第15話

「おはようございます。」


俺はそう言ってバイト先のコンビニに入店する。しかし、期待していた返事はかえってこなかった。


「…。」


タジマは上の空のまま、ぼーっとした様子でレジの立ち尽くしていた。俺は肩透かしを食らったような気分のまま控室へ向かう。


(少しは打ち解けてきたと思ったんだけどな。)


タジマはもともと人と付き合うのが苦手そうな雰囲気があった。今日は誰とも話したくない。そんな気分だったのかもしれない。


(そうだよな。)


たかだか一食ともにしただけのような間柄だ。距離が縮まったと思った俺が早計だった。その程度親しくなったと思った俺が馬鹿だったんだ。別に落ち込むようなことじゃない。


(なんだよ、それは。)


俺は自嘲気味に顔を歪める。自身が傷つくこと恐れ、適当な言い訳を浮かべる自分に嫌気がさす。

たかがタジマとうまくいかなかっただけだ。別にショックを受けるようなことじゃないだろうに。

俺は先ほどまで浮かんだネガティブな思考を振り払うように頭を振る。仕事なんだ、これくらいビジネスライクのほうがちょうどいいだろ。

俺は気持ちを切り替えると、控室を後にする。


「タジマさん。作業は…。」


作業の引き継ぎについて確認しようとした俺の言葉はそこで途切れる。そこには黒焦げになったフライヤーの中身をぼーっとした様子で眺めるタジマの姿があった。

あっけにとられる俺を尻目に、タジマは黒こげになった物体を再度油の中に投入した。


「ちょっと、タジマさん!?何やってるの!?」


俺は慌ててフライヤーを引き上げる。中身はもはやこんがりどころじゃすまない。未知のダークマターに変貌していた。こりゃ油も交換しないと駄目だな。


「大丈夫、タジマさん?どうしたの?」

「ごめんなさい。」


タジマは我に返ったのか青い顔をしている。事情は分からないが、今は何もさせないほうがいい、俺はそう判断し、タジマを下がらせることにした。


「ここは俺が何とかするから、タジマさんはレジ対応していてよ。」

「でも…。」

「いいから俺の言うにして。いいね?」

「…はい。」


戸惑うタジマを黙らせると、俺はフライヤーに向き直る。このくらいなら何とかできそうだ。正直は美徳だが、全てをありのまま報告するのは賢い生き方でない。適当に片付けて店長には黙っておこう。


「おい、ちょっとあんた何してんだよ!?」


フライヤーの片づけをしていたら、レジのほうから男の叫び声が聞こえてきた。今度はいったいなんなんだ?


「どうしましたお客様!?」

「おい、あんた!ちょっとアレ止めてくれ。」


慌てた様子の客が指差す先を見るとそこには、煙を上げる電子レンジが!


「まじかよ!?」


俺は思わず接客を忘れ、素の口調で叫んでしまう。俺は電子レンジに駆け寄ると、停止ボタンを押す。

俺は恐る恐る電子レンジの中を覗き込む。焦げ臭いが立ち込める電子レンジの奥には変形した容器があった。とろけてはいるが、どうやら火までは出ていないらしい。助かった。これなら誤魔化せる。

ほっと胸をなでおろした俺は電子レンジ表示を確認する。電子パネルにはオーブンと表示されていた。どうやらこれが原因だな。

視線を横に向けるとタジマは青い顔していた。だが、タジマにかまっている暇はない。今はお客さんのほうを何とかしないと。


「お騒がせして申し訳ありません。問題が発生した商品のお取替え致しますので、もう少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ…その、たのむよ。」


俺はお客さんに向かい勢いよく頭を下げる。幸いなことに怒ってはいないようだ。変な文句も言われずに助かった。


「あの、その、私…。」

「ここは大丈夫だから、タジマさんは控室で休んでいて。」

「でも…。」

「いいから、後は俺に任せて。」


不安そうなタジマを安心させるように、俺は笑顔でそう促す。これ以上コイツに何かさせて問題になるほうが面倒だ。おとなしく引っ込んでいてくれ。

俺の祈りが通じたのか、タジマはしゅんとうなだれると、そのまま控室に向かいと肩を落としたままとぼとぼと歩いていった。


「あの子新人?あんたも大変だね。」


客のオッサンはそんなことをポツリとつぶやく。オッサンだけだよ、俺の苦労を労ってくれるのは。

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