第14話 新生魔王はスピカとともに


 風呂場での連戦から一週間後――。

 幸い、スピカとの距離が広がってしまうことはなかった。


 次の日こそ、彼女は気まずそうな素振りを見せていたものの、普段どおりの生活を続けるうちにだんだん会話も増えていった。

 今では時間を見つけて、二人で魔法の鍛錬をするようになっている。


 ここはマカイノ村のはずれ。

 人気のない、森の入口である。


「はぁ、はぁ……。ジュノ、お疲れさま」


 スピカがこちらへやってきた。額にきらめく汗をタオルで拭っている。

 やたらと呼吸が荒いのは、告解魔法を何度も使用して、身体を慣らす鍛錬をしていたからだ。

 俺はスピカを眺めつつ、


「うむ。……それにしても、よく似合うな」

「ふふっ。プレゼントしてくれて、とても嬉しかったわ」


 スピカはその場でくるりと回った。

 艶やかな金髪がなびき、甘い香りが漂ってきた。


 彼女は漆黒の鎧をまとっている。

 これはアルテミールの防具屋で扱っていた逸品だ。神聖アルテミス王国が俺のモノになったことで、サイフに余裕ができたのである。

 俺とスピカは真っ先に防具屋へ向かった。

 そして最高級の禍々しい鎧を買い、彼女にプレゼントしたというわけだ。


 それから店主の幼女に、胸当ての形を直してもらった。スピカの大きな胸や締まったウエストを採寸し、それに似合わせて鎧の形状を整える工程だ。

 魔王を引退したら、俺は女性専門の鎧職人になろうと思った。


 そんなわけで鎧の調整が完了したのが、今日の午前中である。

 戦う王女の象徴たる白銀の鎧から一転、ベースカラーはツヤのある黒。

 黒曜石のように輝く胸当てに、四肢を守るガントレットとレッグガード。そこへミニスカートとニーソックスを合わせている。

 スピカ曰く、これが動きやすいのだとか。


「ふぅ。少し休憩しましょう。終わったら、またガンガンやるわよ」

「そうだな。夕食までには、まだ時間がある」


 スピカと並んで、大木の幹に背を預けた。

 涼やかな風に目を細めつつ、ふと訊ねる。


「そういえば、アルテミスは何をやっているのだろう?」

「どうかしらね? きっと部屋に引っ込んで、食っちゃ寝食っちゃ寝してるんだわ」

「さ、さすがに、たまには魔法の鍛錬もしていると思うが……」


 今ではアルテミスもマカイノ村の住人だ。

 俺たちと同じ工房に住み、二階の私室で生活している。

 たしかにダラダラした日々を送っているようだが、なにやら書をしたためているのを見かけた気もする。


 ……おや。スピカがむくれている。


「もぅ。今は私と一緒なんだから、他の女のことは話題にしないでよ」

「フッ、そうだったな」


 この子はすぐにやきもちを焼く。

 あと、さっきから俺の肩に寄りかかるタイミングを窺っていて……かわいいものだ。


「では、スピカのことを訊くとしよう。ずっと気になっていたのだが、今まで何作ぐらいポエムを作ってきたのだ?」


 スピカの告解魔法は、自作のポエムに節をつけて歌う形式を取っている。

 告解魔法のカギは、心に抱えるやましい事柄だ。

 それを暴露する際の羞恥心によって魔道経絡を刺激し、高密度の魔力を発生させる。

 そして暴露を終えた解放感に合わせて魔力を解き放つことで、絶大な威力をもたらすのである。


『無限大の賞賛よりも たった一人の愛情を 私は尊く感じるから』


 そんなポエムを歌い上げた、世界で最初の告解魔法士は――、


「……四〇〇作ぐらいよ」

「よ、よんひゃく……だと!?」


 いや待て。引いてしまうのはかわいそうだ。

 思えば彼女は、ずっと窮屈な暮らしをしてきたのだ。王女として生まれ、勇者の代わりに戦う運命を強いられ、心を押し潰されそうになっていた……。

 そんな彼女を癒やしたのが、ポエムだったのだろう。

 ポエムを書きつけ、歌うことで、心に抱えるストレスを外へ逃がしていたのだ。


 ならば……受け入れよう。

 俺は、スピカのすべてを受け入れると決めたのだから。


「……これからも、どんどんポエムを書くといい。明るいポエムが増えればいいと、俺は思っている」

「ジュノ……ありがとう。私のポエムの良さをわかってくれるのね?」

「んん? …………ま、まあ、そうだな」


 そういうことにしておこう。

 たしかに告解魔法のことを考えれば、スピカにはポエムのやましさを忘れないでいてほしい。

 しかし……いちばん大事なのは、彼女の心が救われることなのだ。それを忘れてはいけない。


 ふと、スピカが身体を預けてきた。

 柔らかな金髪が俺の肩に触れる。

 無言のまま、俺は彼女の肩に腕を回した。


「んぅっ。ジュノったら……」


 体温が溶け合う。ぬくもりが交わる。

 穏やかな風を感じながら、二人っきりの静かな時間を堪能した。

 安らぎのあまり、少しウトウトしていると、


「やっぱり、神話はウソだったんだわ」


 ふとした言葉に、俺は目を開けた。


「……神話? 俺がらみのことか?」


「そうよ」 と肯定し、スピカは続ける。


「リリアヘイムにはね、三〇〇年前の魔王封印のことが神話として残ってるの。『偉大なる女神王ヴィーナス様と六芒の女神様たちが、残虐な魔王と邪悪な魔界を封印してくださいました』っていう……」

「ぶふっ!」


 その雑すぎる捏造に、俺は思わず噴き出してしまった。

 スピカも哀しげに苦笑している。


「今となっては、ひどいウソよね。……だけどリリアヘイムの人たちは、赤ちゃんのころから何度もこの神話を聞かされて、偉大なる女神とやらを崇拝してるの。私だってそうだった……」

「フッ。いかにも女神らしい手法だな」

「だけど、今はちゃんとわかってるわ。ジュノは……とても優しいもの」


 そう言って、スピカはこちらを見つめてきた。

 彼女の頭をそっとなで、俺は口を開く。


 ――事の真相はまったく異なるのだ。

 三〇〇年前、天界と魔界の間で長らく守られてきた不可侵の盟約を、先代の女神王ヴィーナスが一方的に破棄。大軍を率いて魔界に侵攻を開始した。

 猛烈な奇襲攻撃を前に、抵抗むなしく魔界は領土を奪われていく。


 結果、ほとんどの魔族が命を落としてしまった。

 最後には、先代の女神王と六芒の女神たちが、一斉に俺を攻撃するという構図ができあがった。


 そして発動する、全方位からの強烈な封印魔法。

 その猛攻に耐えながら、俺はわずかに残った魔界の領土を守るために、転移魔法を発動させた。

 結果、わずかな領土と魔族たちは守られた。

 これがマカイノ村とその住人である。


 しかし、大規模な転移魔法によって魔力を使い果たした俺は、神聖空間に封印されてしまったのだ。


「……ッ!」


 それを話して聞かせると、スピカは口もとを覆って絶句した。

 瞳にじわっと涙が浮かんでいる。

 睫毛が揺れ、今にも雫がこぼれ落ちそうだ。

 ……いかんな。スピカを悲しませるつもりはなかったのだが。


 俺はコホンと咳払いをした。


「とはいえ、リリスや魔界の民の協力によって、俺は復活できたのだ。喜びこそすれ、悲しむ必要はどこにもない」


 それに――。

 と、たっぷりの間を持たせて。



「それに、こうしてスピカとも出会えたわけだしな……」



 彼女の瞳をしっかり見つめ、言葉を刻みつけた。


「…………」


 スピカが口を引き結ぶ――沈黙が満ち、風の音だけが一座を占める。


 いかん。頬が熱い。なぜスピカは黙っているのだ!

 涼しげな表情を取り繕いながらも、俺は内心ヒヤヒヤしていた。

 今の言葉は本心だ。だからこそ、冗談では済まされたくない。


 それからたっぷり無言の時が流れた。

 しかし、俺の心はだんだんと凪いでいく。


「…………」


 長い沈黙の中、ヒザを抱えたスピカの口もとが、ほのかに上がっていたからだ。

 彼女は穏やかな眼差しで遠くを見つめ――。


「んっ、決めた……。ジュノ、行きましょう?」


 思い立ったように腰を上げると、俺にスッと手を差し伸べた。




 工房に戻る。二人並んで廊下を歩く。

 魔法の鍛錬でたっぷり汗をかいたので、これから湯浴みをするのだが――。


 ……しかし、ひどく歩きづらい。


「んんっ、ジュノ……はぁんっ、んっ、んっ……」

「スピカ……すごい濡れ具合だ。はぁ、ぁ、うぐっ……」


 それもそのはず。

 工房に帰って早々のことだ。二人で廊下を歩いている最中、スピカが俺のズボンに手を伸ばしてきた。


 そして指や手のひらを使って、股間をなでさすり始めたのだ。


 黙っていられる俺ではない。

 お返しとばかりに、スピカのスカートの上から、彼女の花園に指を這わせた。


 指の腹に、スピカの柔らかな※※を感じる――。

 すぐに股間が膨らんだ。スカートにシミができた。

 しかし互いに歩みを止めることなく、手を動かし続けたのだ。


「はぁ、んんっ……ジュノだって、こんなにおっきくしてるくせに……ぁんっ!」

「スピカにこんなことをされれば当然だ……っ」


 工房の中では、リリスの部下たちが普通に働いている。

 歩きながらの愛撫――。

 目撃されたら大変なことになってしまう。


 なのに……やめられない。

 目撃されることを想像すると、むしろ興奮が高まっていく。


 上半身は普段どおり。

 なのに下半身では、互いの※※を触り合っていて……。

 そんな自分たちを客観視すると、股間の膨らみがますます激しくなってくる。


「んんっ、私の部屋……ぁんっ、来て?」

「……うむ。はぁ、はぁぁっ……」


 二人の手は止まらない。

 廊下を歩く。

 メイドをやり過ごす。

 階段を昇る。

 歩調に合わせて、スピカの※※がぐちゅっ、ぐちゅっと水音を立てる。


「あっ、まおーさまだー!」

「スピカさんもいるー!」


 窓の外。

 中庭で芝刈りをするメイドたちに、二人で手を振った。

 にこやかな笑顔。整った衣装。

 しかし窓枠の下では、お互いの指が欲望の赴くまま、盛んに蠢いている――。


「んぅっ……ふーッ、ふーッ」

「はぁ、はぁ……ぁぁあ」


 荒い呼吸をこぼしながら廊下を歩く。

 俺はスピカと肩を寄せ合い、絶頂を堪えながら彼女の部屋を目指した。

 対するスピカは歯を食いしばりながらも、瞳を色欲に濡らしている。


 ――――ついた。スピカの部屋だ。


 スピカは震える手でドアを開け、


「はぁ、はぁ……ジュノ、早く……」

「う、うむ……。邪魔するぞ」


 急かすように俺を招き入れた。

 その、直後。

 ドアが閉まると同時に、スピカが躍りかかってきた。


「ジュノ、早く、早くぅ……! 私、もう無理……。我慢、無理ぃぃ」


 吐息を熱く弾ませて、魔王の衣を脱がせにかかる。

 すぐにボタンが全開にされた。

 ズボンを下ろされ、下着の上からスピカに何度もオスの膨らみを撫で回された。


 やられてばかりもいられない。

 俺は漆黒の鎧に手をかけ、胸当てを剥ぎ取った。


 じゅうたんの上にポタポタと雫が落ちる。

 どうやら下着が受け止めきれないほど、スピカは蜜をたぎらせているようだ。


「魔法、うんと使って、ただでさえ昂ぶってるのに……。あ、あんなに触られたら、誰だってこうなるわ!」

「最初に触ったのはスピカだろうに! さすが八八〇超の【性欲】を持つ王女だ!」


 二人でベッドに倒れ込む。

 さらに服を脱がせ合う。

 貪るように※※を触り合い、互いの身体に舌を這わせる。


 ともに下着姿になり、スピカが俺に覆い被さってきたとき。

 ふいに、視線がぶつかった。


「はぁ、はぁ……ジュノ。大切って言ってくれてありがとう。私、嬉しかった……」


 近い――。スピカがしゃべるたび、唇と唇が触れ合う。


「誰かに想ってもらえるのは、とても幸せなことなんだわ。ジュノに出会って、それを実感できた……」


 強気な瞳がやんわりと弧を描く。


「私はこの国の第四王女として生まれたわ。三歳のころに魔力の才能を見出されて、お父様……国王の命によって、『勇者の代わり』をやるようになったの。一一歳までは魔法剣の修行に明け暮れて、それからずっと現場で戦ってきた……」


 王位継承権が上位の者は、王都で呑気に宴会を。

 下位の者は勇者の代役として、危険な現場に送られて……。


 スピカが表情を曇らせる。


「私ね、修行と戦いの記憶しかないの……。想いを込めて抱っこされたのだって、大切って言われたのだって、ジュノが初めてなんだから」

「俺が……」


 スピカは一八歳。

 魔族にとっては数瞬の時に過ぎないが、人間族だった彼女が心を閉ざすには、充分すぎる期間だったのだろう。


「期待や希望を押しつけられるのも、運命だと思って受け入れようとしたの。自分を殺して、戦う王女として振る舞って……ずっと、誰にも頼れなくて……」


 でもね、とスピカははにかんだ。


「あの日、ジュノと出会ってすべてが変わったの」


 透き通った碧眼。

 まっすぐなまなざし。


「ジュノったら、私を縛ってたものを全部無視して、すごく熱烈に私のことを求めてきて……。最初は恥ずかしかったけど、だんだんわかってきたの」


 スピカの想いは止まらない。


「ジュノの手つき、いつもすごく優しいから。私のことを大切にしてくれてるの、伝わってくるの……。私、ずっと誰かに甘えたかったし、大切にされたかったんだと思うわ。戦う王女として先頭に立つのは、あんまり向いてなかったのかも……」


 だが、そこで彼女は頭を振る。


「……今はちょっとだけ、甘えさせてほしいわ。だけどね、いつか私もジュノみたいに、みんなの期待や希望を喜ぶことができる、そんな強さを持った魔族に成長したいと思ってるの!」


 スピカの心が愛おしい――。

 俺は彼女を強く抱きしめた。


「ぁんっ! もう、強引なんだから」


 スピカはクスクスと肩を揺らし、


「ジュノ。ここへ来た次の日、悪い夢を見てた私の手、握ってくれてありがとう。私の心……癒やしてくれて、本当にありがとう……」


 尊く潤んだ視線を浴びて、

 俺は、笑った。


「当然のことをしたまでだ。俺は魔王だからな」

「まったくもう。そればっかりなんだから」


 それっきり、しばらく会話がなくなった。

 絶え間なく響くのは、舌と舌が絡み合う水音。ときおり混じる熱い吐息。


「……どうやると気持ちいいのか、私に教えて。アルテミスには負けたくないの」

「ああ。ならばたっぷり教えよう。まず、足でだな……」

「あし!?」


 二人の時間はゆったりと流れていく。

 一緒に湯浴みに繰り出したのは、次の朝日が昇ってからだった――。

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