epilogue.2 約束されたハッピーエンドにいたる道筋

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 そうして、勇者一行は魔王討伐の旅に出て。

 パーティーメンバーの一人は毎日三回も勇者姉宅に通いながらも、順調に魔物の数を減らして。

 とうとう、最終決戦にも決着がついた。 


「魔王、君の名は?」


 倒れ伏した魔王に、魔術師は静かに問いかける。

 体力のなくなった魔王は、もう指一本も動かせないだろう。

 もちろん、窮鼠猫を噛むこともあるからと、油断はしていない。

 油断していようがなんだろうが、勇者姉から贈られたブレスレットがある限り、魔術師には傷一つつけられないのだが。


「……マァオじゃ」


 反抗する気力もないのか、魔王は素直に答えた。

 魔術師はその名前を、魔法で宙に描く。

 青白く発光する名前の一部を、書き換えた。

 すると光は輝きを増し、光の粉が部屋全体に舞い飛んだ。

 それはとても幻想的で美しく、どこか哀しく、けれどこの上なく優しくあたたかな光景だった。


「次に生を受けるとき、君はマーオだ。小さき穢れから解き放たれる」


 魔の物は、聖剣と聖女によって浄化され、魂の穢れを祓われる。

 そうすることで、初めてこの世界へと受け入れられる。

 来世の彼らは、もう自由だ。

 ただの人として、当たり前の生を受け、当たり前の幸福を手に入れることができる。


「この世界では、穢れでも……余には大切なものじゃったのじゃ……」

「知ってるよ。それでも君がこの世界でしあわせになるためには、手放さなきゃいけないものだった」


 小さき穢れは、魔の物にとっては魂の一部だ。

 奪われてなるものかと本気で抵抗し、魔の物を浄化する力を持つ勇者一行を狙う。

 かつては魔術師もそうだった。

 新しい生などいらない。新しい世界になどなじまない。

 感情ではなく、本能がそう叫んでいた。

 すべては、異界への望郷ゆえに。


「おぬし、もしや……」


 魔王の瞳が初めて魔術師に向けられた。

 探るような視線に、魔術師はできるだけ優しく微笑む。

 かつての同胞への親愛を込めて。


「君はしあわせになる。僕が保証するよ」


 魔術師が今、満たされているように。

 勇者姉によって、日々幸福の意味を教えてもらっているように。

 今まで浄化してきた魔物も、この魔王も、絶対にしあわせになれる。

 そんな確信が、魔術師にはあった。


「じゃ、ついでに俺も保証してやる。せっかくかわいい顔してんだから、ちゃんと人並みのしあわせつかめよ、マーオ」

「勇者めが……ぬかしおる」


 横から勇者が顔を出し、魔王にニカッと笑いかけた。

 魔王はむっとした顔で言い返すが、その頬はかすかに赤く染まっている。

 どうやらツンデレ属性も持っているようである。完璧だ。

 ああ、大丈夫だ。魔術師は確信を強めた。

 勇者は強運の持ち主だ。勇者姉がそうであるように、勇者も聖霊に、光の神に愛されている。

 そんな勇者の保証があって、しあわせになれないわけがない。


 話すことがなくなると、さっさと浄化しろと魔王が言ってきた。すでにあきらめはついていたのだろう。

 聖女の祈りにより、魔王は光となって、壊れた天井から空へと昇っていった。

 光の神の元で、新たな生を受けるまで魂は眠りにつく。

 空へ消えていく光を四人は見送った。

 光が見えなくなっても、ずっと、ずっと。


「もう……どこにも、魔の物の気配はないそうです。これで、終わりですね」


 ぽつりと、聖女はそう言葉を落とした。

 聖剣の声を聞いたのだろう。

 今まさに、魔王討伐の旅が終わりを告げたのだ。

 魔術師はすべてを見届けた。すべての魂が浄化されていく様を。

 魔の物の前世を持つ人間が勇者一行に加わるのは、あらかじめ定められていたこと。

 勇者に、魔王討伐の旅が救いの旅であることを知らせるために。

 魔の物に、来世の幸福を示すために。

 その役目を、魔術師はまっとうしたのだ。


 これは喜びではない。悲しみでもない。

 ただ、彼らの来世に幸福あれと、強い願いが胸に広がる。


 魂は循環する。それは、一つの世界の中だけのことではなかった。

 いくつもの世界から魂がやってきて、いくつもの世界へと魂が向かっていく。

 けれど、二百年に一度、とある異界から流れてくる魂だけは異界の色に染まったままだった。それはこの世界にとっては穢れであった。

 光の神は、魂の穢れを祓うために彼らを魔の物として生み出し、自らが作った聖剣と、聖剣と同調率の高い聖女によって、浄化させる。

 選り好みをする聖剣の運び手として勇者がいて、浄化される魂を見届け見送るために魔術師がいて、人間世界の面倒事を引き受けるために騎士団長がいた。

 世界は少しいびつで、いびつながらもしっかりと回り巡っている。

 過去世が魔の物だった人間は、この世界に当然のように根づいている。魔術師のように記憶が残っている者は、おそらくいないだろうが。


 魔術師は瞳を閉じる。

 まぶたの裏に浮かぶのは、勇者姉との思い出。

 そのどれもが大切で、選びがたく、一つも欠けることのできないものだ。


『マージユの髪はとてもきれいね。お日さまを浴びるとキラキラして、お星さまが踊る夜空みたい!』


 魔の色とされる黒髪を、恐れずに触れてくれた。

 光の下でも茶に見えない真っ黒な髪を気味悪がる者は多かったというのに。

 勇者姉は、きれいだと、夜空のようだと、そう笑ってくれた。


『マージユが強いのは、マージユが神さまに愛されているからよ。でも、わたしなんて神さまよりももっといっぱい、マージユのことを愛しているんだから』


 過ぎた力に怯えることなく、惜しみない愛を与えてくれた。

 早くに失った母の分も、あまり子どもに興味のない父の分も。

 勇者姉は、好きだと、愛していると、何度も何度も言ってくれた。


 砂漠に慈愛の雨が降るように、勇者姉は魔術師が欲しいものをくれた。

 砂漠はいつしか水に富み、草木が生え、オアシスとなった。

 勇者姉の愛によって、魔術師は今の魔術師に育ち、普通の人間としての幸福を知ることができた。

 魔術師から見た勇者姉は、太陽で、月で、星で、空で、大地で、風で、水で、草花で、世界のすべてだ。

 今世で勇者姉と出会えたことは、魔術師にとって至上の喜びだった。


 だから、大丈夫なのだ。

 魔術師がそうであったように、穢れを祓われた魂は、必ず来世でしあわせになれる。

 この世界は、そう作られている。

 わかっていたから、魔術師は微笑みを浮かべた。


「明日の朝ご飯は何を作ろうかな」

「結局それかよ!!」


 勇者のツッコミすらも、魔術師を笑わせる要因にしかならなかった。




 それからのことを少し語らせてもらおうと思う。


 魔王討伐を成し遂げ、役目を終えた聖女は、もうただの王女であった。

 大貴族の三男である騎士団長は、魔王討伐の褒美と聖女の降嫁を受け入れるためにと爵位を賜った。

 騎士団長と聖女は、婚約後一年ほどで婚姻を結んだ。

 国中が二人を祝福し、国中の男は騎士団長を、国中の女は聖女をうらやんだという。

 誰もがうらやむ二人は、実のところよく衝突をした。

 常に理性的で若干へたれな騎士団長と、基本的に感情的でドジっ子属性の聖女は、相容れない部分も多かったのだ。

 けれど最終的には、なんだかんだで聖女の尻に敷かれている騎士団長であった。

 それでもしあわせそうなのだから、よしとするべきだろう。


 魔術師は勇者姉に告白し、二人は晴れて恋人同士になった……ということにはなぜかならなかった。

 勇者姉はボケ属性で、スルースキル持ちで、言うなれば鈍感難聴ヒロインだった。

 旅に出る前とほとんど変わらないのではないか、という関係がしばらく続いた。

 もちろん勇者姉にも心境の変化はあったのだが、何しろ鈍いものだから、まず本人がそのことに気づいてくれない。

 魔術師は、がんばって、がんばって、とにかくすごくがんばって、ついにちょうど二十歳を迎えた年に結婚することができた。

 彼がどうがんばったのかは……察してほしい。


 二人が結婚したその次の年、イーナカ町に珍客が現れた。

 黒髪ツインテールの、四歳児。

 その幼女は勇者の姿を見つけるやいなや、彼を「わたしのうんめい!」などと呼び、抱きついた。

 話を聞いたところ、驚くことにその幼女、魔王の生まれ変わりであった。

 なぜ記憶が残っているのかはわからないが、魔術師並みの強い魔力によって、勇者を捜し当て一人でここまでやってきたのだそうだ。

 どうやら魔王は、最期のときにかわいいと言われたことで、勇者に惚れてしまったようである。ツンデレ属性持ちのくせに、とんだチョロインである。

 勇者はそんなつもりではなかったなどと供述しており、罪に問われるのかどうか、今後さらなる調査が必要のようである。


 元同胞のよしみか魔術師が魔王を応援したり、成長した魔王に勇者がうっかりときめいてしまったり、勇者姉は相変わらずボケを連発したりと。

 イーナカ町ではそんな日常が繰り広げられることになる。

 そして、イーナカ町は主にこの四人のおかげで急速に発展し、いつしか第二の都と呼ばれるようになった。


 世界は愛と幸福で満ち満ちている……はず。

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