第16話 日ソ戦
魔女は日本軍の侵攻が始まった事を察した。
「ふふふ。再び、世界を巻き込む戦争の始まりね」
彼女は恍惚とした表情で世界地図を眺める。世界地図が血に染まるように思えた。
上陸を果たした日本軍はすぐにソ連の拠点へと侵攻した。
ソ連軍は数少ない機甲部隊を前に押し出し、日本軍を海へと追い返そうとした。だが、制空権を奪われた中では自慢の戦車部隊は大空を舞う飛行機達の餌食となる。
旧式化した九九式爆撃機も投じられ、次々と急降下爆撃を仕掛ける。
航空戦力が無いソ連軍は空からの攻撃に晒され、唯一、対抗し得る戦力である戦車部隊が次々と破壊されていく。
「戦車を壕に!」
ソ連兵達は戦車を空から隠すのに懸命だった。だが、そこに日本軍が登場する。ソ連軍の中型戦車からすれば、装甲車程度でしかない九七式戦車だが、ソ連軍の塹壕を超え、砲塔の後部に設置された機関銃で歩兵を駆逐していくならば、有用であった。
昔ながら日本刀を振るう日本軍指揮官。
連発の利くM1ガーランドなどを装備しても、突撃戦法を取り続ける日本兵達だが、火力の増した突撃にソ連兵は臆して、逃げ出した。
次々と前線は後退を続け、北方四島におけるソ連軍の拠点は陥落の一途を辿った。
拠点の陥落の一報を受ける度にスターリンの顔色は悪くなり、このままではいけないと、彼は軍にある命令を下した。
欧州において、ソ連軍の機甲部隊が動き出した。
ベルリン市内を隔てるバリケードをT34戦車が突破した。
彼らは西側が支配するベルリンへと雪崩れ込んだのだ。
そこを守るアメリカ軍は当然の暴挙に奮戦するも、元々、孤立している場所だけにまともな戦力など存在せず、数時間の戦闘で降伏をするしかなくなった。
ベルリンを陥落させ、ソ連は更に欧州攻略の気配をチラつかせる。
アメリカを含む西側陣営は即座に抗議の声を上げたが、スターリンは一切、無視をした。今にも西側へと雪崩れ込みそうな雰囲気を前に新たな世界戦争の火種を感じ取った西側陣営は恐怖した。このままでいけば、復興の兆しのあった経済がまた、破綻し、国民の多くが苦しむ事は目に見えているからだ。
ソ連の暗黙の要求は解っていた。日本の北方四島攻略を停止させる事だ。
アメリカは苦渋の選択を突き付けられた形になる。
それは日本政府も理解してきた。
東条首相は大本営に対して、期限を突き付ける。
「12時間後に北方四島攻略戦を停止せよ」
この期限に対して、多くの参謀は困惑した。
当然ながら、日本軍はこの戦いに総力を投じているが、計画としては1週間以上を残している。これを僅か半日に短縮する事など不可能に近かった。
しかしながら、世界情勢を見てもこの期限が妥当である事は軍部も承知しており、すぐに計画の見直しと前線に更なる命令が下される事になる。
国後島、色丹島の攻略が終わった。残るは最大の島、択捉島を残すだけだった。すでに艦隊と航空戦力による攻撃は開始され、ソ連軍は大きな損害を受けていた。
「歯舞群島に関しては後で良いとしても・・・択捉島へは残された時間では上陸も難しいぞ?」
国後島の泊村に設置された陸軍司令部では嘆きが聞こえた。
「このまま、上陸を始めても、橋頭保も築けぬまま、撤退となる可能性が高い。今は国後、色丹の支配を徹底し、歯舞群島への支配を強めるべきだろう。実効支配させ達成が出来れば、ソ連に文句を言わせる事は無い」
この決定は即座に大本営にも送られ、了解が得られた。この決定により、択捉島を攻撃していた艦隊はすぐに国後、色丹方面へと撤退し、歯舞群島へと向けられた。
択捉島のソ連軍は空襲と艦砲射撃により多大な損害を出した。
基地は完膚無きまでに破壊され、陣地の多くも潰れた。
死傷者は多数で、彼らは攻撃が止んでもまだ、緊迫した状況で敵の襲撃を待つしか無かった。
日本政府は要請した12時間を待ち、大本営から国後、色丹、歯舞の制圧が完了した事の報告を受けた後、ソ連に対して、休戦を第三国経由で提案した。
スターリンは苦虫を噛み潰したように怒りに堪えた。
それを見ていた魔女は微笑みを隠し、寄りそう。
「今は我慢の時よ。あんなどうにもならない島よりもベルリンが完全に手中に入った事の大きいじゃない?それにヨーロッパの面々に恐怖を与えた事も」
魔女にそう言われて、スターリンは怒りを納める。
確かにそうであった。今の情勢を測るにも、島を三つ、棄てた甲斐はあった。
「そうだな。極東の猿共はどうでもいい。目指すのは欧州だ。欧州の覇権さえ握れば、世界は我々の物だ」
スターリンは怒りを納め、大笑いをする。
ベルリン陥落はアメリカを始め、西側陣営に大きな影を落とした。日本の北方四島を表立って、非難する国もあるぐらいであった。しかしながら、直面した軍事衝突の危機からそれぞれの国家は防衛の為の協議を行った。その中において、アメリカはリーダーシップを取る。
それは新たな軍事協定の枠組み作りであった。
ソ連は社会主義を前提に強大な国家集合体を作り上げようとしていた。これに対抗する為には西側陣営も協力しないと、対抗が出来ないと感じていたからだ。
アメリカが主導する形で新たな軍事協定が西側陣営の多くの国家間で締結されるに至る。それはNATOと呼ばれた。
この動きに対して、スターリンはそれを理由に東側陣営と呼ばれる支配下の国家間を纏め上げ、ワルシャワ条約を締結した。
これによって、西側、東側の陣営が確立した。
何かあれば連動して、双方の巨大国家集合体同士がぶつかり合う形が生まれたのだった。
この流れをほくそ笑むのは魔女であった。彼女はこの流れを待っていた。人間同士が持ち得る全ての力を振るい、ぶつかり合える。第二次世界大戦を大きく超える戦乱の予感に彼女は身震いをした。
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