服のよきように

結崎碧里

1. 導入

 京都帝国工科大学、北山学舎。

 応用化学研究棟の2階、無機材料物性研究室。


 正門近くの学内地図によれば、応用化学研究棟はこの建物のはず。

 私はその2階にあるという「無機材料物性研究室」と書かれた研究室の扉を順々に探してまわる。文系の私にとって、どの研究室も何をしているか分からないし、違いもわからない。


「あ、あった」


 と、私は渡された覚え書きもう一度を見た。

 先ほどは「有機材料物性研究室」にぬか喜びさせられたが、今度は本当にその研究室だ。

 私は研究室の扉を軽く叩いたした。


 中からは私とは住む世界の違うような、理系っぽい男が現れた。

卯花垣うばながき教授なら、授業中っスけど、どちら様っスか?」


「私、左門飴也さかどあめなり議員の秘書の西村と申します。左門楽吉さかどらくきちさんはいらっしゃいますか?」


「あぁ、左門なら卯花垣教授の授業に補助講師に行ってるっスよ」


「授業はどちらでされてますか?」


「3号館の2階の一番広いところなんで、0321講義室だったか、まぁ、多分そこッス」


「分かりました。ありがとうございます」


 男は興味なさげに返事をして、研究室の扉を閉じた。


 携帯電話を取り出し、先ほど正門のところで撮った構内地図の写真を見ながら、3号館を目指して歩き始めた。


 と、前から人が廊下を走ってきた。

 私は避けたつもりだったが、相手も同じ方向に避けてしまい、ぶつかってしまった。

 ぶつかった相手の人は紙の束を持っていたらしく、廊下に盛大にぶちまけてしまった。


「すいません。お急ぎのところ」

「いえいえ、走っていた僕が悪かったです。お怪我はありませんか?」

「いえ、大丈夫です」


 私は相手の男の人と一緒に紙を拾い集めて、渡した。

 

 ......そのとき、私は初めて相手の顔を見た。


「貴方は、左門楽吉さんですね?」


 左門さんはキョトンとした表情で私を見た。


「ええ、そうですが?」

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