karma5 恐怖を移植する生命体

 階層の多い建物がのきを連ねる通りに入り、真っすぐ駆けていく。T字路の突き当たりに位置するガードパイプに機体スーツが当たりそうになるが、羽紅は冷静に曲がり、速度を落とさない。


 攻電即撃部隊ever5の一件もあり、羽紅は警戒感を強めている。

 ブリーチャーたちは闇雲に人を襲うだけじゃなくなったように感じていた。その傾向が強い時、高い確率でヴィーゴや頭に丸い球体を持つ生物が上陸している。世界各国でも同じような見解がなされている。

 氷見野が聞いた声とやらが何かは分からなかったが、罠であることも否定できなかった。機械を作り出せる生物ならできるのではないか? 注意を欠いている氷見野と同じてつを踏むわけにはいかない。


 あんな惨状になった時、自分がまともに戦える自信がなかった。わだかまりがあるとはいえ、誰でもいいから共に戦える仲間に生きていてほしいと、より一層強く思う。


 集中治療室の勝谷と西松の姿は、次あそこに寝ているのは自分かもしれないと想起させた。明日は我が身と戒め、その先の最悪すらすぐに降りかかってきそうで、古くから信頼できる町戸たちと励まし合った。

 攻電即撃部隊ever5壊滅の一件以来、不安を吐露する先輩隊員もいるくらいだ。続けるか、辞めるかというところまで考えている人もいるらしいと、風の噂で聞いていた。

 迷いもあったが、江夏や町戸と同じく気持ちに変わりはなかった。自分たちにはもうこの道しかない。

 この先、普通に暮らしていくことができるのか。まず不可能だ。


 社会の裏側でどこぞの悪名高い雇い主を守るボディーガード。だが所詮、使い捨ての盾だ。

 ウォーリアの素養があり、電撃を出せれば、体術や武器の扱いに自信がなくてもやってこられた。裏切りなんて日常茶飯事。愚痴を言ったって誰も助けてくれやしない。進むしかなかった。

 同僚が危険に晒されても見捨てる。昔の羽紅が生きてきた世界はそれが普通で、日常はすさんでいた。


 クソったれな現実を変えられるなら、なんでもよかった。たとえ政府の犬になったとしても、命がけだったとしても、一度でいいから胸を張って生きてみたかった。


 羽紅はモニターの右上の表示を確認する。さっきより氷見野との距離が離れていた。ほぼ最高速度を出しているのに全然追いつけない。基礎体力の訓練では氷見野に一度も負けたことはなかった。


 生島隊長が言っていた女王クイーンの超越した段階とやらがそうさせているのか。女王クイーンの力が電撃の強さに関わっているくらいしか未だに実感がない。

 あの時は氷見野だけが責められていたが、自身にひるがえってみても、心の底から自信を持ってやってきていると言えただろうか。自分の力じゃどうにもならないこともあるだろう。だとしても、その状況になった時、何もできずに死ぬなんてまっぴら御免だ。


 流星のように駆ける思考が、また氷見野との距離を気にかける。

 距離が一気に詰まってきている。

 どうやら氷見野は狭い範囲内でしか動いていないようだった。

 氷見野の姿を視界に捉え、羽紅は減速する。壁にプロペラがついたビルや円柱の放送局の建物など、変わった建物が並ぶ道の真ん中で氷見野は佇んでいた。

 氷見野に声をかけようとした瞬間、周りの建物で派手な音が降ってきた。

 割れた窓ガラスよりも大きな図体ずうたいが飛び降りてくる。何体も。


 異常に発達した肉体を持つリスザルのようなカリヴォラと、2メートルもの全長のカマキリみたいなエンプティサイ。ずっと建物内に潜んでいたなんてことはあり得ない。


「なんでこんな大群が?」


 羽紅は目を見開いて驚愕する。

 氷見野と羽紅は機体スーツの片腕から銃身を出し、着地しようとするエンプティサイとカリヴォラを撃ち抜いていく。


「1つだけ方法がある」


 そう言うと、氷見野は電磁刀を出し、振り抜いた。濃縮された青の刀身から斬撃が飛び出す。ガラス片を一瞬で溶かした。エンプティサイとカリヴォラ、1体ずつを光の刃が向かう。


「体の中にたくさんの受精卵を溜め込み、運んでいた」


 エンプティサイとカリヴォラも機敏に動ける。たとえ尋常ではない速さの攻撃だったとしても反応できた。

 本来、体を真っ二つにされていてもおかしくなかった。かすり傷をつけられた2体の生物は、氷見野たちへ攻撃をしかけようとする。だが1歩目を踏んだ時、かすり傷をつけた生物たちは動きを止める。

 けいれんする体は制御できない。生物の体に過剰な電流が走り、倒れてしまう。


「陸にある体に受精卵を植えつけ、成長させる」


 氷見野の声が羽紅のARヘルメットを通して耳に入り込む。

 機体スーツの左腕にまとわりつくようにとぐろを巻く刃。左手を突き出せば、発光した刃は現出する仮の刃を射出した。

 とぐろを巻いた青い光の刃が回転しながら放たれ、カリヴォラの体をくの字にして吹き飛ばす。

 カリヴォラに当たったと同時に、渦を巻いた斬撃は解けた糸のように散らばる。とぐろを巻く斬撃はサイドに分かれ、近くにいた複数のエンプティサイを喰らった。


「じゃあ……特機の第二は」


「ええ」


 氷見野はすでに捉えていたビルの上に視線を留める。


「ミミクリーズ。あの生物なら、誰にも感知されることなく大群を作り出すこともできる」


 ビルの壁に貼りつく生物は生々しいピンクで表皮を覆う。

 大きなアメーバみたいな柔らかい体は、弾力性を伴う細い触手を出している。生物は挑発するようにクネクネさせる触手の先を変形させた。なだらかな半の弧を描いた銀色の月は氷見野と羽紅を見下ろし、妖しく光っていた。

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