第二章(信玄誕生)‐二
信繁は晴信と意を共にする覚悟だったので、
「ではそれがしも従いましょう」
と言ったが晴信は
「いや、そなたにはまだ俗体としてやってもらわねばならん表向きのことが幾多もある。長老(信繁嫡男で後の武田信豊)もまだ幼い」
とこれを止めた。
晴信が入道を決意したと聞いて家中は俄に慌ただしくなった。
「御屋形様は御曹司に家督を譲られるか」
「先年の景虎のまねごとなどなさるものではない。思い止まられよ」
「御屋形様が退かれては向背定まらぬ北信の国人衆を抑えることが出来ません」
などと諫止する宿老
だがもとより晴信に家督を譲渡する肚はない。
軍議においてようやく晴信を満足させられる戦略を陳べるようになった義信ではあったが、まだ粗略な面が目立つ。義信の
晴信は笑いながら
「皆慌てるでない。入道するが出家までは考えておらん」
と言い、諸衆は安心するやら呆気にとられるやらであった。
晴信は府第に長禅寺の
「よくぞ
岐秀和尚はそう言って合掌すると、晴信の
「
晴信は剃り上げられて青くなった自分の頭を撫でながら岐秀和尚に問うと、和尚は
「院号を
と言った。
「信玄、ですか」
「左様。今日より法性院機山信玄と称されよ」
「その意は如何に」
「玄は『はる』とも読みます。俗名晴信の『晴』の字に通じます。また遠く
と説明した。
ここに、新たに武田信玄が誕生したのであった。
なお晴信の入道に伴い、後継者が定まり、かつ老境に達しつつある諸侍がこれに従うことを許された。主だったところでは
武田信廉が
山本勘助が
小幡山城守虎盛が日意
真田源太左衛門幸綱が一徳斎
穴山伊豆守信友が幡竜斎
長坂虎房が
とそれぞれ号したのをはじめ、武田に仕える大小の武士六〇〇名あまりが入道したのであった。
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