25章 抱きしめられるこの今を
karma1 悲痛の司令官
ジャマイカ司令部に飛び交う電子音と単調な機械音声、そして情報分析官とオペレーターの声。その慌ただしい雰囲気にある部屋の中で、口を閉ざしているのはシャル司令官だけだ。
シャル司令官はズボンのポケットの辺りに振動を感じる。ポケットから携帯を取り出し、操作していく。数秒間の操作の後、指は画面から離れる。
画面にはメッセージボードが表示されていた。
これまでのやり取りが残っており、最新のメッセージという項目の下では、『大丈夫。お勤め頑張って』という短いメッセージがあった。
シャル司令官は安堵の色をブラウンの瞳に滲ませる。
「奥さんかい?」
しばらく司令部を出ていたゲール技術総官に視線を留める。左手にはピーナッツの菓子袋と酒瓶があった。
「ええ」
ゲール技術総官はモニター前に置きっぱなしになっていた椅子に腰を下ろす。
「無事だったみたいだね」
「あなたは? 母がいるのでしょう?」
ゲール技術総官はクスっと笑い、菓子袋を開ける。
「大丈夫さ。姉夫婦が面倒見てたからな。今頃、プレシアFK3に乗ってんじゃないかね」
ゲール技術総官は、「よっこらせ」とポツンと残された椅子の1つに腰を下ろした。袋からピーナッツの入った小袋を取り出し、シャル司令官に小袋を握った右手を見せつけると、右手を下ろし、振り子のように揺らし始めた。
「あんたこそ、小さい子供がいるんだろ? 本当なら、今すぐにでも家族のところへ走っていきたいんじゃないか?」
そう問いかけ終わるのと同時に、小袋を投げた。数メートル横で椅子に腰かけるシャル司令官は、小袋をキャッチする。
シャル司令官は図星を突かれ、歯がゆくゆがめた顔を逸らした。
ゲール技術総官は肩を揺らして小さく笑う。
「まあ大丈夫さ。なんせ、ジャマイカにはこの俺っちがいるんだ。疫病神もとい、勝利の
「自分で言いますか」
シャル司令官は閃光と激動のモニターを睨みながらゲールにもらったピーナッツを口に入れる。ピーナッツが口の中でポリポリと音を立てる。
癖になってしまった。考えても仕方がない不安に憑りつかれないために、何か口に入れてみようと思い立ったことが始まりだった。ガムや飴、なんでも試した。
一番しっくりきたのが、ピーナッツだった。かじった後に残るミルクみたいな味気と噛みごたえが、気休めではあるが、シャル司令官の心を落ち着かせてくれた。
「心の底からよかったと思える結果になるかは、彼ら次第かもな」
ゲール技術総官もピーナッツを口に放り入れる。
「彼ら?」
シャル司令官は
「ウォーリアさ。神の戦士、だっけ? 俺っちにしちゃあ、俺っちのあだ名同様くだらねえ俗称だが、世界の科学者の想像を超えてきたのはいつだってあいつらだ。この窮地を脱して、未来に残せるか。俺たちは歴史の生き証人になれる機会に出くわしてるとも言えるんだぜ」
「何が言いたいのかさっぱりわかりません」
シャル司令官は腕組みをして不機嫌そうに言う。
「俺たち裏方にできることは、あいつらが神の戦士になれるようサポートしてやること。そうだろ?」
シャル司令官は疑問を貼りつけてゲール技術総官の顔を見つめる。いつもとは違う、ゲール技術総官の柔らかな表情。いつだったか。最後に見たのは……。
シャル司令官はゲール技術総官から視線を逸らし、立ち上がる。
「いつになく真面目なことを言いますね」
少し後ろへ歩いていくと、半同心円状のデスクがあり、前列の席で仕事をするオペレーターに、「捨てておいてくれ」とピーナッツの小袋をデスクに置いた。
「俺っちはいつだって真面目さ。……まあ、信じましょうや。あいつらが勝てなきゃ、俺たちも死ぬ腹決めるくらいにな」
不敵に笑ったゲール技術総官は、コルクを噛んで引き抜いた新しい酒を呷り出した。一気に飲み干さんとするその様は、あたかも最後の美酒を味わおうとするかのようだった。
シャル司令官は顔を上げ、目を細める。隊員のヘルメットからの視点や上空を飛行するドローンの視点を映し出すモニターは、ジャマイカの命運を決定づける結果を示すだろう。
長いトンネルを歩き続けてきたジャマイカは、未だ出口に辿り着けそうにない。ずっと心身に負担をかけ続けていることを気にかけていただけに、シャル司令官の心は裂けんばかりに苦しかった。
モニターの光に照らされる顔が哀に染まってゆがむ。安易に口にしたくない。わかりきったことだったから。すでに満身創痍の者に、君たちだけが頼りだ! 頑張ってくれ! などと言えなかった。
しかし、彼らに頼らざるを得ない以上、願うのだ。頼む。勝どきの声を上げ、生きて帰ってきてくれ。
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