第18話『STAY』

「夕ご飯のすき焼き美味しかったね」

「そうですね。まだこの季節でも温かいものがいいですよね」


 沙奈会長が泊まりに来たこともあってなのか、夕ご飯は豪華にすき焼きだった。俺と会長が琴葉のお見舞いに行っている間にすき焼きに決め、材料をたくさん買ってきたそうだ。だからなのか、沙奈会長は肉を中心にたくさん食べていた。


「とても美味しいからたくさん食べちゃったよ」

「会長って意外と大食いなんですね」

「うん。美味しいものと甘いものはついたくさん食べちゃうの」

「たくさん食べる人は嫌いじゃないですよ」


 そういえば、琴葉も体は小さめだったけれど、好きな料理やお菓子はたくさん食べていたっけ。そのせいでお腹が痛くなったということもなかった。

 ――コンコン。

 ノックされたので部屋の扉を開けると、そこには姉さんが立っていた。


「お風呂入れるって。最初はもちろん沙奈ちゃんで」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

「うん。お風呂から上がったらあたしに声を掛けてくれるかな」

「分かりました」

「では、……ごゆっくり」


 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべながら、姉さんは扉を閉めていった。姉さんめ、何を考えているのか。


「お、お風呂だってさ、玲人君」


 沙奈会長が何を考えているのかは容易に想像できる。頬を赤らめながらニヤニヤとしている彼女の顔を見れば。


「玲人君、どうする? 私と一緒に……入ってみる?」


 やっぱり、そんなことだろうと思った。


「さすがに、一緒にお風呂に入るのはまずいのでは」


 つい最近、女子大生の姉と一緒に入浴した俺に、それを言う資格はないのかもしれないが。互いに幼ければまだしも、俺達はもう高校生だからなぁ。


「玲人君の言うとおりだね。玲人君とお風呂に入りたい気持ちはあるけれど、お互いに裸になったら、色々なことをしちゃうかもしれないし。それに、恥ずかしいから」


 きゃっ、沙奈会長は頬を赤らめながらはにかんだ。

 さすがの会長も、お風呂となると躊躇うのか。俺もタオル1枚の沙奈会長と一緒にいて、冷静でいられる自信は正直ない。ううっ、タオルを巻いている沙奈会長の姿を想像してしまった。


「分かりました。今日は会長1人でゆっくりと入ってきてください。今の時期も夜は肌寒いですから」

「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて一番風呂をいただくわ。でも、いつかは一緒にお風呂に入ろうね。そのときは髪を洗ったり、背中を流したりしてあげるから」

「……そのときはよろしくお願いします」


 ついそう言ってしまったけれど、これっていつかは一緒にお風呂に入らなきゃいけないってことだよな。うっかりしてしまった。


「じゃあ、お風呂に入ってくるね。私がいないからって、荷物を漁ったらダメだよ」

「しませんよ。浴室の場所を案内します」


 入浴の準備ができた沙奈会長を浴室の前まで案内し、部屋でゆっくりと1人の時間を過ごそうとした。しかし、そのことに気付いたのか、姉さんが俺の部屋にやってきたので、結局2人で過ごすことに。


「あたしの予想とは違ったな」

「……会長と一緒に入ると思ったの?」

「うん。沙奈ちゃん、玲人のことが大好きだし、積極的なタイプに見えたからさ。玲人のことを誘うのかなと思って」


 積極的なタイプというのはその通りだと思うけれど、その言葉には収まらないくらいの積極性があるからな、あの人は。


「俺と一緒に入りたい気持ちはあるみたいだけれど、さすがに恥ずかしいみたい」

「ははっ、そっか」


 いつか、会長に髪と体を洗ってもらう約束をしてしまったけれど。さりげなく次の機会を作るのが上手な人だと思う。


「じゃあ、沙奈ちゃんが出てきたら、次に玲人が入っちゃいなさい」

「分かった」


 それから30分ほどで沙奈会長はお風呂から戻ってきた。桃色の寝間着を着ており、いつも付けている水色のカチューシャは外していた。


「お風呂、気持ち良かったよ。あっ、お姉様……ここにいたんですね」

「うん。てっきり玲人と2人で入ると思ったんだけれどね」

「……それはまた別の機会にしようと思いまして」

「なるほどね。玲人、いい体だよ」

「へえ、そうなんですか。てっきり細身かと思ったんですけど」


 俺、そんなに痩せて見えるのかな。これでも昔に比べれば筋肉がついたんだけれど。


「さっ、玲人。お風呂に入ってきていいよ」

「ああ」


 姉さんのお言葉に甘えて風呂に入ることにした。

 浴室の中は歩ディーソープの甘い匂いにつつまれており、ついさっきまで沙奈会長がここにいたのだと実感させられる。だからなのか、沙奈会長と一緒に入っているような気がしてきてしまうのだ。


「まさか、そこまで考えて1人で入ったのか……?」


 沙奈会長ならそれもあり得そうで怖い。

 ゆっくりとしていては色々と考えてしまいそうなので、髪と体を洗って湯船にもさっと浸かるだけで浴室から出た。


「あら、玲人。早かったね」

「……今日は風呂に長く浸かる気分じゃなかったんだ」

「ふうん、そうなの。じゃあ、お姉ちゃんも入ろうかな。早いけれど、2人ともおやすみ」

「おやすみ、姉さん」

「おやすみなさい、お姉様」


 姉さんはニヤニヤと笑みを浮かべながら部屋を出ていった。あとは2人きりの時間をたっぷりと楽しめってことかな。


「……玲人君。2人きりだね」


 沙奈会長は俺の着る寝間着の裾を握った。さすがに今の状況に緊張しているのか、顔を赤くして視線をちらつかせている。


「お風呂の中で色々と想像しているときは、1人ではしゃいじゃって。どんなことでもできそうだって思ったの。でも、こうして実際に2人きりになると緊張しちゃって。こうして側にいるのが精一杯なんだ」

「へえ、意外ですね。安心しましたよ」

「安心したって……私が何をしてくると思ったの」


 酷いなぁ、と会長は不機嫌そうに頬を膨らませる。これまでのことを考えたら、2人きりになると何をされるのか恐くなるのは当たり前なのでは。


「玲人君の方は落ち着いているように見えるけれど。意識……していないの?」

「何とも言えないですね。昔から姉さんや琴葉と一緒にいることが多かったので、こういうことには慣れています。小さい頃なら姉や妹の感覚で済みましたけれど、高校生になって、こんなにも綺麗で可愛らしい1個上の学校の先輩が相手だと、さすがに意識せざるを得ないですよ」


 だからこそ、お風呂に入ったとき、不意に何度も沙奈会長の姿を思い出してしまった。


「そうなんだ。嬉しいな、そう言ってくれて」


 沙奈会長は俺に寄り掛かってくる。そのことで彼女の温もり、匂い、柔らかさ、重みなどが感じられて。彼女が確かにここにいると分かる。


「今日、色々な玲人君の顔を見ることができて楽しかったし、嬉しかった。何度も玲人君のことが好きなんだって思うことができてさ。こうしてずっと一緒にいたいな。こんな気持ちにさせてくれるのは玲人君しかいないと思うの。だから、玲人君も少しでいいから前よりも好きになってくれているといいな」


 柔らかい笑みを浮かべながら見つめてくる沙奈会長を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「そんな風に言うなんて、会長っぽくないですね。俺はてっきり2人きりになったら、強引にでも俺のことを襲ってくるかと思いました」

「私だって、言葉で気持ちを伝えることもあるんだよ。何だか段々とムカムカしてきた。ムラムラもしてきた。押し倒したくなってきた」


 そう言って、沙奈会長は俺としっかりと腕を絡ませてくる。当然、会長の持っている大きくて柔らかいものも当たってきて。


「馬鹿にしているわけじゃないですよ。会長っぽくはないですけど、可愛いなって思います。カチューシャを外した今の姿も。それに、会長が俺に色々なことを思ったように、俺だって、会長のことを可愛らしい女の子なんだなって思うことは何度もありました」


 それに、今回のお見舞いは沙奈会長がいたことで一度も泣かずに済んだ。月曜日にはとても嫌で、顔も見たくないと思っていたけれど、気付けば、俺にとってかなり大きな存在になっているんだろうな。


「今日は沙奈会長が一緒にいてくれて良かったです。俺の用事に付き添ってくださってありがとうございました」


 感謝の気持ちをちゃんと伝えたいと思って、俺は会長のことを見つめながらそう言った。


「いえいえ。元々は私のわがままからだったんだし。できる限り、玲人君の側にいたかったから。でも、一緒で良かったって言ってくれて凄く嬉しいよ」

「そうですか」

「ねえ、玲人君。結構早いけれど、もう眠くなってきちゃった。ベッドで玲人君と一緒に寝たいんだけど、ダメかな?」

「……しょうがないですね。といっても正直、俺の部屋で寝泊まりしたいって言われたとき、ベッドで一緒に寝たいって言われるだろうと思っていましたし」

「……生徒会長の気持ちが分かり始めてきたいい庶務係だ」


 沙奈会長、とても嬉しそうな様子で頭を撫でてきた。彼女のことを見ていれば、何を考えているのかおおよその見当が付くようになった。顔に結構出やすいタイプだから。

 まだ午後9時半くらいだけれど、俺は会長と一緒にベッドに入る。


「どこか触れてしまいますね。すみません」

「いいよ、玲人君だし。それに、このくらいの広さは私好みだよ」


 ベッドライトの暖かな光に照らされた沙奈会長の笑みがとても艶やかに見える。彼女の吐息が俺にかかってきて、これまで以上に彼女のことを感じている。


「まさか、こうして玲人君と一緒に寝るときが来るなんて」


 泊まりに来るつもりで勝手に来たくせに何言っているんだか。


「……今夜、ちゃんと眠れるかな。ある意味で初夜だし。それに、今……凄くドキドキしているから」

「確かに、腕を伝って、会長の激しい鼓動を感じていますよ」

「バレバレか。眠れないかもしれない私のことを本当に寝かせてくれなくてもいいんだよ? 色々としても大丈夫なように、必要なものは持ってきたから。玲人君が望むことなら……私、受け入れるつもりだから。もちろん、物理的に入ってきていいからね」

「何をするつもりなんですか」

「女の子にそれを言わせるの? 玲人君の……いじわる」


 ふふっ、と沙奈会長は楽しそうに笑っている。ベッドに入った途端、いつもの会長に戻ったような気がする。


「言っておきますが、俺が寝ている間に襲ってきたらすぐに追い出しますからね」

「了解です。大人しくするように心がけます」


 以前と比べれば会長のことは信頼しているけれど……会長のことだ。油断はできない。


「でも、玲人君。こうやって腕枕していてもいいかな?」

「そのくらいならいいですよ」


 こうやって甘えてくるのが可愛らしく思えるのは、縛られたりした経験があるからだろうか。それとも、姉さんや琴葉からも同じことをされたことがあるからなのか。


「ありがとう、玲人君。今日はいい夢を見られそうだよ」

「俺は……どうでしょうね」


 会長がすぐ側にいるから、変な夢を見てしまいそうで怖い。実際に会長が家の前まで来た日の夜は琴葉が遠くに行ってしまう夢を見てしまったし。


「もし、悲しい夢を見ても私が側にいるから安心して」


 沙奈会長は優しくそう言ってくれるけれど、不安の種はアンタなんだよ。


「段々と俺も眠れる自信がなくなってきました」

「明日も学校ないから、眠れないときは私が付き合うよ」

「……そいつはどうも」


 そんなことを言っておきながら、ふとんと沙奈会長の温もりが気持ちよく、俺は程なくして眠りについた。目を閉じる直前に見たには会長の柔和な笑みなのであった。

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