23章 虎穴に入らずんば虎視を得ず

karma1 先輩風が吹く6月

 流れ時は知る。争い渦巻く世界は、刻々とその濃度を増していた。

 人が確信を持って断ずることはできないものの、目の前に起こった惨劇や遠き地の悲報を通じて、世界の行く末を案じてしまう。


 憂鬱にとらわれる者の中には、天からしとしとと降り注ぐ雨雲すら、天の導きだと悲嘆に沈んでいる者もいるかもしれない。一方で、混迷する世界の行く末に光を求め、進み行く者もいるだろう。

 天啓に抗ってはいけないという道理があるか。そんなことは問題ではない。導かれる未来より、掴む未来を得る。誰のものでもない。自分の未来、自分たちの未来を掴むことを優先する。

 神が定めた未来が絶望でしかないなら、希望に変えられる手段を講じたくなるのは、人の性ではないだろうか。もし神が人を創った存在であるなら、願うことも、抗う意思も与えはしないはずだ。


 見通しは悪いが、進まない選択肢はない。こうしている間も、ブリーチャーたちは敵として見定めた人類を狩るために息を潜め、その時を待っている。だがブリーチャーたちがどこで息を潜めているか分からない以上、常にできる警戒を保つしか方法がなかった。

 薄暗いながらさして問題なく、今日も巡回を行う攻電即撃部隊everの隊員たち。習慣となっているとはいえ、最も現場にあたっている者たちは、頭に巡る不安を少なからず持て余している。


 何度も巡回に出て、心の持ちようを得た者は、程よい緊張感に身を浸しながら雨の中を疾走している。攻電即撃部隊everには心の持ちようをどうしたらいいのか分からない者も加わっていた。


 本日、雨模様の空の下を疾走するのは攻電即撃部隊ever1の隊員。御園は信号の前で止まる。

 鼓膜を揺らすほどの大きな音が周囲に走ったことで、周辺にいた者たちは攻電即撃部隊ever機体スーツに目を留め、惚れ惚れする機体スーツの造形美に感嘆の声を交わしている。

 注目を浴びることにも慣れた御園は、周囲の好奇な視線を気にせず、安全の確認を行う。透過性視覚機能を使い、街中に潜んでいるかもしれないブリーチャーへの警戒も怠らない。


「右方クリア。柏谷隊員、そっちはどうだ?」


「は、はい! 左方、クリアしてます!」


 柏谷万久里かしやまくりは前にいる御園に上ずった声で報告する。

 御園は全身に緊張がダダ漏れている柏谷を見て、クスクスと笑う。


「笑わないでください……」


 恥ずかしそうに頬を赤く染める柏谷はうつむいてしまう。


「ごめんごめん。いや、柏谷さん可愛いなぁと思って」


「馬鹿にしてるようにしか聞こえません」


 柏谷は蚊の鳴くような声でしょんぼりする。


「そういうつもりはないんだけどな。1つ1つ慣れていけば、なるようになるさ」


 信号が青になると、「さ、行こうか」と御園が声を上げ、走り出す。

 いつもよりスピードを落とし、柏谷がついてこれるよう道路を駆ける。


 入隊間もない柏谷万久里は、指導担当になった御園の後をついていく。

 各隊に新人が加入し、御園にも後輩ができた。


 加入した柏谷万久里は怯えるウサギみたいで可愛らしく、ちょっと世話を焼いてあげないといけないと思わせる女性だった。

 その分、少し不安もあるが、車屋隊長から聞く限り、意外にもセンスがあるらしい。なんのセンスかを聞いたが、不敵な笑みを浮かべて何も言ってくれなかった。変に隠されると余計気になってしまい、目が離せなくなっている自分がいた。


 ただ、今は別の意味で目が離せなくなっている。いつもやっている巡回の手順を一通り教えたのだが、オペレーターとの伝達はたどたどしいし、ARヘルメットで表示できる地図があるのに道を間違えて迷っているし、と手を焼かせてくれていた。自分のダメダメっぷりに落胆を隠せず、御園に謝りっぱなしだった。

 多少手間がかかるものの、それらすべてまったく気にならないほど、御園の気分は高揚していた。


 初めて後輩ができたことが嬉しかった。しかも可愛げのある後輩だ。たいていのことは許したくなるくらい、御園を鼓舞させる魔力を秘めていた。

 新人と先輩が親睦を深めている頃、客を招き入れる建物が並ぶ通りを走る御園と柏谷は、視界の右下隅に『CCC ▷▷▷』という文字を捉えた。


「こちら司令室。ブリーチャー属の大群を確認。攻電即撃部隊ever1は至急静岡県下田市しもだしへ急行してください」


「た、大群!?」


 柏谷は声を上ずらせた。


「大丈夫だよ。僕の後ろをついてくればいい」


「は、はい……」


 そう言われた柏谷だったが、不安の色は消えない。


「さ、僕たちの仕事をしに行こう」


 御園は速度を上げ、前方に稲光を走らせて現場へ向かった。

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