ロクでなしのダメな恋

@MasashiRX

第1話

ピピピピ


「うるせえな…。」


眠り妨げられた俺は、間抜けなアラームをいまだ垂れ流すスマホを苛立たしげに黙らせる。

そのまま布団にもぐりこみ、安らかなひと時へ戻ろうとしたが、スマホの表示時刻を見て、我に返る。

時間は20時半。21時にはバイト先に到着しなければならない。

現状を認識した俺は乱暴に布団を蹴り上げると、あくび交じりに体を起こす。

すぐそばのハンガーにひっかけてあったシャツに着替えながら、ふと、テーブルの上にサンドイッチにあることに気が付いた。

サンドイッチの横にはご丁寧にも「バイトがんばってね」というメモが添えてあった。


「よけいなことを…。」


おおかた、俺が寝ている間に遊びに来たカレンが気を使って作っていったのだろう。そう思い至った俺はなんとも言えない小さな苛立ちを感じるのだった。

気を使われている…。そのことが、引け目に感じられる。昔は対等であったはずなのに。


カレンと付き合い始めたのは、高校2年の夏休みのことだった。

きっかけは仲の良い友人同士で海の遊びに行ったとき、カレンのほうから告白してきた。

当時の俺はカレンのことをよく知らなかったが、告白されたことに舞い上がってしまい。深く考えずに付き合うことにした。

それからというもの俺とカレンは昼夜問わずにメッセージを送りあい。

買い物、映画、遊園地と世の恋人たちが行うであろうイベントを思いつくままにこなしてきた。事実、それは楽しかった。

カレンはよく笑う女だったからだ。俺が考えたデート、送ったプレゼントに対して、いつも笑顔で返してくれた。

俺のことを認めてくれている。そんな満足感を与えてくれる女だった。


転機は、高校3年生の冬であった。俺とカレンは恋人同士、当然とばかり同じ大学を受験した。

俺は春になってからのカレンとの甘い大学生活に思いをはせつつも、勉強に励んだ。

カレンとの付き合いにうつつをぬかし、学業に手を抜いたわけでは決してない。事実、模試ではA判定が出ていた。


転落は思いもよらないところから来た。

年始に親父がどこぞの誰それからもらってきたという怪しげな肉。それを疑うことなく平らげた俺を、翌日激しい腹痛が襲った。

俺はそのまま救急車で運ばれ、そのまま2週間の入院生活を送ることになった。

幸いなことに受験日までには退院できるとのことだったが、2週間も勉強できない期間を過ごした俺は周りにおいて行かれるような焦りを感じていた。

退院後もその焦りは消えることがなく、そんなコンディションのまま突入した大学受験は一年間の浪人生活という最悪の結果に終わった。


俺は親父のせいだと八つ当たり気味に非難した。親父も引け目を感じていたのか、俺に強く出ることができず、黙って非難を受け入れていた。しかし、そのことがますます俺の癇に障り、関係が悪化するばかりだった。

原因が全て親父にあるとは思っていない。思っていはいなのだが、顔見るとどうしても恨み言を言わずにはいられなかった。

俺が一人暮らしをしている理由は、俺と親父の関係を心配した母親の計らいだ。

俺として罪なき親父を非難することによる自己嫌悪に陥らず済むようになり、救われたような気持ちだった。


両親との関係はお互い距離を置くことで保つことができたが、カレンとの関係はそうはいかなかった。カレンの奴は順当に大学に合格した。


「一年ぐらい待ってるよ。」


大学入学までのあいだ、カレンはまるで俺を慰めるかのように、いろんな場所へ誘い。俺を笑顔で励ましてくれた。

しかし、そのカレンの笑顔を俺はいままでのように素直に受け入れられなくなってしまった。

カレンの笑顔は俺に幸福を与えてくれる。そのはずだったのに、今はその笑顔が何よりもつらい。


カレンが大学に入学して以降、俺とカレンは破綻寸前だ。

昼夜問わず送りあったメッセージはもはや、俺から送ることはなくカレンから送られたメッセージに適当な返事を返すだけ。

カレンからの遊びの誘いはいつもバイトを理由に断り続けた。俺は断る理由のためバイトする時間を増やし続けた。

いまでは直接会うことは少ない。大学終わりにときどき様子を見に来るカレンを寝ながら迎えるだけだ。深夜のバイトに行くためにしかたないと言い訳しながら。

そんな俺に対し、カレンは文句一つ言わず静かに部屋に上がると、バイトへ行く俺に対して簡単な料理を用意し静かに帰っていく。

無言の献身である手料理を見るたびに、俺はカレンから無言で責められているように感じた。


(いっそのこと、ひっぱたいて文句を言ってくれよ。お前だって、俺の態度が不満でしょうがないんだろ。)


カレンの残したサンドイッチを口にしながら、不甲斐ない俺はどうしようもない現状を嘆く。

これからバイトだというのに、俺は一体何をしているんだろう。いつまでも暗い顔をしてはいられない。もう20時45分だ。そろそろ出かけなくては。

俺は上着をテキトーにつかむと、アパートを後にする。重く晴れない気分とともに。

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