あの日から僕は

稲荷 里狐

第1話 終わりとはじまり

 僕の名前は東雲蒼(しののめあお)、私立桂樹(かつらぎ)高校に通う1年生だ。

 僕は夏休みに衰弱した鬼の女の子に出会った。

 鬼と言っても地獄にいるような巨大で強大な鬼ではない。僕が会ったのは、人の心を読むとされている天邪鬼だ。

 知っているかもしれないが、あえて説明しよう。

 天邪鬼は仏教では煩悩を現す象徴であり、他の地域では様々なとらえ方をされる。

 例えば、静岡県と僕の地元である神奈川県では巨人のようなものと伝えられたりする。

 他にも幾つかあるが今の僕の語彙力では説明でこの話が終わってしまうので省略する。


 さてさて僕が天邪鬼に会った話でもしよう。

 その日は8月3日だった。夏休みと言うのにバイトもせず宿題をする訳もなくただ限られた時間を貪っていた僕は、地元にある「ブロックアート」へ自転車でサイクリングがてら向かった。

 ちなみにブロックアートとは、神奈川県西部の小さな半島にある廃墟だ。廃墟と一口に言っても家や屋敷の類ではない。一言で言えば、小学生とかが集まる秘密基地といったところだ。

 僕はそこで暇を潰すつもりだったが、残念なことにそこには既に誰かがいた。

 それは2段積みになったブロックの1段目にいた。

 僕が近づいて確認してみると、それは女の子だった。幼くどことなくあどけなさがある女の子が倒れていた。最初はただ寝ているだけかと思っていたが、寝息が聞こえなかったので僕は慌ててその子を介抱しようとして近づいたら、急に腕に痛みが走った。

 恐る恐る腕を確認すると、頭がくっついていた。いや、くっついていたのではなく噛まれていた。

 それは吸血鬼が行う吸血みたいに一対の牙で噛まれていた。その傷口からとめどなく血が流れている。

 そして、時間が経つにつれて意識が朦朧とし始める。女の子は未だに腕に噛みついたまま。

 「くっ、離れろ!」

 僕は腕を振り女の子を振り落とそうとするが、だんだんと視界が歪み始め、意識が遠くなり腕には力が入らなくなった。涙で視界が歪んでいるわけではない。出血の多さから起こる貧血のせいだった。

 そして、意識がこの世に留まるのが限界を迎えた時にやっと牙が外れた。

 吸血から解放された僕が見たものは、黒髪ショートで巫女服を着て口を血で濡らした女の子だった。

 そして僕は出血多量で死んだ。16歳だった。

 おっと、じゃあ今話しているのは誰かだって?それは知っての通り、東雲蒼だ!

 「あっれー?君って、さっき死んだよね?」と思うだろう。うん、思って欲しい。

 その事はこれから話そう。


 僕は生きていた。その証拠に目の前に黒髪ショートで巫女服を着た女の子がいて、ちゃんと僕の体があったからだ。

 本来なら今頃、地獄の火の中だったり、天国にいる先祖を見ているはずだった。だけど今、目にしているのは女の子と古い社だった。

 「う~ん……」

 何が怒ったのか分からず僕が唸っていると、女の子が急に笑いだした。

 「あははは!お兄さんって何も知らないんだね」

 うん。何も知っているはずがない。そして、なんか馬鹿にした笑い方に少し頭にきた。

 「お兄さんが唸っている原因を当ててあげようか?」

 「ここは何処で、君は誰で、僕は何故生きているのか?でしょ?」

 「……うん。当たってる」

 (僕が返事をするより早く答えを言われた。超能力者かこの子は!)

 「じゃあ、1つずつ教えてあげる!ここは疑心社(ぎしんしゃ)。疑う事ばっかりしている人つまり、疑心暗鬼な人しか来れない神社。そして僕は天邪鬼。『ジャック』って呼んでね!じゃあ、本題だね。君が生きている理由それは、君が僕の従僕、つまり眷属になったからさ!わかった?」

 「ごめん。神社までのことしかわからない」

 「もうっ!物分かりが悪い従僕だね!僕の名前は天邪鬼。『ジャック』って呼んでね。そして君が生きているのは君が僕の従僕すなわち眷属になったからさ。わかった?」

 「まぁ、大体は」

 (に、しても明るい鬼だな。あと、絶対『ジャック』だなんて呼ばない) 

 「じゃあ、僕からも1つ質問していいか?」

 「いいよ」

 「君はさっき僕のことを従僕と言ったが、天邪鬼にはそう言った能力は無いんじゃないのか?」

 「あるよ、大ありだよ。君のその意見は古い文献とかの情報でしょ?今の鬼たちは皆こんな能力を持っているよ。昔なら人間同様に子作りをして繁殖してたけど、今はもう鬼の数もいないし何処にいるのかもわからないから吸血による眷属作りをはじめた。僕としては初めてのことだったからすごく緊張したよ」

 「なるほど。さて、そろそろ日も落ちてきたから僕は家に帰りたいんだけど、ここからはどうやって帰れるんだ?」

 「従僕の後ろにある道を進めば、あそこの廃墟に戻れるよ」

 天邪鬼が指さす方を見ると、さっきまで無かったのに道が出来ていた。

 「天邪鬼はこれからどうするんだ?」

 「僕は従僕の主だからね、従僕の家に行くことにするよ」

 あくまで僕はこの天邪鬼の従僕だから断る理由もない。というか、断れないんだけどね。

 僕たちは道を歩いていくと、天邪鬼に殺された廃墟に戻ってこれた。 

 そして、ブロックの中になぜか自転車があった。しかも、僕のだ。

 「従僕の自転車は見つからないように、こっちに持ってきたんだ。ねぇ、従僕は自転車だけど僕は走りってことはないよね?」

 「そ、そうだね……。じゃあ、自転車の後ろに乗ってくれ」

 すると、天邪鬼は自転車の後ろにある荷物台に腰を下ろし手を僕の腰に回した。

 (女の子と二尻ってこんなにドキドキするんだな。興奮して人を刎ねないようにしないと)

 

 僕は天邪鬼を連れて家に帰る。そして、従僕である僕は勝手に遠くの場所まで行動が出来ない為、主の天邪鬼を居候という形で住ませることにした。

 まさか、暇つぶしに行った先で鬼に襲われて鬼化するなんて思いもよらなかった。

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