので、貴方にお願いをしているのです……聞いていただけますでしょうか?」

「あ、あ……っ」


 カムイと王様のやり取りに、最早真っ白な顔色のロシェルを、冷めた気分で見下ろす。


 やっぱり一族郎党処刑されてたか。


 ある意味反逆罪だし、この国の法より帝国のほうが厳しそうだもの。もしかして、戦争で得た土地の中にロシェルの実家の領地があったってことは、それが目的だったとか……?

 実際はどうなのかわからないから、あとでカムイに聞いてみようとは思う。……教えてくれるかどうかはわからないが。


「……そう、だな、ヴォールクリフ殿の言う通りだ。この国の法ではそれができぬと言ったところで、ヴォールクリフ殿も帝国も納得しないだろうし、この城の住人も納得しないだろう。……さて、ロシェル。そなたには服毒を命じる。苦しみ抜いて死ぬという毒を飲んでもらおう」

「あ、あ、あああっ!」


 王様が冷ややかにそう告げると、ロシェルは床に突っ伏して泣いた。それと同時に私の体がフェンリルに戻ると、王様に命じられた近衛騎士の人に立たされたロシェルは謁見の間から連れ出された。

 苦しみ抜いて死ぬ毒を飲ませるなんて、えげつないとは思う。でも自業自得だし、カムイの気持ちを考えると何も言えなかった。



 ――翌日、ロシェルはボルダード王家に複数伝わるうちの1つの毒を服毒し、七転八倒の苦しみを味わったあとで亡くなったという。その後遺体は火葬された上で石造りの骨壺モドキに骨を入れ、一般の墓地の誰も来ない片隅にひっそりと埋葬されたらしい。

 後日、火葬して骨壺モドキに入れた理由を聞くと、木棺にそのまま入れて土に埋葬するとその土地が毒に犯される可能性があることから、火葬したうえで念のために石造りの骨壺モドキに入れたそうだ。


 それだけ強力な毒だったんだなと、内心でひっそりと溜息をついた。


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