踊らぬ会議と政策物議
昨日あんな宣言をした身で、今日来ないというのもなんとなく気が引けるところがあった私は、コミュ部の部室で誰かが来るのを待っていた。チノちゃんはクラスメイトと何か用事があるらしく、今日は辞退とのこと。
机に突っ伏す。授業中も危うく何度も寝そうになっていた。瞼がやたらと重く、気を抜いてしまうと、勝手に閉じてしまいそうになる。
やっぱり、トランス状態だったんだろうなぁ……。
心のつぶやきはどこかに消える。
昨日の夜はなかなか寝付けなかった。布団に入り目をつぶると、夕方のあの啖呵を思い出して、何とも言えない自己嫌悪が襲い掛かってしまう。
体を上げる。そしてまた体を横にして眠ろうとして、また瞼の裏にあの状況が思い描かれて目が覚めるというものを、幾度となく繰り返していた。
そのせいでいつ眠りについたのかすら、記憶にない。普段から特別寝つきがいいわけではないが、それにしても遅かった。抱き枕代わりのクッションは、目覚めた時には強く抱き着きすぎたせいだろう、綿に偏りが産まれていたぐらいだった。
「ダメだ……」
そのつぶやきを最後に瞼を閉じる。瞼を閉じてじっとしているだけでも多少の眠気は抑えられると聞いたことがある。周りにアンテナを張っておけばすぐ起きれるだろう。強くずっと思考を続けていれば寝落ちすることもないはず。
だからこの体制で五分だけ……。
…………。
――――どこか遠い場所で音が響いた。
そして一瞬、自分がどこに存在しているのかを忘れるが、腕の痺れと、ジンワリとした痛みで徐々に覚醒していく。
ここはコミュ部。そして机の上。そうだ、確か目をつぶっていたはず……。
なぜかそのことを忘れていた。たぶん時間はそこまでたっていなはずだと顔をゆっくりと上げる。
「……あれ?」
「ん? あぁ、おはよう」
「えっと……。あっ、も、モカ先輩」
その光景に意味が分からず、恍けた声が出てしまった。とっさに時間を確認する。5分どころか20分も過ぎていた。ちょっとだけ眠るなんていう器用なことはできなかったようだ。
止まっていた腕の血流がゆっくりと巡っていき、妙な温かさが宿る。気持ち悪さが最後に残った。
「私がここに来た時から眠ってたから。起こしちゃった?」
「い、いえ。あっ、これ」
私は体を起こそうとして肩にかかる毛布に気づく。確かコミュ部にあったもの。たぶんモカ先輩がかけてくれたのだろう。
そのモカさんはパソコンを机の上においてこちらを見ていた。
「一応ね」
「ご、ごめんなさい」
「そういう時はありがとうでいいの」
「……あり、がとうございます」
私は一拍遅れて返事を返す。その言葉に満足したのかモカ先輩は、目の前のノートパソコンに視線を移してながら、頷いて作業何かを打ち込んでいるようだが、こちらからは確認できない。その視線に気づいたのか手を休めずに口だけ動かす。
「昨日、アヤちゃんが言ってくれた署名のフォーマットづくり。適当になにかの紙に書いて、それで集めてもOKなんだけど、やっぱりこちらの真剣さを伝えるためには見栄えもよくした方がいいかなと思って試行錯誤しているの。ちなみに、このパソコンは学校の。マイちゃんに無理言って持ってきてもらっちゃった。USBは個人のものだけどね」
「そう、なんですか……なんか、ごめんなさい」
「うん?」
「私が言い出したことなのに、一番何もしていないし」
「あぁ、そういうこと。別に気にする必要ないわよ。こういうのは私の仕事だと思ってるし。アヤちゃんは今回のように提示をしてくれただけで助けになっている。もちろん、事態によってはなにかしらやってもあることになるけどね」
「そうですか……」
にこりと微笑まれる。私は何も言えずに、ぼんやりとその姿を目で追うだけだった。本当に、真摯に今回の出来事を動かそうとしている。
だが、そこでふと疑問を思い浮かべる。たぶん、普段ならば失礼かもしれないと考えて聞かないことだろうけど、寝起きの頭にストップをかけることはできない。
「モカさん」
「ん?」
「今回の件……生徒会長さんの言葉をそのまま受け取るなら、たぶん三年生のモカ先輩には関係ないことですよね? モカ先輩達が卒業するまではコミュ部は残してくれるらしいですし」
「……確かにね。小日向さんの事を信じるなら……というより、彼女の性格的に嘘はつかないと思うから緊急な何かでも無い限り、私たちが卒業するまでは待ってくれる。そうなると私には関係の無いこと。うん、実に論理的で建設的な意見」
「モカ、さん……?」
芝居がかったそのしゃべり方に違和感を覚える。眉根を自然と寄っていく。まるで何かを言う前のフリであるかのように、芝居がかった様子でニッと笑う。
やや困惑気味な私に、その笑顔のままこちらに問いかけた。
「だけど、それを言うならばアヤちゃんも一緒じゃない?」
「私?」
「そう。正直アヤちゃんはコミュ部に入ったのって流れででしょ? そもそもどこの部活動、同好会にも入りたくなんて無かった。違う?」
「それは……、そうです」
「別に隠さなくてもいいからね。マキの強引さは知ってるから」
「マキさんとチノちゃんって少し似てますよね。あの奔放さというか。とにかく、あの二人が原因で確かに私はコミュ部にいます。しかし……、同じというのは?」
「本当にそれだけの関係ならば、コミュ部なんてつぶれちゃってもアヤちゃんは痛くもかゆくもない。だけど、アヤちゃん……違うでしょ?」
「そう、ですね。この場所が気に入って、それで……。うん、私はここにいたい気がします」
「私も同じ。アナログゲームが好きなのは、もちろんだけどね。それ以上にここ、コミュニケーション同好会というのが好きなわけ。そんな部活がなくなるのはやっぱり寂しいし……思い出の地というのはなくなったら悲しいもの。ほらっ、母校が廃校になったり、統合されたりしたときの……あのなんとも言えない寂しさみたなもの」
私は今まで学校そのものにそこまで愛着を沸いたことがない。それは特別、感動に値する思い出を作れてこなかったというのが大きいだろう。
しかし、コミュ部という場所に対してならば。たかが数週間しかいないし、私の少ない人生全体で見たとしても、ちっぽけかもしれない。だけども。
「母校の例えはよく分かりませんが……、確かにそうかもしれませんね。自分と関係ある関係ないとは別に、このコミュ部というものが純粋に好きになっているのかもしれません」
「それで十分よ。何かを行う動機なんてそれでいい。だから、これも全部自分のために行っていることよ……。よしっ、完成」
最後にエンターキーを押す音が響いた。そして、ノートパソコンごと私に向ける。そこには簡潔でいて、それで綺麗な署名を求めるwordのページがあった。
私は思わずすごいと呟いてから、それを詳細に見ていく。
スクロールをすると下側にはチラシとして配るようだろうか、今回の流れを簡単にまとめたものと、討論会に関する記述、そして署名の願いがかかれていた。それも、決してどちらかが悪いとか、同情を誘うとか、そういった雰囲気があるわけではなく、事実がたんたんと載っていることも好感を覚える。これを見れば、興味が無い人でも署名ぐらいならばと感じてくれるかもしれない。
「すごいです、モカさん」
「ありがとう。そうだな……、後はこれをコピーしてみんなに配ってかな。幸いにもこのやり方ならば部費も使えるだろうし、後はマキの人脈にも期待かな。それにチノちゃんも」
「そういえば、マキ先輩との関係性ってなにあかるんですか?」
「ただの同級生。一年生の時同じクラスだったの。私、人狼はそこそこネットとかでやりこんでいたんだけど、他のゲームはほとんど知らなかったわ。それで、アヤちゃんと同じように私も体験入部をどうしようか悩んでいるときに、マキの方から話しかけてきて、よかったらこの同好会――――コミュ部を覗きにいかないかって」
「どうして急に……?」
「それも聞いたわ。そうしたら、偶然私が携帯のアプリで人狼をやっているのを少し前に見て、アナログゲームが好きなのかと思ったからだって」
「あまり親しくない人に携帯を覗かれていたとしたら……ちょっと怖い話ではありますね」
「でしょ? 一応クラスメイトとはいえ私も警戒した。だけど、今となってはその強引さに感謝もしてるのよ。あの強引さというか、クールなようで熱い部分に」
クールなようで、というのはモカ先輩も人狼に関しては少し、マキさんを超えるものがありますよね。なんて言えずに心の中にだけとどめることにした。
ただし、時折正気に戻ったように私たちに説明をしたり、初心者相手にある程度の手加減、ではないけども、用語説明をしたりとか端々に優しさのような物を感じさせられたが。
「そういえば、マキ先輩は……?」
「あの手この手の話術で討論会に参加してくれる人を探してくれてるみたい。マイナー同好会の会長という謎のつながりも駆使しているし」
「そうなんですか。確かに同性異性問わずに人気はありそうですよね、マキ先輩」
「それは否定しないわ、カリスマという訳ではないんだけども、女子特有の面倒くささとかは彼女にはない。かといって男っぽいとかそういうわけでもない。クラス内カーストはそれなりに上じゃないかしら? そもそもカーストをそんなに気にしたことはないし、あるのかすら不明だけどね。なんか、そういうのも少しチノちゃんに似ているところもあるんじゃないかな」
確かに私のクラスにも、カーストがある雰囲気はない。存在する学校は存在するのだろうが、それがあるか無いかを外部から知るのはかなり難しいのではないだろうか。結局入ってみなければわからないだろう。
もしも自分のクラスにもカーストがあったら……、おそらく自分はかなり下の方ではないだろうか。そしてチノちゃんは上位層にいるはず。もしもその関係ならば私とチノちゃんは対等に話していただろうか……。チノちゃんの性格ならば話しかけてくれている可能性も十二分にある。だけども、私から避けていたかもしれない。スクールカーストがなくてよかったと感じる。
携帯が振動する。何気なく覗く。相手はチノちゃんからだった。その内容に小さく笑う。
「……やっぱり、チノちゃんもそうみたいです。今、チノちゃんからメッセージを受け取ったんですけど……、どうやら討論会のための署名をかいてくれる仲間が増えたらしいんです」
「あはは、やっぱり対外的なものはあの二人と……あとは、コイちゃんあたりに任せていたらいいみたいね」
明るい笑い声を上げながらUSBを引き抜いてパソコンを閉じた。
授業の終了を告げるチャイムと同時に、マキは立ち上がりゆっくりと歩き出す。その素早い行動とゆっくりとした動きは一種の矛盾を産んでいる。それが彼女らしさとも言えよう。
しかし、その足取りは途中で止まり、携帯でメッセージを作成。モカに対して署名のフォーマットをどうするかについては一任することと、本日の自分の動きを示して送信する。すぐに返信は来たが、簡潔な了解というメッセージだけである。信頼をしている彼女に全てを任せて、特別反応はせずにスルーを決める。
そこからしばらく何もするでもなく、廊下で音楽を聴きながら待つ。その音楽は歌詞のない洋楽。それを聴いているとなぜか心が落ち着くので、何か行動を起こす前には非常に役に立つ。副作用の全くない精神安定剤のようなものだ。
壁により掛かりながらその時を待っていると、目的の人物が近づくローファーの音が、イヤホンを突き破って聞こえてくる。
そちらに鋭い目線を向ける。その視線とは裏腹に、口元には柔らかい笑みがある。
その視線を向けられた相手は、気がついているのにもかかわらずに意図的な無視を決め込んでいた。それに対して口元の笑みを苦笑いに変更させる。
「おいおい、無視はひどくないか?」
自分の前を素通りしようとしたところで声をかける。さすがにこの言葉までは無視を貫こうとするつもりはないらしく、足を止めた。
「別に私に話しかけられたわけではなかったのでしょ?」
「アイコンタクトというものがあるじゃないか。なにより、私たちの仲だおろう」
「別にそんなたいした仲でもないでしょ?」
「幼馴染というのは、大した仲に入ると思うがな」
「偶然にも産まれた場所が近く、同じ小学校中学校だっただけよ」
それもそうだが、とマキは苦笑いを浮かべる。元も子もない言い方だが、間違いではないため強くも言えない。
「それで? なにか予定があって止めたんでしょ?」
「雑談がてら止めちゃダメか?」
「ダメよ」
まさかそこまで言い切られるとは思わずに苦笑いを通り越し、普通に吹き出しそうになってしまった。
立て直すように咳払いをして至極まっとうな顔つきに戻す。それならばと本題を持ちかける。
「……どうだ? 気は変わらないか?」
「変わるわけないわ」
「そこで、なんの? とは尋ねないんだな」
「無駄な時間を過ごしたくないの、あなたと」
私との時間は無駄な時間なのかと、大げさに落ち込んだふりをしてみせようかと頭を巡らせる。行動に移す寸前でやめておくことを決断。彼女の性格のことだ、このまま無視をされる可能性も高い。マキとしてもこれ以上敵対心を募らせたくない。
「なら、討論会となる、か。ちなみにだが、ヒナに声をかける前にすでに他の部活、同好会の連中にも声はかけている。余裕で10人は超えるだろうな」
「生徒会としての仕事上、署名が集まれば討論会の日時などは設定いたします。その際はまたご連絡はいたしますが……、こちらとしても余計な仕事は増やしたくないところ」
「討論会をやらずにそちらの主張を取り下げてくれるということか?」
「逆です。生徒会の方から、お願いしておきましょう。こんな敗戦確定な試合を挑む必要なんてありません。即刻、その馬鹿げた署名を取り下げてください」
初めて目と目が合う。小日向は真剣な表情でマキは相変わらずの微笑。
「話は進まないな。会議は踊る、されどすすまずか」
「それが、答えですか。それに、会議にすら行きついてない現状だけども」
「そうだ。次は『犯人は踊る』でもプレイしようかな」
話は終わりだといわんばかりに小日向は歩き出した。
会議は踊る、されど進まず、と揶揄してみたはいいが、実際はコミュ部を主導に確実に動いている。こちらが動いている限り相手も動くだろう。とはいえ、ある意味踊っているのかもしれない。踊りというよりは、まだ脚本段階のミュージカルだ。
今回はどのように話が進むのか。全てのシナリオを覚えていく必要性がある。どのように動かせばこちらにとってプラスと働くのか。推測をしておく必要性がある。
少し遠くなっている小日向の背に話しかける。
「『第一発見者』は私たちだったが……犯人は誰で『探偵』は誰になるのかみものだな。まぁ、私は勝ってみせるがな」
小日向は歩みのスピードを変えることはなかった。
署名の10名は予想より簡単に集まった。人脈をフル活用をすれば10名など簡単なものだったのだろう。むしろ、今回のことに反感を覚える人たちはあまりにも多く、頼み込まなくても向こうからやってくるほどだったらしい。
全てが伝聞だったり推測だったりするのは、私は署名という観点においてニートを決め込んでいたからだ。というより、現在も署名の提出などは、部長たるマキ先輩に任せているので今もなお、ニート続行中なのだが。
そして今日、マイちゃんの方から討論会に関する諸注意、日にち……それら連絡事項が発表をされた。
コミュ部の部室にマイちゃんの声が響く。コミュ部メンバーはそれを黙って聞き入る。
「討論会は二週間後、月末の金曜日に開催されます。今回は部活動関係ということで、参加自由の部会議という形をとることになりました。つまり、参加者は参加希望をする部活から代表者2名、部活動管理主任の
ちらりとマキ先輩を覗くマイちゃん。マキ先輩は分かっているという風に顔を頷かせる。
「表向きはな。しかし、双方が完全に納得がいく形で終わるなんてほぼ不可能なはず。となれば、落ち着くところはどちらかが言い返せなくなるか、理論のなっていないわがままを言い出すかだ。さらに、この流れはフラットな形を維持するために映像を撮り、問題が発生すればPTAの方に報告をされることになっている。教員側の強行採決が行えばPTAが問題にするのは確実だろうな。だから、私たちの目的は一つだ。相手を理論でねじ伏せて言い返せなくさせればいい」
なるほど、と思わず関心する。確かに双方の納得というのは不可能に近いことかもしれない。そもそも双方が納得する結末が用意されているならば最初から討論会なんて開催されていないはずだ。これはいわばルールを決める討論ゲームといったところだろう。賛成と反対の立場にそれぞれたちお互いのそれを行う、行わないによって生じるメリット、デメリットを探すのだ。
もちろん、明らかにこちらが劣勢である。正義はおそらくあちら側にある。私たちも高校生として義務教育の過程を終えた人間である自覚はある。お金は決して無限ではなく有限であること、私たちの活動は国と都道府県、そして親からの補助であることが理解をしなければならない。そこをつかれれば負けるのは必須。
相手の意見を痛くも受け入れる必要がある。そこを痛くないふりをして相手の懐に忍び寄りナイフで一刺しできるほどの、何かがなければ勝つことなど夢のまた、夢ということだ。
「さて、それと代表者の選定ですが……締め切りは討論会の二日前までということになります。各部活から代表者を選定してほしいということだけど……、うちは誰が行く?」
「あぁ。それについては私が勝手に決めてきたが、皆いいか?」
「マキ先輩が部長だからね~。うちらは文句ないと思う。ていうか、うちの中の誰が選ばれても別にいいし」
「僕も同じ意見です。ただ、理由だけ明白にはしておいてください」
「わかってる。これから討論会に行くっていうんだから理由の明白も必要だろう。まず、一人目。私だ。部長としての責任、そして人脈をフル活用して討論会参加者に事前に接触をしてこちらにとって有利となりやすいシナリオを作り、誘導しやすくするというメリットがある。デメリットとしては私が三年生であるという点。モカから指摘されて初めて気が付いたが、今年度で卒業をする私たちにとっては、部活の統廃合、部費の削減は痛くもかゆくもないという可能性が存在する。そこをついて感情的に揺さぶりをかけてくる可能性が非常に高い。しかし、それを考慮しても私が参加するメリットは高いと思う。どうだ?」
「おぉ、すごい。ウチも部長が出るっていうのは分かってたけどそこまで思いつかんかったです。そう考えたら、せやな……。マキ先輩が出るメリットっておっきぃですね」
目を輝かせて同意をするチノちゃん。私も納得だ。それにマキ先輩は言わなかったが部長を出さなかった場合、やる気がないと思われる可能性もある。後輩に押し付ける、ほかの部員に押し付けるということは今回のことをどうでもいいこと、面倒なことと考えていると思われかねない。
あと、モカ先輩から指摘されたといっていたが。
モカ先輩を見ると小さく笑っている。やはり私との会話でそのことを忠告したらしい。おそらくマキ先輩にも私が言い出したということは知っているかもしれないが、全体の流れと、私の性格を考えてモカ先輩が言ったということにしてくれたのだろう。
正直ホッとする。いや、別に糾弾されることもなかっただろうけども、それでもホッとするのだ。
「そして二人目。一人目である私を場の流れなどを基本とした見方で選定をしたから、次は討論に強さそうなメンバーをという形で選定をした。その結果……アヤ、お前だ」
「えっ……えっ? 私? 冗談……ですよね?」
急激に現われた冷汗が額をしたたる。しかし、彼女はあまりにも冷静に首を横に振る。それは確定を意味するものだった。
コミュ部全員の視線が私に吸収されているようで、それだけで肺に圧迫を感じる。
「そもそも今回の討論会を持ち掛けてきたのはアヤだろ? それにモカとも話したがアヤは討論系のゲームを得意としているようだしな」
「そんな、私は、得意ってほどじゃ……。それに、ゲームだって割り切っているからだし。それに……その、えっと……。苦手、ですし」
私の言葉は全てしりすぼみとなり消えていく。それは私がこれまでに行ってきた悪行――――ゲームプレイ方法を考えれば納得のいくことである。
全員の視線を再度確認して、私は椅子に座り直しておとなしくなる。理屈で言い返すことが出来る気がしない。ただ無理だと叫ぶこと自体自分には難しい。
「私としては賛成ね。マキの言うとおり、事の発端であるアヤちゃんの事をきっと生徒会長さんも覚えているはず。きっと、アヤちゃんを見るだけで苦手意識を覚えるはず。心理的に多少でも追い込めればこちらにとって有利となるはずだからね」
「うちもやな。というより消去法をとってもアヤちゃんが適任やないかと思う」
「僕も同じ意見。この中なら一番アヤちゃんがいいと思う。人の気持ちを受けてそれでいていなす方策はもちろん……色々上手い」
「先輩達……。うぅ」
本当に本当に最後の砦となったチノちゃんを見る。しかし、彼女の顔を見てその望みが全く反対の形となるのはすぐに分かった。たぶん、この妙な聡さがいけないのだろう。ただ単に今まで人の顔色を見て生きてきただけの話なのに。
「アヤちゃん。アヤちゃんなら出来るよ。お願い。私たちのためにも、討論会に参加してみてほしい」
「…………」
「アヤさん。先生の方からもお願いするわ。それに、これをすることであなたは大きく成長できる、そんな気がするの」
「わかり、ました。でも、まだ選定の確定として提出はしないでください。本当に無理そうだったら、そのときは。私なりに頑張りはしますから」
さすがに全員に顔を見られては私としてもこれ以上の抵抗を試みるつもりはなかった。それに、わずかなものとしてでも回避できる線は張っておいたし……、そもそもコミュ部からの代表が私たちであるというだけで、マキ先輩達の言葉を信じるのであれば他の部活からの代表者も来るはずだ。そうなれば、下手をすれば私が発言をする間もなく終わる、という可能性もある。
「とにかく、アヤも言っているとおり、まだ時間もある。事前の準備を全員でやっていこう。なにも私たちは個人戦ではないのだから」
マキ先輩の声に私を除く全員が頷く。
もちろん、頑張る。頑張るつもりだが……、もとよりコミュニケーションが苦手な私がコミュニケーション同好会のためにどこまで頑張れるのか……、考える必要性があるかもしれない。
帰り道。小さく息をつきながら駅までのすがらを、チノちゃんと歩いて帰る。
いつもながら、西に向かって歩くこの道は夕焼けの光が痛々しい。
私は落ち込みがちに、チノちゃんは意気揚々と。その対比は私たちの会った当初を思い出す。思い返せば彼女との出会いも偶然からの始まりで、それをつないでくれたのがコミュ部である。それに先輩達との交流。これらはかけがえのないものだと思うし、それのために、この討論会のことを思い出したと言っても過言ではない。もちろん、あの時は自分自身ヒートしていたという所もあるから、勢い余ってというところが大きい。
「……なぁ、アヤちゃん」
「なに?」
「ちょっと駅の所の喫茶店でもよらん?」
「えっ? う、うん、もう遅いから少しだけならいいけど……」
「なら、行こうや」
何を考えているのかは分からず、少しからついた返事となる。ただ、チノちゃんのことなので本当に、ただの気まぐれで喫茶店へ入りたくなったとかそういう可能性もある。
ここで思考をしても答えなんて出るわけないし……、そもそもその思考に正解をしたところでなにがあるというわけでもあるまい。意味の無い誘いであるのならばもとより、意味のある誘いだとしても、チノちゃんならすぐに返答を要するような事はしないと思う。
マキ先輩もだが、この二人は多少強引なところもあるが、最後には人の意見を尊重してくれる。ある意味ではいやらしいともいえるけど、やっぱり良さだと思う。
確かテレビで質問の仕方にはオープンクエスチョンとクローズクエスチョンがあるという話をしていた。はいかいいえで答えられる方がクローズクエスチョンで、どうだったとか、制約を取り払うものがオープンクエスチョンだったはず。彼女らはそのうちクローズクエスチョンを多く用いてくれているような気がする。もちろん、考え方によっては、答えを絞らせさせるという訳だが、話し下手な私にとってはそちらの方が嬉しいし、ある程度の道筋をそちらで提示をしてもらうことで返答がしやすくなるような気がするのだ。
もちろん、個人差はあるとは思うけど、私はそうだ。
喫茶店で私はアイスコーヒーを、チノちゃんはアイスココアを注文して、それがすぐに運ばれる。味は、正直いまいちだった。
「アヤちゃんはさぁ……、討論会に出るのいや?」
「イヤ、って訳ではないけども、そういうがらじゃないし。正直私なんかにコミュ部というか、全体の部活のことを任されるのは正直」
「そっかぁ。というか、元々勝ち筋が薄い戦いやから、仮に負けても別に誰も文句は言われないと思うけどな」
「それは……、そうだと思うけど」
「だけど、そのうえで言わせて? 私は……残してほしいな。卒業までコミュ部でいたい」
別にプレッシャーをかけるわけでもなく、ただ純粋な自分の感情として零しているようにみえる。そういえば彼女がこんな風に願いを口にするのは珍しい気がする。普段から、どちらかと言えば私が彼女を頼ってきていたから、その関係性が妙に感じる。今までの反転というのはどこか違和感を感じざるが得ないのだ。
「アヤちゃんってさ、中学時代は部活入ってたん?」
「入ってなかった。そもそも、うち田舎だったから、人もいなかったし、それで稼働してる部活も少なかったから」
「あはは、そうなんや~」
ケラケラと笑ってアイスココアを飲む彼女。田舎は学校の数が少ないためにやたらと広い校区から、人数が多くなるか、とてつもなく少ないかのどちらかだと思う。偏見かもしれないけど。
「実はさ、ウチ……バレーボール部やってん。三年生の時には、何度もチームキャプテンを任されることあって、それなりに活躍もしたつもり」
「そうなんだ……。それなら、高校でも入ればよかったのに。あっ! もちろん、チノちゃんが邪魔とかそういうのじゃないよ?」
「あはっ、分かってるって。というか、それは友達にも言われたし。でもね、私は最後の公式試合にはでれんかった」
「えっ? どういう?」
最後の試合であるならば、どんな選手であれ思い出として出るなんてこともあるように思うのだが。例え、そうでなかったとしてもキャプテンを任されるほどなのだ。出ないというのも不思議である。
「練習中にこけちゃって、膝壊したんよ。全治二ヶ月やって。最後の試合までに間に合わんかった。まぁ、仮に間に合ったとしても……、二ヶ月のブランクですぐに中には入れるかって言われればそうやないと思うけどな」
それにはどう返せばいいのかも分からずに黙ってしまう。慰めも不要だろう。では同情? 答えを見つけられない。スポーツをしていたら怪我とは切っても切れないところだし……。かといって反応がないというわけにも行かない。
結果、私はアイスコーヒーを飲みながら小さく頷くにとどめた。
「怪我はもう治って、お医者さんも別にスポーツに復帰してもいいとは言われてんねんけど、なんとなく、もうええかなって。嫌いになったとか、飛ぶのが怖いとか、そういうトラウマをもっているわけやないんよ? やから体育でバレーとかあったら普通に楽しくやれるし」
「……体育でバレーやるときは、チノちゃんと敵になったらスパイクが怖そう」
「さすがに手加減するよ。本気のやつはやらんって。てか、怒られる思う」
私はガラにもなく少しだけ茶化す。いい加減になにか言葉を話さなければと感じたからだ。この話の中で自分を保つことができない。
「やから、高校は帰宅部でええかなっていうのも少しあってん。そんときに、席が一つ前のアヤちゃんを見つけてそのままコミュ部に。新しい居場所を見つけた気分でさ、嬉しい」
「私は、たまたまいただけだし……」
「たまたまでも何でも同じ。全てはタイミング。例えばウチの怪我がもっと早くに起こっていれば、たぶんやけどバレーは続けてたと思う。バレーの試合でもどこでタイムアウトを取るかによって、そのゲームの流れが大きく変わることも珍しいことやないし。そのことを考えたら……アヤちゃんというタイミングが与えた今回の出来事は、絶対無駄だと思いたないねん。この先……どこにタイミングがあるかわからへんから、それなら少しでも楽しい未来を歩みたいやん。やからさ……、わがままやっていうのはわかってんねんけど、アヤちゃん、討論会前向きに頑張ってみてくれん?」
即答は、出来なかった。
そんな簡単な物などではないし、その想いを受けたからこそ、重圧ともなり得る。チノちゃんの思いは自分の中で何倍にもする。それを『分かった』の一言で受け入れるのはあまりにも傲慢だ。誰かのことを完全にわかりきるなんて、それこそテレパシーでもなければ不可能。
だけども、少なくとも討論会においては、私の方がチノちゃんよりも上手く立ち回れる自信がある。熱い感情は討論において不要と思われ捨てられる可能性がある。確かに私たちが生きているのは今だけど……学校という組織が生きているのは未来だ。そもそもが学校という機関は、生徒を未来に送り出すための機関であり、そのためには今の改善も必要となってくる。
「正直、正直ね。怖い」
「うん、そうやと思う」
同意をしてくれる。怖い、何があるかわからないから。一寸先は闇とまではいかないけども。未来を見通せないということは恐怖ともいえる。その恐怖に打ち勝つには……。一つしかない。
「だけど……、頑張る理由が一つできた……。チノちゃんの想いを聞いて産まれた」
「理由?」
闇しかないなら、ほんの少しの光であっても希望となる。だけど、光と希望はどちらが先にあるのか。精神世界では時に、希望があるから、光があるのかもしれないのだか――――。
「そう。やっぱり動機がなく頑張ることなんてできないから。でも……チノちゃんのように、部活や同好会で助かった人も大勢いるはず。私もそのうちの一人だって思い出せた。チノちゃんの想いを聞いて、後ろ向きな気持ちじゃなくて、うまくいったときのことを想像できることができたと思う。それに、自分もその未来に行きたいと思った。誰かのためにという他社本願の想いは途中でくじけそうになるけども、自分のことならやり遂げられる気がする」
「アヤちゃん!」
「あっ、で、でも……まだ怖いからこのことは先輩たちには内緒でお願い。やっぱり逃げ道は作っておきたいから」
自分の弱さもみせる。この確保だけは大切だ。それをしていないあまりに後悔をすることにはなりたくない。選択肢が多いということはその分助かるというものだ。
チノちゃんは嬉しそうに笑いながらアイスココアを飲んでいく。私はその様子を眺めながら、なんとなくあべのハルカスの時を思い出した。
思えばあの時に初めて敬語を脱したのだ。
いまだに関西弁というものにはなれないものがあるが、この地に十分と馴染めてきていることを実感できた。
お風呂上り、髪を乾かせながらマイは電話をしていた。電話の相手はアキである。
バスタオルで髪をふきながら、これまでと、そしてこれからの流れを報告する。もちろん、完全な部外者であるアキにはどうすることもできないことである。だが、巻き込んでしまっている以上、ある程度報告をするのも大切なことであろう。
「しかし……アヤちゃんが出るとなると、不安も残るね」
「そうよ。私もサポートはしてあげたいけど本番は私はいないからどうすることもできない。寂しいけどもね」
「アヤちゃんの強みを出すことができるか否かが勝負のカギとなるわけだな」
アヤの強みは、一見屁理屈とも思える方策で、遠回りながらも説得をすること。また、それがどれだけ突飛なものであろうとも相手にそれを悟らせないように、仮に悟られたとしてもそれすらも利用する、一手、二手先を読むトーク術。もちろん、アヤにはそのような意識はないだろうし、伏線を張ってどうこうしようとは思っていないかもしれない。しかし、それに気が付けば、伏線を張って勝負に持ち込むことができるようになる可能性だってある。
「だけども、同時にアヤちゃんは弱いと思うよ」
「……わかってる。あの生徒会長さんは確実についてくる弱さがある」
「一つ聞こう。彼女はそれに気が付いていると思うかい?」
「今はまだだと思う。引っ込み思案で思量深いあの子は、その思量のうえ日常生活でならまだしも討論会という場においては、プレッシャーと未来のことを考えて、置物になってしまう可能性は高いわ」
「君はそれを注意しないのか?」
「私は教員よ。確かに同好会の顧問として応援してあげたい気持ちはあるけど、重要なのはあの子自身が気づいて成長をすること。卵の殻を自分から破ろうとしているのに、親鳥がその手助けをする必要性はない」
「よっぽど苦しんでいるなら別だけどね」
一応忠告を加える。しかし、アキ自身もその発言にはおおむね同意である。それに、アヤの性格だ。他者からのアドバイスを受けると、それを忠実に守ろうとしすぎて本来の彼女らしさを出せないような気がする。
そのことは前回の人狼でも明らかだ。あの時はイズと手を組もうとして策略を巡らそうととらわれた故に、モカに見つかってしまったわけだ。もしもペアを組んだ相手がチノだったならば、恐ろしくて考えたくもない。
「まぁ、あの子達ならなんとかなるでしょ。ゲームというのは勝っても負けても楽しくあるものでなくてはならない……。どんなふうに賽の目が転がったとしても、きっといい方向に進むと思うわ」
「そうだね」
コミュ部、部室内でイズがスマートフォンをいじっていると、扉が開く。誰かがやってきたのかと視線を向けると、そこにはモカが立っていた。
彼女はノートパソコンを片手にこんにちはと微笑む。イズもそれに返して、モカの席を用意した。
「最近はノートパソコンとつきっきりすね」
「えぇ、そうね。細かい調整とかもやりたいし、今回署名をしてくれた人達に対しての連絡を取ったりとかもあるからね」
「電子機器か。僕たちは……アナログゲームをやってるコミュ部なんすけどね」
そんなこと言いながらも、先ほどまでスマートフォンを触っていたのは自分だ。アナログとは正反対の位置に属するものかもしれない。
「そうでもないと思うわよ」
「というと?」
「そのアナログゲームだって、私たちの手元に届くまでにはたくさんの過程を得ている。その最中に電子機器を使わないなんて不可能。確かに、いわゆるアナログゲームというのは電子機器が不要でも遊べるゲームのことだけども、遊ぶまでには電子機器を頼らざる得ない」
「……なるほど。確かに、そこまでの考えには至らんかったです。ゆわれたら納得かもですが、そこまでは、なかなか」
「大体はそうよ。私たちは今や未来を考えて生きているけども、過去を考えていることは少ない。例えば悩み相談とかなら別かもだけど、友人と話をしていたとしても、この話をしたら今楽しいか、または未来として不都合がないかといった具合で考えても、過去がどうなのかということを考えることはない。だけど実際、その人には過去があるはず」
「トラウマをえぐるかもしれないってことですね。まぁ、そこまで考えるのは現実不可能ですけど」
「そのとおりね。相手の立場になって考えたり、心を推測することはできても、確証はできない。相手のことを全て受け止めるなんて幻想ね。だけどもその努力は大切」
「……『ガイスター』でもやりますか?」
「いいわね」
その誘いに笑って返す。イズは棚からガイスターのセットを取り出して並べる。
ガイスターは非常に簡単でそれでいて奥が深いアナログゲームだ。
6×6の盤面にお互いよいお化け4個と、悪いお化け4個を各自もつ。よいお化けと悪いお化けの判定は背中に赤い丸が付いていれば悪い、青ければよいとなる。もちろんこれは相手からは見えない。
その後お化けを交互に1マス進ませていき、相手のお化けがいるマスに止まればそのお化けを入手することができるというもの。
勝利条件は三つ。相手の良いお化けを全てとる、自分の悪いお化けを全てとらせる、そして、自分の良いお化けを一つ、相手側の角のマスから外に脱出をさせるというもの。
究極的には運の要素も絡むとはいえ、相手ならばどのようにお化けたちを使うのかを推理、分析し、どのようにして勝利を導いていくかがキモとなる。このゲームは今と未来と過去のすべての要素が必要となるわけだ。
今、このコマを取らなければよいお化けが脱出をはかるかもしれない。このコマを動かしておかなければ未来、困ることになるかもしれない。そして過去、このコマを動かしていたことからこのお化けは良いお化けなのかもしれない……。考えだしたらキリがないが、どのようにしても相手の動きや相手の性格を推理して動かしていく必要性があるだろう。
「…………」
「…………」
ゲームプレイ中はなぜか無言の時間が訪れる。それは仕方のないことで相手の立場になって考えるということは非常に難しいことなのだ。静かな白熱。
ただし、アナログゲームの素晴らしさはそこにもある。言葉を使わなければならない、討論系や、言葉こそ不要ではあるものの、言葉もあればより楽しめるボード系、そして別に言葉を喋ってもいいのにも関わらず無言となってしまうタイプのゲーム。しかし、言葉を使ったコミュニケーションが苦手な人にはありがたいゲームかもしれない。人は非言語におけるコミュニケーションこそが実は重要である。
とはいえ、ガイスターのお化けを取り合うことに夢中な彼らは今そのようなことを考える暇もないのだが。
「えっと、それで……?」
コミュ部にやってきた私はてっきり、明日に迫った討論会の対策会議が開かれるものと思っていた。しかし、その予想はきれいに裏切られていた。
「なに、メンバー提出の期限も切れて、私とアヤが確定したのならその討論会に対して対策を立てようというのだ」
「……ゲーム、ですよね?」
「コミュ部なんだからゲームで対策をとるのは当たり前だろう」
いや、よくわからないです、とは返せなかった。
マイちゃんも含め全員が着席したテーブルに私もつく。目の前には手作り感がある、カードが並べられていて、よくわからない状況に陥っていた。状況の把握ができずに、おそらく今回もゲームマスターを務めるであろうモカ先輩をちらりとみる。しかし、先輩はニコリと笑って首を横に振った。
「……さて、今回やってもらうゲームは僕考案のゲーム、『その政策のった』です」
「イズ先輩考案の?」
「そう。マキ先輩にも頼まれてね。討論系の何か新しいゲームを考案してみてくれないかと」
既存のゲームだけでなく今回のための新しいゲームを用意することで、今回のことに即したゲームを見ることができるということか……。思わず感心してしまいそうになる。というか、その間に作成できるって。
「ただし、急きょ作成したゲームということもあってテストプレイはもちろん、ブラッシュアップさせてもいないので穴もあるかもしれませんが……、そこはご愛嬌ということで」
「おい、皆。ゲームの不満点はどんどんぶつけていいぞ」
「先輩、ひどいっすよ。いや、これ自体がテストプレイと考えたら悪くないかもですけど」
苦笑いをしつつも立て直すためにコホンと一つ咳をして、手元の紙に視線を落とす。おそらくそれがルールブックなのだろう。
「皆さんは国を変える政治家です。しかし、皆さんの目的はより多くのお金を入手すること。まず、皆さんにはチップとしてそれぞれプレイヤー人数カケル3枚。今回は、18枚のコインをお渡しいたします。簡潔に言いますとこちらのコインを一番多く入手したプレイヤーの勝利となります。さて、まずはじゃんけん等で親を決めるんやけど……、今回はマイちゃんから。まずマイちゃんは自分を除く二名のプレイヤーを指名してください」
「んー、じゃああえて討論会メンバーを避けてみようかな。モカちゃんとコイちゃんで」
「この二名が今回の討論メンバーとなります。では、親のマイちゃんはどのようなものでもいいので政策を考えて発表をお願いします。一応政策という名前ですが、ガチガチのものでもいいですし、オカルト的なものでも構いません」
「そうだなぁ……、じゃあ最近話題のものとして、高校に携帯、またはスマートフォンを持ってくることを全面的に許可する、という政策は?」
「面白いです。では、討論メンバー以外の方はこちらのカードをお配りしますので、どちらかを選択して裏向きに自分の前に出してください」
渡されたカードは政策に対して賛成か反対かが書かれたものだった。私はそっと賛成のカードを出す。そもそもデモンストレーションだしそこまで考え込む必要性がないと思う。
「では、討論メンバーの二人はこちらのカードから1枚づつ選択してください」
そういってイズ先輩は中央に、私たちが配った賛成反対のカードと似たようなものだが、中央には討論と書かれているものを裏向きに設置した。つまり、表を向けずに選択をしろといことらしい。
空気を読んだのか二人はそれぞれとってからイズ先輩の合図でカードを表にする。モカ先輩が賛成でコイ先輩が反対だった。
「では、これから5分間の討論を行っていただきます。討論を行っている最中、討論メンバー以外の方は自由に賛成、反対カードを裏向きの状態で変えていただいて結構です。ただし、変える際は1枚チップを支払ってもらいます。支払われたチップはテーブル中央に集めてください。5分経過後、全員のカードをオープンしどちらの意見が勝っていたかを多数決で決めます。そこで敗者プレイヤーは、中央にチップを相手に入れられた票カケル2個分……例えば、賛成2、反対1となった際は4枚のチップを中央に支払います。また、敗者側に票を入れていたプレイヤーは賛成側の数分、先の例では2個のチップを中央に支払います。そして中央に支払われたチップは勝者プレイヤー、勝者プレイヤーに投票したプレイヤーに均等に配分されます。端数が出た場合はまず、勝者プレイヤー、次に勝敗関係なく、親へ渡され、それでも余れば次のゲームへ続投となります。これを全員親をやり終える、またはプレイヤーの誰かがチップを失うまで行います。ゲームの流れは以上ですが、質問は?」
これは、ゲーム性がそこそこ高いような気がする。討論に参加していないプレイヤーもいろいろ考えさせられるし、誰を討論メンバーに選出するか、議論の内容とはかかわらずコインの総計でどうするかを決めるなどいろいろ考えられるようだ。
「私から質問だ。今回は偶数人いる。投票結果が同票だった場合はどうなる?」
「あー、説明忘れてた。えっと……、その場合は親の投票がなかったことになる。やから偶数人でプレイすると親が少しだけ不利。やけどもその分、端数チップを受けとれるし、それに全員が一巡するから平等っちゃ平等」
「私からも質問。最終チップの数が同じだった場合は?」
「正直これはまだ決めてないです。一応案としては、同時一位というもの、二つ目、以下の順番で決める。討論で勝利した数に準じ、同じだった場合は勝利プレイヤーに投票した数が多い人物、それでも同じやった場合は討論に参加した数、それでも同じやった場合はそこでようやく同着一位。どちらがいいかは、ゲーム見て決めよう思ってます」
「わかったわ。ふふっ、こういうのもオリジナルゲーム感があっていいわね」
「後は……そうだ。討論中は討論メンバー以外も会話してもらって構いませんが、あまり込み入ったものではなく、簡単な質問程度にしてください。また、自分がどちらに投票をしているのかを宣言するのは、例えブラフでも反則行為とします。それでは、討論スタート」
先輩の言葉とともに手短にあったストップウォッチを押す。ここから5分間がテーマに関しての会話ということになる。今は賛成側に位置しているのでアシストをするとなればモカ先輩となるけども……。そもそも、当たり前ながらこのゲームのセオリーががないため、どのようにすればよいとかがわからない。下手な発言はしにくい。まずは、討論メンバーの二人の様子を見るに限るだろう。
「では、まず賛成側から。現在携帯電話というと、なぜかネットサーフィンやゲームがメインに思われがちだけど、もとをただせば電話なの。外出先でも緊急の電話を受けられることになるからね。つまり、高校生においても緊急の電話というのは少なからずあるはず。ここで連絡を取れるというのは大切なことだと思うわ」
「確かにそれは一見メリットのように思えるけど……、本当かなって気がすんなぁ。そもそも、モカ先輩がゆう、緊急の用事って?」
「例えば……、そうね。一番思いつくのは家族の訃報とか、事故とか。そういう緊急な用事って携帯なら一発で伝わるじゃない?」
「どうやろ? どっちにしろそれで家に帰らなきゃならないんだったら、学校に連絡する必要性が出てくる。そしてそれが本当であるかの確認を学校でもしなきゃならないなら、二度手間やないかな」
それは、確かにそうかもと思わず納得してしまう意見だ。そうなると、モカさん側のメリットは完全に喪失をしてしまうことになるが、モカさんは落ち着いた様子でその反論に反論を重ねる。
「授業中なんかだと結局その電話に出れないわけだから無駄だよね。でも、それは学校内だから。私たちが高校に通うというのは、通学時間があって初めて意味があるの。その通学時間中の電話なら意味があるわ。特に朝、学校に行ってるときとかなら途中で引き返すことが可能となる」
「それも微妙やない? 確かに学校に向かっていて、なおかつまだ家に近い状況やったら引き返すのが一番早いけど、もしも学校に近いんやったらもう学校に行ってしまって、そこから先生に車を出してもらうなりした方がええと思う。マイちゃん、そういう場合って車出してもらえるよね?」
「状況によるけども……、緊急性を認めることがあると思う。むしろこのご時世、それで死に目に会えなかったとか言われたら面倒だから学校側も出すはずよ」
「だよね~。となると、賛成側のメリットっていうのは、緊急な連絡性があって、なおかつ引き返す方が早いときだけにあるということ。そんな狭い時間の、狭いメリットのために携帯を持ってくる意味があるとは、少なくともうちは思えんなぁ」
その発言を聞いてか、違ってかチノちゃんがチップを払って意見を変える。これは賛成側から反対側になったということだろう。確かにこれまでの意見を総合すれば反対の方に意味を持たせてしまう。
「あの……、それならコイ先輩に質問なんですけど、携帯を持ってこないメリットはあるんでしょうか?」
コイ先輩はこちらの意見に対して薄いながらもメリットがあることを示した。しかし、薄いながらにもメリットがあるのならば持ってきてもいいはず。そこをつけば状況は変わってくるような気がする。
コイ先輩は少し迷うように視線をさまよわせている。やっぱり、即答はできない。それは明確なメリットが思い浮かばないからのはず。
「うぅん、ちゃうわ。質問の意図がおかしいねんな」
「というと……?」
「携帯を持ってくること、そのものにメリットがあることは認めるわ。でもそれって、一時的に気持ちよくなるから薬物に手を出すといってるのと同じこと。薬物使用者にとってはその瞬間というのはメリットのはず。だけど法律で禁止をしているのはなぜか。そう、それ以上のデメリットがあるから。携帯を持ってこないことに対してのメリットを尋ねるというのは、薬物を禁止するメリットを尋ねるのと同じこと」
「なるほど、つまりコイちゃんは、携帯を解禁することでデメリットがあるといいたいわけね?」
「そうやね。ちなみに、デメリットっていうのは今更やとおもうけども、授業の妨害になりうる、すぐに拡散されたりなどでイジメを加速させる要因になりうるなどがある。それでもまだ、メリットの方が上回るというの?」
これは、学生が多いこのメンバーで、一見反対側が不利に思える。しかし、そもそもなぜ禁止にしている学校が多いのかを粛々と考えていけば、反対側が有利なのかもしれない。学校だって何でもかんでも禁止にしているわけでもないし。
となると、ここで反対側に意見を変えるべきかな……。そう少し考えていると、マイちゃんがコインを支払いながら口を開いた。
「モカちゃんに質問。携帯解禁に関するデメリットは認める?」
「そういわれたら……、うん。困るけど認めるわ。だけどなんだってそう。どんな物事にもメリットとデメリットがある。さっきコイちゃんは薬物の例を出したから私もそれにのっとるとすると、医療大麻というものもある。それはメリットがデメリットの上をいったということよ? 携帯解禁のメリットからも目を背けちゃだめのはず」
確かに携帯解禁のメリットはあるはずだけど……なんだか今回の政策に対しての論点からずれている気がする。そこをつけば確実に勝てるような気がするけども、私がその発言をすれば、私のカードが賛成であるとばれる気がする。そうなれば、残りのメンバーが示しを合わせて反対意見とする可能性もあるし……。
と、そこまで考えて、これはあくまでゲームであることを思い出す。序盤はともかく、きっと終盤は政策そのものより、どうやって他者の意見を返させて、そしてなるべく多くのコインを受け取るかだ。
「ちょっと待った。やけども、携帯解禁のデメリットとメリットではデメリットの方が上といったはず」
「……本当にそうかしら? コイちゃんは何かを勘違いしていると思うわ」
「勘違い?」
「今回の政策は〝携帯の持ち込みを許可するか"であって、決して〝自由に扱える環境を与えるか”というわけではない」
「っ……。なるほど」
「その通り。私はこの政策にこう付け加えるわ。授業中は携帯を後方に設置する場所を決め置いておくこと。こうすれば授業中のデメリットは解消できる。さらにイジメに関することもついていたけど、そもそもイジメを行う人って禁止にしてようが持ってくるんじゃないかしら? そこを考えれば、携帯でいじめをしているシーンを録音、または写真で撮影して動かぬ証拠とし、密告できる環境を作れる。これって素敵だと思うけど?」
また、チノちゃんが意見を変えた。なんというかわかりやすい。それに対してほかのメンバーの意見が全く見えない。賛成なのか反対なのか。いまここで私が意見を変えて、その結果反対側が勝利をすればチノちゃんをはめることができるけども……。いや、まずは素直に行こう。変に考えすぎても仕方がない。それに、たぶんだけどマイちゃんは賛成側のはずだ。マキ先輩だけは不明だけど、だとしても3人いる時点で勝てるはず。
「やとしても、デメリットはなくならないはずやで。まるでそれがメリットの方が上であるかの言い回しやけど、本当にメリットの方が上かは考察が必要」
「つまり、メリットが上の可能性も十二分にあると認めるということね」
「きっと、デメリットの方が上やと思うけどな」
「時間です。議論終了となります。これ以降の意見変更も受け付けません。では、今回の政策に対して議員の皆さんは賛成か反対かどちらだったのか、カードをオープンしてみてください」
その合図で全員のカードがオープンされる。結果は全員賛成。よかった、とは思えない。これだと取り分が少なくなってしまうからだ。
「えー、マイちゃん賛成だったんだ」
「元は反対で出してみたんだけどね。最初だから親が反対だった場合とかもみてみたかったし。だけど途中で賛成が有利となりうるところに気が付いたから」
「私にアシストくださったんですね。正直あの質問で私も気が付けたので助かりました。確かに論点がずれているということに。正しくは論点のずれというよりは拡大解釈かもしれませんけどね」
「そういうことやってんやぁ。マイちゃんの考えが読めんかったぁ」
「私もだが……、今思うとだがアヤは気づいていたんじゃないのか?」
マキ先輩が方眉を上げて尋ねてくる。みんな気づいていなかったんだぁという方が先にあり、ぼーっとしていたので返事が遅れる。嘘をついても特別に意味もないので私は小さく首肯する。
「あの場で意見を変えて質問をするという意味を考えたんです。わざわざ質問をするならば反論の余地を与えかねない相手側にするよりも、反対の補強を行うはずだって。そのことにマイちゃんも気づいていると思ったから……」
「なるほど、バレてたってわけか。さすがね、アヤさん」
「い、いえ……」
やっぱり恥ずかしくなって顔を伏せる。ゲーム中であれば余計なことを考えずに済むがゲーム外となると話は変わってしまう。だから話を少しそれしてみせる。
「そういえば、ゲームと関係のないところですと、お二人ともこの政策――――携帯の持ち込みは、本心としてはどうなんですか?」
「私は賛成よ」
「うちも。やから心にもないこといわなあかんかってんなぁ。そもそも、うちらの学校もOKなわけやし」
「GMとしてはそれを見ているのも楽しいねんけどね。それに、相手の立場になって討論を展開すると新しい点で答えが見えてくるはずやし」
「それもそうやね。なんで携帯を禁止すのかなんて、今まで考えたことなかったわ」
頷くように笑うコイ先輩。やはりというべきか、彼女は本当は賛成なんだ。自分の心とは裏腹な答えを言わなきゃいけないのって少し面白い気がする。それに相手の立場になって初めて見えることがあるっていうのもなんだかよくわかる。
その後、チップの処理を行い、次のゲームへと移行する。わかっていたことだが、ゲームと直接関係ないところであれば、やたらと私が討論メンバーに選ばれたり、発言をさせようとしたりしていた。というか、マキ先輩だって立場としては一緒のはずなのに、あの余裕はどこから出てくるのか不思議でたまらない。
ゲーム後半戦には私が予想をしていたように、重要なのは誰が賛成か反対かを予測するところにあった。チノちゃんは当初気づいていなかったようだったけど、それとなく教えてからはゲーム性を理解したらしい。
結果は、私が討論メンバーに選ばれすぎたせいもあり、僅差ながらも一番チップを獲得することが可能となった。逆に意見をコロコロと変えすぎたチノちゃんが最下位という結果。このゲームの怖いところは意見を変えることも必要だけど、それにとらわれすぎたら破滅をしてしまうというところにあるのかもしれない。
「……という感じのゲームです。あー、やっぱ、GM疲れるわ。なれへんな」
「ふふっ、別に私の真似かどうかはわからないけども、無理に標準語使おうとしなくていいのに」
「無理してるわけやないんですよ? ただ、やっぱりルール説明は標準語の方がやりやすいように思えて。それにルールブックも標準語で作ったし。それでどうでした?」
「えっと、なんで私のことを見てるんですか?」
全員に問いかけるトーンであるはずなのに、なぜか視線は私の方に向いている。イズ先輩の考えがわからず、わずかにたじろぐ。それに対するイズ先輩の返答は至極まっとうだった。
「ほかの人の意見を聞いてからだと良くも悪くもそれに同調しそうやから」
「うぐっ」
さすがに性格も割られている。
私はあきらめも込めたため息を胸中で行ってから、今回のゲームを振り返る。どこが楽しかったか、どこがダメだったか、そういった所を細かく思い出していく。というより、要所要所で感情的に面白いと思った点やつまらないと思った点などが思い出されているだけなんだけども。
「楽しいのはやっぱり、いろいろな視点から政策を考えられる点や討論メンバーに選ばれなくても水面下でいろいろと考えられる点ですね。残念だなと思ったのは……親の順番で結構振り回される点と、最終局面はせっかくの討論というテーマがあるのに、どのようにすれば勝てるかを考えるようにするため政策そのものの議論に意味がなくなってくることですかね。あと、政策を毎回考えるのが意外と大変だという点も」
「うん、そうやんなぁ。特に政策の作成に関しては、僕も難しいかなってゲームを作ってても感じた。それと、政策というテーマの喪失かぁ。それ以外のところでもゲームができるようにと考えた結果やったけど、むしろそれがあかんかったかぁ」
イズ先輩は何かを考えるように顎に手を当てている。ダメとまでは私は言っていない。水面下での戦いがなければ聞いている側はまったく楽しくなくなるし、前半と後半でゲーム性が異なってくるのは仕方のないことだ。
「も、もちろん、楽しかったんですよ」
「あはは。別にそんな気遣いとかはいらんよ」
「気遣いとかじゃないですけども……」
「ははっ。さて、ほかの方々はどうでしたか?」
そういってほかのメンバーにも感想を口々に言っている。どうして私だけ一対一だったんだろうと感じてしまう気持ちも少しはあるが、究極的には自己責任であるがためだったので文句はいえない。
そんな折をして、結局明日の討論会に関してはなにも話し合いをしないままに帰宅時間が訪れていた。
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