49話 あたしは3児の母ですが。

「貴音、明後日の『着物で歩きましょう会』に参加しませんか?」

「は?」


 あたしは思った以上に冷たい返事をしてしまう。つってもそれはこの人が原因だから仕方がない。


 急にうちに来たかと思えば開口一番にそれだ。いっつもこれだ。あたしはどっちかと言うと結論を先に持って来て欲しいタイプだけど、もっとこう世間話的なというかさ、ねぇ?ないんだかね?


「急になに?だいたい明日は行けませんとか言っときながら明後日には自分の都合に合わせようっていう神経が信じらんないんだけど」


 出るわ出るわ。自分でもビックリだよね。いつもそうだけど、この人と話をする際はオーバーキルもいいところまで言ってしまう。本当は良くないと思うし、子供たちには絶対に見せられない……とは思ってんだけど……やっちゃうんだよなぁこれが。今日はまだ誰も帰ってきてないからいいんだけどさ。


「その件については言ったでしょう?明日は、いえ、明日までは仕事があるのです。仕事をしていないあなたにはわからないでしょうけれど」


 むっかー。


 今の言葉にカチンと来ましたよあたしぁ。


「あたしだってね、好きで仕事してないわけじゃないんですけど。あんたと違ってこっちは歳の近い子供が3人もいるの。まだ小学生の子もいる。旦那も普段仕事で帰ってこない中、3人だけで家を任せられると思ってんの?確かに琴音は最近気が利くし、琴音になら任せられるかなとは思うけど、親のいない家ってどうなの?あぁ、あんたは普段そうだったもんね!仕事仕事仕事で、気が向いた時だけ家に遊びに来てたあんたにはそれが普通だものね!!」


 1度出てしまうともう止まらない。滝のように怒涛の勢いで放出してしまう。ついでに後半なんかは声も荒らげちゃうし。でも吐き出したからと言ってスッキリはしない。寧ろ怒りは募っていく。


「……仕方がなかったんです。あの時は1番大事な時でした。私抜きでは到底進められなかったのです。あなたももう大人なのですから……わかってください」


 ほら来た。これだよ。これであたしの怒りボルテージがうなぎ登りしてしまう。いや、鮭の川登か?あたしは熊に捕まったりはしないけど。


「仕方がなかった?察して?確かに仕事は忙しいでしょうね?でもちょっとした、とまで言わなくても1年に数回あるかないかくらいのイベントには顔出せたんじゃないの?!いつもそう!あたしが助けて欲しい時も無関心決め込んでたし!仕事が忙しい、仕方がなかった……んなのもう聞き飽きたっつーの!結局あんたは仕事が大事なんだろが!!」

「……そういうわけではありません。私にだって事情というものがあったのです」


 ママはいつも通りの澄ました顔で言う。まるで聞き分けの無い大人に対する態度のように。


 ギリッ。


 奥歯を噛み締める音が鳴る。


 この態度だ。この態度が腹が立つのだ。どうしてそう澄ましてばかりなのだ。何もかも馬鹿にしたみたいな見下した態度しやがって。その目にあたしは映っていない。あたしはなんなんだ?あんたの娘じゃねーのかよ。笑うなら笑えよ。怒るなら怒れよ。悲しいなら悲しそうにしろよ。なんで、どうして。あたしとあんたは……!!!


 怒りがこみ上げてくる。さながらマグマだ。雲仙普賢岳だ。こちとら溜めるのは大得意だからな。噴火する時は一気にドカーンだ。ここら一体吹き飛ぶぞ。


「……しぃっ!……はぁ」


 このまま、また大噴火と行っても良かったのだけど、ふと時計が目に入り我に返る。やり場のない怒りが歯の隙間を抜けるように音を鳴らし、ため息をつく。


 少し冷静になろう。


 時刻は16時を超えていた。つまりどういうことか。うちの子供たちが帰ってくるということ。もし、もしこの状態を子供たちが見たらどう思うだろうか。自身の母親がおばあちゃんに向けて怒鳴り散らしてるのを見てどう思うだろうか。


 まだまだみんな子供だ。純粋だ。そんな子たちがこの状況を見てしまえばきっと心を痛めるに違いない。みんなあたしに近寄らなくなってしまい、家の中は最高にギスギスしてしまうことだろう。


 案外琴音なんかは微妙な笑を浮かべながらも何とかしようとしてくれるかもしれないが、どちらにせよ子供に頼るなど親失格ではないだろうか。


 あたしが1番なりたくないのは目の前のこの女だ。家族を顧みず、自身の都合だけで振り回す。そんな女にだけは絶対になりたくない。いつだって頼りになる、ここぞと言う時に力を発揮できる縁の下の力持ちでありたい。……あわよくば大きくなった時にでも「お母さん今までありがとう」なんて言われたら最高だ。多分感動で涙腺が崩壊することだろう。


 だからこそあたしは今の激情を必死に押し込める。


 今のあの子たちにコレは関係ない。だからこそ帰ってきた時には少しでもいつものあたしに戻れるようにしなければならない。


 カチッ。


「……ふぅ」


 あたしは煙草に火を付けて肺に取り込み吐き出す。ニコチンもタールも体に害しかないのは知ってる。だけど、無理やりこじつけて利があるとするならばこのスっと落ち着く気持ちだろう。依存者ならではなのだろうけど、これがあたしのメンタルリセットに役立っているのは間違いない。……それだけでなくても吸うけど。


「……」

「……」


 互いに無言で座る。


 あたしは胡座をかき、煙草を吸いながら。


 ママは丁寧に正座をし、静かにお茶を飲みながら。


 お互いにお互いがいないかのような振る舞い。互いの視線は、互いの姿を映すことは無い。同じ空間に居ながら何とも気持ちの悪い。けど、それがあたしとこいつの関係だ。あるのはただ、血の繋がりという明確で、それでいて酷く曖昧な関係だけだ。


 一体何時までいんの?とでも言いたくなるが、今はそれすらも口に出したくない。今口を開けばまた大噴火間違いなしだ。したら、多分次は止まれない。

 折角落ち着くために一服してるというのに台無しになってしまう。大怪獣バトルなんて誰も見たくはないだろうし。……あたしは大怪獣なんかじゃない。


「ただいまー!」


 くだらないことを考えながらぷかぷかやってたら、今1番帰ってきて欲しくないのが帰ってきた。


 いや、それだと語弊があるかな。なんたってあたしの娘、念願の娘でちょー可愛い。生意気な頃もだし、最近なんかはよくあたしの手伝いもしてくれる。少し早すぎる気もするけど、素直に嬉しいし何より助かる。そんな娘が帰ってくるのが嫌というわけではない。


 では何故そう思ったのか。


 それはまだあたしの気持ちの整理がついてないからだ。この程度の不機嫌レベルなら息子たちなら「あ、機嫌悪そう」ぐらいで済む。少し前の琴音もそうだったかもしれない……あー、いや勘とか空気を読む能力には長けてたな。弟達には素直になれてなかっただけで。


 しかし、最近の琴音は急に成長したように感じられる。体の方は……うん、未来があるって感じ。自慢だけれど、あたしもママもスタイルはかなりいいからね。その遺伝子を引き継いでいるんだ、将来はバインバイン間違いなしだね。って、そうじゃなくて、内面よ内面。内面が大きく成長しているの。

 まだまだ子供っぽいところはあるけど、ふとした拍子に落ち着いた顔を見せる。ぶっちゃけ20超えた娘がいるならこんな感じなのかなっていう、そんな事さえ想わされる時があるくらいだ。普段は全然そんなんじゃないけどね。


 そんな琴音だ。今のあたしの状態を見れば間違いなく気付くだろう。そして困った笑顔を浮かべる筈だ。「お母さん、どうしたの?」って。だからあと10分、いや30分……1時間は欲しいかも。


 だけど、現実って本当に残酷というか。時間はどこまでも融通が効かない。


 子供に気を遣わせるのは、特に大人な気を遣わせるのは最悪なんだけど……うん、諦めよう。もう無理だ。間に合わん。人間諦めも肝心だっつーしね。今更取り繕おうとも気付かれるし、だったら開き直って、素直になった方が琴音的にはいいのかもしれない。


「……」


 ママは無言でスッと立ち上がると玄関の方へ向かって行った。琴音のことを迎えに行くのだろう。


 あんな能面女でもきっとこの空気は居心地が良くなかったのだろう。いや、それすらも感じてないかもしれない。別の理由があるとすれば孫に媚でも売りに行くのか。まぁ、孫たちに対しても終始あの態度だから煙たがられているし、媚の売りようもないか。


 あたしは短くなった煙草を灰皿でぐりぐりすると、次の煙草に火をつける。


 吸いすぎだって?あたしは1番もくもくとした時代に生まれてるしこんなもんよ。流石に1日1箱とはいかないし普通よ普通。ただ今日は減るペースが早いのは気のせいではない。致し方ない。


「あら?おかえりなさい」

「うんただいまっ……て、おばあちゃん?」


 けっ。


 何があら?おかえりなさい、よ。わざわざ疑問形って。ただいまーって言ってたんだから帰ってきてたに決まってんでしょ。あぁ嫌だ嫌だ。


 ポスポスポス。


 貧乏ゆすりが止まらない。


 ……。


 ………………。


 …………………………。


 ダメ無理。


 子供成分足りない。今なら琴音ニウムが足りない。いつものあたしのおかえりーの楽しみが奪われたのが耐えられない……。あたしも帰ってきた琴音を見るぅー……。


 いても経っても居られなくなったあたしは、まだ火を付けたばかりの煙草を乱暴にぐりぐりして立ち上がる。


 普段なら笑顔でおかえりー、って言うんだけど、そう言えば奴がいたと、少し険しい表情を作る。……だってママにそんな顔見られるの癪じゃない?あたしゃ安い女なのかもしれないけど、それをまざまざと一番見られたくない相手には見せたくない。特に今この瞬間は。


「あら、琴音。まず着替えてきなさい」


 うっ……。おかえりって言いたい。でもそれはあたしの幸福スイッチみたいなもんだ。それをしたらあたしはだらしない顔をしてしまうだろう。日課の隠しd……んん゛っ!まぁ、あれね。そう、あれよ。抑えられないリビドー?って言うのかね?そんなのが溢れてしまう。


 必死で自分を押さえつけながら言い切る。ていうか言い切った。よくやったあたし。そして琴音は怪訝そうな顔をして部屋に行ってしまった……あぁーん、行かないでぇ琴音ぇ……。


 それから数分。


 ぽすぽすぽすぽすぽす。


 することのなくなったあたしはと言うと、また胡坐をかき煙草をプカプカ。ついでに若干激しくなった貧乏揺すりもセットだ。


 ママはと言うと相変わらずの顔でお茶を飲んでる。一体その湯飲みにどれだけの茶が入ってんだよとかくだらないことを考える。いやそれよりも琴音が今着替えてるのに……なんかシャッターチャンスが来てる、来てる気がするのに……いや今回はないかしら?でもここぞという時に動けなくてはあたしのお宝は増えないし、親たるもの子供の成長記録を採るのは義務だ。そしてその時間を奪ったこいつに怒りが……。


 ふと、あたしは気付く。さっきまでは視線を全く感じなかったというのに、確かに視線を感じたのだ。犯人は一人しかいない。あたしが視線を上げてママの目のあたりを見ると、ママの目はあたしに向いていた。反射的にあんこら?とメンチをきりそうになるが、ママの目が普段よりも若干、本当に若干細められているような気がしたので抑える。一瞬なんでそんな目してるんだ?と思ったら、ママの視線はあたしというよりも、あたしの下半身に向いていた。具体的に言うとあたしの上下に揺れる膝だ。


 あぁ、これは貧乏ゆすりが五月蠅いと目で語っているんだな、と思ったあたしは少し気分が良くなる。鉄仮面女であるママだけどやはりそういうところにはうるさいのだ。昔なんかは良くアレしなさい、コレしなさい、それはダメ、こうあるべき、と散々に言われてきた。なぜかは教えてくれることはないからいつも頭ごなし。気付けば家にいないし、気付いたら家にいてお小言をグチグチグチグチ。流石にあたしが結婚して大人として生きてからはとやかくも言わなくなったけれど。


 けどその細くなる視線だけは変わっていない。あたしのだいっ嫌いな視線でイライラするけど、でも反面嬉しいと思う自分もいるのだから不思議だ。


 そう思うと、不思議と貧乏揺すりは収まった。ま、不機嫌なのは直らないのでこうしてムスーッとしてますけどぉー。


 トストストス。


 そんなことを思っていると、誰かが部屋の前までやってきた。誰かなんていうのはもう一人しかいない。琴音だ。


「琴音さん、座りなさい」

「は、はぃ」


 こらババァ!てめぇ!うちの娘になんて言い方しやがる!琴音怯えてるよ!普段の天真爛漫さはどこへやらほいさっさだよ!がるるるるぅ!


「最近はいかがですか?学校ではきちんとできていますか?」


 はいあうとー。そんなかたっくるしい話し方されて誰が楽しいかっつーの。琴音はまだ中学1年生よ?そんな話よりもまだ世間話の方が楽しいってもんよ。おばあちゃんなんでしょ?少しはその無駄に重ねた年齢で得た面白い話の一つでもしたらどうなんずよ。はっ!あれか!いつもそんだから面白い話の一つもあるわけないってな、はっはっはっ!


 すぅー。


 小さく、だが大きく空気を吸う音が聞こえた気がする。


 あたしが黒い感情を中で爆発させていると、琴音が正座で深呼吸をしていた。本人はばれないようにやっているのだろうけど、あたしにはバレバレだ。なんたって琴音の姿をイツデモミテイルからね。


 さて、琴音はどうするのかな?なんて少し楽しみにしながら見つめる。


 薄桃色の柔らかそうで艶やかな唇が開き、そして――。


「――はい。特に問題はなく過ごせています。友人もいますし、勉強についても日々の復習を大切にしています。あぁ、そういえば再来週に運動会を開くんです。よろしければおばあちゃんも来てくださいね」


 あたしは衝撃を受けた。


 確かにここ最近琴音は急激に成長した。それは実感している。けれど、今の琴音はそれを塗り替えるような感じだった。

 期待を裏切られたわけではない。子供っぽくたって、それでも元気いっぱいに答えるんだろうなーてのが予想ではあったけど、そうじゃなくても琴音だもんなみたいな感じになるのだと思っていた。


 けど違う。


 今目の前に映っているのはどう見ても中学生のガキンチョなんかじゃなかった。


 しっかりと背筋を伸ばし、それでいて不自然さはなくて。声も緊張でうわずることもなくて、しっとりと優しく変な硬さもない。表情も引き攣った笑顔とかじゃなくて、普通に、どこまでも自然に柔らかな笑みを浮かべて言い切った。勿論話している内容も悪くない。


 こんな器用なこと一朝一夕でできるか?少なくともあたしだったら今挙げた感想とは真逆のことをやってのける自信がある。

 女の子の成長は早い。それはあたし自身もそうだったしわかる。だけど、この娘は……少し早すぎる気がする。


 彼女は本当に……いつの間に大人になったんだ?


 いつ?


 どうやって?


 何があって?


 疑問は消えることはない。


 今思えば、と出てくる記憶も相まってそれは深まっていく。何故あたしは気付かなかったのだろうか、と考えれば考える程思考はドロドロと崩れていき何も考えられなくなる。気付けばまた、なぜ?どうして?いつなの?と同じ思考を繰り返す。


 ふと、いやな考えが浮かぶ。


 この娘は、この娘のは一体どこに行ってしまったのだろう。まるでひとっ飛びに未来を体験してきたかのような。いや、それとすり替わったかのような……。


 そこまで考えてあたしは頭をぶんぶんと振る。


 なんで親のあたしがそんなことを思ってんだ!目の前を見ろ!この娘は誰だ!お前の娘だろう!めっちゃ泣いて叫んで産んだ自分の娘だろうが!大体、琴音は勘が鋭くて気が付く娘だったろ!頭も悪いわけじゃなかった!大体のことは一回で覚えるくらい器量良しだし、なんだってこなしてきた!急に学力が上がったように見えるのは、あの娘の興味が今まで勉強に向かなっただけだから。琴音はやれば出来る子なんだから!


 あたしは自分を怒鳴りつける。


 あたしは琴音を愛してる。琴音だけじゃない。啓一も遥一も愛してる。旦那であるはじめは……まぁうん、それなり……?


 つまり何が言いたいかと言うと。


 琴音すげぇ!さっすがあたしの娘!そしてその笑顔を今すぐパシャリたいぃぃぃ……。


 琴音があたしに視線を向ける。そしてあたしのことを見ると苦笑していた。どうせ顔がニヤけてるよとでも言いたいのだろう。だって仕方ないじゃん。琴音可愛いんだもん。


 ついでとばかりにママに視線を向けると、ママも今までにないくらい瞳を見開き琴音を見ていた。


「琴音さん、変わったわね。以前まではお転婆でしたから少し心配でしたが……」


 どうでぃどうでぃ!驚いたかっ!これが自慢の娘だ!以前までの琴音と思ってると痛い目見るぞ!


「あったりまえでしょ?あたしの娘だもの」

「あなただから心配だったのですよ」

「さいですか。あたしはそんなあんたの娘なんですけどね」


 ちっ。最高にいい気分だったのに、その一言がムカつく。もっと喜んでくれていいんじゃないのかね?……ったく。


 それからママは琴音に例の話をすると、案の定・・・琴音は目を輝かせ行きたい!と言い、あっと言う間にアポが成立してしまった。


 ……なんか複雑。


 琴音には、子供にはいろんなことを経験して欲しいから是非行ってこいと言いたいあたしと、こんなやつとデートなんてすんなよっていう否定するあたしがせめぎあう。おかげで今のあたしはすっごい微妙な顔をしていることだろう。それでも、折角楽しそうにキラッキラしてるのだし、やっぱり行かせてあげたい。なのであたしは無言でいることで肯定する。


 その後、自身の要件を終えたママはさっさと出ていこうとするが、そこを琴音が食い下がり会話をしようとするが、それも虚しくママは行ってしまった。


 あーいうところがあたしは大嫌いなのだ。中途半端に交わってこようとして、こっちが歩み寄ろうとすると袖にする。自分よがりで、自分勝手で、自分だけの世界。それがたまらなく相いれない。


 珍しくシュンとする琴音。本当は優しい言葉でもかけてあげるべきなのだろうが、これ以上あいつのために時間を使うのは勿体ない。だから早めに無駄だと気付かせてあげないと。


「だはんで、あんたあいつ誘うのやめればよかったのに」


 そう言うと琴音は更にシュンとする。


 うぅ……言ったはいいがちょっと心が、いえ、大分心に来ますわ……。


「お母さん!!」

「ん?」


 さては、寂しくなってあたしに抱き着きたくなったな。ほれこい。あたしのふくよかな胸部で存分に癒してやるから。ていうかあたしが琴音を欲して――。


「明日、桜祭り行くんだって?」


 ん?


「え?あぁ、んだ。あんたもさっきもそう言ってたじゃな」

「私ね、今日みーちゃんに聞いて初めてわかったんだけれど」


 え?


「あれ?んだっけ?」

「んだ」


 ……。


 …………。


 ………………。


 あぁー……今思い出した……。


 言ってなかったわ。家族の誰にも……あ、一応旦那には声かけたな。子供達には言ってなかったわ。サプライズ的な感じで言おうと思ってたら忘れてたわ。


「あー、れー……うっかり」

「うっかりじゃないよ!明日だよ!明日!準備どうするの!?」


 準備とな?はっはっはっ!琴音や、そんなものあたしが今日やってしまったに決まって……。


 そこでビキリと固まるあたし。


 あれ?


 そういえば今日の予定って子供たちが帰ってくる頃までにはあらかた準備を終わらせることだった気が……でも、その時間帯にはママがいて……それで……??


 今何時?16時半過ぎ。


 桜祭りはいつ?


 明後日?


 のん。


 明日です。


「準備……あぁー!明日じゃん!!」

「だから明日だって!!!」

「ちょ、急いで準備準備!琴音も手伝って!!」

「勿論やるに決まってるよ!早く早く!」


 あぁん!もう!予定がぐっちゃぐちゃだよぉ!もぉおおお!助けてハジメぇ!助けて琴音ぇぇぇぇ!!!


 なんか色々グチグチ考えちゃったけど、明日の準備をこれからしなきゃいけないという軽いパニックでもういっぱいいっぱいである。あたしのばか!!


 あたしと琴音はばたばたと慌ただしく家の中を駆け回った。




 因みに啓一と遥一は今日に限って泥んこで帰ってきた。こんのくそ忙しい時にだ。勿論あたし大激怒。


 子供は可愛いけど、本当に憎たらしくなる時もある。




 まっ、でもそれ以上に愛しているんだけどね。

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