第2話 新生魔王の愛娘……!?



「…………」

「…………」


 スピカとともに工房のエントランスへ戻っていく。

 彼女は謎の赤ん坊が入ったバスケットを抱え、視線は前方へ一直線。

 見事なまでに、まったく俺と目を合わせようとしない。


「…………」

「…………」


 くっ、沈黙が気まずすぎる。

 体温が急落するのを感じつつ、俺はスピカに話しかけた。

 彼女を刺激しないよう、努めて優しい声色で。


「ス、スピカ?」

「…………」

「お、おい、スピカ……?」

「…………」


 無視である。

 完膚なきまでに、無視である。


 スピカはバスケットを抱き直すと、いきなり歩調を速めた。

 ほとんど小走りである。


「ま、待つのだ!」

「…………」


 俺も釣られて走り出し、彼女を追いかける形で工房の扉をくぐった。

 股間にそびえし肉欲の権化は、いつの間にかシワシワである。


「ふぅ……」

 というのは、スピカのため息だ。

 彼女はエントランスのテーブルにバスケットを置くと、ようやくこちらを向いてくれた。

 ……ただし、その眼光は果てしなく鋭い。


「ごくり……」


 俺は思わず喉を鳴らした。

 いくら魔界を統べし魔族の王でも、このシチュエーションで強気に出ることなど不可能である。


 スピカは真剣なまなざしで俺を捉え、


「で?」


 威圧感たっぷりの低音ボイスを響かせた。当然のごとく詰問調である。


「……で? とは……?」


 俺は……たじろぐばかりである。


「さっきの手紙に書いてあったこと……アレ、本当なの?」



 魔王ジュノ様へ。

 この子の名はネーメ。

 あなたの娘です。



 二つ折りの手紙に書かれていたのは、そんな突拍子もない文言だった。

 ここで曖昧な返答は禁物だ。取り返しのつかないことになりかねない。

 ゆえに、俺はスピカの大きな瞳を真っ向から見つめ返した。


「――俺に娘はいない!」

「じゃあ息子はいるの?」

「ククク。それは我が股間に……」

「そういうのいいから」

「……う、うむ」


 今のは俺が悪かった。

 スピカの眼光はますます鋭くなっていく。

 これはいけない。おふざけはヌキだ。早めに決着をつけなければ……!


「いいか、よく聞くのだ。俺に子供など一人として存在しない。この手紙は、何者かが仕組んだ罠に違いないのだ」

「でも……!」


 食い気味に言い募るスピカ。

 その瞳に垣間見えたのは……不安、だろうか。


「……ジュノって、すごくえっちじゃない?」

「それは……否定せぬ」

「だから私と出会う前に、どこかの女の人と、その……“仲良し”しちゃったとしても、不思議じゃないかなって思って……」


 性交を“仲良し”と表現するスピカに、若干の微笑ましさを覚える。

 が、ここは毅然とした態度で臨まなければ。


「スピカと出会ったのは、俺が三〇〇年ぶりに復活を遂げた当日だ。他の女人と交わる時間などなかった」

「えっ。そ、そうだったの?」

「うむ。復活直後、リリスに十数回、精液を搾り取られたがな。が、あくまで挿入はしていない。風呂場での手淫、口淫、素股による発射のみだ」

「……そ、そう。リリスになら、まぁ……」


 おぉ! スピカがまとうオーラが若干やわらかくなったぞ!


「そもそも計算が合わぬではないか。俺が復活してから、まだ十月経っていないのだぞ?」


 以前リリスが教えてくれた。 

 人間族の女性が出産するまでには、十月ほどの期間が必要らしい。


「た、たしかに……」


 スピカの表情から怒りが抜けていくのがわかる。よし、あと一歩だ!

 俺はニヤリと口端を歪め、


「よかろう。それでは最たる証拠を示してやろう。そもそも、子作りどうこうの話ではないのだ!」


 この場における切り札を突きつけることにした。


「え、えぇ……」


 スピカが背筋を伸ばし、俺の言葉に注目する。

 いい傾向だ。次の情報を提示すれば、彼女とて納得してくれるに違いない。


「俺は……。俺は……!」


 たっぷりの間を置き、俺は宣言した。




「俺は――――童貞だ!!」




 炸裂――。

 今、工房のエントランスに俺の告白が炸裂する音が聞こえた気がする。


 さて、スピカの反応は!?


「…………」


 ポカーン……である。

 宙を見つめるうつろな瞳。

 言葉の意味を反芻するように、パチパチとまばたきを繰り返している。


「え、ええと……?」


 ぬぅ、まだ足りぬか。

 俺はさらなる説得力を醸し出すため、詳細を語って聞かせることにした。


「スピカよ、思い出してみるのだ。お前と出会ってから幾度となく射精と潮吹きを交錯させてきたが、一度たりとも挿入したことがあったか?」

「……!」

「そうだ。それが答えだ。もちろん、リリスにもアルテミスにもペルヒタにもグルヴェイグにも、ただの一度も挿入はしてない!」


 なぜならば――!!

 俺は大きく腕を振ってマントを翻し、スピカに向けて力強く宣言する。



「性なる交わりは、結婚した相手とのみ行うべきであるからだ!!」



 我が魂の大音声が、エントランスに響き渡った。


 そう。

 これこそ揺るぎなき摂理。

 肉棒と肉壷のせめぎ合い――挿入の儀は、婚礼の儀を済ませた相手とのみ行うべきなのだ。

 これは魔界の常識である。


「ふ、ふぅん……そう。そんなふうに考えてたのね……。……そっか。ジュノったら、まだ誰とも……ふふふっ」


 そっと、スピカが口もとを手で覆う。

 指の隙間に垣間見えた口角は――ほんのりと笑みの形を描いていた。


「そうだ! 出会った直後に乳房を揉みしだき、乳頭をつまんで絶頂させたこともあった。尻の間に肉茎を挟んで擦りつけたこともあった。潮を吹かせた回数など、もはや数えきれぬ。が、女体の宝物庫へ侵入さえしなければ、どれもセーフといえよう!」

「そう……なの?」

「そうなのだ!」

「お、お尻にネコしっぽを挿入れるのは?」

「無論、セーフだ」

「裸に剥いて街頭パレードをさせるのは?」

「当然、セーフだ」

「民衆の前でお潮を吹かせて、そのお潮で魔法陣を描くのは?」

「余裕でセーフだ」


 なにせ、挿入はしていないのだから!


 そんな具合に、我が邪悪なる常識を語って聞かせると、


「ず、頭痛がしてきたわ……」


 スピカは指先で、こめかみをグリグリと押さえた。


「あぁ……でもちょっと理解できてしまうあたり、私の価値観……いよいよ魔族になってきてるのかしら?」


 ブツブツ言った挙げ句、彼女は考え込んでしまう。

 まあ……危機は脱したと考えてよかろう。

 となれば、次なる段階に話を進めなければ。


「ばぶ~」


 俺とスピカが問答している間も、この赤ん坊――ネーメは、バスケットの中で大人しくしていてくれた。

 青い髪。無垢な柔肌。やや吊り上がった大きな瞳。

 将来はとてつもない美人になることが容易く予想できる。


「だぁ~♪」

「う、うむ……」


 こちらに向かって、手を振るようなアクションを見せるネーメ。

 俺が小さく手を振り返すと、彼女はキャッキャと笑みを浮かべてみせる。


「ぬぅ……。なかなかどうして、愛らしいではないか」


 胸の奥底に、邪悪なる温もりが顔をのぞかせた。

 その熱に浮かされつつ、俺は両目に魔力を集中させる。

【審理の魔眼】によって、ネーメの素性を明らかにするのだ。

 さて、結果は――?



【名前】ネーメ

【性別】女

【$?∋〆】¶∮△∑

【種族】人間族

【●▽†】♭§√

【年齢】一歳九ヶ月

【£∇★≠□∴】※※∧※★※※∧※★



「ふむ……なるほどな」


 得られた情報を前に、声を洩らす。

 ノイズが混ざって読み取れない箇所はあったものの、とても大切なことが確認できた。



【種族】人間族



 まったく魔力が感じられない以上、うすうす予想していたことだが……。

 さっそくスピカに伝えると、


「人間族……」


 困り顔から一転。表情を引き締め、一気に真剣なまなざしを光らせる。

 そんな彼女にうなずき返し、


「うむ。我らが共生すべき種族の赤ん坊だ。助けぬわけにはいかないだろう」

「そうね! でも……どうするの?」


 俺は例の手紙を見やった。


「なぜこんな手紙が付いているかはわからぬが、俺を頼っていることは間違いない。魔族を統べる王として、この子の親を探さなければ!」

「事情があるにせよ、それを聞かなきゃ始まらないわね!」


 スピカと見つめ合い、笑みを交わした。

 二人の気持ちが重なり合う――。その瞬間を感じ、俺は胸を熱くする。


「ネーメよ……」


 俺はバスケットに手を伸ばし、両手でネーメを抱き上げた。


「ジュノ、しっかり後頭部を支えてあげて。赤ちゃんって、まだ首が据わってないって聞いたことがあるわ」

「よ、よし。こうか……?」


 ネーメの後頭部に手を添える。優しく、慎重に。


「だぁ~♪」

「おぉぉ! 喜んでいる……のか?」

「きっとそうよ! ねぇジュノ、私にも抱かせて?」

「うむ……!」


 なんて儚い存在なのだろう。なんて尊いぬくもりなのだろう。

 俺は命の神秘に感じ入りながら、ネーメのだっこ権をスピカに委譲した。


「わぁ……! すごい……! かわいぃ~!」

「ばぁぶぅ~!」


 スピカの胸に抱かれると、ネーメがひときわ幸せそうな声を上げた。

 その表情は、まさに幸福の体現といったところ。

 そのときだ。


「……あ、あら? 私ったら、どうして……」


 スピカの凜々しい瞳が、じわりと滲んだのである。

 そこから流れ出るのは、二筋の雫。

 ネーメの尊さに心を打たれたのか、スピカは静かに涙した。


「あぁぁ……」


 深いため息。深い笑み。

 スピカはネーメを見つめ、たいそう感じ入っているようだ。


 ――と。


「ジュノ……」


 ふいにスピカが顔を上げ、俺の傍らに寄り添ってきた。

 華奢な肩が、腕に触れる。彼女の体温が伝わってくる。


「どうしたのだ、スピカ?」

「ふふっ」


 スピカは、ただただ微笑むのみ。

 赤ん坊に視線を落としながら、俺の腕に身体を預ける。


「ね、ジュノ。こうしてると、まるで……」


 まるで、私たち――。


 視線が重なる。

 見つめ合う。

 俺。スピカ。ネーメ。

 三人の間に、優しく、温かい雰囲気が膨らんでいく。


 が。



「あぁん! ジュノ様を愛する気持ちは、お胸の大きさに表れるんですよぉ?」

「いいえ、違います。ダンナ様への愛情は、お尻の大きさにこそ表れますから」

「……どっちも間違い。無駄な脂肪に邪魔されないぶん、つるぺた体型の方が、純粋な愛……たっぷり蓄えられるもん……」



 工房の扉が開き、三人の元女神――アルテミス、グルヴェイグ、ペルヒタがエントランスに現れた!

 その瞬間、静謐な幸福はどこかへ消し飛んでしまう。


「グルヴェイグさん、ペルヒタさん、よくお聞きなさい? ジュノ様はわたくしのお胸をちゅぱちゅぱして、『あぁ、安らぐ……』と愛の吐息をこぼされたんですよ?」

「そんなの私だって! ダンナ様ったら、私のお尻に淫らな調教棒を擦りつけながら、耳もとで『熟れた巨尻は甘美だな……』と愛を囁いたんですから!」

「……二人とも、まだまだ甘い。わたしなんて、お胸の先っぽを吸われながらお尻を両手で揉みしだかれた。しかも、夜の浜辺で」

「夜の浜辺!? う、羨ましいです!」

「クッ……浜辺なんて、身体に砂が付いて面倒なだけです。私はダンナ様のお部屋ですもの。私の勝ちです」

「……ふん。浜辺ですっぽんぽんになる解放感を知らないなんて、所詮おばさん……」

「おばっ!?」


 ワイワイガヤガヤ、あーでもないこーでもない、と俺のプレイ……いや、儀式の思い出に花を咲かせる元女神たち。

 話題とは裏腹に、その光景自体は惚れ惚れするほど美しい。


 が、しかし。

 このままでは……。


「ぬぅ。これは面倒なことになるぞ」

「そ、そうね……。たぶん私よりも面倒な絡み方をしてくるわよ? しかも、三人がかりで」


 げんなりとした表情のスピカ。

 彼女に抱かれたネーメは、無邪気に「ばぶぅ~♪」と笑みを浮かべている。


 その無垢なる表情を見下ろし、


「――やるしかあるまい」


 俺は自身の胸を叩いた。


「スピカよ。俺は正面から、アルテミスたちに話してみるぞ。誤魔化してもしょうがない。これまで彼女たちと築いてきた絆は、俺への信頼に繋がっているはずだ」

「んっ。私もそれがいいと思うわ」


 俺の言葉に、スピカが微笑む。

 その笑顔に勇気づけられ、俺は胸を張り、熱弁を振るうことにした。


 アルテミス。グルヴェイグ。ペルヒタ。

 俺は今まで三人の乳房を揉み、吸い、こね回してきた。

 尻をさんざん揉みしだき、指先でたぷたぷと弄んできた。

 時には性棒をしゃぶらせ、潮を吹かせ、魔王汁を至る所にぶっかけてきた。

 俺は愛の蜜を、彼女たちは白濁の祝福を、たっぷりテイスティングしてきた。

 そうして育まれた絆は――深く、固い。

 彼女たちなら、邪推などせず、ネーメの親探しに協力してくれることだろう。


 ――と、魂を込めてスピカに語ったわけだが。


「………………」


 おっと。スピカの頬が引きつっている。

 だが、まあいい。


「よし……行くぞ!」

「ひゃんっ!」


 景気づけにスピカの尻を撫でてから、俺はアルテミスたちのところへ歩を進めた。

 彼女たちがこちらに気づく。


「あぁん、ジュノ様ぁ~!」

「ダンナ様!!」

「ご主人様……!」


 すると、三人は目を見開き、大輪の笑みを咲かせた。

 俺への好意を示す、無意識の表情変化――これを感じ取るのは、じつに心地いい。

 充実した心持ちのまま、俺は悠然と説明を開始する。


「じつは、三人に話しておくことが……」



『あああぁあああぁぁあああぁぁあああぁぁああぁぁあ!?!?!?!?!?!?』



 深く、固い絆はどこへ……。

 おそらく、赤ん坊を抱いたスピカを視界に捉えたのだろう。

 アルテミスたちは三人同時に悲鳴を上げて、転げるようにこちらへ駆け寄ってきた。


「ススススススピカ様!? その赤ちゃんは、まさか!!」

「い、いいいいつの間に!? ダンナ様の新妻は私なのに!!」

「おっぱいおばけも、おばさんも、ちょっと黙ってて……。赤ちゃんの髪の色、青い……。まさか、わたしたちの他にも女が……!?」


 俺とスピカを取り囲み、案の定ギャーギャー騒ぎ始める元女神たち。


「うぐぐ。ど、どこから話したものだろうか……」

「さ、最初から説明するしかないわよ。……深くて固くてえっちな絆があるんだし、ジュノならできるんじゃないかしら?」

「ス、スピカよ。なんだか冷たくないか?」

「つーん」


 知ーらない、とばかりにそっぽを向くスピカ。

 ぬぅ……アルテミスたちとの濃厚な儀式にやきもちを焼いてしまったようだ。


 だが、そんな中でも。


 スピカはネーメの耳に手を添えて、アルテミスたちの騒ぎ声を防いでくれていた。

 その心配りに、俺の心臓がトクンと高鳴る。


 ……さて。

 誤解を解くまでに、一体どれだけの時間を要するのか……。


「かくなる上は――ジュノ様、わたくしとも赤ちゃんを作りましょう!」

「ずるいです! まずは新妻である私と、濃厚でトロトロな性の儀式を!」

「その前に、ペットの雌ネコでお試しするのも悪くないよ……?」


 性欲のボルテージを上げていく三人を前に、俺は長いため息をついたのだった。

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