あんた、またやらかしたわね?
真っ暗闇の森の中。ホウ、ホウ、と鳴く梟はちょっと不気味だ。まあ、実際は《巫女様、大丈夫?》と言ってるんだけどね。
外套も顔も髪も泥だらけ、そして埃まみれになりながらやっと塔を見つけた、という感じを装って塔の入口に近付くと、二人の門番に同時に槍を突き付けられた。
「おい! 止まれ! 貴様、何者だ?!」
「何者と言われても、単なる旅人で……」
「旅人と言われて信じ……」
ぐー、きゅるきゅるきゅる。
「「………………」」
門番二人に槍を突き付けられながら話すも、静かな森の中に私の腹の虫が鳴り響き、二人の門番は押し黙る。
「あのー……ここは一体どこでしょう?」
盛大に腹の虫を鳴かせ、半分涙目になりながらその場にヘナヘナと座る私に、彼らは二人で顔を見合せたあと、私を可哀想なヤツというような目をしながら見下ろした。
***
アストにネムリダケの話をしに行く前にギルドに行くと、珍しく『魔導石納品』と『解毒薬納品』という依頼を見つけた。どちらもあまり見ない依頼だし、解毒薬はともかく魔導石はアストに頼もうかなと思ってその二つの依頼を持って窓口に行くと、今や顔馴染みとなった受付の女性がびっくりした顔をした。
「シェイラ、貴女、傷薬や解毒薬だけじゃなく、魔導石も作れるの?!」
「ええ、まあ。ただ、解毒薬はともかく、火炎草があるかどうかがわからないんで、依頼を持って来た手前どうしようかな、と」
魔導石を作れるのはアストだけど、と、本当のことは言わないでおく。
「なら、ちょうどよかったわ! この依頼は、火炎草を処分するために出した依頼だから、魔導石を作れるならこの火炎草を使ってほしいの」
一旦奥に引っ込んだ女性が持って来た火炎草の束に、顔がひきつる。その量は両腕で抱えるほどあったからだ。
「うえ……。どうしたんですか、こんなにたくさん……」
「実は、先日新人数名が大きなお屋敷の草むしりに駆り出されたんだけど、雑草に混じって生えてたらしくてね。依頼人もまさか火炎草だなんて知らなかったらしくて、しかもどう処分していいかわからないからってことでギルドに持ち込まれたの。この街には魔導石を作れる職人はいないし、魔導石を売ってるのはウォーグさんのところみたいな大きな道具屋とか商店だけだから、私たちも処分に困ってしまって……。まさかシェイラが扱えるとは思ってなかったけど」
「あはははは……」
乾いた笑いしか出ない。
「悪いんだけど、お願いしてもいいかしら?」
「まあ、いいですよ。依頼票剥がしちゃったし」
「助かるわ!」
ホッとしたように受付嬢が笑う。
「魔導石の大きさは?」
「大小様々あると助かるわ。量によっては各商店とかに卸すから。もちろん報酬はその卸した値段になるけれど……それでもいい?」
「いいですよ。で、解毒薬は?」
「そうね……あるだけあればいいけど……」
「わかったわ。材料の量を見て、適当に作って来るわ」
なんてやり取りをしてギルドをあとにし、火炎草を抱えながらアストの屋敷に行ってアストに話をすれば、呆れたような怒ったような顔をしながらも魔導石を作ることを承諾してくれた。
「それでね、アスト。レーテたちを助ける方法を思い付いたんだけど……」
魔導石を作っているアストを横目に話したのは、昨日カムイに教わったネムリダケの話と、作戦とも言えない作戦だった。
「……サクラに危険はありませんの?」
「さあ?」
「さあ、って……!」
「シュタールの時や旅してる時もそうだったけど、ああいった兵士とか騎士がいる場所で、危険じゃない場所なんて早々ないよね?」
「ですが……」
「何とかなるっしょ。だからアストは」
「わたくしも一緒に行く、などと我儘は言いませんわ。ですが、せめてサクラの家でレーテたちを待つことをお許しくださいな」
「……まあ、それくらいならいいよ」
そんな会話をした二日後の三時頃、アストはデューカスと、なぜかジェイドとマクシモスを伴ってやって来た。デューカスはまあ恋人だし護衛も兼ねていることを考えると、待ってる間アストを一人にするなんてできないからまだ許せる。
けど、なんでジェイドとマクシモスがいるのかさっぱりわからなん。まあ多分、アストが口を滑らしたか、二人がごり押ししたんだろうな。
「……アスト? あんた、またやらかしたわね?」
「も、申し訳ありません……! お二人がどうしてもサクラのいる場所を知ってるなら案内してくれ、と言われてしまって……」
「はあ。……まあ、いいわ。上がって。それとも先に庭を見る?」
庭が見たいと言った四人に、こっそり溜息をついて案内する。と言っても、日当たりのいい庭は野菜の苗を植えたばかりだし、温室も薬なんかの材料になる花を植えたばかりだから、それほどたくさんあるわけじゃない。四人は温室にある花が珍しかったのか、呆気にとられていた。
裏庭には芽が出始めた薬草と毒草があり、アストはそれを目敏く見つけていた。そのまま家の中に案内して、四人にテーブルに座ってもらってお茶とお菓子の用意をして並べると暖炉に火を入れる。この辺は夜になると気温が下がるから、火を入れないと寒い。そしてそのまま四人分の食事を用意する。
用意をしながら食べたい欲求を我慢しつつ、これから塔に行くと話すと、ジェイドとマクシモスが付いて行きたいと言い出した。
「は?」
「夜の森は危ない」
「カムイがいるから大丈夫だよ?」
「それに、もしかしたら男手が必要になるかも知れないんだろう?」
二人にそう言われてアストをちらりと見ると、アストはあからさまにビクッと身体を震わせた。
「……アスト?」
「あの、本当に申し訳ありません! あの、あの、魔導石作りは、今後はわたくしがたくさん作りますから!」
「……はあ。全く……。懲りないよね、アストも。喋っちゃったんならしょうがないけどさ」
わたわたするアストは可愛いとは思うけど、それはそれ、これはこれ。好きな人と一緒になれることがわかってから、アストは惚けてる気がする。まあいいや。作ってくれると言うなら、魔導石作りをたっぷりやってもらおうじゃないか。
「カムイー、人数増えちゃったよ。どうする?」
「予定通り桜が一人で中に入り、桜が合図するまで我と二人は姿を隠して待機、というのはどうだ?」
「だよね、それしかないよね。てなわけで、ジェイドとマクシモスは、隠れてる間は私語は禁止。ついでにボレ取り手伝ってね」
「わかった」
頷いた二人に私は準備を始めることにする。四人にはきっちり食事をしてもらい、アストとデューカスにはここで留守番しているようにと告げ、森の中へと入り込む。
ネムリダケをカムイに教えてもらい、それを採りながらわざと転んだり転がったりして外套を汚して行く。ちなみにネムリダケは、エリンギのような形になめこのような粘着性のものがついた、白いキノコだ。
もしものためにとカムイはきちんとした食用の他のキノコ類も混ぜるように言い、それをリュックの半分ほどまで詰めたあとで塔に向かった。時間的には六時過ぎくらい。
刀をジェイドに預けた私は塔の見張りの死角になる場所で、姿を隠したカムイと二人に直ぐに入口に入れる場所あたりにいてもらい、私は塔の背後に回ってから入り口付近に向かう。今夜のために、前日の夜からご飯を抜いていた私のお腹は、絶妙なタイミングで鳴ったというわけだ。うう……恥ずかしい。
***
「そうか……だから見慣れない格好してんのか。東の大陸からじゃ、この辺はわかんねぇよな」
「しかも、この辺りには凶暴な動物もいるんだぜ? お前、よく無事だったな?」
「その、街道が見える場所で一休みしようとして、鍋とかテントとか置いて珍しい植物とか見ながらうろうろしてたら、その凶暴な動物に追いかけられて逃げ回っているうちにその場所がわかんなくなっちゃったんです。だんだん暗くになって来るし、動物の気配とかするし、ふらふらさ迷ってたら明かりを見つけて、ここまで来たんです……」
「……そりゃ、災難だったな……」
「本当にすみません……」
「いや……」
ガツガツとご飯を食べる私に、兵士たちはひきつった顔をしている。それはそうだろう。兵士たちのご飯を根こそぎ食べる勢いで、ガツガツとご飯を食べているのだから。
あのあと……お腹を鳴らした私は、その凄まじい格好とお腹の鳴り具合から兵士の一人に詰所まで連れてこられた。詰所でちょうど料理中だったのか、その匂いでさらに盛大にお腹を鳴らした私は、可哀想な子を見るような目付きをした兵士五人に見つめられ、ご飯の相伴に預かったのだ。
「……にしても、良く喰うな……」
「俺らの飯……」
「あああ! 本当にすみません!」
「いや、いいんだが……飯、どうする?」
「うう……。あ、そう言えば!」
「お? どうした?」
背負っていたリュックを下ろして口を開け、キノコやら山菜やら野菜やらを取り出す。
「森に入る前に買った野菜や、さ迷っている時に見つけたキノコ……えと、西大陸だとボレ、でしたっけ? それがあるのでお詫びに俺が料理します!」
「お? 料理なんかできんのか?」
「俺、ずっと旅してたんですよ? 料理くらいできます」
俺、と言ってるのは、私の声が割と低めだからだ。当然、服は道着だから東の大陸から来ましたアピールばっちりだし、さらしも巻いたら胸の膨らみなんて誤魔化せる。身長もそこそこ高いから、声さえいつもより低く出せば誤魔化そうと思えばできるのだ。髪はポニーテールにしている。
「料理したらダメですか?」
しょんぼりしながら聞くと、兵士たちは集まってこそこそ何かを話している。時折、上が、とか行かせなきゃいい、だとか話してるから、レーテたちのことを隠そうとしてるんだろうけど、そんなことしたらまるわかりだっての。
これを食べてくれないと、救出できないんだけどなあ、なんて内心でぼやいてたら話し合いが済んだのか、「作ってくれ」と言われたので厨房を借りる。外套を脱いでリュックと一緒に自分のそばに置くと、隅のほうにお米があるのを見つけた。
リゾットにしてしまえと思って使っていいかどうか声をかけると、「構わん」と言ったので、それを使ってリゾットを作り、まずこの場にいる兵士たちに配る。
「お、うめえな、これ」
「ありがとうございます! あの、外にいる人にも持ってっていいですか?」
「そうだな……外は寒いしなあ……。いいぞ」
やった! と返事をして、門番をしている二人にリゾットを持って行き、今までのことを説明してから二人に渡すと呆れた顔をされた。
そうして待つこと十数分。兵士たちは次々に眠っていく。詰所の人間が全員眠ったところでお皿を回収し、中身を鍋にあけてお皿を洗うと門番のほうに行って確認し、門番も寝ていることを確認すると詰所の人間と同じようにして回収し、カムイたちを呼ぶ。
「お待たせ」
「場所は?」
「こっちよ」
夢の通りなら、詰所と門の間くらいにある。その草で隠された入り口を発見して扉を開けると、簡単に開いた。
「……呆れた。まあいいや。こっちよ」
先に中に入って行ったカムイを追いかけるように螺旋階段を上がって最上階に行く。開けた場所には扉が二つあった。最初の扉には鍵はかかっておらず、カムイはその扉の前でカリカリと引っ掻いていた。
「カムイ? どうしたの?」
「桜、助ける前にここを開けてくれ」
「いいけど……」
カムイの行動に首を捻りつつも扉を開けて一緒に入る。ベッドにクローゼット、ドレッサーがある。
埃が被っていることからずっと使われていない場所だというのはわかった。カムイはドレッサーの前に座り、やはり引き出しをカリカリと引っ掻いていた。
引き出しを引き抜いてカムイの前に置くと、カムイは「この箱を開けてくれ」と、見事な細工が施された宝石箱を叩いた。
「カムイ……どうしたの?」
「帰ったらきちんと説明する」
「うん、ならいいけど……」
よくわからないまま宝石箱を開ける。中にはイヤリングとネックレスのセットがあり、二段になっているのをどけると、黒い、禍々しいまでの水晶が出て来た。
「なに、この禍々しい水晶……」
「やはり……。桜、すまないが、この宝石箱ごと持って帰ってくれぬか?」
「……ちゃんと説明してね?」
「わかっている」
パタパタとしっぽを振るカムイに、まあいっか、今は急ぐし、と宝石箱を持ち上げ、引き出しを元に戻してから隣の扉へと行くと、二つ目の扉には鍵がかかっていた。
「鍵がかかってる……どうし……」
どうしようかと言おうとした途端、キィンという金属音のあとで、カシャンという音がした。
「開いたぞ」
「……マクシモス、斬ったらダメじゃん……」
「俺が斬れって言ったからな」
「急ぐんだろう?」
「……」
二人にそう言われて黙る。マクシモスは自分の剣で、鍵を真っ二つに斬っていた。
先ほどの金属音はどうやら鍵を斬った音らしかった。普通、剣で金属斬れないよね、漫画の世界だよね、絶対にバレるよこれと思いつつ、引っかかっていた鍵を外して扉を開けるとびっくりした顔をした三人と、ホッとしたような顔をした男性が奥にいた。
「ヤッホー、助けに来たよー、って、うわっ! ちょっと!」
「リーチェ!」
「またか」
「まただな」
「そうだな、まただな」
ジェイドとマクシモス、カムイの呟きが背後で聞こえる。
レーテに抱き付かれましたよ、ええ。レーテの行動に部屋の中の三人はポカンとした顔をし、後ろを向くとジェイドとマクシモスは苦笑していた。
「とりあえず、ここから出よう。歩けるか? ヤグアス」
「だ、んちょう……?」
「ジェイド、話はあと! 皆は歩けるの? 歩けないの?」
「あ、歩けます!」
「なら、とっとと付いてくる! ジェイド、マクシモス、もし歩けなさそうなら、二人に手を貸してあげてね? 奥にいる人も歩けるなら行くよ!」
レーテの背中をポンポンと叩いてから引き剥がすと、皆に先に降りるように伝える。鍵を扉のところに引っかけてわざと隙間を開けておくと、そのまま一気に塔を抜け出して門の外で見送る。
「リーチェは? 行かないの?」
「まだやることがあるからね。カムイ、家まで案内よろしくね」
「わかった。あとで迎えに来る」
「はいよー。ジェイド、マクシモス。あとは頼んだ」
「わかった」
「ん」
マクシモス、ん、ってなんだよ、ん、って。不安そうなレーテに笑顔で手を振り、詰所に戻ると鍋を持って外に出て穴を掘り、そこに鍋の中身を全部入れて元通りにしてからもう一度詰所に戻る。うう、お百姓さん、たくさん捨ててごめんなさい。
リュックの中から大きな巾着を出して、料理した材料と同じ野菜やキノコを出す。但し、これにはネムリダケは入ってない。
もう一度リゾットを作って冷めるのを待ち、持っていた宝石箱を巾着にしまってからリュックに戻す。お皿に冷めたリゾットを入れ、置いてあった場所全てにお皿を置く。ここまででざっと一時間ちょい。そろそろ兵士が起きる、はず。
(ギリギリセーフかな。あとは起こして、っと)
隊長らしき人の側に行って、兵士を揺り起こす。
「おじさん! 起きてよ、おじさん!」
「うう……ん」
「う……どうしたんだ……急に眠くなって……」
「あ! やっと起きた! おじさん、さっきから上のほうから変な音がするんだけど……」
私の言葉に兵士たちはガバッと跳ね起きた。うわ、びっくりした。
「どれくらい寝てた?!」
「わかんないけど、十分くらいかな? 疲れてんのはわかるけど、俺の料理喰って寝るなんてひどいよ!」
「おお、すまん」
「いいけどさ……。それよりも、さっきから上のほうから変な音がするんだってば。ここ、ネズミとかいるの? それとも、この塔ってなんかいるの? なんかいるなら、俺、怖いからすぐにここを出たいんだけど……」
その時、上のほうから、ガタン、バタン、という音がした。それに内心首を傾げる。
(あれ? カムイがなんか仕掛けてったのかな?)
そんなこと言ってなかったよねと思いつつ、外套やリュックがあるほうに行って荷物を抱え、隅っこに行って座り込もうとしたら隊長らしき人に手招きされた。
「荷物持ってこっちに来い。……おい、坊主、一人で森を抜けられるか?」
「一人で?! 無理だよ!」
「門を出て左に真っ直ぐ行くと、街の住宅街の裏手に出るはずだ」
そんなことを言いながら詰所から連れ出されて門の外に連れて行かれる。詰所を出る時に近くにいた兵士に耳打ちしていた。多分何らかの指示を出したんだろう。
「あっちのほうにわずかだが光が見えるの、わかるか?」
「う、うん……」
「あっちの方向目指して行けば、街に出る」
説明しながら兵士は住宅街のほうに指を向ける。
……まさかと思うけど、口封じに後ろからバッサリ、なんてことされないよね? 今は手元に刀がないから、もしもの時は応戦できない。思わずゾッとして体を震わせると、何を勘違いしたのか兵士は私の頭を撫でた。
「……本来なら、この場所を知った人間は殺さなければならん。だが、坊主は俺たちに旨いメシを喰わせてくれたうえに賊の侵入を教えてくれたから、誰にも言わないと約束するなら、今回だけは見逃してやる」
「う、うん、わかった。俺もメシ喰わせてもらったから、誰にも言わない」
「よし! さあ、賊がどんな輩かわからん。さっさと行け!」
「うん! ありがとう、おじさん! 怪我しないでね!」
「おう!」
なんてやり取りをしたあと、塔が見えなくなるまでひたすら走る。
うーふーふー。おじさん、ごめんね。賊は私だよ。そしてもう誰もいないよ。
背後からバッサリやられなくてよかったよ、そろそろ皆は私の家に着いたかな、カムイ迎えに来てくれないかな、なんて思いながら走っていたら、前からカムイが走って来るのが見えた。
「カムイ!」
「桜、無事か?!」
「大丈夫! 皆は?」
「無事に家に連れて行った。今はアストリッド殿がお茶の用意をしているはずだ」
「だったら、私もすぐに帰ってお風呂の用意とかしないとね」
立ち止まってそんな話をしたあと、カムイの背中に乗って一路自宅へと急いだ。
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