都会に住まう嘘つき人狼
リビングで録画をした連続テレビ小説を見ているお母さんに、入部届の印をもらおうと話しかける。お母さんは、ほんの少しだけ意外そうな顔をしたと思ったら、ビデオを一時停止させて判子をもってきてくれた。
「それにしても、驚いたわ。部活に入るなんて思わなかったから」
「正しくは、部活じゃなくて同好会なんだけどね。流れで」
「コミュニケーション同好会……。ふふっ」
「な、なに」
意味ありげに呟いた後笑うお母さんに少し不満げな顔を見せる。するとにやついた顔を隠そうとすることもなく口を開く。その内容を聞く前から、お母さんが何を言いたいのか分かっている。それでも子供みたいにムキになってしまう。実際子供であるわけだけど。
「うぅん。それよりも、どういう部活なのか、お母さんに教えてよ」
「どういう部活かは……正直私もつかみきれていないかな。簡単に言うと、いろんなゲームをする部活動みたい」
「ゲーム?」
「そう。ゲームっていってもテレビゲームとかそういうのじゃないんだけどね……」
キャット&チョコレート、ヘックメックの話を続けてする。おそらくはゲームの面白さやルールは半分も伝わっていなかったのだろうと感じる。
それでも、ゲーム中の興奮、熱い気持ちなどは伝わったようでうんうんと頷いていた。全てを聞き終えた後、ビデオが再開された。
ドラマは主人公がなにか決意をしているような部分だ。朝ドラを私は追っていないのでよくわからないけども、今回は設定は戦後間もない時代らしい。
「なるほどね。面白そうな部活じゃない」
「まだ、どういったものか分かっていないんだけども」
「これからゆっくり分かっていけばいいのよ。最初から分かっていることなんてないわ」
年甲斐もなくウィンクをする母に思わず苦笑いをする。考えればお母さんは田舎にいたときから気さくな人で、知り合いも多くいた。もとより、田舎というのはネットワークが密で狭い。その中でもうまくやってきた人で、そして都会になった今でも、すでに何人か知り合いを作っている。この人の娘である私がなぜこうなったのか不思議でたまらない。
いや、むしろ逆か。なんでも母がしゃべって、とりもってくれたから私がしゃべる必要性がなかったのかもしれない。もちろん、過保護というわけではないし、今では適度な距離感をもっていると信じてるけど……。
「そっか、そっか。んー、それならお母さんにもあいそうなゲームあるのかもね」
「たぶん、あると思う」
おすすめのゲームとしてモカ先輩があげていた人狼は、テレビでも見たことがある。確か人のふりをする狼、人狼を見つけ出すゲームだっけ? そういうゲームはたくさん話すと言うことを考えるとお母さんにあっている可能性が高く感じる。
お母さんはビデオを消してもう一度微笑みを浮かべた。
「まぁ、なんにせよ部活動頑張りなさい。もし、お金が必要になったら、お小遣いも増やしてあげられるから」
「そんな、悪いよ」
「彩夏。いいから甘えなさい。それに、出世払い、期待しているわよ」
「……わかった」
お母さんはキッチンの方に向かった。私は消されたテレビを再度つけて、バラエティ番組にする。芸人がなにやら体をはったゲームをしていた。そこには戦略性もなにもない。ただの体力やらバランスやらのゲーム。だけど、妙に楽しげだった。
ゲームは人を楽しくさせる方法なのかもしれないと、私は感じさせられた。
その日の夜にSNSでメッセージが来ていた。相手はチノさんだ。彼女は色々と私に話を聞いてきた。そして、私が大阪の生まれ出ないと知るやいなや、案内を申し込んできた。最初は断ったけど、仲良くなりたいから、その一言で私も断り続けることに難しさを感じた。
そして待ち合わせは地下鉄御堂筋線、なんば駅。難波という地名自体は聞いたことがある。ここで何を案内してくれるのだろうか。
待ち合わせ時間、10分前である1時20分につくと、そこにはすでにチノさんの姿があった。
「お待たせ、しました」
「あっ、アヤちゃん! 待ってへんよ。というか、ウチが早く来ただけやし」
「そう、ですか」
そう呟いてあたりを見渡す。駅というのは改札とそしてホーム、後は売店でもあれば十分だと思っていたがここは違う。駅を一歩出たその瞬間から、色々なところに通じる道があり、お店も並んでいたりする。どちらに進めばいいのかすら分からない。
「すごい……」
「えっ? あぁ。ここで迷ってたら梅田とかすごいよ?」
「そうなんですか?」
「そうそう。JR大阪方面はどっちだとか、阪急百貨店はどこだとかね」
「大阪? 梅田?」
「あぁ……えっと。場所的に同じなんだ。なんで名前が違うとかそこらへんはしらんけど。ちなみに、梅田をキタ、こっちをミナミなんて言ったりするねん」
「そうなんですか……」
改めて眺める。人がいきかう。忙しそうに早歩きをする人、携帯をもってうろうろする人、楽しそうにおしゃべりをする人。様々な人間がいた。
「んー、えい!」
「きゃっ、ちょ、ちょっと」
突然抱きつかれて私は困惑の声をあげてしまう。背中には彼女の豊満すぎる胸を押し当てられて、私のコンプレックスを全身に出されてしまう。もちろん、自分も小さい訳ではなく平均サイズはあると自負はしているのだが、それでも彼女の前にいるとなんとも言えなくなってしまうのだ。
「な、なんですか? チノさん」
「それ! ウチら同級生やで? なんで敬語なんよ?」
「えっと、それは」
理由はない。なんとなく敬語で話し始めたから、ずっと敬語だったわけだし。引っ越し前の時のクラスメイトにはため口だったし……。なんとなく切り替えるタイミングを逸したという感じな気がする。
「アヤちゃんも敬語やなくてため口で話してや。それにチノさんやなくてチノでええで」
「よ、呼び捨てはさすがに」
「じゃ、ちゃんで」
「う、うん。わかった、チノちゃん」
私は了承する。しぶる理由はないし、これからコミュ部として動くならばある程度仲良くなっておく必要性が高いだろう。それに、風邪などで休んだ時にノートを見せてもらえる人が一人でもいると助かるところ、という打算的な考えもある。
「よし! じゃあ、出発」
「出発って、どこにいくの?」
「せっかく難波まで来たからね。まずはやっぱり、日本一高いビル、あべのハルカスやろ!」
チノさん――――じゃなくてチノちゃんの後を、RPGに出てくるキャラクターのようについていくと、とても大きい建物が顔を出す。それがあべのハルカス、というもので、壮大なものであることが理解された。
「いやー、久しぶりに来たけどやっぱり大きいなー」
「久しぶりなんだ」
「まぁ、学生にはちょっとね。高級品も多いし」
「そもそも、あべのハルカスってどういう所なの?」
「んーと……総合施設? 下の方は近鉄百貨店や美術館があって、中層階はオフィス。んで、高層階はホテルと展望台やな」
よくある高層ビルと似たような形式らしい。高級品というのは百貨店のことを指しているのだろう。学生もこれると言うことは、お金持ちしか買えないような物しかないということはなさそうだが、手は出しづらいということかもしれない。別にそれならそれでいい。ウィンドウショッピングを楽しめばいいわけだし。まぁ、数える程度しかやったことないけど。
「でも、いいとこなんよ? 楽しめると思うで」
「とりあえず、案内よろしく」
「任された!」
と、元気に返事をしたチノちゃんについて行く。そこで改めて人の量や、その大きさに目眩がする。ただし、気持ち悪さという物は感じず、時折目に入るアクセサリーや日用品に一喜一憂をする。正直お小遣いの範囲を軽く超えてしまう物や誰が買うんだと疑問に思う品もある。
いつの間にか、私は笑顔になっていた。笑って、チノちゃんといろんな話をしていた。
大阪のイメージを話してそれはそうかもと肯定されたり、否定されたり。商品とお小遣いとで格闘をしてあきらめたり。ある意味高校生らしい時間を過ごしているように感じる。それは勘違いではないと思う。
「まっ、せっかくだから、上まで登ろうよ」
「上って、展望台?」
「そう。少しお金はかかっちゃうけどね」
それは仕方がないというか当たり前だと思う。これだけのビルを維持するためにはお金も必要だし。あっ、でも関西人はケチってよくいうけど、実際の所どうなんだろう。チノちゃんは特別そんな様子は見せてないけども。
「にしても、これが出来たせいで個人的には通天閣の価値が下がったように思う」
「通天閣は聞いたことある」
「ここからでも、近い方だしね。通天閣も観光スポットだけど……正直ウチはハルカスの方が好きやな」
笑って展望台のチケットを購入しに行く。そのチケットを手にエレベーターで上まであがっていく。
「そうそう。こっち向いて、ちょっとだけ上見てて」
「えっ?」
疑問に感じつつ言われたとおりにする。見ると周りも同じようにしている人ばかりだ。
「あっ、すごい」
エレベーターの動き出し、疑問が解消される。
光が落ちていた。
壁に映し出された光のコントラストが私たちを歓迎している。確かに、下手に外を見るよりは、こんな風に光の描き出す芸術を楽しむ方が有意義かもしれない。外を見ちゃうと、展望台に着いたときの感動が薄れてしまう。
芸術に舌を巻いているとあっという間にエレベーターは60階をしめす。実際にも早いんだろうけども、それ以上に視覚的に楽しめたために、体感は本当に一瞬だった。チノちゃんに引っ張られて外に出る。
「さぁさぁ、こちらですよー」
そういって窓側まで案内される。その途中からその壮大な風景に目を開いていた。
山登りをしたことがあるし、田舎育ちの私としては、高い場所から町を一望するというのは特別に変わったことではなかった。しかし、これは違う。
まるでジオラマみたいに、建物は小さく、人は蟻みたいにうごめいている。それは町ではなく、街だった。
ただ高いだけじゃない。あべのハルカスからの世界がまるで手のひらの上にあるように錯覚をさせられる。美しい、というのはこのことを指しているんだろう。
「どう? すごいやろ」
「うん。本当に。綺麗だね」
「そうそう。やっぱり綺麗というのが大切なんよねー。よくわからんけど」
「なにそれ」
適当な物言いに笑ってしまいながらも次々に見ていく。あれが、明石海峡だよとか、六甲山だよだとか、そんな話をしてゆっくりと回っていく。次に58階に降りる。そこはレストランや軽食を食べれるような場所があり、私たちはそこでソフトクリームを注文して窓から景色を楽しみながら、それを頬張る。
「おいし」
「そうだね……。なんだか、窓の風景も合わさってリッチな気分」
「それ分かるわ。なんか、高層ビルとかの、おしゃれなレストランで彼氏とディナーとかええなって思わん?」
「うん、少し、分かるかも」
「やんな! やんな! 憧れるわー。かっこいい人と一緒に。大人な雰囲気でワイン飲んで……きゃー」
一人で妄想を繰り広げるチノちゃんに小さく苦笑いする。何はともあれ楽しそうだ。私は軽く肯定してみたものの、誰かとつきあうとかそういった姿を現実の物として知覚することが出来ない。初恋だって、たぶんまだだと思う。男の人が苦手とか、そういう事はないけど。というか、それ以前に人と接することが苦手で、こうやってチノちゃんが話題を提供してくれなければうまく話すことも出来ない。だけどもチノちゃんはそんなことを気にするそぶりもなく話を振ってくれるので、少し疲れることは否定できないけど……助かっている。
「ありがとう」
「ん? 何が?」
「案内してくれて」
さすがにそんな本音を伝えることは恥ずかしくて出来なかった。そのため適当にごまかした言い方となったが彼女はそのことを気にしたそぶりも見せずに笑顔で首を横に振る。
そしてコーンを口の中に放り込んで飲みこんでからしゃべりだす。口の端にクリームがついていた。
「ウチも楽しかったからええの。それよりもウチはコミュ部に入るきっかけとなったことに感謝してるんやし。だから、これでおあいこ」
「私はあの時たまたま立ってただけなんだけども」
「そういうもんよ、運命って。偶然の重なり合いでええの」
「……そうかな」
これ以上は否定しても仕方がないと思い受け入れる。そして彼女の端についてクリームを紙ナプキンで拭いてあげる。それ以上の言葉は使わずに私たちは笑い合った。その笑いは大阪の街に響いたようだった。
この世界にはうまくいかないことがいくらでもあることをチノは知っていた。もしもすべての人がうまくいくのであったら、悲しむ人間なんていないし、全員が幸せになるはず。しかし、現実はそうではなく、誰かが幸福になると誰かが不幸になり、誰かが不幸になると誰かが幸福になる。日本に住んで、平均的な人生を歩んでいたチノは、世界的に見れば幸福な人生を歩んできたのだろう。
その点彼女はどうであろうか。実をいうと、今日、彼女を遊びに誘ったことに対して一番緊張していたのはチノであった。
もしかしたらこれはただのエゴかもしれない、自分の行いは、押しに弱い彼女にとって鬱陶しいだけかもしれない。それでも、あきらめるぐらいならばとアヤを誘った。
結果は……たぶん成功だ。これでまた仲良くなれたと思うし、緊張もほぐれたように思う。もちろん、彼女の本心がどこまであるかわからない。彼女の心の奥に何を隠しているのかとか、そんなことは分からない。
そもそも友達というのは、どのような定義なのだろうか。心置きなく話せる相手なのか、タメ口を使える相手なのか。
チノは今日の出来事を日記に書き留めた後ベッドに転がる。
「友達、だよね」
チノは思い出すようにつぶやく。それと同時に同じように思い出すあの出来事。トラウマというわけではないけども、決して忘れ去ることはできない。もちろん、それを恨むわけでもないし、そもそも恨む相手も見つからない。
もう、すっかり癒えたはずの膝を構うように触ってから小さく呟いた。
「信じてることが、真実なはずやんな」
いつの間にか眠気が襲っていた。まだお風呂にも入ってないが、この状態でお風呂に入ると、どうしてもこのまま眠りの淵に落ちてしまうかもしれない。仮眠だ、と自分に言い聞かせてうたた寝にはいった。
一日の授業が終わると、チノちゃんは帰る支度をして私の席まで来てくれた。まだ、私はクラスになじめているというわけではない。もちろん、休み時間になると誰かと話すこと自体はあるし、完全に孤立をしているわけではない。しかし、それは友達と話していると言うよりは友達の友達と話しているという感覚の方が強い気がする。その友達というのはもちろん、チノちゃんのことだ。
「よし、いこっか」
「うん、わかった」
もちろん向かうのはコミュ部である。私達は鞄を持って二人で連れ添って出る。仮入部期間が終わったこともあって、今では放課後の教室は部活に向かう者、友人と遊びに行く者、帰宅をする者などに分けられていた。私も本当のところは一番最後の所に当てはまるはずだったのだが、こうして部活組に混ざっているというのは自分のことながら違和感を感じる。
「それにしても、今日何するんやろ?」
「なんだろうね? あのメッセージ」
昨日、私達の元にマキ先輩からできるかぎり参加の求めるメッセージが来ていた。正直何をするのかと言うことは伝えられなかったが、正式部員となっての初の活動を全員でやろうと言うことならば分かるし、予定もなかったためにそれを受け入れた。
「んー、またゲームすんのかな?」
「だと思うよ。何するかはわかんないけども」
「分かったところでタイトルだけじゃ意味不明だけどなー」
なんて笑うチノちゃんに私も頷く。確かに分からない。マキ先輩達が言ってたおすすめのゲームで唯一分かるゲームと言えば人狼ぐらいなもので、その人狼も昨日こっそり調べたところよく分からない単語と役職のオンパレードだった。
「まっ、とにかく行ってみれば分かるよな。こんにちはー」
コミュ部の扉を元気よくチノちゃんが開ける。誰か中にいるのか灯りはついていたし、話し声も聞こえていた。
そこにいたのは、マキ先輩と、モカ先輩と……。
「だれ?」
チノちゃんが少し呆けた声で呟く。片方はマキ先輩で間違いない。しかし、もう片方は……制服に身を包んでいないということから、ここの生徒ではないようだけども……。というか、見た目的に中学生か、小学生か……。とにかくかなり小さな見た目だ。
あと、衝撃が強すぎて忘れていたが、なぜ部外者と思われる人がいるのか。いや、逆説的だけども、ここにいるというのだから、つまり関係者ということになるのだろうか。
「あら? いらっしゃい」
「こんにちは、モカ先輩」
「こんにちは……」
私たちの元にやってきて挨拶をするモカ先輩だが、残り二人はというとこちらを振り返ることもせず、なにやら真剣な顔持ちをしていた。
「あの、マキ先輩達はなにやってるんですか?」
「あはは……。アレは『バトルライン』という二人専用のカードゲーム。説明は難しいから省くけど結構難易度の高い中級者向けのゲームかな。私が来る前からやっていたから、いつからやっていたとかそこら辺は不明よ」
「そうなんですか……」
バトルラインという言葉だけを覚える。説明は難しいと言っていたがインターネットなどで調べればわかりやすくのっていることもあるし、個人的な興味もある。
「あれー? アヤたちなにやってんのー? ――――って、先生まで来てるやん」
「こんにちは。先生きてたんか、昨日の呼び出しもよくわかりました」
後ろから先輩たちも顔を出す。私たちも中途半端に教室に入っていた体を完全にいれる。
あれ? なんかすごい胸に引っかかる。なにかとんでもないことをコイ先輩達が言ったような……。
「というか、先生!?」
「えっ? っと、えっ?」
そう、これだ。私も一瞬スルーしそうになったがよく考えればすごいことを言っている。私よりも明らかに背が低くて、童顔で、小中学生に見間違えるような彼女が先生?
その様子を見てモカ先輩はクスクスと笑いながら、バトルラインをやっている二人の元までやっていきパンパンと手を叩いた。
「はい、ここまで。もう皆そろったわよ」
「ま、待ってくれ。もうすぐ終わる」
「だーめ。というか、もうこれは先生の勝ちよ」
「そんなことはない」
「あるのよ。これをこうして、こうして、こうしてと」
「お前……って、そうか」
モカ先輩の指摘に、あっけにとられたような声を上げる。もちろん、神様視点であったからこそ気づけたことなんだろうけども、それでも呆けた顔をする彼女は珍しいように思える。まぁ、まだ珍しいと思えるほど知り合っているわけではないが。
「……はぁ、なにはともあれ私の負けか……。と、そうだ。アヤ、チノ。まずは紹介をするべきだな。先生」
呼ばれた少女――――もとい先生は立ち上がって私たちのもとにやってくる。彼女の身長は私の胸のあたりだった。おそらく身長145センチぐらい。
「はい。皆さんこんにちは。私は
片づけをマキ先輩にまかせて私たちに自己紹介をする先生。その声は思いのほか、幼すぎる。いや、ある意味が、予想通りというべきかもしれない。なんにせよ教師らしさはない。
「えっと……本当に先生、なんですか?」
おずおずとチノちゃんが手を挙げながら禁忌にふれる。なんていうか、まるでパンドラの箱のようだ。明らかに開けてはいけないのだけど、聞かずにはいられない。
「えっ? もちろんそうだよ」
「……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「…………」
不穏な空気が流れる。いや、まぁ確かにただの幼女が高校に紛れ込んでいるわけないし、普通に考えれば先生ということになるのかもしれないけども、どう見ても子どもだ。
黒板が上まで届かなそう。というか半分くらいが限界な気がする。
「まぁ、そうなるよな。驚く気は分かるが名実ともにここの教員でアナログゲームプレイヤーでもあるんだ。気軽にマイちゃんとでも呼べばいい」
「なんでそれをマキさんが言うんですか!?」
「はい! マキちゃんですね!」
「ちょっ、えっと……チノさん!?」
すぐさま、いじられキャラということを認識したらしいチノちゃんが名乗りを上げる。私は苦笑いでもってそれに答えた。
というか、怒って腕を振り回す姿はまさに子どもそのものだ。ひとまず言えるのは、彼女は確かに先生であり、いじられキャラということであろう。
「閑話休題、己紹介も無事終わってよかった。これで全員がそろったな」
「全然無事じゃないけどね!?」
「さて、今日だがマイちゃんも招いて、全員そろってゲームをする予定だ」
「なるほど。マキ先輩は何するかきめてるんすか?」
「もちろんだ、そのためにも今日は『レイン』に向かう」
「なっ……、そんな話先生聞いてないよ!」
「そりゃ言ってないからな」
いけしゃーしゃーと答えるマキ先輩。少し前からぶっとんだ人だと思ってたけども、あまりにもぶっとびすぎているようだ。まぁ、確かに先生も威厳というのはなさそうなのだし、これには悪ふざけのようなものも含まれているだろうけども。
それよりもだ、マキ先輩は今レインといったが、それはゲームの名前ではなく、なにかしら場所の名前を指していることは推測できるけども。
色々言っている先生を、簡単にいなしているマキ先輩をしり目に、モカ先輩は小さく笑って私たちに説明をする。
「レイン、というのはここから近くにあるアナログゲーム専門店。私たちもよく利用させてもらっているの。イベントもあるし楽しいところよ。それに、マイちゃんはレインの店長さんと友達なの」
「ただの、同じ大学出身ってだけ! 友達なんかじゃない」
その否定に対しては、先生も大学出身なんだという当たり前の感想が生じていた。教職に大学卒業は絶対必須出なかったと思うけど、ほとんどが大学出身者か、もしくは専門学校卒じゃないだろうか。
それにしても、この否定の仕方的に何か過去にあったのだろうか。
隣にいたイズ先輩は私の考えを読み取ったのか首をかしげながらそれにこたえる。
「僕たちも詳しくはしらないんよなぁ、マイちゃんとの関係は。まぁ、別に興味もないからええんだけども……。ともかく、向かうとしようか。レインに」
「あーうー、アイツのところか。というか、どこか外行くなら申請書出さないとダメなのに……。もぅ」
あまり気にしたそぶりのない先輩方と頭を抱える先生という不可思議な現象に私はまた苦笑いをする。この人が一番疲れるところにあるのかもしれない。しかし思う。
先生はバトルラインを余裕の表情でマキ先輩に勝っていた……。ただものでないのかも。
バトルラインがどこまで戦略性のあるゲームかはわからないが、中級者向けと言ってたしそれなりに難しそうなゲームだと思う。
私は、頭を抱える見た目幼女の姿をしばし観察した。
嫌がる先生――――マイちゃんは先輩らに連れられる形でレインまでやってこらされた。一応私はその間にも先生と言っていたのだが、彼女から、「部活関連の時はマイちゃんでいいですよ」と言われたために、固辞するのもどうかと思い私はそれを受け入れることにした。それに部活関連と線も引いているし。
レインは高校から数分の所にあるビルの一つに併設されている。三階のビルにあるようで入り口は少し狭く感じるが、ビルの大きさ的に中はかなり広いのだと推測される。
「さて、入るぞ。マイちゃんもいい加減にあきらめろ」
「なんで生徒が先生に指示するんですかぁ」
「さぁ、いくぞ。おじゃましまーす」
完璧に無視を決め込んできた。私たちの部活って一応はコミュニケーションという事を目的にしているはずなのに無視ってその真逆の事柄な用に感じる。まぁ、愛のあるいじりとイジメの境界線が曖昧なようにこれも曖昧なところに入っているのかもしれないけども……。うぅん。
「やぁ、いらっしゃい。昨日言ってた件だね」
「あぁ、そうだ。よろしくお願いする」
中にいたのは一人の青年であった。見た目はかなり若そうだが……だとしてもマイちゃんの同級生とは思えない。
マイちゃんの同級生で、彼女と同級生だとハッキリ分かる人もいないと思うけども。
だが、それよりも私とチノちゃんの目を奪ったのは別のものだった。コミュ部にあったアナログゲームの数々は確かに驚くべき数だった。しかし、それは氷山の一角でしかなかったことが理解される。思わず声が出るのも仕方ない。
積み上げられたゲームの数は優に200を超えるだろうし……これだけのゲームを取りそろえているのは、一周回って狂気的にも思える。だけども何かを極めるというのは、そういう所にあるのかもしれない。
「さてと、君たちがコミュニケーション部の新入部員かな? 名前はマキちゃんの方から聞いてるよ。俺はここ、『レイン』の店長である、
「はい! お願いします」
「お願い……します」
私たちは頭を下げる。彼はもう一度小さく微笑んでからマキ先輩に何かを確認しているようである。おそらくどっちがチノでどっちがアヤであるかを確認しているのであろう。その後、彼は一度後ろに引っ込むと、手に名札をもって現われた。
「うちの店ではプレイスペースを利用する際はこの名札をつけることを推奨しているんだ。これはプレイヤー同士が呼び合う名前。例えば初めて会う者同士でも一緒に遊べるようにね。といっても、今はお客さん来てないんだけどね」
「相変わらず人気のない店……」
「マイ。うるさい」
「事実よ」
にらみ合う二人。なるほど、こうしてみて初めて、仲が悪いと表現した理由が分かる。アキさんも今までの優しげな声から一瞬で変わってしまっている。この二人に過去何があったのか分からないけど、よほどのことがあったのかもしれない。とはいえ、こうして交流があることから完全に嫌い合っているというわけではないとおもうけども。
「さてと、今日は新入生登場記念ということらしいけど……行うゲームは決めているのかな?」
「いや、まだだ。ここはあなたに選んでもらおうと思ってな」
「そうか……。7人。裏にいるスタッフも合わせれば10人か。よし、それならばこれをやろうか」
アキさんは少し店のものをあさる様子を見せてから一つの箱をもって戻ってくる。
「今回行うのは『ミラーズホロウの人狼』だ」
その瞬間、隣にいるモカ先輩が目を細めたのが分かる。そういえば、彼女は人狼が好きだと言ってたし……。なんだか大変なことになりそうだ。
奥の方からここのスタッフというアラさん、ヒノさん、シノさんが現われテーブルに着く。ただし、説明とゲームマスターを行うらしいヒノさんだけは、ベルとカードをもっていた。
「『ミラーズホロの人狼』はフランス生まれの人狼ゲームです。ドイツ年間ゲーム大賞のノミネート作でもある有名な作品です。ミラーズホロウはフルオープンルールであることが他の人狼とは異なるところでしょうか。フルオープンルールの意味は後述しますね。まず、皆さんにランダムで役職を配ります。その後、人狼だけは仲間の人狼を確認できます。そして昼時間では討論と投票によって一人処刑する人物を決めます。もしも最多票が同票ならば処刑は行いません。処刑が済みますと夜の時間となり能力を発動します。また、人狼は必ず一人餌食として、人狼以外を喰らいます。これを繰り返し、人狼を全員処刑することが出来れば村人の勝利、村人チームを全員処刑すれば人狼の勝利となります。さて、フルオープンルールの意味ですが、これは餌食となる、または処刑されるなどでゲームがいなくなる際、その人物の役職が公開されるというものです。では、何か質問はございますか?」
「私から。今回のルールについていくつか質問が」
手を上げたのは意外にもモカ先輩だった。その様子を見てマキ先輩が笑っている。その理由もなんとなく分かる。彼女の様子はどことなくおかしい。目がらんらんと輝いているというか、とにかく普段の様子からトリップをしているようだ。
「まず一つ目。投票はどのように行いますか?」
「全員一斉投票です。私の合図で処刑したい人物を指さしてください」
「二つ目。遺言は?」
「無しです。ただし、議論時間中に誰に投票するかを決めていたのならば自由に遺言を残していただいても、それは議論の一部として処理いたします」
「三つ目、今回の役職はどのような形で?」
「そうですね……。9人ですから。狼2、ハンター1、残りは村でいきましょうか」
「わかりました……。と、ごめんね。アヤちゃん達はこの役職の意味分かる?」
目の色を戻して優しく問いかけてくれる彼女。いつもの彼女に戻ったが、よほど人狼が好きならしい。雰囲気的にあんまり殺伐としたゲームは苦手そうなのに、その逆とは恐れ入る。
まぁ、ゲームのバックボーン的なところは直接はかかわらないし、ゲーム性だけで見ればFPSのシューティングゲームよりはほんわかしているけど。
「えっと、ハンターがわかんないです」
「私も……ハンターが少し」
「ハンターは村人陣営の役職なの。その能力は自分が死亡したとき誰か一人を道連れにするというもの。ただし、道連れにした人物が必ず人狼とは限らないけどね」
「なるほど、分かりました」
「それでは、ゲームを始めましょうか。皆さんカードを一枚とって役職を確認してください」
私たちは、順番にカードを取り役職を確認していく。ここからゲームが始まっているはず。何がでても顔に出てはいけない。それに、9分の6で村人だし――――。
そうだよね、これフラグだよね。人狼かぁ……。相方は誰なんだろうか。
「では、0日目の夜の開始です。皆さん、目をつぶってください」
私たちは言われたとおりにベルの音で目を閉じる。このベルが各フェイズの違い示しているのだろうか。
「では、人狼は目を覚ましてください。お互いに仲間の確認をお願いします」
そっと目を開ける。ぐるりと見渡し、やや薄暗い店内でもう一匹の人狼とアイコンタクトをとる。私たちが勝つにはほかのメンバーの処刑が必須。最初のうちはいい。情報が少ないのでステルスしておけば処刑されることはないはず。後半どうするかだ。
「では、人狼は目を閉じてください。皆さん、目をあけてください。皆さんの中に人狼が二匹紛れ込んでいるのが明らかになりました。皆さんは討論を行い、誰か一人を処刑してください。討論時間は5分です。スタート」
こうして最高の心理戦が幕が開けた。
人狼以外は誰が仲間かがわからない現状、誰も信じることができない。それに、私も演技を続けなければならないというのは痛いところだ。
「さて、まずは何を話し合う?」
「あのー、一つ質問なんですけど、初日に話し合うことって何かあるんですか? なんも情報なさそうやけど」
「そうね……ミラーズホロウは初日に情報不足に陥りやすいのは確かね。だから、カードを見た反応から想像するのがいいところだけど――――」
誰がどのような反応をしたとか、全く表情が動かなかったのが逆に怪しいとか、そんな途方もない議論を続ける。村人はともかく人狼は絶対に処刑されてはならない。それにハンターもまだ処刑されたくはないだろう。
こうして、初日の処刑者を決める。選ばれたのは……。
「うちかー」
「特に理由はないんやけどね」
「投票したイズがいわんでよ、もぅ」
少し怒ったような声で彼女らはやりあう。選ばれたのはコイ先輩だった。最多票といっても結構拮抗していたのだが、それもまた珍しいところだ。
「では、コイさん。カードを表にしてください」
「うちの役職は……村人や」
冤罪。いや、私がそんな言葉をかけるのもおかしいが。とはいえ、みんなもそこまで落ち込んでいる様子はみせない。やはり初日は村側を殺してしまうことはある程度仕方ないのかもしれなくて、あわよくば程度なのだろう。コイ先輩は手を振ってテーブルから外れ、私たちからは見えにくい場所に設置されたテーブルに着く。だが、声は確実に届いているのでゲームの動向はつかめる。
夜ようの音楽を進行のヒノさんが鳴らす。
「では、一日目の夜になりました。皆さんは目を閉じて下さい。さて、人狼の皆さん目を覚ましてください。あなたは今夜、誰を喰らいますか?……そうですか、わかりました。では目を閉じてください。今から、本日の餌食となった方のもとまで歩き、肩をたたきます。肩をたたかれた方はコイさんのいらっしゃるテーブルまで音を立てずに移動をお願いします。その際カードのオープンをお願いします。では、皆様、目を開けてください」
ゆっくりと目を開ける。そして全員が動揺をする姿が見える。私も驚いたように目を開けて隣を見る、演技をする。
「本日餌食となったのはチノさんでした。では、議論を開始してください」
彼女を殺したのは私だ。とはいえ、結構相方さんに選んでもらいそしてそれに付き添っただけなのだけども。そしてなんとなく、相方さんがどうしてチノちゃんを選んだのかもわかる。
「ははっ、今回の人狼は結構容赦ないようだね。チノちゃんを倒すなんて」
「まぁ、なんとなく最後までとは言わずとも初日に死ぬとは思わなかったのは確かね。アヤちゃんとチノちゃんは残すかなと感じてたんだけど」
ごめんなさい、私です。殺したのは。なんて言えなかった。そんな自爆はしない。
「まずは意見を聞いてみたいところかなぁ。イズくんはどう?」
マイちゃんはまだ、しゃべっていないイズ先輩に話しかける。私も気になるところだ。今日の議論にはまだ参加せず何かを考えているようだ。
「僕はアヤちゃんが人狼だと思ってるよ」
「私?」
少し心臓が跳ねる。だけども、こういわれることも想定済みだった。おそらく相方さんはこの流れに乗って私の処刑に賛成をすることで仲間と思われないようにしたいのだろう。だけども、それならそれで私も徹底的に戦う。
「うん、理由はいくつかあんねんけど、なによりはチノちゃんを餌食に選択したことやな。チノちゃんが一番仲のいい相手がアヤちゃんだと思う。ということはだ、普段の様子もよく知っている彼女は強敵というわけやな」
「確かに、そうですね。私がもしも人狼ならばチノちゃんを殺したことは理解ができるところです。しかし、そんなことしたら私が疑われることを理解してますよ? さすがに初日からそんな愚行を起こしたくはないです。むしろ、そんな指摘をして私を人狼に仕立てようとしているんじゃないんですか? 本当の人狼として」
「僕が人狼っぽいと」
「もちろん、現状私が怪しいのは理解してますし、どちらかといえば私が処刑されるところでしょう」
「そうだよ。悪いけど君はどこかのタイミングで必ず処刑されることとなる」
「だとしても、イズ先輩が怪しいという意見は変わりません。なぜなら、初日の処刑がコイさんであり、かつ、コイさんがよく知っている相手はイズさんだと思いますから」
その言葉にはっとした表情を見せるイズ先輩。
マキ先輩はほぉとつぶやき、モカ先輩はにこにことしている。二人とも私の考えていたことを先に察知していたのだろうか。
「オマケとしてあなたに意見を聞いたマイちゃんも怪しいところです」
「わ、私は全員の意見を聞きたかっただけだよ」
「……怪しいことには変わりありませんから」
「ふむ。なるほど。どうなるか……。まずは情報がほしいところだ。この二人以外を処刑してステルス人狼を探すというのもありかもしれんな」
そんな話をしながら議論は続く。とりあえず、吊られないようにしたいのでひとまずは別の人物を探すことに賛成をしておく。もしも私が人狼だと仮定をするならば私の投票先はヒントとなるわけだ。
とはいえ、私の主張はイズ先輩とマイちゃんの二人ということには変わりがないが。この主張だけは絶対にずらさないようにしておく。こうしておくことできっと仲間の人狼のためになると信じて。
こうしてゲームが進行していく。二日目処刑はアラさん、村人。餌食はヒノさん。三日目は同じ票数で処刑なし。餌食はアキさんだった。
「ここまでハンターなしか」
「ハンター視点も不明だよね……。とりあえず私視点としてはアヤさん確定でマキさんとモカさんのどちらかかなと思ってる」
先生の意見は私について断定しているあたり脅威となる。早く処刑したいところだけども……。強行突破は難しいかもしれない。なにより重要なのはここまで人狼を処刑できていない点。マイちゃんを怪しいと主張しているのは私だけである以上、このタイミングで人狼として処刑するのは難しい気がする。
「やはり、私はマイちゃんを人狼じゃないかと思う。もう一人は確定でイズ先輩だと思ってます」
「人狼が一匹も処刑できていないのが怖いわね」
「さてと、どうなるか」
「……議論終了です。では処刑したい人物を投票してください」
こうして一斉に投票が行われる。結果は。
「私か……」
私以外の全員から投票を向けられた。これはどうあがいても無理ということかもしれない。まぁ、もしも私が村人ならばイズ先輩を殺せばいい場面でもあるし……。それにこの時点で一匹も倒せていないのでかなり危ういというのもあるだろう。
「では、カードをオープンしてください」
私はカードを表にする。そこには人狼のマーク。やっと一匹処刑できたと喜びの声が上がる。私は頭を下げて死亡した人たちが集まるテーブルに向かう。別にいい。結局は人狼が最後に生き残ればOKなわけだし。だからあとは相方に託す。
「お疲れー、人狼アヤちゃん」
「も、もう。やめてよ」
私はチノちゃんに少しむくれて見せた。初日で彼女を殺したのは私だし、その皮肉もあるのかもしれない。そう考えればチノちゃんは少し驚いたのかもしれない。二日目の夜のときからこの皮肉を言おうとしていたかもしれないと、邪推もする。
そして、本日餌食となったのはマイちゃんだった。これにより残りのメンバーはマキ先輩、モカ先輩、イズ先輩。ここでマイちゃんを餌食とするのはなんとなくわかる。私はずっとマイちゃんが怪しいと主張をしていた以上、人狼でないと信用を得やすい気がするからだ。
「どうする?」
「信用合戦に持ち込む必要性がありますね……」
「正直全員怪しいと思いうんよな。だから僕から。僕は人狼であったアヤちゃんを怪しんだんです。もちろん、仲間を切るという名目かもしれませんが……それにしても二日目からそれを狙おうとは思いません」
「次は私だな。私は特別申し開きはないが……しいて上げるならば私よりモカの方がゲームを回していた。それは暗に支配しようとしていたんじゃないかと思う」
「違うわ。二日目はこのままイズくんとアヤちゃんが殴り合いをしていると時間がもったいないと感じたから切り替えただけよ」
「どうなるかな」
なんて話しながら時間が来る。結果は……。
不気味に響くベルの音。そして差し向けられる指先。処刑が行われないという可能性も存在するが、そうなると人狼の確定勝利となるため、村人側は意地でも処刑を強行したいところだろう。
「私、ね」
モカ先輩が処刑となった。これで村なら人狼の勝利、ハンターならどうなるかだが……。
「僕が怪しいと?」
モカ先輩の指先はイズ先輩向かっていた。
「うん、最後に気づいた。イズくんが人狼だって」
「どういう」
「だから、一緒に死のう? イズくん」
司会を待たずしてカードがオープンされる。結果はハンターだった。そして彼女は同時にイズ先輩を狙っていた。イズ先輩のカードオープンでもってゲームが終了する。ゲームを終えた私たちも、三人の下へ移動してカードオープンを待つ。
「それではイズさん、カードをオープンしてください。もしも人狼ならば二匹を殺したので村の勝利、村人ならば人狼の勝利です。では、カードをどうぞ」
「……なにが、間違えやったんやろ? ごめんな」
結果は……『人狼』だった。
「おぉ、モカ。すごいな」
思わず声を上げるマキ先輩。私も小さくため息をつく。いいところまでできたと思ったんだけどなぁ。
「えぇ!? イズ先輩が人狼だったんですか!? 絶対マキ先輩だとおもった。というよりはイズ先輩では絶対ない、おもうてた」
「私もモカが人狼だと信じて疑わなかったよ。あのアヤとのやり取りは村で見てしまう」
「モカ先輩、僕何か失言しました? 最後に気づいたゆうてはりましたけど?」
「そうね……。ポイントは二つ。まず初日にチノちゃんを襲うという点。メタ推理になるけど、こんなやり口をするのはイズくんの方だと思ったわけ」
「そっか。知り合いとやるとこういうこともあり得るんだ」
「そして二つ目。アヤちゃんとイズくんの二日目のやり取りで、二人ともアヤちゃんが処刑されるように動かしていた点。まるで示し合わしたようだったの。もっと意見が分かれてもいいのに、イズくんはアヤちゃんを先に処刑させることで自分の身の潔白を示そうとしていて、アヤちゃんはそれをアシストしているように感じたの」
「うっ」
「あっ……なるほど」
私たちは声がつまる。無意識的なところが大きいが、そうしようとしていた気がする。確かに私の思考として、私が人狼だと発覚をすれば、対立していたイズ先輩は残るだろう、だからイズ先輩を処刑するなら先に私を処刑してほしいという想いがあった。
そんなところから見つけ出されるとは……。
確かに、とにかく私をどのタイミングでもいいので先に処刑させようとしていたのは事実だ。
「モカ先輩、かっこいい!」
「いやー、憎きイズを倒してくれてありがとう!」
そうして無邪気に笑うコイ先輩とチノちゃん。私たちは苦笑いで今回のゲームの反省をする。まさかそんな細かいところをつかれるとは思わなかった。何はともあれ、モカ先輩の人狼ゲームにおける強さには恐れ入ってしまった。
数日にわたる部活動チェックをしていると思わず目まいが起きてしまう。
「なによこれ」
陽菜は一人、生徒会室にて震えていた。部活動の数は運動部が10、文化部が12の合計22。ここまでは別にいい。多すぎるでもなく少なすぎるでもなく、それにそれぞれの部活動の意味が分かる。
生粋の文学少女である陽菜ではあるが、決して運動が苦手なわけではないので、運動部に対しての偏見もなく見れている、つもりだ。もちろん、中にはこれはどうかと思う部費の使い方があったが、許容範囲。
問題は一部の部活動と、同好会の方だ。
「ジャズやラクロスはまだわかる! 軽音楽の派生みたいな感じで音楽関係があったり、マイナーゆえに部員が集まりづらいとかの理由があるから! でも、なによ!! オカルト研究会って好き勝手やってるだけだし、パルクール……? にいたってはただの散歩じゃない! せめて走りなさいよ!」
一見すると意味がありそうな活動でも、その奥はまったくもって活動実績のない残念な部活である。そのような同好会に経費が使われていたと考えると腹が立つ。また、そういった部活動はことごとく部員も少ない。
「そして極めつけは……コミュニケーション同好会。いい加減にしてよ。遊んでいるだけって」
さらに腹が立つのは部員がそれなりにいる点だ。学生の本分は勉学だろうといいたくなる。表向きな活動目的である『様々な道具、遊具を用いてコミュニケーション能力の向上を高め、同時に仲間の意識を得る』って……」
そこには確かに嘘が一つも含まれていない。見方によってはそういう考え方もできないでもないが、事実を述べているわけでもないのだ。嘘をついていない分たちが悪い。おそらくは確信犯であろう。
一体誰がこんな部活動を指揮しているのかと眺めていると、頭を抱えざる得ない事に気がつく。むしろどうして気がついていなかったのか。
牧野真希……。その名前を確認すると歯ぎしりをする。鬱陶しいことになりそうだ。それと同時に、たとえ越権行為だとしても戦う意思を見つける。
「部活動の経費削減……。必要ね。牧野」
アイスコーヒーを飲みながら、今日までのことを思い出していく。不安でしかなかった高校生活は、いつの間にか楽しみが体を襲ってきているという事実があった。あの人狼ゲーム以来、私は週に2~3度といったペースでここを訪れることを約束した。そこに規則性はないけども、誰かしらはそこにいるだろうとのことだった。そもそもが、よほどのことではない限りチノちゃんと一緒に行くことになるから最低でも二人用ゲームを行うことだってできる。まぁ、どれが二人用ゲームかなんて私には分からないのだけども、一応整理はされているらしいし、パッケージを見れば何人用なのかが分かると言っていたので問題あるまい。さらに言えば、レインの方に行けばアキさんが色々と教えてくれることだろう。
「お母さんは……もう慣れたの?」
「うん? 大阪に?」
「そう」
私はソファーを転がりながら料理中の母に尋ねる。
田舎に住んでいたときは、無駄に広い一軒家をに住んでいたが、今ではマンションの9階に住んでいる。家に帰るたびにエレベーターに乗り込むと言うことにたいしてやや違和感も感じざる得ない。そのあたりはどうなんだろうか。
「うーん、まだ方言の問題とかはクリア出来ていないところあるけど、おおむねうまくやってると思うわ。慣れたか、という問いに対して、イエスかノーかで答えるならノーだけども、慣れてないなとは感じなくなった、というところまでは来ているわ」
「慣れていないとは思わないけど、慣れている訳ではないんだ」
「同じようで同じじゃないのよ」
「まぁ、言いたいことは分かるけども」
分からないとわめき散らすほど子供でもない。それに私もどちらかと言えばお母さんより気持ちだ。慣れていないというには、コミュ部のみんなにいささか失礼すぎるきがする。そんなことを気にする集団でもないと思うんだけども。
お母さんとの会話を打ち切って携帯をいじる。高校に入るに従い購入したもので、ほんの少しあこがれていたソーシャルゲームというものに手を出してみたが、中途半端な時に始めても、結局は昔からのプレイヤーに勝つことができずに、課金の誘惑がすごく強いため途中であきらめた。もちろん、すべてのゲームがそうであるわけではないと思うけど……、あまり楽しいものとは思えるものには出会えなかった。これから高校生活を過ごすに従い、誰かに誘われたりとかしたときはたぶん、やると思うし、コミュニケーションツールとして、それを利用することもあると思う。そういう意味ではアナログだろうがデジタルだろうが関係ないのかもしれない。
「彩夏」
「……?」
「今度、あなたが言っていたレインというお店に私も連れて行って」
「レインに?」
「そう。そこであなたのオススメのゲームを教えてよ」
「面白いゲームということならば、正直私に聞くよりも店長さんに聞いた方がいいと思うけども」
「うぅん。そうじゃなくて、私は彩夏のオススメのゲームをプレイしたいの。だから、それまでに彩夏はアナログゲーム? というやつに詳しくなっておいてよ」
そこまで言われればさすがに何を言いたいのかに気が付く。私は少し苦く笑って見せてから頭の中で思考を巡らせる。
現在私が行ったゲームは三つ。キャット&チョコレート、ヘックメック、ミラーズホロウの人狼。だが、それは本当に数が少ない。先輩たちが言っていたゲームでプレイしたのは人狼のみ。それ以外のゲームに関してはノータッチだ。
「……人にお勧めできるゲームができるまでの間にかなりの時間がいると思うけど、それでいいならね」
「楽しみにしているわ」
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