第8話

 ガラッ――

 体育館の扉を開ける。誰もいない、静かな体育館。授業で使う以外に、ここへ来る機会などそうない。壁の隅に、ひとつだけ置かれたバスケットボール。忘れられたのだろうか。美緒は両手で持ち、リングに放ってみた。


 ガツン! リングに当たり跳ね返る。


 「惜しい!」


 声に振り向けば、片山が笑っている。

 転がるボールを拾い、軽くドリブルをしてそのままダンクを決めた! リングにボールを叩きつける轟音。迫力に視線を奪われてしまった。


 「来てくれて良かった。すっぽかされるかもしれないって、思ってたからさ」


 照れ隠しのつもりか、頭に手をやる。

 片山は落ち着き無く、手を鼻の頭にやったり、髪を掻いたりしている。


 「やっぱ、回りくどいの向いてないな。川村さん、俺と付き合ってくれないか?」


 意を決したように、キッパリと告げる。彼に呼び出された時、〈まさか〉という思いがあった。本当に、その〈まさか〉とは…!


 「何故、私なんですか? 先輩と、こうして話をしているのは、今日が初めてですよ。それなのに――」

 「話すのは初めてでも、会ったのは二度目だろう? 階段から落ちそうになった時のこと、覚えてない?」


 忘れるはずがない。だって、生まれて初めて、あんなに男の人を近くに感じたのだから。


 「覚えてます。けど…」

 「あれから君が気になっていた。毎日、君の姿を探していた。それだけじゃダメかな」


 そんな風に言われてしまったら、美緒は何も言えなくなってしまう。


 「ダメではないですけど… でも私、そういうことは――」


 言いかけて、微かな物音と人の気配に気付いた。扉に振り向けば、香織が〈信じられない〉という顔で二人を見つめている。


 「香織!」


 言葉をかけようと、彼女へ近づく。しかし、香織はそれを拒んだ。


 「来ないで! 私を騙していたの? 私が先輩のことを好きだって知っていながら!?」

 「違うの! お願い、話を聞いて」

 「話すことなんてない! 美緒、ズルイよ。涼しい顔して、裏切るんだから。最低! もう顔も見たくない!!」


 裏切られたと思った香織は、悔しさと悲しさで混乱していた。


 『美緒も、片山先輩も大っ嫌い!』


 香織の眼差しがそう言っている。


 「香織。私、本当にそんなつもりじゃ――…」


 ドンッ! 感情を剥き出しにした眼差しのまま、美緒を突き飛ばした。

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