episode.1 勇者一行の魔術師の日常はとても所帯じみている
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夜の六時きっかりに、今日も魔術師は勇者姉の家に転移魔法でやってきた。
もちろんこれで、今日だけでも三度目である。
朝八時に来て勇者姉を起こして朝食を食べさせ、昼の十二時に来て昼食を食べさせつつ掃除洗濯をし、夜の六時に来て夕食を食べさせつつ一日の分の洗い物をする。
それが魔王討伐に発ってからの魔術師の一日のスケジュールだった。
その合間合間にはきちんと勇者たちと共に世界を回り魔物を倒しているのだから、魔術師のキャパシティは恐ろしいものがある。
普通に考えておかしいが、そのことに突っ込める勇気ある者は勇者くらいである。勇者だけに。
「おかえりマージユ」
「ただいま、アーネリア」
二人は玄関でお約束となったやりとりを交わす。
魔術師は礼儀というものを知っているので、直接家の中に飛んだりはせず、家の前に飛んでから扉を叩く。
勇者姉は朝が弱くその程度では起きないため、朝だけは鍵を開けて部屋まで起こしに行くが、魔術師は誓ってやましいことは何もしていない。ただ少し、寝顔を見つめているだけである。大切なことなのでもう一度言うが、やましいことは何もしていない。
「マージユ~、お腹すいたぁ」
「待ってて、今作るから。何かリクエストある?」
キッチンの入り口にかけてあった紺色のエプロンを手に取り、素早く装着しながら魔術師は尋ねる。
もちろんそれは魔術師用のエプロンだ。隣にかけてある緑のエプロンは勇者用だった。
ちなみにこの家に勇者姉のエプロンは存在しない。キッチンに立つ機会がないのだから当然だ。
「チキンのオムライス! ご飯はバターライスで、ソースはトマトクリーム!」
勇者姉は嬉々としてリクエストを口にする。
どうでもいいことだが、勇者姉の指定は細かい。彼女は「なんでもいい」などとは絶対に言わない。自分が今何を食べたいのか、きちんと把握できる料理人泣かせな能力を持っているのだ。
そして彼女のリクエストに正確に応え、彼女の舌を満足させることができるのは、今のところ魔術師と勇者しかいなかった。
彼らの料理の腕前は、二人で定食屋でも開いたら一儲けできそうなほどである。
「了解。すぐできるから待ってて」
「はぁい」
返事をして、勇者姉はおとなしくテーブルにつく。
魔術師は調理器具ではなく魔法を駆使して料理を作るため、できあがるのがとてつもなく早い。
何しろ切るのも焼くのもだいたい数秒、煮るのも蒸すのも五分とかからない。しかもコンロの数は無制限。
この調理速度ゆえに、魔術師は旅に出る以前も三人分の料理を作っていた。料理の腕前だけなら勇者も同程度なのだが、さすがに早技までは真似できない。
同時にいくつもの魔法を展開する魔術師を眺めていた勇者姉は、彼に言わなければならなかったことを思い出した。
「あ、そうだマージユ。新しいローブできたから、あとで着てみて。聖女さまの分もあるから持って行ってあげてね」
勇者姉の職業は裁縫師だ。
鎧などは専門外なので作れないが、布製品なら服でも靴でもアクセサリーでも、なんでも作れる。
魔術師と聖女の装備はローブ、つまり布の服。
防具を提供することは、戦闘能力のない勇者姉が勇者一行に貢献できる唯一の手段だった。
提供とは言いつつも、ちゃんと適正価格を払ってはいるのだが。
物によっては勇者一行が旅の途中で手に入れた貴重な材料なども使っているため、その分はもちろん差し引いている。
「ありがとう。アーネリアのローブは丈夫だし、ステータス補正も強いからね。セーシエも驚いていたよ」
セーシエとは、国の意向で勇者一行に加わった聖女だ。
この国は宗教に関してとてもゆるいが、王都には光の神を信仰する大神殿が建っている。
神殿の頂点に立つのは、光の神の声を聞くという聖女だ。聖女は王家の血を引く者の中に生まれ、幼きころより神殿で育つのだという。
現聖女は御年十八才。誰にでも分け隔てなく優しく、輝くような笑みで人々を照らす美少女だ。と勇者姉は風の噂で聞いていた。
実際には天然ドジっ子属性持ちらしく、道中ではもう一人のパーティーメンバーである王宮騎士団長がいつもフォローに忙しそうにしていると魔術師は言っていた。
「今度は魔法攻撃力アップとMP最大値アップ、MP回復スピードアップで、攻撃特化にしてみました。もちろん防御面もちゃんとしたし、状態異常への耐性も前より強くしたから、たぶんよほどのことがないと異常状態にはならないと思う。地味にうざいって言ってたMPドレインももうへっちゃらよ」
「ああ、それはありがたいなぁ」
「魔法攻撃力は回復魔法にも適応されるから、聖女さまも楽になると思うのよね。マージユよりもMPが少ないんでしょう?」
「うん、適性的には完璧なんだけどね。きっと喜ぶと思うよ」
防具の性能を説明する勇者姉の顔は、本人には自覚はないのだろうがとても楽しそうだった。
好きで服を作っているのだということが伝わってくる表情。
魔術師は魔法で料理を作りながらもそれを横目で見て、微笑みをこぼす。
好きなことに夢中になる勇者姉は、子どものようでとてもかわいらしいと魔術師は思っていた。
蛇足になるが、魔術師よりもMPの高い人間は、少なくとも王都にはどこにもいなかった。
魔術師が正式に勇者一行に加わるまでに、王都では一騒動あったのだ。
当初、国王は王宮魔術師長を同行させるつもりでいたのだが、勇者は魔術師がいれば充分だとそれを断った。その結果、魔術師は彼以上の力を示さなければならなくなった。
手っ取り早く魔法勝負ということになり、魔術師はそれほど苦戦することなく勝利を得てしまった。
そのために魔術師長が自信喪失したり、王宮魔術師にならないかと勧誘を受けたりと面倒ないざこざがあったのだが、すべては魔王を倒してからと一応は収まりを見せた。
という一連の騒動を、幸か不幸か勇者姉はまったく知らない。
「はい、できた」
完成した料理を皿に盛りつけ、魔術師は勇者姉の前に広げる。
リクエストどおりのチキンオムライスのトマトクリームソースがけと、栄養バランスを考えた野菜スープとサーモンマリネ。デザートにはフルーツ入りヨーグルトだ。
あまり外に出ない勇者姉のために野菜は多め、カロリーは多少ひかえめに。
勇者姉の体調と体重管理のため、毎食栄養バランスを考えて食事を作っていることに、勇者姉はきっと気づいていない。
かわいそうなほどに報われないが、本人はそれでも幸福そうなのでかまわないのだろう。
「わ~い、いっただっきまーす」
勇者姉はしっかりと両手を合わせ、言い終わると同時にオムライスにスプーンを伸ばした。
とてもおいしそうにご飯を食べる勇者姉を、魔術師はにこにこしながらしばし見つめていた。
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