51話 乙女じゃないって言ったやつ出てきなさい。お姉ちゃん怒らないから。
乾杯の音頭と共に始まるは宴。
皆ワイワイと食べ物をつまみ、ジュースやお酒を飲む。私は一瞬、ほんの一瞬チューハイに手が伸びそうになったが、今はまだ中学生。お酒を飲める年齢ではない。日頃の習慣って怖いなぁと苦笑しつつジュースを手に取り飲んだ。
お酒は全然得意じゃなかったし、寧ろ苦手だった。嫌いという訳では無いけれど、ジョッキ2杯飲めれば十分って感じ。それでも腰が痛くなったり、頭が痛くなったりしていたので、体質的に合わなかったのだろう。
今生ではどうかはわからないが、進んで飲もうとも思わないし、女性なら飲めなくても特に問題は無いだろう。
前世では男ということもあり、男なら飲め!みたいなのはついて回ったし、甘いヤツが飲みやすいからカルーアミルクとかカシス系とか好んでたけれど、そんな女子供が飲むものを飲むなんてみたいなのも言われたりした。まぁ、幸いにも強制してくることは無かったし、笑い話で済ませてくれるような人達としか出会わなかったから私は恵まれていたと思う。
あ、ただ飲み会は好きだったよ。
飲みの場の雰囲気というか、あーゆーのは嫌いじゃない。それに人の意外な一面を見れたり、貴重な情報獲得の場でもあるから、無理がない程度には積極的に参加していた。
飲みニケーションはクソだなんだとは言われてたし、古き悪しき習慣だと叩かれてもいたけれど、決して飲みニケーション自体が完全悪であったとも思わないし、寧ろそれなりには重要な場であったとも思っている。これが更に時代が進み、当時の若者が上に立つようになったのならまた別だろうとは思うけれどね。
「……ふふ」
私は思わず自嘲的な笑を浮かべる。
どうも思い浮かぶのは前世のことばかり。私は今を生きているのに今のことが最優先で浮かばないあたり、中身はアラサー圏内少し前のあんちゃんでしかないようだ。とても一介のJCが考えたり思い浮かべたりするようなものでは無い。
「何か面白いことでも考えてるの?」
……っく。あざとい。その仕草あざとい!その両手でコップを持ちながらコテンはあざといやろ自分!私が男だったら今のでハートズキューンですよ!……今もだけどっ!!
「ん、桜が綺麗だなーとか、楽しいなーとか」
「あー、確かに綺麗だよねー。今年はタイミング良く満開だし、パパがいいとことってくれたし……琴ちゃんもいるし。私もすごーく楽しいよ!」
「んもーみーちゃんったら」
「うふふふ」
「ふふふ〜」
またも展開されるは2人の(ry。
流石にみーちゃんにでさえ私の本心は語れない。普通に考えてJCなりたての女の子がお酒が懐かしいとか、飲み会楽しいよねーとか、それなんて冗談?って話よね。みーちゃんじゃなくてもそんなの聞いたら頭からハテナ量産どころか、良い精神病院の連絡先量産で「頭大丈夫?」って心配されること間違いなしである。
なので、当たり障りのない返答をするにとどめる。
少しだけ罪悪感というか、自身の気持ちを共有することができないことに首を絞められるような苦しい感じがするけれど、これは飲み込みしまい込まなければならない。
ただでさえ私は時間遡行?転生?をしてやり直しをできているのだ。しかも前世の記憶を引き継いだままで。それは十分すぎる程にチートだと思うし何より幸運だ。これ以上の高望みはバチが当たるというもので、何より某錬金術師的な考えをすれば、何かを手に入れるのであればそれ相応の対価が必要なわけで、私の対価がこの共有できない孤独というのは妥当なものではないだろうか。
「……っ」
そこまで考えて、私はズキと頭に鈍痛がはしり、思わず顔を顰める。
「琴ちゃん……?」
「え?あぁ、なに?」
「いや、なんか辛そうな顔してたから……」
「あ、ううん!大丈夫!ちょっとお手洗いいきたいかなーとか思っただけ!うん、ちょうどいいし行ってくるね!」
心配そうな顔をしているみーちゃんを置いて、私は逃げるようにして飛び出した。
最近はこの鈍痛が多い。
多い、と言っても「稀によくある」というレベルだ。ない時はないし、ある時はある。ただふと気付くと頭痛だなって感じ。
脳に病気があって症状として出てるとかだったら怖いけれど、不思議とソレがそういったものではないとわかっていた。
寧ろ何かを警告しているのか……うーん、上手くは言えないけれど、何かを訴える為に起こっているのではないか、と思う。なんの根拠もないのだけれど。
だがそう思うが故に、それは私を思考の海へと誘う為のスイッチのような役割をしていた。
人波を縫うように歩きながら考える。
果たして私の現在の対価とはこれだけなのだろうか?
漠然としているが、何故かそれが妙に引っかかる。
例えばガムを買うのに10円を払うのが対価だとする。ものにはよるが、10円ガムが存在している以上成り立つ。お金を得るために働く。これも等価交換の1つと言えるだろう。……まぁ世の中には正当な賃金を払わない企業も沢山あるけれど、常識的な、性善説的なルールとしての意味で考えてだ。
では私の境遇に対する対価とはなんだろうか?
気持ちを共有できない孤独。確かに今を見ればそうだ。だが、20才を超えればそれも普通に話せてしまうだろう。飲みの場っていいよねとか。つまりは時間が解決してくれる。
それは対価として妥当と言えるのだろうか。
私の思うに対価とは失うものである。これをもとに考えると、私は何も失っていないことになってしまう。これから数年間は共有できないという時間的損失はあるかもしれないが、やはり少し弱い気がする。
得るだけのことなどありはしない。苦悩を望んでいる訳では無いけれど、苦悩なくして成り立つものの方が少ないと思うのだ。
つまり。
「これ以外の何かがある……?」
もう一度考える。
私が支払った対価とは何か。失った、もしくはそれに準ずる苦悩とは何か。
あと少し、あと少しのところまで出かかっている。それは身近なものだと囁いている。だがそこを覗こうとすれば……。
「……っ!」
先程とは比べ物にならない痛みが頭を襲う。正直蹲りたいぐらいの激痛だ。しかし、対処法はわかる。
考えなければいい。
覗こうとしているものから目を逸らせばいい。そうすると痛みは嘘のように引いていく。
「……」
まただ。
いつもそうだ。
何かを思い出そうとすればそれは痛みとして帰ってくる。何かが、何者かがソレを拒む様に邪魔をする。
「なんなんだ一体……」
私はため息をつく。
思い出させようとする何かと、それを拒む何か。思い出せ!と言っているのに、思い出すな!と叫んでいる。酷く矛盾している。
毎度の様に悩んでは、「ま、いっか」で済ませてしまう。
私はおかしいのだろうか。
……そもそも私の存在そのものがおかしいんだけど。
「……向き合わなきゃ、いけないんだろうなぁ」
このモヤモヤとした何かが私が私であることの答えなのだろう。それは半ば確信している。けれど同時に恐れている。ソレを解き明かした時私はどうなるのだろうか。今までのように笑えるのだろうか。そして、生きていけるのだろうか。
漠然とだが、ソレが私にとって大切で失っていては、忘れていてはいけないものなのだという意識はある。
だが、それでも怖い。
とても怖い。
背筋が凍る感じがする。
取り戻すのが恐ろしくてたまらない。その証拠にただそう思うだけで嫌な汗が吹き出している。まだまだ肌寒いと感じることもある季節だと言うのに、冷たくねばっこい汗がとめどなく出てくる。
フルフルと頭を振る。
今はいい。まだいい。思い出せなくていい。思い出さなくていいから。私は、俺は、僕は、怖いんだ。弱虫だと罵られようとそれでいい。
1度怖いと思ってしまったからだろうか。
あれ程楽しいと思っていた筈の賑わいが、人の談笑、様々な足音が、風に揺れる草花の揺れる音が、全ての音が雑音となって私を襲う。それだけじゃない。視線が、沢山の能面が私を見ているように感じるのだ。そこで私は道の真ん中でただただ嗤われる。
声が聞こえる。
――お前はどうしてここにいる?
――お前は何者だ?
――その記憶は、自我はお前そのものなのか?
――お前は、誰だ?
そう、私を責めたてる。
徐々に雑音は大きくなっていき私を押しつぶそうとしてくる。まるで四方から大きな壁が迫り全身を押しつぶしていくような不安。その重圧は今のちっぽけな私にはあまりにも重すぎる。
動悸が激しくなる。
呼吸も苦しい。
ヤバい。
これはヤバい。
マジでヤバい。
無理。もう無理。耐えられない。
やめて。
やめて。
やめて。
やめろ……。
やめろっ。
やめろ!
やめろっっっ!!
「あれ?君は?」
遂には叫び出してしまう、その直前。嫌に透き通りそれでいて染み込んで来るような声が聞こえる。弾かれたように俯かせていた頭を上げる。そこに居たのは……。
「……だれ?」
「開口一番がそれ?存外君は酷い人だね川田さん」
「申し訳ないがナンパはNG……」
「あれ?なんか険悪……というか本当に僕のこと忘れちゃった??」
そこにいたのはイケメンだった。
まぁ、何が言いたいかと言うと、悔しいがイケメン以外に言葉がないってことだ。そしてそのイケメンが何故か
「うっ……その様子だと本当に覚えてないみたいだね……それもあるかもしれないとは思ったけど、実際になると結構来るものがあるね……僕の心に罅が入った感じだよ……」
目の前のイケメンは心底傷付いたとでも言うように胸を抑えズーンと影が差していた。
わざとらしい気もするけれど、イケメンてのはそーゆーのも様になるらしい。何だか凄い申し訳ない気持ちになる。癪だけれど可哀想だから思い出してあげよう。
イケメン。
イケメン、イケメン。
イケメン……そうめん……らーめん……。
僕ツケ……んん゛っ!
「ねぇ、そんなに真剣に思い出そうとしないで?僕もっと苦しくなるんだけど。歯牙にもかけられていなかったのに、意気揚々と知り合いの如く川田さんって呼んだ僕が哀れだよ?あー、だからとんちを浮かべる時みたいに人差し指でこめかみを抑えないでくれるかな?それ本気でグサグサ来るんだけど……」
いやそう言われましても……。
「ほら?1ヶ月くらい前にさ、学校まで案内してもらった者なんだけれど……もう答えだよね??」
イケメンは泣きそうな表情で必死に訴えてくる。なんと憐れなことか。
しかし待てよ?
確かにどっかで……学校案内……イケメン……あっ……。
「あぁ、交通事故被害者B君か」
「随分と微妙だね。被害者は被害者なのかもしれないけど、どっちかて言うと君の方が被害被ってると思うんだけど。ていうか、AじゃなくてBなんだね。それってAもいたのかな……でもほら、これで名前を思い出してくれたかな?」
「名前、名前……ゆ……ゆ……」
「ほらあと少し!」
優みたいな漢字がつく人だったよな確か。だから、えっと……イケメン……優……あっ!
「
「おしい。漢字的には凄くおしいよ。でも読みが違うよ?掠ってないよ?さっきまで近かったのに一気に遠のいたよ?」
「じゃあ多分、優……??」
「多分て……そうです。優です……」
優、こと――神代優は心底ガッカリしたように、ぐったりしたように肯定した。
全く失礼な奴だ。折角思い出してあげたというのに何が不満なのか。けっ、わざとらしく涙も浮かべて……う、なんかちょっとキュンキュンするかも。子犬みたい。このまま全力で抱き締めてよしよし……って何を考えている自分。
「じゃあ約束も……思い出してもらえたかな?」
すがるような視線で神代君は言った。約束、まぁそれも思い出したよ。
「次に学校であったら友達になろ?みたいなやつでしょ?でもここ学校じゃないし」
「ドライ、ドライだよ。確かに僕は数ヶ月後学校で会えたらとは言ったよ?けど、意外やここで出会えたのだから多少の融通は効かせてくれても良くないかな?」
「世の中は甘くねえっす」
「手厳しいねぇ」
神代君は力無く笑った。
確かに友達だとか、期限を決めてなるものじゃないし、寧ろ気付いたらなってたとかそっちの方が多いし一般的な気がする。中には自らHey!フレンズなろうぜ!みたいなのもいるけれど、自分は気付いたらの方が多い。
こう見えて内向的なのだ。知ってる人ならまだしも知らない人と仲良くなるのには少々時間が掛かってしまう。
「それにしても……ふーん。それが本来の川田さんなんだね?」
「は?……あぁ……」
神代君は一転して面白そうなものを見る様な目で
どうやら
このままではまずい。何がまずいってお姉ちゃん出来なくなる。
しかし、自分の目的を忘れたか?
今の
俺は
「ん?なんのことー?」
少々無理があるだろう。先程までと明らかに雰囲気が違うのだから。でもそこは有無を言わせない。何時ぞやのほぉりぃすまいるで乗り切ります。
「ちょっと無理がないかい?僕としては――」
「なんのことー?」
「だから僕としては素の君も――」
「なんのことー♡」
「うん。よくわからないや」
「だよね♪」
おーけーおーけー。
いつもの琴音ちゃん節が戻ってきたんでない??いつでもニコニコあなたの隣に琴音ちゃんです。乙女ですからね!乙女たるもの、ちょっとした秘密の一つや二つや三つや四つあってもおかしくないもの!
おい、そこの乙女じゃないって思ったやつ。ちょっとこっちに来ようか。大丈夫、お姉ちゃん怒らないから。
「で、神代君はどうしてここに?また来るのはずっと先みたいなこと言わなかった?」
「ん、今はゴールデンウィークだからね。前に来た時に凄くいい町だったって言ったらまた連れて来てくれてね。ちょうど良く花見シーズンてことだし」
「ふーん、そうなんだ」
「でも驚いたよ。向こうじゃもう散っちゃってるのに、こっちじゃ満開なんだから。それに少し肌寒いくらいだよ」
「そりゃまぁ北国ですし」
「ははっ、そうだね」
秘儀無理矢理に無かったことにしよう作戦は上手くいき(?)取り留めのない会話をする。
それにしても神代君はよく自分から声をかけられるものだ。私ならたった1回、しかも少ししか話したことの無い人なんてそうそう声をかけられない。相当コミュ力が高いのだろう。流石イケメン。
「と、そろそろ僕は行かなきゃ。お父さんに頼まれてたものが冷めちゃうし」
そう言うと神代君は手に持っている袋を見せてきた。たこ焼きか焼きそばか、取り敢えず温かい内に食べるのが美味しいものだろう。
「そっか、じゃばいばいだね」
「そうだね……うん、またね」
「うん、またねー」
私は長いこと拘束しても悪いだろうしとあっさりと別れることにする。そこまで仲のいい人物でもないからというのもあるだろう。
「あの、さ!」
「ん?」
そのまま振り返って家族やみーちゃんたちのいるところに戻ろうとした時、神代君から声をかけられる。声をかけられた以上無視もなんだしと振り返る。
「明後日の朝までは弘前にいるんだ。だから、明日、また、会えるかな?」
「んー」
と、言われましても……。
明日なんかはおばあちゃんとの予定あるしなぁ。個人として会うのは厳しいだろう。てゆーか、サシで会うのは勇気がいるので避けたい。コミュ障なめんなよ。でもなぁ……
う……なんかチワワみたいなうるうるとした目で見てきてるし断るだけなのはなんか心が痛い。さて、どうするか……。あ、でも寧ろ明日ならワンチャンあるかも?
「んー、約束はできないけれど、明日の……11時?くらいとかに弘前公園に来たらまた会えるかもね。お昼は確か別のところで取るから、お昼過ぎからはいないと思うけれど」
着物で歩きましょう会は朝からお昼くらいまで行うもので、場所は弘前公園とその周辺。つまり、その時間帯くらいに来てくれればまた会えるかもしれない。
「そっか……なら、明日またここに来るよ。またね川田さん」
「ま、またねー」
キラッキラと輝く笑顔を貼り付け神代君は行ってしまった。何がそこまで嬉しいだか。
にしても、彼は一体何なんだろう。やたら懐かれてる感あるけれどそこまでの事したかしらねー?流石の私でも全く見当がつかないよ。轢かれたことくらい?
「ま、いいや」
私は不思議と晴れやかな気持ちのままみんながいる場所へと戻ることにした。
あ、トイレよってからね。
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