第8話『旅行集会で会いましょう』

 ついに旅行がスタートした。ただ、まだ車には旅行に行くメンバーのうちの半分しか乗っていない。まずは残りのメンバーの家に行って全員集合しないと。

 徒歩で20分くらいだから、車だと……10分もあれば着くか。家を出発したので、沙奈会長と真奈ちゃんにその旨のメッセージを送信する。


「それにしても、この車の中が広いよね」

「補助席を入れたら10人まで乗れるから、あたしが持っている普通免許で運転できる一番大きい車になるね」

「へえ、10人も乗れるんだ。ミニバスって言ってもいいくらいじゃない」

「ふふっ。まあ、みんなはゆったりとくつろいでくださいな。玲人も今は助手席に座っているけれど、後部座席で沙奈ちゃんと隣同士に座ってイチャイチャしてもいいんだよ」

「……まあ、それも考えておくよ」


 沙奈会長、2人きりだと色々なことをするけど、誰かがいる前では手を繋いだり、腕を組んだりすることくらいしかしないな。ただ、旅行という特別な時間と車という空間が、彼女を豹変させるかもしれないので気を付けよう。

 沙奈会長と真奈ちゃんの家までの道順は分かっているので、僕が案内することに。といっても、分かりやすいので数えるくらいしか姉さんに伝えることはなかった。

 自宅から出発しておよそ10分。如月姉妹の家の前に到着した。沙奈会長が玄関の前で出迎えてくれていた。


「おはよう、玲人君」

「おはようございます、沙奈会長。今日もの服もよく似合っていますね」

「ありがとう」


 パンツルック姿の会長は可愛らしさも感じられるけど、それよりも凛としたかっこよさを強く感じさせる。背も高くスタイルもいいので、彼女の良さが引き出されている。


「じゃあ、真奈を呼んでくるね」

「ええ。2人の荷物、トランクに入れておきましょうか?」

「うん。じゃあ、お願いしてもいいかな。玄関に置いてあるから」

「分かりました」


 沙奈会長が真奈ちゃんを呼びに行く間に、僕は玄関に置いてある沙奈会長と真奈ちゃんの荷物を車のトランクまで運ぶ。姉さんと琴葉の荷物を運んでいるときも思ったけど、女の子の旅の荷物は多いんだな。


「お姉ちゃんとあたしの荷物を運んでいただき、ありがとうございます」

「いえいえ。おはよう、真奈ちゃん」

「おはようございます、玲人さん」

「桃色のワンピースがよく似合っているね」


 昨日と同じように真奈ちゃんの頭を優しく撫でる。そのためか、真奈ちゃんはとても嬉しそうな笑みを浮かべている。


「沙奈と真奈のことをよろしくお願いします、逢坂さん」

「沙奈、真奈。みなさんと旅行をたっぷり楽しんできてね。あと、沙奈は逢坂さんと濃密な時間を過ごしてらっしゃい。私も今夜と明日の夜はお父さんと2人きりで、ひさしぶりに濃密なひとときを過ごすつもりだから……」


 気付けば、哲也さんと智子さんも玄関から出てきていた。智子さん、2人きりの時間が楽しみなのか、哲也さんと腕を絡ませて楽しげな様子を見せている。


「ホテルのチケットありがとうございます。みんなで存分に楽しもうと思います。2人のことは僕が責任を持って守りますので安心してください」

「玲人君がいるから安心だよ。じゃあ、行ってきます」

「行ってきます、お父さん、お母さん」

「ああ、いってらっしゃい」

「いってらっしゃーい!」


 僕は沙奈会長と真奈ちゃんと一緒に車へと向かう。


「大きい車だね」

「そうだね、お姉ちゃん。うちのよりも大きいよね」


 やっぱり、沙奈会長と真奈ちゃんも、姉さんが借りた車の第一印象はそれか。


「いつか、一度はこういう大きな車を借りて2人きりで旅行に行こうね。そのときは車の中で色々なことをしちゃおっか」


 沙奈会長は耳元でそんなことを囁いてきた。まったく、沙奈会長は変なことを考えるんだから。いずれは2人きりで旅行に行きたいとは思っているけれど。


「ふふっ。樹里先輩の家まではあたしが助手席に乗るよ。カーナビを操作したり、何かあったりしたときのために」

「分かりました。じゃあ、真奈ちゃんは僕と一緒に後ろに乗ろうか」

「はい!」


 沙奈会長が助手席に乗り、僕は真奈ちゃんと一緒に琴葉の後ろの席に隣同士で座った。まさか、後部座席で最初に隣同士で座るのが真奈ちゃんになるとは。


「玲人さんと隣同士に座ることができて嬉しいです!」

「よろしくね、真奈ちゃん」


 何だか、ミニ沙奈会長のように見える。あとは昔の姉さんや琴葉のようにも思えて。ただ、恋人の妹に懐かれるのもいいものだ。


「みんな、樹里先輩のお家まで、ここからだいたい25分くらいで着く予定だよ。先輩には私から連絡しておくね」

「分かりました」

「じゃあ、まずは樹里ちゃんのお家に向かって出発進行!」

『おー!』


 姉さんの言葉に沙奈会長、琴葉、真奈ちゃんは右手を挙げながら大きな声で返事しちゃって。やはり、旅は人を高揚させるのか。

 僕達は如月家を出発する。早くも姉さんの運転にも慣れてきた。


「しかし、こんなに広い車があるんですね、玲人さん」

「僕もビックリしたよ。この10人乗りの車が姉さんの持っている免許で運転できる一番大きな車なんだって」

「そうなんですか。……何だか、玲人さんの隣にいるとドキドキしますね。お姉ちゃんから玲人さんの話をたくさん聞いているからでしょうか」


 真奈ちゃんの頬が赤くなっている。時折、沙奈会長と似ているなと思うときもあるし、会長が中学生のときはこういう感じだったのかなと思わせてくれる。


「お兄さんがいたら、こういう感じだったのでしょうか。でも、お姉ちゃんと結婚したら、義理ですけどあたしの兄になるんですよね」

「そうなるね」

「じゃあ、将来のためにも練習してみますね。……お、お兄ちゃん。……何だか恥ずかしいですね」


 ふふっ、と真奈ちゃんははにかんでいる。それがとても可愛らしい。しかし、お兄ちゃんと呼ばれることにグッとくるとは。真奈ちゃんだからなのかな。


「妹がいたら、こういう感じだったのかなって思ったよ」

「……そうですか。でも、絶対にお姉ちゃんと結婚して、あたしのお兄さんになってくださいね。お姉ちゃん、玲人さんのことが大好きですから、お姉ちゃんのことを捨てるようなことをしたら絶対に許しません。お姉ちゃんのためならあたし……何でもしますよ?」


 真奈ちゃんは僕と手を重ね、柔らかい笑みを浮かべながら僕のことを見つめてくる。言葉の選び方といい、さりげないスキンシップといい……さすがは沙奈会長の妹だなと思う。


「僕はお姉さんのことが大好きだよ。でも、そうだな……この先もお姉さんのことで協力してもらうことがあるかもしれない。そのときはお願いするね」

「はい!」


 嬉しくなったのか、真奈ちゃんは僕に寄り添ってくる。


「レイ君、真奈ちゃんに気に入られているね」

「恋人の妹だし、懐かれることはむしろ光栄だよ」

「ふふっ、そっか。でも、真奈ちゃんと仲良くなりすぎて、沙奈さんに嫉妬されないように気を付けなよ」

「大丈夫ですよ、琴葉さん。あたしはお姉ちゃんと玲人さんの幸せを何よりも願っていますから。ただ……こうしていると、心が温かくなって安心できるのも事実ですね」


 真奈ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけれど、今の言葉を聞いて沙奈会長が変に誤解しないかどうか心配だ。


「玲人君の側にいると気持ちが落ち着くよね、真奈。ただ、隣にいる男の人は私の彼氏であることは忘れないでね。あと、玲人君も真奈に変な気持ちを抱いたり、手を出したりしないように」

「はーい」

「……気を付けます」


 むしろ、沙奈会長の妹だから守っていかなければ。

 気付けば、車窓から見える景色は見慣れないものになっていた。もう八神市に入ったのかな?


「あともう少しで樹里先輩の家に着くよ」


 どうやら、八神市には入っていたようだ。駅が近いのかオフィスビルや商業施設が密集していて意外と都会な雰囲気。ただ、その地域を通り過ぎると、すぐに落ち着いた住宅街になっていく。


「樹里ちゃんとも一緒に旅行へ行けるなんて嬉しいですね」

「そっか。真奈ちゃんは副会長さんと何度か会ったことはあるの?」

「ええ。お姉ちゃんが生徒会長になった去年の秋ぐらいから、たまに家に遊びにきて。でも、最後に会ったのは春休みでしたね」

「そうなんだね」


 何度か家で遊んでいるくらいの仲だから、一緒に旅行へ行けて嬉しくなるか。

 やがて、車が停車する。周りを見ると閑静な住宅街だ。副会長さんの家に到着したのかな。


「樹里先輩の家に到着したよ」

「じゃあ、会長と僕で行きましょうか」

「そうね。みんなは車の中で待っていてください」


 僕と会長は車から降り、副会長さんの家へと向かう。沙奈会長の言えと同じくらいに立派だ。

 会長がインターホンを押すと、すぐに副会長さんが姿を現した。


「おはよう、沙奈ちゃん、逢坂君」

「おはようございます、樹里先輩」

「おはようございます、副会長さん」


 副会長さん、コスプレというほどではないけど、ゴシック調の黒いワンピースを着ている。お見舞いのときは今日の琴葉のような服装だったから、何だか意外だ。


「どうしたの、逢坂君。私のことをじっと見て」

「……そのような雰囲気の服を着るのが意外だったので。可愛いですよ」

「ありがとう。そういえば、逢坂君の前ではこういう服装をするのは初めてだったね」

「樹里先輩、こういうゴシック系の服が好きですよね」

「まあね。さすがにこの前のお見舞いにはまずいかと思って着なかったんだ。ただ、アリスさんは私以上のゴスロリの服を着ていたけど。でも、旅行だったら好きな服を着てもいいじゃない。逢坂君もジャケット姿似合ってるよ」

「ありがとうございます」


 高校に入学する前の春休みに買ったこの黒いジャケット。河乃湖は涼しくなるらしいしちょうどいいかなと思って着てみたけど、一緒に旅する人からいいと言われると嬉しいもんだな。


「じゃあ、僕が荷物をトランクに運びますね」

「ありがとう、逢坂君。プライベートまで庶務させちゃってごめんね」

「いえいえ。気にせずに頼ってください」


 家の中に入り、僕は玄関に置いてあった副会長さんの荷物を持つ。心なしか今までの中で一番重いような気がする。ゴシック系の服が入っているから……かな?


「お父さん! お母さん! 行ってきます!」

「いってらっしゃい! 樹里」

「如月さんと……そちらは逢坂さんですか。娘のことをよろしくお願いします」

「はい」


 どうやら、副会長さんも僕のことをご家族に話していたようだ。

 僕らは姉さん達が待っている車へと向かう。そういえば、副会長さん……この車を見てどんな反応をするだろう。


「うわっ、大きな車だね」

「やっぱり、そう思いますよね。最大10人まで乗ることができる車らしいです」

「そうなんだ。今はシーズンだからこういう車しかなかったのかもね。この旅行も一昨日決まったことだから」

「……同じようなことを姉さんも言っていました」

「やっぱり。でも、運転する麻実さんさえよければ、大きな車で悪いことはないんじゃないかな」

「……運転するのが楽しいって、さっそく言っていました」

「それなら、この車で正解だったんだよ」


 副会長さんと沙奈会長は車の後部座席の方に入っていった。中から楽しげな声が聞こえてくるな。

 僕はトランクに副会長さんの荷物を入れ、助手席の扉に手をかけたとき、


「……そうだ」


 せっかくだから写真を撮ろう。ジャケットのポッケに入れてあるデジカメを取り出して、僕らを乗せる車と、


「全員揃いましたからさっそく1枚、写真を撮らせてください」

「いいじゃない、玲人君!」

「じゃあ、取りますよ。はい、チーズ」


 沙奈会長、琴葉、副会長さん、姉さん、真奈ちゃん。これから旅行が始まるということもあってか、みんないい笑顔の写真を撮ることができた。

 僕は助手席に乗る。ちなみに、後部座席の1列目に琴葉と副会長さん。2列目に沙奈会長と真奈ちゃんが座っている。


「私が加わって全員揃ったわけだし……出発の挨拶を、旅行の発案者であり生徒会長の沙奈ちゃんからしてもらおうかな」

「分かりました、樹里先輩。今日から3日間、みんなで旅行を思い切り楽しみましょう!」

『おー!』


 女性5人が高らかに声を挙げる。みんな元気で何よりだ。


「じゃあ、山梨の方に行こうか。お手洗いに行きたくなったり、体調が悪くなったりしたら遠慮無く言ってね」

『はーい』


 さすがに姉さんが最年長ということだけあって大人っぽく見えるな。そして、姉さんが運転するこの車がゆっくりと発進していく。

 こうして6人全員が揃い、ゴールデンウィークの旅行が本当に始まるのであった。

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