第43話 力の自覚②

「――――ここですザラ様、中はすっかり片付けられているようですな」


 ベルゴリオとダグネスは例のアルダイナ学院近くにある最近廃業したカフェテリアへとプライベートで視察に訪れていた。


「ふむ、外からは特段変わった様子はないな。作業は完全に終了している、既にほかのテナント待ちと言ったところか」


 ダグネスはその店の中へと足を踏み入れると、ベルゴリオもそれに続く。


「何かわかるかベルゴリオ?」


「いえ......もう少し奥の方を見てみましょう」


「分かった、私は上の方を見てみる」


 ベルゴリオは調理室として使われていた思われる部屋の更に奥、恐らくは更衣室だったであろう場所へと踏み入れる。


「うーむ、何もない。残留したヘラクロリアム粒子の気配もない、後処理を済ましたのかそれとも本当に無関係であったか......」


 やや落胆するベルゴリオに上の階からベルゴリオを呼ぶダグネスの落ち着いた声が聞こえてきた、その声にベルゴリオは早急に駆けつける。


「いかがなさいましたかザラ様? 」


「あぁ、少しこの部屋を見てくれ。この店はすっかり片付けられていたはずだが......、何故かこのテーブルだけこの空間に孤独に残されている。どういうことだと思う? 」


 ダグネスが言うその机は傍から見れば特に変哲もない普通の机のように見えた、その机はその部屋の中央でポツンと存在していた。


「はぁ、単に片付け忘れ......ということでもなさそうですか。あえてこの机はここに残されていると考えるべきですかな? とりあえず調べてみましょうか」


 ベルゴリオがその机を調べると、一角に凹みがあるのを確認する。


「これは......、引き出しか? こんなところに」


「どうやら訳ありそうな机だな、よし開けてみよう」


「はい」


 ベルゴリオがその引き出しのような構造をした凹みに指を引っかけて、一気に引いた。すると、その何も入れられていなかった引き出しからベルゴリオはその五感に即座に伝わった情報に思わず手を放す。


「これは......残留したヘラクロリアム粒子......。しかもかなり最近、いや数秒前!  まだ近くに張本人がいる可能性があります! ザラ様警戒を! 」


 ベルゴリオがそういうとダグネスは姿勢を低くして態勢を構える。


「あぁ、ヘラクロリアムのこの感じ......。あの時のと同質だが......すまない、私は奴の気配を感じられない......。お前はどうだ?」


「はい、私目にも。一体どうなって......」


 二人が残留したヘラクロリアム粒子に困惑する中、部屋のすぐ外からある男の重い声が中の二人へと響き渡る。


「やぁどうもどうもお二人さん、よくここまで来てくれましたなぁ」


 その男はダグネス等が追い求めていたその男、アイザック大佐そのものであった。


「アイザック大佐......」


「馬鹿な、どうやってヘラクロリアムの残留気配を消している!」


 ベルゴリオとダグネスは即座にアイザック大佐に対して武器を構える。


「こんばんわ第11枢機士団長のダグネス・ザラ殿。あぁ最初に言っておくが敵意はないですよ、そんなに構えないで頂きたいお二方。あーあとこの部屋は特別性でしてね、ちょっとしたサプライズですよ。そもそもこの建造物事態、我々が長年に渡ってカモフラージュさせた拠点のその一つ。諜報部と連携して完成させた完全なる都市の死角のようなもの、いざとなればレイシスだろうとイニシエーターだろうともここで幽閉できる代物だ。外部のヘラクロリアムを察知できないのも納得だろう?」


 アイザック大佐は壁にもたれながら軽快な態度で話す、突如姿を現したアイザックにベルゴリオとダグネスは戸惑うが、二人は冷静を少しづつ取り戻す。


「よくもまぁそんなペラペラと......。敵意がないのは分かりましたが.、なぜこんなにも諄い真似を?それほどの事までして我々になんの用ですか?アイザック大佐、貴方の目的はなんなのです! よりによってオールド・レイシスでもあろうものがクーデターを画策しているとでも言うのですか? 」


 ベルゴリオはやや感情的にその言葉をアイザック大佐へとぶつける。


「なら一つ聞くが、お前たちは今の帝国がこのままでいいと本気でそう思っているのか? 俺達はこの国が滅びずに済む為には内側から自らに切り開く以外手段はないと思っている。外部の共和国や卿国、そして人類の敵である機械軍アステロイドに対抗し生き残るためには枢爵共が勝手に切望した世界統一レイシスオーダーそのものをまずは完膚なきまでに撃滅させなければならない! 今おっぱじめてる共和国とのこの戦争も誰も望みもしないのに勝手にたかだか数人の老人の意見で始めやがった、今の帝国があの共和国に本気で勝てると上の老人共は本気でそう思ってるんだ。あんたら枢騎士がそんなこと一番わかってるはずだ、戦って死ぬのはいずれお前たちの部下だぞ。このまま戦争を続ければレイシスそのもの、そして偉大で誇りある我らが帝国が歴史から姿を消すことになる! それだけは避けなければならんのだ、そこで我々は枢騎士の中でも比較だって反レイシスオーダー思想派であると思われるものをリスト化しこちら側に引き入れようとしている。その中でも特に重要な人物、それが貴方だダグネス・ザラ。枢騎士団長の中では我々にとって貴殿しか頼り先がない、どうか知恵ち力を貸していただきたい」


 アイザック大佐は一息ついたかのように、肩を落とす。


「ふむ、随分大層な意義をお持ちのようでアイザック大佐。よりによって私が頼り先とは驚きだ、だが私が一体何を知っているというのだ?正直ここまでの事ができる貴方たちにこれ以上の戦力は過剰とまで私は見るが? 確かに私は枢爵共を気に入ってはないが、これ以上国を混乱に陥れる必要性も私は感じない。ましてや仲間同士で殺し合うなど、それでは肥大化し軍事力を持て余した共和国の現状と同じではないか。例え国が滅びの道を歩もうとも、それでも内戦などすべきではない。ほかの方法は考えつかなかったのか?アイザック大佐」


 ダグネスは悲観の眼差しでアイザック大佐をじっと見つめる、それを受け取ったアイザック大佐は深いため息をつきながら二人との距離を縮める。


「我々は、長きに渡って既得権益層の守旧派と政治的手段をもってあらゆる形で意思決定機関の改善をしようと戦ってきた。だがついに人類史上最大の大戦終結から200年経った沈黙も、今では破られてしまった。今、帝国は栄光を手放さなければならない時にまで追い込まれてしまっている。長すぎる安寧の時が深すぎる根を世界中に伸ばしてしまったのだ、レイシスオーダーは聖域化されもはや枢騎士評議会を撃滅する以外に道は残されていない......」


 アイザック大佐はダグネスの紅の眼に語り掛けるように語った。ダグネスは感銘を受けた様子で顔を俯かせる。


「アイザック大佐、貴方方のその計画は現状以上に混乱を招くものでないと断言できるのか......?」


 ダグネスは静かな口調でアイザック大佐に問う。


「我々に協力して頂けるのなら、全てを話す。俺はこの計画と抵抗がこの国を変革し最小限の犠牲で事無きを得る事を保証する。今は我々を信用するか、そうでないかで決めてほしい」


 ベルゴリオはダグネスの傍らで何かをダグネスに語り掛けようとするも、言葉が出ずに表情が困窮する。


「なぁベルゴリオ、お前はどう思う?どうしたいと思うのだ?」


 ダグネスはこの問いの答えのヒントを、ベルゴリオに求めるようでもあった。


「私は......。私は......」


 ベルゴリオはかつてダグネスに見せたことが無いほど言葉に困った。しかし、ある忠誠が導いた決心が定まるのにそう時間はかからなかった。突如片膝を地につけて、頭を垂れる。


「ザラ様。例え他の枢騎士が、評議会が、帝国が貴方の敵になろうとも。私はザラ様にお供させていただく所存であります、私はこの枢騎士団に忠誠を捧げ、そしてそれはザラ様にも捧げたものです。いかなるザラ様の行ないに対しても、私だけでなく多くの同じくする枢騎士達は貴方に付き従うでしょう」


 ベルゴリオの言葉にダグネスはただ「そうか」と一言で答えた。


「では、私の答えはこれだアイザック大佐! 」


 ダグネスはアイザック大佐に向けて余りに若く儚い怒号とも呼べるような少女の声で、第11枢騎士団長ダグネス・ザラは意思を告げる。


「これより我々第11枢騎士団は現刻をもってレジオン帝国軍、及び枢騎士評議会を離脱する!」










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