3話 入学式!

「――これにて閉会の言葉と致します。それでは新入生の皆さんこれから一緒に学んでいきましょう」


 パチパチパチパチパチ。


 締めの言葉と共に大きな拍手が巻き起こる。勿論その中にお……コホン、私もいる。男だった時なら痛いくらいに拍手をするところなのだけれど、やっぱり女の子になったからにはお淑やかにしなきゃだもんね。特に私が目指すのはしっかりもの癒し系甘やかしお姉ちゃん。甘やかすと言ってもダメなことはダメって言うし、叱る時は叱り正しい方向に導いてあげるって意味よ。そんなお姉ちゃんがだらしなく節操なくバチバチと拍手なんてするわけないじゃない?私は微笑を浮かべながら軽くそして小さな動作で拍手を繰り返す。


 フッ、我ながら素晴らしい拍手ね。どこからどう見てもただの淑女よ。一番評価したいのはこの聖母のような微笑ね!はじめは、ぶっつけ本番だから頬が引きつるんじゃないかと心配していたのだけれど、女の子の表情筋とは良くできているもので、特に問題なく聖母スマイルを浮かべることができたわ。


 ふふん。私ってば結構演技派?もう女の子としての自覚を持ち始めているわ。将来が恐ろしいわね。アッハハハハハハハハハハ。




「さて、それじゃこの2組の担任をするこがらしだ」


 教室に案内され始まったのは担任の教師の自己紹介だ。今回担任になるのは前回と変わらず凩先生である。凩先生は体育会系の教師だ。切れ長の瞳とシュッとした体。髪の毛は黒色の腰まであるポニーテール。クールビューティーというのが最も似合うであろう先生である。なんか休み時間とか人気のないところや車で煙草とか吸ってそうなイメージがある。勝手なイメージというやつだけれど、これが想像してみるとすごーく様になってるんだよねぇ。私が前の私であったなら一緒に煙草でも吸ってみたいものだ。


「繰り返しになるが、みんな入学おめでとう。これから3年間よろしく頼むよ。じゃあ早速みんなの自己紹介をしてもらおうか……順番は右前の……荒木からだ」

「うぇ、まじか」


 凩先生はサラーっと、それはもうさらさらーと終わらせるとさっさと生徒の自己紹介タイムに移した。こういうのは大抵あいうえお順の席になっているため、右前の人はア行の人と相場は決まっている。そして右前故に一番に何かしらをやることになるというのも決まっている。そしてそれはあいつ・・・のことだしわかっていたことであろう。だが、それでも担任の先生のありがたいお言葉っていうのがもう少しかかると踏んでいたのだろう。あまりにもスピーディーに自分に振られたことに同様しているようだ。


「あー……えと、荒木真アラキ シンです。趣味は体を動かすことです。これからよろしくお願いします」


 パチパチパチ。


 ……ちっ、無難なところで攻めたか。と、いけないいけない☆心の中とはいえ、あまりにも淑女からかけ離れていては、その内私の口からポロッティする可能性がある。できるだけ黒い部分は抑え込まないと……静まれぇ~静まれぇ~。南無妙法蓮華経。


「次は……川田」

「は、ひゃい!」


 し、しまった……!!!


 不覚!痛恨の!不覚ぅぅぅぅぅぅうぅっぅうぅううう!!!!


 心を清めるべく内なる闇を静めるのに熱中し過ぎて気付けば既に俺のターンやないですか!!しかもよりによってかみやがった!お前はいつもそうだ!大事なところで失敗する。誰からも愛され(ry。くっ……!私のしっかりもの癒し系甘々お姉ちゃん計画が早くもとん挫しようとしている……これではドジっ娘系お姉ちゃんになってしまう。それはそれで可愛らしいでしょうけど、私の理想とはかけ離れてしまう。既に私の第一理想とは離れてしまっている以上、第二理想からも離れるのは何としても避けねば……。軌道修正よ、まだ間に合うわ。ここから軌道修正して元の因果律に直してやるのだわ。(ここまで0.5秒)


「コホン、私は川田琴音です。趣味は音楽鑑賞と絵を描くことです。皆さんとは3年間仲良く過ごせたらな、と思っています。どうぞよろしくお願いします!」


 今回使用するは聖母スマイルの亜種、ホーリースマイルだ。ニパッ☆と効果音が付きそうなそんな可愛らしい年相応の笑顔だ。おr、コホン、私の中の闇を感じさせないホーリースマイル。そして自己紹介の内容も女の子らしくしっかりとしたもの。このダブルコンボならばなんとか行けるはず……。いえ、いけるわ!いけるいける!!!


 パチパチパチパチ。


 拍手が聞こえてきたと同時にペコリと頭を下げ席に着く。どうやらさっきの失態は水に流されたようだ。いえ、寧ろ拍手の大きさから考えるに今までで一番盛り上がっているように感じられますね。これは琴音ちゃん大勝利ってやつですよね、ブイッ。


「おぉ、結構やるな川田。初めは上の空だったからちょっと心配してたんだが、問題なさそうだな」

「……っ!!ちょ、先生!」


 畜生!こいつやりやがった!!折角軌道修正したのに、その軌道をダメな方に修正し直しやがった!!琴音ちゃん大勝利じゃないよっ!!逆転さよなら負けだよっ!!!うわああああああああああ!!!!


 私が赤面して先生!と言うのと周りから笑い声が聞こえてくるのはほぼ同時だった。うぅ……私のしっかりものお姉ちゃん計画がぁ……ドジっ娘癒し系甘々お姉ちゃんになっちゃうよぉ……。


「なに、中学一年生なんざそれくらい可愛げがあった方がいい。さて、次――」


 うぅ……私のぱーふぇくと(仮)お姉ちゃん計画ロードを崩壊させた本人に壊れかけの道に直されるという皮肉。チクショウメ!ふぁっきゅー!まぁ……取りあえずは完全破綻していないだけマシとしておきましょう。あくまで私の学園生活は始まったばかり。ここで躓き心おれるわけにはいかないもの。


 その後の自己紹介はつつがなく終わり、各種説明などもすぐに終わってしまい気付けば下校時間であった。私は頂いた資料をスクールバッグにしまい帰る準備をする。母は先に家に帰っているので帰りは歩きで少し面倒ではあるが、寧ろ今後のことを考える時間があると思うと良かったのかも。


「よ、琴音はもう帰るのか?」

「ん?ってあー、なんだ真か」

「なんだとはなんだ」


 そんな風に考えていると一人の男の子が声をかけてきた。こいつは前世での小学校からの幼馴染の荒木真。快活そうな見た目の通り活発なやつだ。そして人をからかうのが大好きな困ったやつ。こいつの無邪気なからかいに辛酸を舐めさせられたやつは数多し。たまに「こいつ……ゴゴゴゴゴ」となる時があるが、それでもこうして付き合いがあるのは嫌いになりきれないところがあるからなんだろう。まぁ明るいやつだからそこが最後の生命線になっているというところか。


 私は何よ?と半眼でやつを見る。すると真は何故そんな目で見るとでも言いたそうな顔をしている。


「いや、これから帰るなら一緒に帰ろうぜーと思って」

「あんたの家私と反対方向じゃない。誠治と一緒に帰ったら?」

「いいじゃんかよー、ちょっと距離増えるだけだろー」

「今日は歩きだし嫌よ。自転車なら考えたでしょうけど」

「ケチだなー。ケチケチすんなよ。減るもんじゃないんだからさー」

「私の時間が減るわ」

「初登校日だぜ?こういう時は幼馴染で仲良く帰るもんじゃねぇの?」

「これからは自転車通学になるんだし帰る機会くらい沢山あるでしょ。それに幼馴染徒然で言うならみーちゃんは誘ったの?」

「誘ったけど遠くなるから無理って言われた」

「ほら見なさい!やっぱりそう思うに決まってるでしょ!というわけで私も普通に帰ります」

「いやお前はこっち側の人間だろ?」

「こっち側ってどっち側よ!?あなたたちは男だけでむさ苦しく変えるがいいわ!あ、みーちゃん!一緒に帰ろー!」

「えー!一緒にかーえーろーぜー!」


 後ろから女々しい声が聞こえてくるが無視だ無視!私は教室から出ていこうとしているもう一人の幼馴染、成瀬美鈴に声をかける。


「あ、琴ちゃん。真はいいの?」

「いいよ。ていうかあっち通るの明らかに遠回りじゃない。みーちゃんだって断ったんでしょ?だったら私もお断りよ」

「うん、そうだよねー。あ、なんかじりじり近付いてきてるよ」

「うぇ……これ以上ここにいたら魔の手に捕まっちゃう。いこいこ!」

「そだね。じゃあねー」

「俺を見捨てるのかぁぁぁぁぁぁ」


 怨嗟の声が後ろから聞こえてくるが、私はそれに対しニコッとホーリースマイルをくれてやり教室から出ていく。あいつの怖いところはずるずると会話を続け、気付けば一緒に帰宅しているという。前世?の私は部活終わりなどよくその手口で一緒に帰宅するはめになっていたのだ。やつの攻略法は、適当なところで会話をぶつ切りササッと立ち去る、これに限る。


 私はみーちゃんと廊下を歩きながらふと思う。前世と今の私の交友関係はどうやら変わっていないんだな。何となく私がお姉ちゃんになっていることで予想はしていたのだけれど、いざ教室に入った時はちょっと不安だったんだよね。でも顔ぶれは一緒だったので安心した。だけどそこで思うのが、私の立ち位置というか、みんなが私のことをどういう奴と思っているのかというやつだ。取りあえず真に対しては前世の私を元に対応してみたが、どうやら違和感はないようでいつも通りの感じだった。これは、と思いみーちゃんに対しても同じようにしてみているのだけれど、今のところは問題なさそう。


 というわけで、私とみーちゃんは取り留めのない会話をしながら下駄箱から自分の靴を取り出し靴を履いている。そこでふと自身の靴に目を向けてみると凄く小さい。以前の私は足の大きさだけで26.5はあった。今のこれを見ると21cmと平均よりも少し小さいくらいだ。手だってミニマムで節くれてなんていない。すべすべで柔らかそうだ。こうして見ると私は本当に女の子になっちゃったんだなと思う。スカートはスースーしてなんか落ち着かないし、歩幅も小さくなって視線も低い。本当違和感だらけ。でも、私は妹になっていて過去に戻っている。今感じている全てが証明だ。


「琴ちゃん?どうしたの?」

「え……?あ、ううん。何でもないよ!いこ!」


 手をにぎにぎとしながら思考の海に潜り込んでいた時、みーちゃんから心配そうな声がかけられる。私はハッとしすぐに返事をする。考えてもしょうもないし。どんな意味があるかなんてのはわからない。今、私として生きているというならそのまま生き続けるしかないだろう。


 うん。取りあえず哲学的なことは置いといてっ!どうやって私の計画を成就させるかそれを考えていこう。私は自然にみーちゃんの手を取り帰宅するのだった。

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