第37話 枢機士評議会②

 私とベルゴリオは枢機士評議会が定例的に開かれる会場へと足を運んでいた。会場はファルファが居た病棟からはそう遠くはない、ここアンビュランス要塞はレイシス教会の本拠点でありながら多機能かつ効率的に設計された側面がある、なので大抵の移動は手短に済ます事ができる。

 大通りの方へでると、会場へと向かうレイシスの人並が一本道で合流されていく。


 聳え立つ門を潜り抜けた先には、長細い円卓状とそれを囲む十二の座席が置かれている。

 その座席に座れるのは、十二のレイシス枢機士団各々の最高指揮官。

 十二人の枢機士団長のみである。

 枢機士評議会はこうして彼らを招集し、皇帝の最高顧問組織として意見を取り決め皇帝に提示する。

 それが承認されれば、晴れて帝国の最高意思決定となる。

 のだが、この意思決定プロセスにはある問題があり、それが一部を除く枢機士団長にとって大きな悩みの種でもある。

 それは、第一から第四の枢機士団の最高指揮官で構成される上位組織、四大枢爵の存在だ......。


「これはこれは!幼く美しき第十一枢機士団の団長殿ではありませんかー?またお会いできて幸栄ですよザラ殿」


 席の座り際に話を掛けてきたのはある黒髪の男、彼は第七枢機士団の団長であるリディックだ。彼は人当たりはいいが、偽りの表情である事は誰の目にも明らかだ。その上、裏の読めない奴でもある、印象としては別に悪い人ではない感じだが、いちいち幼いことを強調してくるのはムカつく要素だ。


「お久しぶりですねリディック殿、噂は聞き及んでいますよ。かのヌレイ戦線崩落の先駆けになられたのだとか?」


「いえいえ~、それは誇張されすぎですよ。あの戦いでは英雄小隊を死なせてしまったのですからね、あまりいい戦果とは言えませんよ。おっと、そろそろ始まりますね、ではザラ殿。またの機会に」


 リディック団長は爽やかな笑顔を披露すると、速やかに指定の席をと向かって行った。

 しばらくすると、四大枢爵が入室して着席するのと同時に、名ばかりの協議が開始された。最初の一声はいつもの第一枢機士団長からだ。


「栄光ある十二の枢騎士達よ、緊急の招集に応じでここに馳せ参じた事に深く感謝する。まずは現状の戦況を第七枢機士団のリディック団長に報告してもらう、それでは頼む」


 そう言われたリディック団長は、速やかに座席から起立する。


「ご報告致します。我が帝国第七、及び第九、第十枢機士団はヌレイ戦線の崩壊後、共和国セクター1、セクター2まで侵攻し、それらを陥落させたのちに現在はセクター3への侵攻に備えて三個枢機士団は軍備を整えています。しかし、共和国軍側も第三セクターに戦力を集中させており、推定される戦力は約数百個師団規模、恐らくは統合方面軍に総再編するものと見込まれます。更には後方セクターからの後方支援も受けるものと見られ、侵攻する際には史上最大規模の総力戦になるとの戦略会議室からの知見も付け加え、ここに提言致します。そして先のヌレイ戦線でヒットマンの英雄小隊は全滅した為、専属の作戦局は解散致しました。報告を終了します」


 リディック団長は発言を終えると速やかに着席する、今の報告を受けてもこの会議室の雰囲気はあまりいいものとは言えなかった。

 特に、私を含む八人の団長は。


「うむ、ご苦労リディック団長。まずはヒットマンの英雄小隊が全滅したとの報告、改めて心を痛めるものだ。だが彼らの死は無駄にはしない、我々が新たに創設した皇帝陛下の近衛部隊『ネクローシス』が彼らの仇を討つであろう!」


 帝国最高戦力の第一枢機士団団長にして、枢機士評議会議長のガイウォンがそう言うと四大枢爵を除く他の枢機士による御世辞に塗れた間の抜けた拍手が会場内の空間に響き渡った。


「しかし議長、貴殿のご自慢の部隊を持ってしてもさすがに百、いや三百個師団はくだらない途方もない大軍を相手にするのは現実的に不可能でありましょう?共和国連邦議会の連中は、機械軍の脅威もある中でこちらの想定を遥かに上回る戦力をこちらに集中させてきました。かの第三セクターをこのまま陥落させる為に戦力を差し向けるのは些か不毛というものでしょう」


 そう声を上げたのは第九枢機士団の団長、イデラだ。彼は議会の中ではいつも反対論者的に立ち回る男だ。


「では、何か代案はあるのかね?イデラ団長」


 イデラの進言に突っかかったのは第二枢機士団の団長、四大枢爵のハレク。


「代案ですと?もちろんありますとも。こんな馬鹿げた軍事作戦は直ちに凍結し、前線の枢機士団を引き揚げさせるのです。かの国の要塞を二つも落とせばそれで十分かと、次は大規模攻勢に備えて守りを固めるべきです」


「愚かな、まだそんなことを言うてるのか貴様は!」


 ハレクとイデラの言い合いはしばらくの間続き、そしてあらかた近況の会議がなされると、ある気になる話が飛び掛かった。それは第三枢機士団の団長、ゼーブから放たれたものだった。


「そういえば、最近レナトゥスコードに試みたレイシスが居たとか聞きましたなぁ、アルフォール......でしたかな?さすがあの略奪の嫌疑がかけられているアイザックの旧弟子であるな。なにをしでかすか分かったもんじゃない、それに例の特異点も取り逃がす始末。未熟なやつらよのう」


 アイザック大佐の旧弟子......と。どうやら最近彼らの間で接敵があったらしいが、話の感じでは四大枢爵の連中には、どうやら私がアイザック大佐とツァイトベルンで会っていることは知られていないようだ。

 それにアイザック大佐が略奪って、もしかして例の特異点の事か......?

 ダメだ、情報が足りない。枢爵と私たちとでは十分な情報共有がなされておらず、殆ど彼らの独断即決で物事が進んでしまっている。

 今はなかなか、きな臭いことになっているようだ。


 私の隣に座っている女性の第十二枢機士団団長、レフィーエに私は質問を投げ掛ける。


「レフィーエ団長、少しいいですか?」


「あら、どうしたのザラちゃん?」


 レフィーエは気さくに返事を返す。


「あの、さっきのアルフォールって人はその後どうなったのですか?」


「ええとねぇ、彼は確かレナトゥスコードの反動で全治一か月くらいの怪我を負ったらしいわよ?だから今は入院中とかなんじゃない、今は一緒にいたセドリックくんが面倒を見てるんじゃなかったかしらね」


 その時、現場にいたのはアルフォールともう一人、セドリックという人物か。まずはセドリックという人物に接触してアイザック大佐の情報を集めてみるか。


「なるほど、ありがとうございますレフィーエ団長」


「お安い御用よ」



 ――――――――――――――――――――――――


 長い会議が終わった、といっても私は殆ど会議に参加していたわけではないが。

 連れのベルゴリオを連れ共に会場の外へと出た。


「ザラ様、なぜ先ほどの会議で特命の件を伺らなかったのですか?」


 ベルゴリオは外へ出た瞬間に私に疑問を投げた。


「ふむ、話を大人しく聞いてた感じではだが。この特命の事は枢爵達は認知していなさそうだった、それにあの人たちは特異点を奪ったと思われてるアイザック大佐をかなり目の敵にしているようだ。気に食わない連中の為にワザワザ下手に関わるものではないと判断した、それにこれは私の思い込みかもしれないけど、アイザック大佐は私たちをおびき寄せるようにあえて餌を巻いた気がする」


 ザラの言葉にベルゴリオは動揺する様子を見せる。


「おびき寄せたと......?なんの為に、目的は?」


「さぁ、それは分からない。あの時特異点の力でも試す為に、実験台に選ばれたと考えるのが自然なのかもしれない。だとしたらかなり癪だけど、今はとにかくセドリックに会いに行く。彼からアイザック大佐に関する情報が得られるかもしれない、ベルゴリオはアイザック大佐に関する資料を集めてくれる?」


「承知いたしましたザラ様、直ちに」


 ベルゴリオはそう言うとすぐさまこの場から離れていった、そして私はセドリックという人物に接触するために再び病棟へと足を運んだ。





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