第36話『声明-後編-』

 SNSで僕の過去について投稿されているから、このことを知っている月野学園高校の生徒は結構いるかもしれない。

 そんなことを考えながら校舎の中に入ると、昇降口の近くにある掲示板近くにたくさんの生徒が集まっていた。沙奈会長が勝手に作った告示の紙を掲示していたときより大きいかも。さっきの週刊誌記者のときのような嫌な予感しかしない。


「おい、逢坂が来たぞ」

「本当に犯罪をやっているのか?」


「どんなにかっこよくても、犯罪をやったって知ると悪い顔にしか見えないわ」

「でも、無愛想だし目つきも悪かったじゃない」


 予想通り、僕絡みのことで生徒が集まっていたか。しかも、僕の過去の犯罪について。さっきの週刊誌記者といい、前科者について好き勝手なことを言うんだな、まったく。前科者はサンドバッグじゃなくて、あなた達と同じ人間なんだよ。

 掲示板に僕のことが書かれた紙が貼られているみたいだから、まずはそれについて確認しないと。


「すみません、掲示板を確認させてください」


 僕がそう言っただけで、自然と掲示板までの道をできていく。大多数の生徒が僕のことを常人ではないと言いたげな表情をしながら見てきている。

 掲示板を見てみると、


『1年3組の逢坂玲人君の過去に犯罪あり?』


 という見出しの新聞部の号外が貼られていた。昨日の放課後に確認したときにはなかったので、それ以降に掲示したのか。当然ながら、生徒会認可のハンコはない。ここを含めていくつかの掲示板には新聞部専用の掲示スペースはあるけど、掲示する場合は必ず生徒会の認可が必要となる。

 肝心の記事内容は……さっきの週刊誌記者が見せた例のツイートのスクリーンショット画像を載せている。過去に僕が同級生の女子に重傷を負わせ、逮捕されたことが書かれていた。それに加えて、これまでに僕が無愛想な態度を取ってしまったためか、憶測が好き勝手に書いてある。


「ひどい記事だ……」


 この春に入学してきた1年生に前科があったことが分かれば、多くの生徒が衝撃も受けると思う。だから、新聞部としてそれについて新聞を作りたい気持ちも分からなくはない。ただ、勝手に作成し掲示してほしくなかったな。俺や生徒会に見せてほしかった。


「読んでいただけましたか、逢坂玲人君」


 振り返ると、そこにいたのはポニーテールのメガネ女子。今の言葉とこのドヤ顔からして新聞部部員なのは間違いないだろう。ちょうどいい、こんな記事を勝手に書いて掲示するなと抗議しようと思っていたところだ。


「ええ、読みましたよ。ちなみに、あなたは?」

「私、3年3組の新田早苗にったさなえといいます。新聞部の部長をしております」


 まさかの部長さん。こいつが親玉か。


「内容以前の話ですが、昨日の放課後、生徒会として校内の掲示板のチェックを行なった際、この新聞はありませんでした。しかも、生徒会認可のハンコもない。困りますね、専用スペースがあるとはいえ勝手に貼られては」

「しかし、あなたが過去に犯罪をして逮捕された経験があるかもしれないという情報を掴んだのです。これはいち早く記事にして、生徒のみなさんに知らせなければいけないと思いまして。私のモットーは『掴んだ情報は一秒でも早く発信』なので!」


 知るかよ、そんなモットー。結局、新田先輩もあの週刊誌記者とさほど変わらないってことか。


「あなたがどんな考えを持ってもかまいませんが、こういった内容は普通、僕に確認を取るはずでしょう」

「だから、さっきも言ったでしょう。一秒でも早く情報発信がモットーだと」

「そういったモットーがあっても、新聞に掲載するために必要なことがあるじゃないですか。この学校の新聞部はそんなこともできないんですか? ましてや、この記事は生徒の犯罪について書かれている。もし、この記事の内容が嘘だったらどう責任を取るんですか」

「ええと、それは……ええと。では、ここで確認を取りましょう。我々が書いたこの記事の内容は本当ですか?」

「……本当ですよ」


 嘘を付いたところで何の意味もないし。あと、僕からの質問を強引にかわしやがった。とんでもない部活だな、新聞部って。

 この記事に書かれていることが本当であると僕が認めたことで、周りは大騒ぎになる。


「ご覧なさい! これが、逢坂君によってこの学校の生徒にもたらした衝撃なのですよ! これからもあなたがいると月野学園の生徒に悪影響を及ぼしかねません。入学して1ヶ月も経っていませんが、あなたには退学を勧めます!」


 新田先輩に指を指され、そう言われてしまった。自分勝手すぎるし、唐突だし……呆れてしまって言葉がなかなか出てこない。勝ち誇った表情になっちゃって。怒る気にもならないな。


「反論できないから言葉を失ってしまいましたか」

「……いいえ。呆れてものが言えないというのはこういうことなんだと実感していたところです」

「そんなことを言って、単なる負け惜しみですよね?」


 ドヤ顔を浮かべる新田先輩。あぁ、やっぱり怒りたくなってきた。


「そんなわけありません。では、反論させていただきます。あなたは何様のつもりで僕に退学を勧めているんですか」

「何様って、私は1人の生徒として……」

「そう、あなたはただの生徒にしか過ぎないんですよ。あと、過去に僕が事件を起こし、逮捕されたのは事実です。それについて、あなたがどう思っていただいてもかまいません。僕がいることで、周りの生徒に悪い影響を及ぼしてしまうかもしれません。ただ、僕は……事件当時からの経緯を説明した上で、学校側から入試に合格すれば入学を許可すると言われたのです。そして、僕はその試験に合格し入学しました。ですから、一部の学校関係者は僕の過去を知っています」

「それでも、それを大多数の生徒や教員に今まで隠していたのは、後ろめたいと思っていたからでしょう?」


 あぁ、ドヤ顔で言われると凄くムカつくな。ただ、さっきの週刊誌記者のときのように冷静に対応しなければ。相手のペースに乗せられてしまう。


「後ろめたいと思っていないと言ったら嘘になりますが、僕が過去のことを伏せていたのは、今のように多くの生徒を動揺させないためです。ただ、今はSNSなどがあるので、いずれはバレるとは思っていましたが。僕は前科者ですが、それを承知された上でこの月野学園で高校生活を送ることを許可された生徒です。だから、あなたに退学しろと言われても状況は変わらないと思いますよ」


 むしろ、こういった行動を取った新聞部や新田先輩のことを問題にすべきではなかろうか。


「これはいったい何の騒ぎですか」


 その声を聞いた瞬間、一気に心が軽くなった。

 登校してきた沙奈会長が、真剣な表情をしながら僕のいるところまでやってきたのだ。


「おはよう、玲人君」

「おはようございます。今日はちょっと遅い気がしますけど、もしかして体調が?」

「ううん、元気だよ。むしろ気持ち良くて寝過ぎちゃったの」


 完全復活だよ! と沙奈会長は元気な笑みを見せる。

 しかし、そんな笑顔を見せるのは少しの間だけで、会長はすぐに真剣な表情に戻り、新田先輩のことを見つめる。


「それにしても、大切な生徒会メンバーの過去を蒸し返すような記事を書き、生徒会の認可無しで張り出すなんて。号外っていう形にすれば何を書いても許されるとは思わないでね。新聞部の部長さん!」


 ここまで怒りを露わにした沙奈会長を見るのは初めてだ。そして、今の会長の怒号によって一気に静まり返った。


「うちの生徒や部活が参加した大会で入賞したり、何か表彰されたりするなどのいいニュースの号外なら、勝手に掲示しても大目に見るけれどね。ただ、この号外は見過ごせない。新聞部が玲人君に対して侮辱という犯罪を行なったとも言えるよ」

「でも、逢坂君は犯罪者じゃないですか。彼はこの学校にはいてはいけない危険な存在。再び犯罪を行なうかもしれない。そんな生徒がいると新聞部が伝えて何が悪いのですか? 大多数の生徒にとって有益な情報じゃないですか。会長は知っていましたか?」

「ええ、昨日……本人から詳しく聞いた。玲人君は法の裁きによる罰をきちんと受けた。そして、そんな過去があると学校に伝えた上で、試験に合格して、入学を許可され、今……月野学園の生徒として学校生活を送っている。授業には真面目に取り組み、生徒会の仕事も頑張って覚えてくれているところだよ。そんな生徒が学校にいて何か問題ある? あるなら言ってみなさい!」

「そ、それは……」


 さすがに今の会長の言葉には、新田先輩もなかなか反論はできないようだな。悔しそうな表情を浮かべている。


「それに、この号外を勝手に張り出された玲人君はどう思うかな。傷付くかもしれないとは思わなかったの? この号外を作成し、玲人君や生徒会に内容の確認、許可も受けずに掲示したことは重大な問題。もちろん、生徒会としてこの号外は掲示許可しないから。今すぐに全て剥がしなさい。これは命令です。そして、このことは生徒会から新聞部顧問と3年3組に担任に伝えるから。新聞部としての処分はもちろんのこと、玲人君を侮辱し、勝手に退学を勧めたあなた個人として処分を受けることを覚悟しておきなさい」


 沙奈会長は掲示板に貼られている号外記事を剥がし、僕に渡す。生徒会として一つ持っておくのかな。


「玲人君、生徒会室に行きましょう」


 沙奈会長は僕の手を引き、生徒会室に向かって歩き始める。


「沙奈会長。さっきは助けていただきありがとうございました」

「気にしないで。こんな記事を見たら何も言わずにはいられないよ。それに、大好きで可愛い生徒会の後輩を守るのは、会長として当然でしょう?」


 会長は優しい笑顔を浮かべ、僕の頭を撫でてくれる。本当にこの人が側にいると心強い。そんなことを思いながら生徒会室へと向かうのであった。

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