公女と傭兵

Side:ルシア

「殿下! 追いつかれます!」

 護衛騎士の悲鳴のような報告を聞いても私は心が動かなかった。そう、クーデターが起きた時点で私は詰んでいる。叔父たるグレイブ伯はもともと公国の軍事を担当していた。自分従う兵は少なく、ここを逃れても2000ほどが精いっぱいだ。

 それでも無駄死にするわけにはいかない。私の理想を果たすまでは……


 まあ、普通に考えて単純に後ろからだけ追いかけるわけがないよね。いつの間にか挟み撃ちにあって、私たちは包囲されていた。こっちの手勢は10あまり。で、あちらさんはその5倍はいそうだ。うん、万事休す。

 それでも覚悟を決めて剣を抜いて斬りかかる。騎士の強さは互角だけれども、やはり数は力で、一人、また一人と切り伏せられている。

「くっ、ここまでか……」

 諦めのセリフが口をついて出たとき、風切り音と共に矢が飛んできて、私たちを包囲する騎士を倒す。黒の鎧に身を包んだ騎士が20ほどの騎兵を率いて追手を蹴散らしてゆく。

「助かった……の?」

 短いが激しい戦闘の後、形勢不利と見た追手は撤収していった。私は援軍となった部隊の指揮官に礼を言うべく彼のもとに赴き、そしてその顔を見て絶叫していたのである。


Side:黒騎士

 2年前の大戦からこっち傭兵稼業は順調だった。各国を渡り歩いて腕を振るうことで、金は入ってくるし名は売れてゆく。まあ、有名になることは良いことばかりでもなく、戦場でだまし討ちみたいな目に合うことも出てきた。

 とりあえず、ロウムで起きたクーデターのうわさを聞きつけ、金になりそうだと思ってやってきた。すると目の前で交戦中の部隊があると斥候から報告が上がる。こういう時は劣勢な方に味方すると良い。より条件を吊り上げられるしな。

 とりあえず俺は騎兵だけを率いて先行し、お姫様っぽいのを包囲している部隊に攻撃を仕掛けたのである。

 戦闘は無事終わった。包囲して油断している敵の背後を突いてやれば後は簡単で、一気に敵を蹴散らすことができた。

 そして、お姫様っぽいのがやってきて、お礼を言おうとして固まった。そして人を指さして絶叫しやがったのである。

「貴方はあああああああああああああああ!!!」

「おい、人を指さすなって子供の頃躾けられなかったのか?」

「あの時の……」

「いつのこった? 俺は貴女とは初対面だと思うが」

「そうね、顔を合わせたのは初めてだけど、遠くからあなたの顔を見ていたわ」

「ほほう? それはいつのお話で?」

 彼女はニヤリと笑みを浮かべた。すごく嫌な表情だ。いやな予感しかしない。やらかしたか?

「ええ。2年前のローラッド平原でね」

「なるほど……っておい!?」

「ルドルフ皇帝を一刀のもとに切り捨てた姿、今も目に焼き付いているわ」

「ちょ!?」

 思わず俺はお姫さんの口を塞いでいた。なんかうーうー言っているがそんなことはどうでもいい。しかしあの戦場に女なんかはいなかったはずだが……。

「いいか? 大声を上げないでほしい、いいか?」

 とりあえず頷いたので手をゆっくりと放す。

「質問に答えてもらおう。あんたはあの戦場のどこにいた?」

「皇帝軍本陣よ」

「……親衛隊にいたってのか?」

「いいえ、輜重隊の馬車に。ああ、とりあえず名乗っておきましょうか。元ロウム公王のルシアよ」

「元……ね。なるほど、事情は分かった」

「ええ、ロウムは降伏して先陣に立ってた。わたしは人質というわけ」

「そうか。まあ、それは置いといて。俺が皇帝を討ち取ったって言う与太はこれ以上飛ばしてくれるな」

「わたし、目はいいのよ。それに、与太だろうが何だろうが皇帝を直接討ち取った人間が判明したら……」

「どうなるんだ?」

 なるべく平静を装って返すが、こいつただもんじゃねえ。さっきからいやな予感が止まらない。

「旧帝国の勢力はあなたを討ち取れば継承権を大きく主張できるでしょうね。先帝の仇を取ったって名目で」

「俺がやったっていう証拠は?」

「そうねえ、その変わった剣かしら。片刃の曲刀で、その珍しい紋様とか、見る人が見たらって思うわね」

「……何が望みだ? クーデターをひっくり返せってか?」

「わたしの理想をかなえてもらいましょう」

「大きく出たな。そのお題目とやらを聞こうか」

「もう少しでかないそうだったのよ……理想が。そう、何もせずに食っちゃ寝できる夢の生活が!」

「……は?」

 俺は間違いなく、大口を上げた間抜け面を晒していたことだろう。こいつ今なんつった?

「世界最高の権力者のまあ、いい方は悪いけど妾でしょ? 生活はまず保障されてるわよね。で、後宮の権力争いなんて興味ないし、基本ぐーたらできるじゃない。まあ、たまにはお相手する必要はあるかもだけど、人数考えたら多くても月一とかじゃない?」

「どうなんだろうな? 俺にはそこらへんの事情は分からんが」

「そう、そうなのよ。国のために身を捧げたっていえば体裁も付くし、生活も保障されるし、公女の義務もそんなの関係ねぇ! って生活にあと少しで手が届きそうだったのに……どっかの誰かさんがそれを全部ぶち壊してくれたのよね」

「いや、その……すまんかった」

「すまん? ってこちとは認めるのね?」

「ぐぬ!?」

 しまった、勢いに流されて言質ともとれることを言ってしまった。何とか白を切るしかないな。

「うふふふふ……逃がさないわ。責任取ってもらうわよ?」

「っく、そんなことは俺の知ったことじゃない」

「理想の食っちゃ寝生活を保障してもらうまではずっとあなたに付きまとってあげるの」

 やべえ、目が逝ってやがる。なんてこった。

「こう見えて回復魔法は使えるし、一般騎士程度の腕はあるのよ?」

「で?」

「ただの足手まといにはならないし、叔父上の追放までとりあえずよろしくね?」

「だが断る」

「ふーん……けどね。もう手遅れだと思うなあ」

「なんだと?」

「さっき蹴散らしたの叔父上の手勢でね。少なくともあなたはロウムでは私の配下ってことになるわよ」

「国境はすぐそばだ。出国すればいい」

「私がこっちに逃げてる以上、国境は真っ先に封鎖されてるし、さっきの兵があんたのその目立つ格好を報告済みよね」

「ぐぬ、ああ言えばこう言う……」

「一応公位継承者ですからね、それなりの対応はできます」

 にっこり笑いやがって……俺は後先考えずに飛び出したことをこの時ほど後悔したことはなかった。副官の忠告を今度からはまともに聞いてやろう。少なくとも、あいつの助言に従っていれば今回のドツボはなかったはずだからな。

 後悔の念をため息に込めて、俺はゆっくり息を吐きだした。

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