第17話「乱入禁止」

 西方へ向かいしばしの間ジョニー号を走らせると、岩がごつごつと隆起した谷のような場所へと出る。


「これ以上はジョニーじゃムリだな」


 イスズはアリを掴んで車外へと降りる。


「アリ、相手の場所は?」


「そこの岩場を真ん中辺りまで行けばぶつかるはずだが」


「そうか」


 足に力を入れ、岩と岩の間をひょいひょいと跳び、アリの指し示す場所まで辿り着く。


「……見当たらないな」


 不機嫌に呟くイスズにアリはとりなすように、「おかしいな。反応はもうここなんだが。もう少し周囲を見てくれないか?」と伝える。


 言われた通り周囲を観察していると、不意に暗い影がイスズの頭上に落ちた。


「そういうことかよッ!!」


 イスズは頭上を通過しようとしている飛行生物を視認すると、「おらぁ!!」と叫びながら、アリをぶん投げた。


 ぐるんぐるんと回転しながら、アリは飛行生物の羽の付け根に勢い良くぶつかる。


「ぐあぁッ!」


 飛行生物は大口を開け、つばを撒き散らしながら呻き、そのままアリと共に落下した。


「ぐぐぐっ。誰だッ! このワシへ攻撃してきた愚か者はっ!? ワシを竜種と知っての狼藉ろうぜきか!」


 飛行生物は起き上がり様に叫ぶ。

 その飛行生物の言葉通り、誰がどう見てもドラゴンという出で立ち。

 ゆうに10メートルはありそうな巨体、その全身は炎のような真っ赤な鱗に囲まれ、鋭い爪と牙を有す。爬虫類特有の顔つきでギョロギョロと周囲を見回す様は戦慄さえ覚えるだろう。


「おい。羽付きトカゲ。この先になんの用だ?」


 イスズは臆することなく、それどころか岩の上から見下していた。


「なっ!? 人間ごときが舐めた口をっ!!」


 ドラゴンは口を開くと、喉の辺りが隆起し始める。

 喉の奥に微かに炎の揺らめきが見えた瞬間、


 どぉん!


 鈍い音がし、ドラゴンの口は上から殴られ無理矢理に閉じられた。


「うぐぅう!!」


 炎は飲み込まれるように消え、地に伏したドラゴンは怒りで目を充血させる。


「その程度の攻撃効かぬ、効かぬが今のは驚いたぞッ!!」


 ドラゴンは叫ぶのと同時に尾で周囲をなぎ払う。


「おっと! ったく質問にはちゃんと答えやがれッ!」


 イスズは軽くジャンプし避けると、そのまま蹴りを繰り出し、相手の頭部を蹴り付ける。


「だから効かぬわっ!!」


 イスズの攻撃はことごとくドラゴンにダメージを与えることは出来ず、しかしドラゴンもドラゴンでイスズに攻撃を当てることが出来ずにいた。


 ドラゴンは苛立ちを当初は隠そうとしていたようだが、次第に態度にも現れ始め、事あるごとに尻尾をバンバンと叩きつける。


「ク、クソがァァァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」


 ドラゴンの咆哮ほうこうが大気を振るわせた。



「う、う~~ん。イテテッ。オレのこと完全に只の鈍器扱いだよな。魔法の杖なのに……」


 ドラゴンに投げつけられたアリはぶつかったショックで一時気絶していたようだったが、竜の咆哮によって意識を覚醒させた。


 そして目を覚ましたアリが見た光景は、イスズがドラゴンの尻尾によりなぎ払われ、近くの岩の突端とったんへと叩きつけられている様だった。


「お、おい、イスズ。どうしちまったんだよ! お前らしくもないっ!!」


 アリの悲痛な叫びに応えるように、ゆっくりと起き上がる。


「くそっ。服が汚れた……。にしても」


 服の土ぼこりを落としながらイスズは訴えた。


「なんで相手がドラゴンなんだよッ!! 苦手なんだよッ!!」


「お、おい、もしかしてイスズ、爬虫類が苦手なのか?」


「はぁ? そんな話はしていないぞ? 俺が苦手なのは手加減だ!!」


 ドラゴンは急に失礼な会話を始めたイスズを不愉快そうに見つめ、目を細める。


「何を急にごちゃごちゃと? 誰と話して――」


 そこでドラゴンは杖を見つける。


「なるほど、インテリジェンスウェポンか。しかし不可解だ。先ほど手加減と聞こえたようだが、よもや聞き間違いではなかろうな」


「いいや、確かに言ったぜ。テメー、ドラゴンだろ? ドラゴンって言うと爪や牙は武器に鱗や骨は防具になったり、血は薬に脂肪は油、肉は滋養強壮に効果がある上に旨いって聞いたことがあるぜ。そんな捨てるところのないドラゴンを村の近くで仕留めたらどう考えても大事だろ。俺は転生者に有利になりそうなことは真っ平ごめんだね」


 嫌悪感を顕わにしつつ、イスズはさも当然のことのように答える。


「クククッ。クハハハハッ!! 面白いことを言うな人間よ。それは竜種の中でも弱き者どもの話。ワシのように神にも等しい力を持つ竜は万に一つも人間が殺せる可能性などないのだ!」


「そうなのか? なら遠慮はいらねぇってことか」


 イスズはいつの間にかドラゴンの胴体部へ近接しており、しっかりとした踏み込みから、腰を入れてのパンチを繰り出した。


「ウグゥウ!!!!!」


 その威力により、ドラゴンは体をくの字に曲げ、大量の唾液と共に苦痛に悶える声を吐き出した。


「良かった。確かに、死なないようだな。さて、もう一発くらい行っとくか」


「や、やめいっ! ストップ! 待った!」


 拳を固める所作を確認したドラゴンは、焦った表情を隠そうともせず、全力で止めに入った。

 そんなドラゴンを冷ややかに見つめたイスズは首根っこを掴み、自分と同じ視線へと高さを合わせる。


「人間の攻撃じゃ死なないんじゃなかったのか?」


「し、死ななくても痛いものは痛いのだ。や、やめてくれると助かるのだが……」


 まるで顔に冷や汗を浮かべているようなドラゴンの態度、イスズはこの先どうしようかと少し思案していると、そもそも戦いに来た理由を思い出した。


「そういえば、まだ質問に答えてなかったよな?」


「むむっ。確かこの先に何しに行くのかだったか? ワ、ワシはただこの先で騒がしくしている者どもがいるようだったから、ちょっとちょっかいを出そうかと思っておっただけじゃ」


 その答えを聞いたイスズは大きくため息をつき、「やっぱり乱入かよ」と呟いた。

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