アルベルトの勇戦

「よいか! これより我らは侵入してきた賊を討滅に参る! 殿下の前で恥ずかしい戦いをする出ないぞ!」

 アルベルトが兵に檄を飛ばしている。大盾を持たせた重装歩兵が主力だ。

「盾の隙間は心の隙じゃ。貴様らの盾は我が身を守るに非ず。戦友を守るためと心得よ!」

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 うん、士気は高い。あれなら何とかなるか。

「ラン、手はず通りに行くぞ」

「はっ! 我が君に勝利をもたらしましょう」

「毎回毎回、お前は大げさなんだよ……」

「大げさで何が悪いのです?」

「ああ、もういいわ」

「お判りいただけたようで何よりです」

 ため息を隠し、俺は馬に飛び乗る。俺たちは戦場を迂回し、敵の背後に出るコースを取る。アルベルトが敵主力をひきつけている間に後背を突いて奇襲するのが作戦の大枠だ。

 敵傭兵団は3000あまり。こちらはその半数弱だ。まともにやりあったら勝ち目は薄い。

 となれば、古典的な手であるが、別動隊による挟撃作戦が採られることとなったのである。

「みなさん。私の判断は軍事的には愚かな判断かも知れません。しかし父の教えを守るため、あえて戦いを決意いたしました。先に叔父上と決着をつけてから傭兵団を叩くべきという意見もありました。しかし、その間に被害を受ける民がいるのです。私はこの戦いによってより不利な状況に追い込まれるでしょう。それは皆さんをあらなる苦境に追い落とすことと同義です。しかし、民を守らずして何の大公ですか! 私は戦いに関しては無力です。故に皆さんに私の命を預けます」

 ルシアの演説に兵たちの顔が紅潮していく。煽り方うまいな。などと到底口には出せないことを思い浮かべつつ、自分の部隊を進発させた。

 ふと振り向くと、ルシアの目線がまっすぐにこちらを見ている。安心しろ、逃げやしないさ。ここで勝たないと、俺もやばいんでな。

 戦場は平野のため、部隊の動きを隠すのは難しい。よって、大きく迂回して敵軍の視界に入らないように回り込む必要がある。今から全力で移動して、背後に回り込むことができれば、略奪しか能のない野盗もどきなんぞ一撃で粉砕してくれる。


Side:ルシア

 戦場に立つのは初めてだ。アルベルトの巌のような背中に守られている安心感はある。彼ならば倍の兵を相手取ってもまず負けはしないだろう。

 兵もうまく煽ることができた。圧倒的不利な戦況だから兵の士気だけが頼りだ。切り札はあるけれど、これを切るのは本当に最後の最後で、出来れば切らずに済ませたいものだ。

「敵、前方に展開しています。数は3500!」

 物見の兵が報告してくる。予定より多い。けどわずかな動揺も見せてはならない。私の動揺から士気が崩壊することすらあり得るのだ。

「アルベルト、手はず通りに」

「ははっ! 者ども! 殿下に良いところを見せる機会じゃ! 励め!」

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

「重装歩兵、前へ! 盾構え!」

 横一線に兵が並び、肩が触れ合うほどに密集する。スクトゥムと呼ばれる方形の盾を合わせ、兵がそのまま防壁となる。

「槍構え!」

 2列目の兵が長槍を突き出し、3列目の兵が真上に立てる。こうすることで敵の突進を食い止め、後方に矢が行きにくくする効果があるそうだ。

「敵、前進してきます!」

 敵軍の前衛は軽歩兵。特に陣形も組まずに前進してくる。その後方に横一線に並ぶ弓箭兵。ネズミが木を齧るようなコリコリという音を立てて弦が引き絞られる。

 敵部隊長が手を振り下ろすと、一斉にというにはバラツキがあったが、矢が降り注ぐ。それは盾に阻まれ、槍に当たって防がれるが、それでも間隙を縫って兵に命中する。苦悶のうめきが上げられればいいほうで、即死して倒れる兵も続出する。

 今まさに次々と黄泉路を渡る兵は何を思っているのだろうか。そんな私の埒もない思考とは関係なく戦況は動く。アルベルトが反撃を味方の弓兵に命じ、死者をより効率よく作り出す作業は激しさを増してゆくのだった。

 盾の隙間から突き出された剣に貫かれ倒れる兵。頭上から降ってきた槍の穂先に真っ二つにされる。矢が突き刺さってもがき苦しむ。戦友を倒された兵は怒りを燃やし、復讐心を刃に込めて振り下ろす。

 救いようのない地獄が目の前に展開されていた。

 それでも息が切れてくると戦線を下げ、兵を再編し再びぶつかり合う。そんなことが幾たび繰り返されただろうか。

 そして、そんな戦況は急激に動いた。

「側面に騎兵1000。アドニス将軍の軍です!」

 その知らせを聞いて私の顔から血の気が引いた。この傭兵団は間違いなく叔父上が引っ張り込んだもの。であれば、アドニス将軍の軍は敵の援軍である。正面から敵軍を受け止めるのが精いっぱいの現状で騎兵の横撃を受ければあっという間に戦線は崩壊する。

 アルベルトも珍しいことに絶句して額に脂汗をかいていた。

「もはやこれまで、ですかね?」

「いえ、まだアルフ殿の兵が到着していません。まだ望みはあります」

「逃げたかもしれませんよ?」

「いえ、あの御仁はそのような真似はなさらないでしょう」

「その根拠はなにかしら?」

「武人の勘、ですな」

「その勘とやらで戦場を渡り歩いた貴方ですからね、信じましょう」

「ありがたきお言葉」

 アルベルトは本陣の兵を率いて前線に出た。最後の予備兵力で、残すは私の護衛である50ほどの兵だ。賭けというのも馬鹿らしい、破滅願望一歩手前の采配だった。それでも、私とアルベルトはかのアレフという傭兵に命をチップとして張る決意をしたのだ。


Side:アレフ

 戦況は互角だった。流民だか野盗だかを吸収して最初より兵力が増えているが、きっちり食い止めるアルベルトの爺さんの手腕に内心舌を巻く。

「我が君、アドニス将軍の手勢が両軍の側面の位置におります」

「んだと!? まずいな。あれを見て本隊が後退したらこっちは丸見えの状態で奇襲にならないぞ」

「ええ、そうなれば我らは袋叩きです。どうしますか?」

「今すぐ突っ込む」

「我が君、無茶です!」

「ここで退却しても半数以上はやられる。だったら敵陣を突っ切って本隊と合流だ」

「……確かに。なれば先陣を賜りたく」

「ビクトルを呼べ」

 ビクトルはランの兄で、歩兵部隊を率いている。槍を扱わせればうちでは第一の腕だ。

「殿、お呼びで?」

「おう、俺と騎兵がまず突っ込む。お前は右翼、ランが左翼だ。俺がこじ開けた穴を広げて突破するぞ」

「御意! 俺の出番ですな!」

「そうだ、徹底的にやれ!」

 ビクトルは嬉しそうに兵のもとに下がって行った。

「さて、本隊の連中が逃げ腰だ。敵陣を突っ切って合流すんぞ。続け!」

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 鬨を上げたことで敵軍もこっちの存在に気付く。騎兵を率いて横一線に並ばせ、一斉に矢を放たせた。

 そして俺を先頭に紡錘型に陣形をくみ上げると一気に突撃を始めるのだった。

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