第17話 浜織神社

 午後は浜織の町をアテもなくぶらりと歩いたが、特にこれといって物珍しいものはなく、水切りの時以上に盛り上がりはしなかった。


 元々観光名所でもない田舎町だから当然である。唯一紫乃が興味を示したことといえば、浜織神社でのお祭りの準備だった。


 浜織神社は町の北にあり、二日後にそこで夏祭りが開催される。その準備を大人たちが行なっていて、先ほど朝陽たちが訪れた時には飾り付けの提灯をぶら下げているところだった。


 普段は味気ない場所ではあるが、飾り付けを行うだけで何故だか心がわくわくしてくる。それは紫乃も同じだったのか、「なんかいいね」と言いながら微笑んでいた。昨日までは閑散としていた神社にも人が増えて、神様も喜んでいるだろう。


 大人たちの間を通り抜けて、拝殿にある麻縄を揺らす。すると根元に取り付けられていた鈴が揺れて、シャリンシャリンという涼しげな音が鳴り響いた。賽銭箱にお金を入れて、通例通り二礼二拍手一礼を済ませる。


 目を開いてすぐに、珠樹は朝陽の顔を横から覗き込んだ。


「何をお祈りしたの?」

「それ言ったら意味ないんじゃないの?」

「いいから」


 紫乃も興味があるのか、何も言わずに横目でうかがっている。あまり気は進まないが、朝陽は話すことにした。


「僕の周りの人が幸せに過ごせますように」

「うわ、ふつー」

「別にいいじゃん」


 取り立てて自分に対してお祈りをしたいことがなかった朝陽は、身近な人物の幸せを願った。珠樹は白けた視線を向けるが、紫乃は感心したように微笑んでいて、同時にやや驚いている風に見える。


「じゃあ紫乃ちゃんは何をお祈りしたの?」

「え、えっと……私も両親と妹と周りの人が幸せに過ごせますように……?」


 一瞬話すのをためらったようにも見えたが、紫乃はお祈りの内容を二人に話した。


 偶然にも内容が重なっていて、朝陽は胸の奥にくすぐったさを覚える。そしてなぜか珠樹に睨まれて、理不尽な想いを感じた。


 妹というのは東雲乃々のことを言っているのだと朝陽にはわかったが、初めて聞いた珠樹は妹に興味を示した。


「へえ、妹ちゃんがいるんだね」

「うん。とっても可愛いよ」

「写メとかある? ちょっと見てみたいなー」


 そうお願いすると、紫乃はスマホを取り出して操作を始める。やがて二人に見せたのは、笑顔を浮かべる女の子が窓際で小さくピースをしている写真。身長は紫乃と珠樹より低いが、なぜか大人の雰囲気が感じられるお淑やかな女の子だと、朝陽は思った。


「乃々さんは、全然紫乃に似てないね」

「私は隔世遺伝だからおばあちゃん似で、乃々はお母さんに似てるの」

「それじゃあ紫乃ちゃんのお母さんもおばあちゃんも、とっても美人なんだね」


 その飾りのない本音をすらりと話せるのが、珠樹の良いところだ。遠回しに美人だと言われた紫乃は、それほど照れた様子は見せずに、むしろ自分の親が褒められたことが嬉しいのか微笑みを見せている。


 しかし、何かに引っかかりを覚えた朝陽は首を斜めにひねるが、紫乃が珠樹に会話を振ったことによって、意識がそちらへ向けられた。


「ところで珠樹さんは何をお祈りしたの?」

「そんなの決まってるじゃん」


 そう言うと、珠樹は紫乃に横から抱きついた。突然の行動に紫乃はびくりと身体を震わせたが、悪い表情は浮かべていない。


「紫乃ちゃんと、もっと仲良くなれますようにって」

「あ、えっと、ありがと……」


 さすがに恥ずかしかったのか、紫乃は頬をほんのり赤色に染めて俯く。しかしそれ以上に嬉しかったのか、口元からは笑みがこぼれていた。


 神社を出るともう日は沈み始めていて、辺りはオレンジの夕焼け色に包まれている。


 次に珠樹が向かったのは、家の近くにあるスーパーだった。何を買うのかと思いながら朝陽は黙っていると、それを見つけた彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて小走りで近付いていく。


「やっぱ夏といえばこれっしょ!」


 手に取ったのは、花火のパーティーセットだった。


「花火をやるなら夜遅くになるけど、珠樹のお母さんが許してくれるの?」

「私の家の庭でやるなら、お母さんも心配しないよ」

「ご近所の迷惑にならないかな?」

「毎年家の前で花火してるし、大丈夫大丈夫」


 そういう会話をしているとき、紫乃は興味深そうに珠樹の持っている花火セットを見つめていた。


「もしかして、紫乃は花火したことない?」

「あ、うん。テレビで見たことはあるんだけど、やったことは一度もないよ」

「テレビで見たやつよりは迫力がないかもだけど、手持ち花火も綺麗だよ」


 楽しげな想像をしたのか一瞬笑みをこぼしたものの、すぐに何かを思い出したかのように紫乃は表情に影を落とす。


 今日の彼女はどこか様子がおかしかった。


 しかしその理由もわからないまま、日は完全に落ちて辺りが薄暗闇に包まれる。昨日、暗闇が怖くなったと言っていた紫乃は、帰り道に自然と朝陽の手を握っていた。


 それを珠樹が見てムッとした表情を見せるが、彼女の怯えた様子を見て察したのか、何も言わずに少しだけ紫乃へ寄り添ってくれる。


 朝陽はただそっと、彼女の手を握り続けた。

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