第18話
雑草を纏めてロープで固定した様な箒で、店内に散乱する虫の死骸を表へ掃き出す作業を大人しく眺めた後に店内へと案内される。
「俺はお腹いっぱいだからお前達好きなのを食べなさい」
「また虫恐怖症?」
アケミが呆れた視線をこちらにむけるがそんな事はどうでも良い。こんなところで飯を食うぐらいなら宿屋で食パンでも齧ってた方がマシだ。
「美味しいです。でもご主人がたまに出してくれる『れとると』って食べ物の方が美味しいです」
「はっはっは、ヨシエ。正直なのは良い事だが時と場所は選べよー」
「旦那さまが外食なんてするとは思ってなかったわ」
アケミがもっともな事を言うが、大して深い考えも無く言ったのだろう。目の前にある謎の煮込み料理に夢中になっている。
「まあ、宿のセキュリティチェックみたいなもんだ」
和やかな食事と市場の相場チェックを終え、日が暮れて辺りが暗くなって来た頃に宿屋に帰り着く。
宿屋には相変わらずやる気の無さそうな受付係がぼんやりと宿帳らしき物を眺めていた。
「二階の四号室の者だが、誰か訪ねて来なかったか?」
受付カウンターに少し乱暴に肘をつき、受付の男に話しかけるとこちらに視線も送らずに『ねえよ』とだけ返答が返って来る。
部屋に戻ってLEDランタンに明かりを灯すとアケミとヨシエがいそいそと服を脱ぎ出した。
「おいおい、廊下で着替えろよ」
「若い娘さんに言う言葉?!」
「それと着替えるのはちょっと待て、もう一仕事あるかもしれないからな」
俺は受付カウンターの裏側にくっつけておいたボイスレコーダーのイヤホンを耳につけた。
外出中にカウンターに訪れた連中との会話を盗み聞きしていると、部屋に訪れた静けさの中で右隣の部屋から聞こえる男女の嬌声が壁を通して聴こえて来る。
バカップルかリア充がナンパでもして楽しんでいるのだろうか? 滅びればいいのに。は
「ヨシエ、右隣の部屋にかけてある番号札とこの部屋の番号札を取り替えて来い」
「はい」
「アケミ、部屋の閂と蝶番、それと扉にも『硬化』の魔法陣を書いて貼り付けろ」
「わかった」
俺の言っている意味がピンと来たのか、二人は緊張した顔付きでキビキビと動き出す。
「野宿の方がなんぼか安全だなあ」
思わずポロリと愚痴がこぼれた。
そして深夜過ぎ。
あれだけエキサイトしていた右隣の部屋の奴が満足気な鼾を響かせていた深夜過ぎ。
くぐもった打撃音と小さな悲鳴が鼾の代わりに隣の部屋から響いて来る。
『おら……酒……隠しやがった……』
などとボソボソと隣の部屋から聞こえて来る。ヨシエがスラリと剣を抜き、扉の向こうにいる敵に向かって剣を構えている。
いざ荒事がこちらに向かうとなった時に、目が慣れていないと不覚を取るとヨシエが言うので、こちらの部屋は明かりを消しているので真っ暗な中で息を潜めていたが、緊張感の無いアケミが鼾をかきだしたので定期的に頭を叩いていたところでタイミングよく隣に賊が侵入して来た。
ガサゴソと荷物を漁る音と偶に漏れ聞こえる打撃音と小さな悲鳴に『自分じゃなくて良かった』と本気で思う。
受け付けカウンターに貼り付けておいたボイスレコーダーには、一泊料金よりも安い金で宿泊客を売り渡す会話が流れており、会話の相手は聞き覚えのある声だった。
賄賂として酒を振る舞ったアイツだ。
実行犯は違うだろうが、裏で糸を引いているのは間違いなく奴だ。
商人の互助会に加盟して身分証明書を発行されるまでに決着を付けようと、急ぎ働きの雑な押し込みらしく部屋の配置すら頭に入っていないスラムの連中でも雇ったんだろう。
スラムの連中は宿屋なんかに泊まらないしな……
隣の部屋から呻き声が聞こえなくなった明け方前に、数人のバタついた足音が宿屋から遠ざかって行くのを聞いて、部屋の番号札を元に戻した後に俺達もやや遅めの眠りについた。
俺達が眠りについた僅か数時間後に何も知らない風を装った宿屋の従業員が、惨劇の後始末をしようとモップを担いで閂が破壊され、部屋の中が荒れ放題で死体が転がっている筈の俺達の部屋に入ろうと四苦八苦している音で目を覚ます。
剣の柄に手を置いたままのヨシエが扉を開き、モップを担いだ従業員を中に招き入れると驚愕の表情で俺を見る。
「やあ、おはよう。朝から客室の掃除とは感心だな。だが、ノックくらいはしてくれよ。でないと押し込み強盗と勘違いしてしまうじゃないか」
若干寝不足だが久しぶりにいい笑顔で朝を迎えることが出来た気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます