第2話 その者ら、節穴につき2

爆発が収まり、地に伏せていた王が顔を上げると、召喚陣の中心に人影を認め、国王は感嘆の声をあげた。


「我はま……勇者ぞ」


「勇者・・・?」


一目見てわかる、異世界からの来訪者のその言葉に国王は首をかしげてみせた。



「我はま……勇者ぞ」


その響きの良い男の声にリサの意識が覚醒した。

仰向けに倒れていたところを鑑みるに、どうやら障壁ごと吹き飛ばされたのだろうと理解する。朧げな意識は先ほどまでそこになかった圧倒的な魔力持つ存在に対する危険信号をガンガンと打ち鳴らす。

召喚された此度の勇者の姿を見てリサは息を呑んだ。


「なんと、なんという・・・」


国王の言葉がかすれて途切れる。


それはそうだろう、とリサは思った。

その男の姿は一種異様であり、異世界から召喚された異物と言われ、異を唱える者も居まい。


背の丈は2メートルはあろうか、漆黒の髪は地を這う程に長く、その背丈に見合った体格はマント越しであれ、貧弱なものでは決してない。

そして、リサの見間違いでなければ竜のようにねじれた角らしきもの、というより間違いなく角が二本生えている。

その容貌は怜悧で、こちらを睨み据える紫のの内、額に縦長に開いた瞳だけが状況を飲み込まんとぎょろり、ぎょろり、と動いている。


その出で立ちはあきらか、勇者ではない。



魔王である。



実際本人も「ま……」と言いかけた。

恐らく魔王である。


その場に緊張が走る。

誰一人、何も言葉を発せない中、第一声を発したのは、誰あろう、国王陛下である。


「よくぞ参った、勇者よ」


その場に居た、意識あるすべての人間の視線が国王へと向いた。

誰もがこう思ったに違いない。


(何言ってんだこのアホ!!!!)


間違いない。みんなの心は一つだったとリサは根拠もなく確信できる。

この王がであったなら、この場にいた全員の意見も別のものになっただろう。

しかしながらこの国王の発言は考えあってのものではない。素の発言である。


「ふむ……勇者……」


異形が噛みしめるようにつぶやきを漏らす。額の瞳はじっと召喚陣を凝視している。

神官や魔術師たちの背にはじっとりと嫌な汗が流れているに違いない。

何せ、この召喚陣がこの異形を捕らえ、こちらの世界へと引き込んだのだから。


「ふむ、よかろう。我はこの世界の勇者ぞ」


何が「よかろう」なのかはよくわからない。そもそも召喚陣から現れた瞬間に自分で勇者と名乗っている。

そんな中、唯一無邪気に喜んでいるのは言わずもがな、国王陛下である。


「おお!そうか!やってくれるか!では勇者の儀式を早速ここで執り行う!!」


そう言って、国王は己を庇い、気を失っていた魔術師長と異形の魔力の余波を食らって失神していた隷属専門の魔術師を起こしにかかる。


「お待ち下さい!!」


そこへ待ったをかけたのはリサである。

本来ならば、口を挟むべきではない事は重々承知である。

しかし、それを承知の上で待ったをかけなければならない切羽詰まった理由があった。


「なんだ、貴様、文官風情が」


「お許しください。しかし、かの勇者様に何の説明もなくと言うのは些か無礼が過ぎます」


リサは必至に言葉を紡ぎ、思考を回転させる。


隷属の魔術は名で相手を縛る。

しかし、力量が見合わねば手痛いしっぺ返しを食らうのは術者である。

むろん、術の補助に入る人間も例外ではない。

国王が呼び寄せた魔術師がどんな隠し種を用意しているかは知らないが、それは確実に失敗する。失敗するだけでなく、身体が内側からいい音を立てて弾けてくれるだろう。そしてもれなく魔術師長もバーン!である。

この場に人二人分の肉片が飛び散る事になる。


本当の意味で『力ある存在の真名』とはそういうものだ。

この異形に真名を名乗らせてはいけない。


国王に蹴られてなお、呑気に失神している男は自業自得としても、魔術師長はいけない。この国で数少ない国王の愚行を止めてくれる貴重な人材であり、血のつながりはなくとも、身内同然の存在だ。みすみす見捨てる事はできない。


リサは表情を引き締め、勇者たる異形と向き合う。


「慌ただしくして、申し訳ありません勇者様」


「……うむ、苦しゅうない」


最初の間が何なのか、考えてはいけない。

そして、そこはかとなく、機嫌が良さそうなのは良い事に違いない。

ちょっとだけ、場の空気が和らいだ。


「では、勇者様を召喚しました理由のご説明を」


「あらかた、魔王が復活した故、それを倒せと言う事であろう?」


「……ご推察の通りです」


「ふん、勇者召喚の事情など、どこも一緒よ。現に我が治める魔界にも異世界の小僧が軍に担ぎ上げられて攻め入ってきおったわ」


「……」


異形の発言に、その場が水を打ったように静まり返る。

これは、どう考えても異形の正体の候補が絞られてならない。

いや、ひょっとしたら、その異世界から召喚された少年は、別の意図を以て呼ばれたかもしれない。

例えば、そう!王配とか王配とか王配とか。決して勇者ではなく、王配だ。

そこへ、黒衣の男を引き連れた国王が寄ってくる。


「ほう、勇者殿の故郷はマカイというのか、チキュウではないのだな」


「そう言えば、その小僧の故郷がそのチキュウであったな」


色々確定であった。

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