第20話『猫になりたい』
4月22日、日曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、夜が明けているからなのか部屋の中がうっすらと明るくなっていた。時計を見てみると、午前8時過ぎか。
「休日なら早いな……」
夜中に起きたときとは違って、結構いい目覚めだ。
朧気にしか覚えていないけれど、トラックに轢かれそうになったところを沙奈会長に助けてもらったり、プールで足がつって溺れそうになったところを会長に助けてもらったり……と、悪い夢になりそうなときは助けに行くという会長の言葉は本当だった。俺の夢の中なのに有言実行するなんて、さすがは会長としかいいようがない。
「はあっ、はあっ……」
沙奈会長の寝息、夜中に比べて荒いような気がする。興奮しているのかな?
会長の方を見てみると、彼女は顔を赤くして息苦しそうにしていた。まるで、俺に助けを求めるように俺の腕にしがみついている。そういえば、いつもよりも伝わってくる熱が強い気がするぞ。
「どれどれ……」
沙奈会長と額を合わせてみると……結構熱いな。生徒会の疲れが溜まって、昨日も子と歯のお見舞いに出かけたから、今日になって一気に体に影響が出ちゃったのかな。
「うん……」
額を合わせたからなのか、沙奈会長は目を覚ました。
「……おはよう、玲人君」
「おはようございます、会長」
「こんなに玲人君の顔があるってことは、もしかして……私に目覚めのキスをしてくれたのかな?」
「違いますよ。息苦しそうで顔も赤かったので、額を合わせて熱を測っただけです。熱っぽい感じがしますけど、気分はどうですか?」
「そうだね……いつも通りじゃないかも」
俺に気を遣ってなのか、沙奈会長は笑顔を見せてくれている。
「体が熱くて、息苦しくて……ちょっとクラクラするかな」
「そうですか。あと、お腹が痛かったり、気持ち悪かったりはしますか?」
「それはないかな」
お腹が痛くないだけまだ良かった。
「分かりました。もしかしたら、生徒会の仕事の疲れの影響がこのタイミングで体に表れたのかもしれませんね。とりあえず、会長はここでゆっくりと眠っていてください。俺、お粥を作ってきますから」
「ありがとう。突然泊まりに来ただけじゃなくて、看病までしてもらうことになって。迷惑掛けちゃってごめんね」
「気にしないでください」
「……もう、私の旦那さんに決定だ」
ふふっ、と会長は嬉しそうに笑った。こんなことが言えるんだから、精神的には元気なんだろうな。それが分かって安心した。
部屋着に着替え、俺は1階のキッチンに行って会長のためにお粥を作ることに。
「おはよう……って、玲人。朝から玲人がキッチンに立つなんて珍しいね」
「お粥を作っているのよ、恋人のために」
「……母さん。沙奈会長は俺のことが大好きだけれど、別に付き合ってないからね。お粥を作っているのは会長が体調を崩したからだよ」
「えっ、そうなの? 大丈夫かな。親御さんに連絡した方がいいんじゃない?」
「体調次第ではね。今日は日曜日だし、お粥を食べてゆっくりしてもらうつもりだよ。俺も今日は特に予定もないから、彼女の看病しようかなって」
それに、会長のことだから自宅に帰って寝るよりも、俺の部屋のベッドで寝た方が体調も良くなりそうだから帰りたくないって言いそうだし。
お粥を作り終わって俺の部屋に持って行こうとしたとき、姉さんが俺も一緒に朝食を食べた方がいいだろうと言ってきたので、姉さんに俺の朝食を持ってもらって俺の部屋に戻った。
「会長、お粥を作ってきましたよ」
「沙奈ちゃん、体調はどう?」
「横になっていれば楽に感じます。玲人君のベッドだからかもしれませんけど」
「ふふっ、こんなときでも可愛いこと言うね。玲人、愛されてるねぇ」
軽くても病人の前なんだから、ニヤニヤとした表情を浮かべないでくれるかな、姉さん。
お粥と俺の朝食をテーブルの上に置く。自分の部屋で朝食を食べるのはいつ以来だろう。最近は風邪引いていなかったけど。
「沙奈ちゃん、お大事にね。玲人のことを好きに使っていいから」
「ありがとうございます。今でも十分に玲人君は動いてくれていますよ」
「そっか。じゃあ、玲人。沙奈ちゃんのことをよろしくね」
「ああ、分かった」
そう言って、姉さんは俺の部屋を出ていった。
「ねえ、玲人君」
「何ですか?」
「一緒に寝たからかこのベッド……玲人君と私の匂いが混ざってる。もし、玲人君との間に子供が産まれたらこんな匂いになるのかな」
「……どうなんでしょうね」
そんな単純な足し算で子供の匂いは決まるのだろうか。それにしても、体調が良くないのに気持ちは絶好調だな。普段なら何を言っているんだと思うけど、風邪を引いているからか安心するよ。
「会長、起き上がれますか?」
「うん、何とか」
「そうですか。ちょっと待ってくださいね、テーブルをベッドの方に寄せますので」
テーブルをベッドの近くまで動かす。
沙奈会長をベッドから起こして、ベッドに寄りかかるようにして座らせる。今までふとんに被っていたからか、会長の体はかなり熱く思えた。
「大丈夫ですか、会長」
「うん、この体勢いいなぁ。……お粥、美味しそうだね」
「さっと作ったものですけどね。具合が悪くなったらまずお粥って母さんがよく言っていました。一口だけでもいいので、薬を飲むためにも食べましょう。……はい、あ~ん」
「食べさせてほしいって言おうとしたのに。さすがは玲人君」
「沙奈会長ならそう言うと思っていましたよ。ただ、今は病人なんですからこのくらいのことはしますって」
やけどをしてしまわないように、息を吹きかけてお粥を冷ましてから、沙奈会長にお粥を食べさせる。
「……美味しいよ。ほんのりと甘い気がして。まるで玲人君みたい」
何だそれ。たまに優しいとか言いたいのかな。柔らかな笑みを浮かべているから悪い意味ではないだろう。
「お口に合って良かったです。このくらいの熱さで大丈夫ですか?」
「……うん。何か元気出てきたから、自分で食べられそう。玲人君も冷めないうちにご飯食べて」
「分かりました。お粥、食べられるだけでいいですからね」
「うん」
俺も朝食を食べることに。ご飯、味噌汁、焼き鮭という和風な内容だ。まさか、会長と一緒に朝ご飯を食べるとは思わなかった。しかも、自分の部屋で食べるなんて。
「こうして一緒に朝ご飯食べていると、何だかワンルームマンションに同棲しているみたいだね」
「本当に次から次へとポジティブな妄想をしますよね」
「だって、玲人君のこと大好きだもん。それに、こういうことを考えていないとこの体調に負けちゃいそうな気がするから」
そう言って、会長は美味しそうにお粥を食べ進める。会長にとって、元気の源や心の支えが俺なんだろうな。
「今日は日曜日ですから、ここでゆっくりと休んでください。薬を飲んで眠ればきっと良くなりますって。ある程度治ったら、会長の家まで送っていきますから」
「……うん」
さすがに体調が悪いだけあってか、儚げな笑みを浮かべている。
多めに作ってしまった気がしたけれど、沙奈会長は完食してくれた。特に気持ち悪そうな様子もなさそうだ。そんな彼女に風邪薬を飲ませて、再びベッドに寝かせる。目を覚ましたときよりはいい表情をしているように思えた。
朝食の後片付けをし、温かいコーヒーを作って自分の部屋でゆっくりすることに。
「……コーヒーの香りがすると、玲人君が近くにいるんだなって思うよ」
「コーヒー大好きですからね。夏以外だとホットで飲むことが多いです。ところで、沙奈会長ってコーヒーは飲めるんですか?」
「カフェオレなら普通に。微糖やミルク入りなら何とか。ブラックは一口で限界」
「そうですか。慣れないとブラックはきついですよね」
俺もコーヒーを飲み始めた頃は砂糖や牛乳をたくさん入れたな。コーヒーの苦味に慣れていって、今はブラックでも普通に飲むことができる。
「何か飲みたいものや食べたいものがあれば遠慮なく言ってくださいね。お腹の調子が悪くなければ、カフェオレも大丈夫だと思いますよ」
「食べ物や飲み物じゃないんだけど、わがままを言ってもいいかな」
「内容次第ですけどね。どんなことですか?」
体調が悪いから、過激な内容ではないとは思うけれど。
「……私のことを猫みたいに甘えさせてほしい」
会長ははにかみながらそう言った。そういえば、金曜日の帰りにあの公園で猫と戯れていたら、会長が猫のカチューシャを付けて不機嫌そうにしていたっけ。羨ましかったのかな。
「しょうがないですね。今日は特別ですよ」
「やったぁ。私のバッグの中に猫のカチューシャが入っているから取って」
「……分かりました」
元々、この週末の間に甘えるつもりだったんだな。
下着とかを見てしまわないように気を付けながら、会長のバッグから猫のカチューシャを取り出した。
「てっきり、昨日着ていた服や下着の匂いを嗅ぐと思っていたのに」
「会長じゃあるまいしそんなことしませんよ」
会長の頭に猫のカチューシャを付ける。風邪を引いているからか、今の猫耳会長もなかなか可愛らしい。
「それで、どんな風に甘えたいんですか?」
「……とりあえずベッドに上がってきて」
自分のベッドなのに、会長に招かれてしまうと何とも言えない気分になる。
会長の言う通りにベッドに上がると、沙奈会長は猫になりきったのか俺に体を擦り寄せてきた。
「にゃーん」
「しょうがないですね。今回だけですよ。あぁ、かわいいかわいい。会長猫ちゃんはかわいいですね、よしよし」
頭を撫でたり、首をくすぐったり、背中をさすったり。あの猫にしているようなことを沙奈会長にもしてあげた。
「にゃーにゃー、ふふっ」
どうやら、会長はとても満足してくれているようだ。猫のように扱ってくれたのが嬉しかったのか俺のことをぎゅっと抱きしめて、俺の胸元に顔を埋める。
「ありがとう、玲人君」
そう言って、会長はいつもの元気そうな笑みを浮かべながら俺のことを見つめてくる。
「玲人君のおかげで、さっきまでの不調が嘘みたいだよ。もう元気になった」
「どれどれ……」
熱があるかどうか額を当ててみると、起きたときと比べて大分熱が下がっていた。顔色も結構良くなっている。
「本当に体調が良くなったみたいですね」
「うん。私にとって風邪の特効薬は玲人君だよ。玲人君がいなくなったら、私、すぐに死んじゃうかも」
風邪を治してくれたお礼なのか俺の額や頬にキスをして、楽しそうな様子で胸に頭をすり寄せてくる。
本人は俺のおかげで元気になったと言ってくれたけれど、何だか不思議だな。まるで、俺が甘えさせないと体調が悪くなってしまう呪いにかかっているような気がして。そう思ってしまうほど、あっという間に彼女の体調が良くなったから。
何にせよ、沙奈会長が元気になって良かった。彼女の看病をしながら静かに過ごすのもいいかなって思っていたけれど、元気であることに越したことはないか。
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