第5話『不思議な娘のアリス』
特に体調を崩すようなことはなく、午後の授業を普通に受けることができた。
終礼も終わったので、如月会長に捕まらないようにさっさと帰るだけ――。
「逢坂君」
「何ですか、松風先生」
「今朝からずっと、沙奈ちゃんから生徒会に勧誘されているみたいじゃない。先生達の間でも話題になっているよ」
「普通の勧誘だったら可愛いですよ。如月会長の場合、強制なんですって。丁重にお断りしたのに何度も俺のところに来るんです」
できれば、松風先生との話を切上げて、早く学校を後にしたいくらいなのだ。
「それだけ、あなたならやっていけるって信じているんじゃない? そう思ってくれる人がいるっていうのはいいことだと思うよ。うちの学校で、逢坂君がそういう人と出会うことができて良かった」
「それはそうかもしれませんが……」
如月会長の場合、俺を生徒会に入れさせることで、自分のしたいことを色々するだけだと思う。もちろん、嫌われているよりはマシだけれど。
「ただ、先生は逢坂君の選択を尊重するよ。困ったり、悩んだりしたらいつでも相談してきていいからね」
「……ありがとうございます」
松風先生が自分に寄り添ってくれることは嬉しい。
ただ、相手は如月会長。松風先生が上手いこと言いくるめられなければいいけれど。
「玲人君! 今の生徒会には君が必要なんだ!」
先生と話していたから、帰る前に如月会長が教室に来ちゃったよ。しかも、あんなに大声で生徒会の勧誘をしてきて。ああいう風に言うことで、俺に生徒会へ入れっていう空気を作り出そうとしているのかな。
「しつこいですね。何度言えば分かるんですか。俺は入りませんよ」
「適任だと思うんだけどな」
「沙奈ちゃん、逢坂君を生徒会のメンバーにしたい気持ちは分かるけれど、あまりにもしつこいと、逢坂君だって嫌な気持ちばかり増えていっちゃうと思うよ」
会長に対して、松風先生ははっきりとそう言ってくれた。何だか感動する。彼女が担任で本当に良かった。
「でも、攻めていかないと逃げられる可能性は増えていくばかりだと思いますよ、陽子先生。先生はそんな経験はおありですか?」
「そ、それは……」
あれ? 急に松風先生の顔色が悪くなってきている。
「学生時代、好きな男の子がいてね。告白しようかどうか迷っていたら、友達が先に告白して付き合うことになったの。この前、久々に電話が来たんだけど、プロポーズされたから、結婚に向けて色々と準備しているんだってさ……」
あははっ……と窓の外を眺めながら先生は元気なく笑う。まさか、如月会長は先生のこのエピソードを知っていてあんなことを言ったのか?
「……逢坂君」
「は、はい」
「可愛い女の子が思いの丈を言葉にしているのよ! しかも、何度も! 沙奈ちゃんの気持ちに応えてあげてもいいんじゃないかな? 先生はそう思うよ!」
「さっきは俺の選択を尊重するとか言ってくれたじゃないですか!」
くそっ、如月会長め……松風先生の心をしっかりと掴んだな。
「俺は生徒会に入るつもりはありません! 今日はもう帰りますから! あと、会長は体調に気を付けて、無理しないでくださいね」
如月会長のことはうっとうしくて嫌いだけれど、彼女の体の調子があまり良くないのは知っているのでそのくらいの気遣いはする。
「ありがとう。無理はしないようにするね」
それに、気遣った言葉をかければ、今みたいに会長はデレデレして逃げやすくなるし。
「約束ですよ。じゃあ、俺はこれで」
俺はバッグを持って、会長から逃げるようにして教室を後にする。
「あっ、また玲人君に逃げられた!」
もうっ! と、会長の叫びが遠くの方から聞こえた。体調もあまり良くないみたいだから、全速力で走ればとりあえずは大丈夫だろう。といっても、会長には俺の家の場所が知られているので、昨日みたいに家に来られたらそれまでなんだけれど。
「ここまで来れば大丈夫かな」
まだ校舎が見えているけれど、昨日のように腰が痛めてしまってはまずいので走るのは止めよう。
「そういえば……」
昨日、公園で出会った銀髪の女性って今日もいたりするのかな。昨日の様子だと、たまたま公園に来たような感じだったけれど。
そんなことを考えながら公園に行ってみると、
「よしよし、あなたは可愛いですね」
昨日と同じベンチで、銀髪の女性が茶トラ猫を嬉しそうに抱きしめていた。デザインは似ているけれど、昨日とは違って白系統のワンピースを着ている。
「こんにちは」
「あら、2日連続ですね。こんにちは。あたし、この猫ちゃんのことが気になったのでここに遊びに来たんですよ」
「そうだったんですか」
彼女、昨日……俺が助けたこの茶トラ猫のことを可愛がっていたもんな。一度可愛がったら、定期的に会いたくなるよね。
「俺は学校の行き帰りで通る場所なので。俺もその猫のことが気になってました」
「そうなのですか。さあ、隣にどうぞ」
「はい、失礼します」
俺は銀髪の女性の隣に座る。まさか、今日も彼女と公園で過ごすことになるなんて。
「そういえば、名前をまだ訊いていなかったですね。俺は逢坂玲人といいます」
「逢坂玲人さん、ですね。あたしはアリス・ユメミールといいます」
「アリス・ユメミールさん……やっぱり、外国の方だったんですね」
「……とても遠い場所からここに来ました」
そう言って、アリスさんはにっこりと笑った。
外国人だと分かっても、日本人以上に日本語が堪能そうだし、何だか不思議な雰囲気をまとった方だ。ただ、どこかの財閥令嬢のような上品さがあって、柔和な笑みから優しい印象を抱かせる。アリスさんのような人が生徒会長なら、生徒会に入ることも一度は考えたかもしれないな。
「ふふっ、また今日もあたしのことをじっと見て」
「すみません。アリスさんのような女性とは全然出会ったことがないので」
「そうなのですか。ところで、今日は人間のお友達はできましたか?」
「……いえ、1人もできていません。1人でも何とかなっている……ので……」
友達はできていないけれど、如月会長の表情が何度も頭によぎる。もしかしたら、俺は1人で何とかならなくなってきているのかもしれない。あと、副会長さんはいい人そうだった。
「アリスさん、あの……いきなりで申し訳ないんですけど、相談したいことがあるんです。話しても大丈夫ですか?」
「あたしで良ければ。どのようなことでしょうか?」
「学校でのことなんですけど……」
如月会長などの固有名詞を出さずに、生徒会に入ってほしいと執拗に迫られていることについてアリスさんに話した。
「なるほど。逢坂さんが嫌がっているのに、生徒会という組織に入ってほしいと、トップの役職を担う女子生徒さんが何度も誘ってくるのですね」
「はい。俺が嫌だと何度も言っているのに、本当にしつこくて……」
ああ、段々とイライラしてきた。あの人は本当に自分勝手というか何というか。
「逢坂さんのお顔を見ていると、今お話ししたことについて、本当にうんざりしているということが伝わってきます」
「すみません。思い出したら、つい……」
「いえいえ、気になさらないでください。逢坂さんのお気持ちも分かりますよ。ただ、その女子生徒さんは、あなたがとても魅力的に感じるので、そこまで粘り強くあなたに交渉してくるのかもしれませんね」
「そうなんですかね……」
魅力的に感じるか。入試の成績が良かったからとか、真面目そうだから生徒会に向いているとは言われたな。あとは大好きだと何度も言われている。
「もちろん、このまま断り続けるのも一つの手ではないかと思います。生徒会長という仕事を担う生徒の要望を断っても罰せられる法律は日本にないのでしょう?」
「おそくないと思います」
むしろ、これまでやってきたことからして、如月会長の方が何らかの罪に問われそうな気がする。
「ただ、断り続けても彼女は諦めないような気がするんですよね。下手したら、彼女が高校を卒業するまでずっと」
「それはさすがにないでしょう」
アリスさんの言う通りであってほしいけれど、昨日からの会長の行動や言動を実際に目の当たりにすれば、きっと今のような言葉は出てこなくなると思う。
「ただ、生徒会に入っても、入らなくても……逢坂さんの希望する道に進むことができるのが一番いいのではないのでしょうか。それを生徒会長さんに伝えれば、きっと分かっていただけるのではないかと思います」
「そうだといいのですが」
「まあ、あたしには今の逢坂さんのお話で、生徒会に入りたくないという気持ちが凄く伝わってきますが」
「そうですか。もし、アリスさんのような方が生徒会長だったら、生徒会に入ることも少しは考えてみるんでですけど」
「ふふっ、それは嬉しいお言葉ですね」
会長と違って、アリスさんの笑う姿は上品だなぁ。
あの会長から逃げるには、日本を飛び出して、アリスさんの故郷まで行かないとダメそうな気がしてきた。
「今の逢坂さんを見ていると、一度、落ち着いて考えてみるのも良さそうですね。それでもやりたくないという気持ちが変わらないのならそれでいいと思います。もし、入ってみてもいいという気持ちが少しでも湧いてくれば、お仕事の内容を調べるなどして吟味すればいいかと」
「なるほど……」
確かに、昨日のことがあったせいか、生徒会に悪いイメージを事前に持ってしまっていた。ただ、会長はとんでもない人だけれど生徒からの信頼はとても厚そうだし、副会長さんは明るくていい人みたいだし……アリスさんの言うように、一度、落ち着いて考えてみてもいいかもしれないな。
「今夜、ゆっくりと考えようかなと思います。ありがとうございます、アリスさん」
「いえいえ。まずはこの猫ちゃんに触れて気持ちを癒やしましょう」
「そうですね」
俺はアリスさんから茶トラ猫を受け取る。アリスさんがさっきまで触れていたこともあってか、いつもよりも温かい気がする。
「にゃーん」
「……可愛いな。猫と触れ合っていると和みますね」
「ふふっ、そうですね」
猫には本当に不思議な力が宿っているような気がする。俺やアリスさん以外の人にも癒しを与えているのかな。
アリスさんの笑顔を見ていても癒やされる。彼女には自然と色々なことを話すことができているし、一緒にいると楽しい。久しぶりに味わう感覚だな。少なくとも俺にとって……アリスさんは友達だ。
アリスさんと茶トラ猫のおかげで気持ちも段々と落ち着いていったのであった。
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