第6話『告白の練習』
――好きだっていう想いをまた伝えたい。
はにかみながらそう言う有村さんはとても可愛らしい。好きな人のことについて話しているからだろうか。
「お待たせ……って、どうしたの、咲希。顔を赤くしちゃって」
「ああ、前に話したあたしの好きな人のこと。その人、実は今月末に帰るあたしの故郷の桜海市にいるって話したんだ。それで、桜海に戻ったら彼に好きだって想いを伝えたいなって……」
「ああ、なるほどね。そういえば、小学生のときに好きな人がいるって私に話してくれたよね」
副会長さんは紅茶とクッキーをテーブルの上に置き、有村さんの隣に腰を下ろした。
さっそく紅茶を一口飲んでみてみると、
「美味しい」
「ふふっ、良かった。そういえば、逢坂君はコーヒー派だったっけ」
「そうです。ただ、たまには紅茶もいいですね」
「……翼もこういう感じなのかなぁ」
気付けば、有村さんはうっとりとした様子で僕のことを見ている。
「翼っていうのはもしかして、咲希が好きな人の名前?」
「えっ? う、うん。そうだよ。
そう言うと、有村さんは紅茶をゴクゴクと飲んで、数枚のクッキーを一気にパクパクと食べている。さっき、僕と蓮見さんが似ていると言っていたので、自然と蓮見さんを重ねてしまうのかもしれない。
「この様子だと、その蓮見君っていう男の子のことが相当好きなんだね、咲希ちゃん」
「はい。10年以上前、小学1年生のときに出会ったんですけど、今でも本当に大好きで。ただ、年賀状とか見てみると、当時と変わらない優しい雰囲気のまま、結構なイケメンになっていて。幼なじみの子も昔以上に可愛くなっているし、2人は仲がいいから今は恋人として付き合っているんじゃないかと思って」
「なるほどね。そういう可能性もありそうだね」
姉さんはそう言うと、僕の方をチラッと見てくる。
幼なじみという言葉を聞くと、どうしても琴葉のことが頭に浮かぶ。琴葉は僕のことがずっと1人の男性として好きでいてくれていた。もしかしたら今も、その想いは琴葉の心に住み続けているかもしれない。
「10年前、桜海を去るときに、好きだという想いを伝えておきたいと思って、翼に告白して、頬にキスをしたんです。ただ、それ以降は今まで年賀状とかでやり取りするくらいで。翼と一緒にいたのは小学1年生のときですから、携帯やスマホも持ってなくて、連絡先を交換することもなかったんです。自宅の番号は知っていますけど、最初は恥ずかしくて掛ける気にはなれなくて。時間が経ったら恥ずかしさも消えましたけど、そのことは思い出として心の中に閉まって、東京で自分のことを頑張ろうって思ったんです。結局、翼に対する好意は全然消えなかったんですけどね」
「そっか。でも、急に桜海に帰ることが決まったから、咲希は10年ぶりに蓮見君へ想いを再び伝えたいと考え始めたんだ」
「うん。翼はもう誰かと付き合っているかもしれない。ただ、今でも好きだって想いを伝えておきたいなと思って。そうすれば、更に一歩前に進めそうな気がして。翼にとっては迷惑かもしれないけれど……」
「気持ちを伝えることは大切だと思うよ、咲希」
副会長さんは有村さんの頭を優しく撫でる。
想いを胸の内に秘めているよりも、相手に伝えた方が気持ちもスッキリするだろうし、もしかしたら、蓮見さんと付き合えるかもしれない。僕も副会長さんの考えに賛成かな。
「あたしも、蓮見さんという方に好きだという想いを伝えた方がいいかと思います!」
「真奈ちゃんと同じ意見かな。もし、既に蓮見君に恋人がいたとしても、好きだっていう想いを言葉にすることで、あなたの言うように前に進むことができるかもしれないし」
「そうですか。沙奈ちゃんや逢坂君はどう思う?」
「……想いは言葉にしないと相手には伝わらないと思います。咲希先輩の場合は10年前に一度、告白していますけど。その気持ちを今も持ち続けていることを知ってもらうには、また告白すべきだと思います。それに、私も玲人君に好きだって言うと、愛おしくも爽やかな気持ちに包まれるんです。気持ちの整理をするためにも、告白してみるのを私はオススメしたいです」
「僕も想いを話すことをお勧めします。10年前の告白を有村さんが覚えているように、蓮見さんもはっきりと覚えているかもしれません。去り際に告白されたんです。有村さんと再会したら、蓮見さんはあなたがどのような想いを抱いているか気になるかもしれません。ほんの少ししか知りませんが、有村さんと蓮見さんなら本音を伝えても大丈夫な気がします」
根拠はないけど、直感で大丈夫だと思えたのだ。蓮見さんと付き合うことができるかどうかは分からないけれど、有村さんは前に進めるような気がする。
「ありがとう、みんな。桜海に帰って翼に会ったら気持ちを伝えることにするよ」
「頑張ってね、咲希。……そうと決まれば、練習をした方がいいんじゃない? 蓮見君に似ている逢坂君にうっとりしていたくらいだし。本物の彼と会ったら何も言えなくなっちゃうかもよ?」
「た、確かにそれは言えてるね」
「ということで、逢坂君。私の親友のために力を貸してくれないかな?」
「僕はもちろんかまいませんが……」
僕にベッタリとくっついている恋人の沙奈会長がどう思うか。練習でさえも告白をされるところを見たら、沙奈会長は嫉妬してしまうかもしれない。
ゆっくりと沙奈会長の方を見ると、彼女は真剣な表情を浮かべながら紅茶を一口飲み、
「協力してくれないかな、玲人君。咲希先輩は私の友人でもあるし、誰かに恋をする気持ちは凄く分かるからさ……」
「分かりました」
「でも、咲希先輩も告白の練習をするだけですよ! 玲人君が蓮見さんに似ているからとはいえ、勢い余ってキスしないように!」
「大丈夫だって、沙奈ちゃん。そこは約束します」
「じゃあ、そうと決まれば……」
そう呟くと、副会長さんは部屋を出ていく。どうしたんだろう?
「副会長さん、どこに行ったんでしょう。そういえば、コスプレの衣装もこの部屋にありそうな感じがしませんし……」
「衣装はウォークインクローゼットにあるよ。この部屋の隣にあって、そこにはコスプレ衣装とかがたくさん置かれているの。あたし、何度か入ったことあるよ」
「そうなんですね」
きっと、ウォークインクローゼットの中は物凄いことになっていそうだ。カオスという言葉が似合いそうなイメージ。
「逢坂君、黒髪のウィッグ持ってきたよ。被って」
「はい、分かりました。見た感じ、僕の髪とさほど変わらない長さですね」
「うん。男の子のコスプレや、こういう黒髪の女の子のコスプレもするからね。あと、蓮見君も黒髪だって言っていたし」
「なるほど。つまり、僕はその蓮見さんのコスプレをするわけですね」
より蓮見さんに似せた方が、有村さんの練習の効果が上がりそうだ。
僕は副会長さんから黒髪のウィッグを受け取って、彼女の指導の下、何とか付けることができた。その姿を鏡で見てみると、髪を染める前の自分に戻った感じだ。
「やっぱり、黒髪だと雰囲気が柔らかくなるね」
「そうですかね。ただ、自分で言うのは何ですが、懐かしい感じはしますね」
「玲人君。早くこっち向いてよ! 私、すっごく楽しみにしているんだから!」
「はいはい、分かりました」
そういえば、アルバムで黒髪の僕の姿を見たことはあるけど、生で見るのはこれが初めてなのかな。地毛じゃなくてウィッグだけれど。
沙奈会長達の方に振り返ると、みんな目を輝かせて、
「玲人君、素敵だよ! かっこいい!」
「これが本来の玲人さんの姿なんですね! 樹里さんの言うように雰囲気が柔らかくなったような気がします」
「新年度になるまでは玲人はこの姿だったんだよね。金髪に慣れ始めたけど、黒髪こそ玲人って感じがするよ」
「……翼に似てる。沙奈ちゃんには悪いけど、ちょっとキュンとなった」
「でしょう? 私はキュンキュンなりました!」
沙奈会長は興奮した様子で、僕のことをスマートフォンで撮影している。そんなに黒髪が似合っているのか。今後、髪の色をどうするのかを考えておこう。
「有村さん。さっそく蓮見さんへの告白の練習をしましょうか」
「そ、そうだね! よろしくお願いします!」
僕は有村さんと向かい合う形で座る。
髪が黒くなったことで蓮見さんにかなり似たのか、有村さんは顔を赤くして僕のことをチラチラと見ている。
「つ、つ……翼! あたしはずっと……翼のことがす、す、好きなのです!」
顔が真っ赤で、声がとても大きいことを除けば、練習一発目としては上出来なんじゃないだろうか。緊張してしまうのは仕方ないし。
「咲希がこんなに緊張しているのを見るのは初めてだよ」
「そうかな? 入試の面接とか、水泳の大会の前とかは緊張したけどね。ただ、樹里の前でこんな姿を見せるのは初めてかも。髪が黒くなっただけなのに、翼にかなり似た気がしてさ。どうして、10年前のあたしがすんなりと告白できたのかが不思議なくらいだよ」
「それだけ、蓮見君のことをより男性として意識しているからじゃないかな」
「そ、そうなのかもね。蓮見君、もう一回お願いします!」
「はい。有村さんが大丈夫そうだと思えるまで付き合いますよ。頑張りましょう」
その後も、有村さんの告白の練習に付き合うことに。蓮見さんに向けられたものとはいえ、何度好きだと言われたか。たまに、僕が受け答えをするなどして練習を重ねていった。
そのおかげもあってか、有村さんは爽やかな笑みを浮かべながら好きだと言えるまでに成長した。桜海に帰って、本物の蓮見さんに対しても、自分の想いをきちんと言えることを願おう。
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