karma4 東西の女王

「ご要望通り連れてきたよ」


「ありがとう」


 生島は真顔のまま礼を言う。


「あれ、生島さん1人ですか?」


 四海は早速瞬間的に感じ取った疑問をぶつける。


「ええ、他のみんなには待機してもらってる」


「待機?」


 未だにここへ来た目的が分からないままだった御園も疑問を持たずにはいられない。


「しかしよく招集できたね。突然の招集を司令室が許すなんて」


 藤林隊長は感心した様子で微笑む。


「無理を言って司令室に嘆願した。急に来てもらった新人隊員諸君にも感謝する」


 生島隊長は軽く頭を下げて謝意を示す。氷見野たち隊員は戸惑うことが多くて、呆気あっけに取られている。


「それで、これから何をするの?」


 何も把握できずにいたいずなは、早速本題を尋ねる。


「ここ数ヶ月、ブリーチャーたちの活動に変化がみられる。国連の傘下組織である世界防衛協議会の調査報告レポートによれば、ブリーチャーたちの奇襲編隊の構成・規模など、増強が確認されたそうだ」


「ああ、話は聞いてる」


 藤林は笑みを消して首肯する。


「変化の始めは11月の岩手奇襲戦だ。奴らにとって、あれが狼煙のつもりなのかもしれない」


「狼煙って、ブリーチャーたちが何か、始めようとしてるってことですか?」


 四海は水面下で動くブリーチャーたちの不気味さに息を呑むかのように尋ねる。


「岩手の件の後、奴らは自信をつけたはず。12月5日、アメリカオレゴン州、12月21日、ガンビー川に侵入したブリーチャーたちがガンビアとセネガルを襲撃、1月13日、バヌアツのタンナ島、1月30日、ペルーのタクナ、2月4日、ニュージーランドのプーレワ島。被害も今までとは比べ物にならない」


「夏季に入っているところは分かるが、冬季真っ只中のところもあるな」


 攻電即撃部隊ever8の松下右趙まつしたうちょうは湧き上がった疑問を呟いた。


「ブリーチャーたちは今まで冬季に入る場所に姿を見せてこなかった。だからブリーチャーたちは低温下での活動に支障があるものだと思われていた。けど、今回の一連の襲撃事件を踏まえ、認識を改める必要があるという見方が出てきているの」


 空気にそっと纏うかのような流麗りゅうれいな声だったが、それだけに事の重大さがしんと押し寄せてくる。


「こうした一連の事態が起きた以上、私たちも備えておくべきだと思う。東西の現場隊員の連携・強化をしておきたい」


「なるほど。そこで東の防衛を担う新人隊員の特別訓練というわけか」


 藤林隊長は面白がるように言った。


「訓練なんて聞いてないんだけど……」


 琴海は不満を藍川に耳打ちする。


「でも、やらない選択肢はないようですよ?」


 琴海はなんだか納得できない状況に不満の色を滲ませる。


機体スーツはどうするんですか? 流星ジェットには積んでなかったと思いますけど……」


 攻電即撃部隊ever2の佐川保男さがわやすおはパーマの赤髪をクシャクシャと触れて、困惑を露わにする。


「問題ない。あなたたちの機体スーツデータは転送されている。自動生成できる光物質発現システムも東のものと同じだ。Extract-ion wearエクストラクトイオンウェアはこちらで用意している。サイズも調整させてあるから合わないということはないだろう」


 淡々と疑問に答えた生島はいずなへ視線を移す。


「いずな、彼らを機脱室に案内して」


「了解。じゃ、みんなついてきて」


 新人隊員たちはどんどん進んでいく話に流されるしかなく、いずなの指示に従い、観覧室を出ていった。


 大多数が観覧室から出て行ったことで、閑散とした様相が残った。

 藤林は壁に背を預け、笑声しょうせいを吹き零す。


「しっかし、女帝は後輩思いだね。隊員でこんな大掛かりな訓練を用意するのは君くらいだよ」


「……大層な名前で呼ぶ癖はどうにかならないの? 藤林隊長」


「これでもリスペクトしてるんだけどなぁ」


「リスペクトしてるように聞こえないところがあなたの悪いところ」


「説教は勘弁してくれよ。いずなで間に合ってるんだから」


 藤林隊長はわざとらしく肩をすくめて笑う。


「ところで、さっきみなさんが待機してるって言ってましたけど、実戦形式の訓練を西防衛軍基地でやるんですか?」


 四海は観覧室の窓に近づきながら問う。


「ええ」


「実戦形式の訓練でしたら東防衛軍基地でもやってますから、わざわざ西防衛軍基地で防雷撃装甲部隊overのみなさんに協力してもらうのも大変じゃないですか?」


「そうね。今回は防雷撃装甲部隊overのみんなに、私の意図を理解し納得してくれている。予定を変更してもらった経緯もあるし、みんなには私からお礼の品を渡しておくつもりよ」


「今更言ってもしょうがないけど、ブリーチャーの進化傾向の対応なら東防衛軍でも対処できる。西防衛軍でやる意味はあるのかい? 基地機能はほぼ一緒だし、大差ないんじゃないか?」


 藤林隊長は続けざまに疑問を呈する。


「さっきは進化対処の話で急な訓練の理由を片付けたけど、対処だけでなく新たな武器を手にしてほしかったの」


「新たな武器?」


 生島隊長は藤林の気の抜けた投げかけに首肯する。


「日本は幸運にも女王クイーンを2人確保できた。2つの防衛区画に配する陣形を取っている日本は、これで女王クイーンを東西に置けるようになった」


 生島隊長はスウェットのポケットからイヤホンマイクを取り出し、耳に装着する。


「けれど、東の女王クイーンはまだ女王クイーンの力を完全に使いこなせていない」


 生島はマイクイヤホンの外曲部に触れて稼働させる。


「0052。over7。生島咲耶。AIメシアスによる機体スーツとのST通信、及び訓練制御室との通信を申請」


 イヤホンから2回の甲高い音が鳴ると、男性の声が生島の耳に届く。


「こちら訓練制御室」


「生島です。準備は抜かりないですか?」


「はい。そちらの音声通信にも問題ありません」


「では予定通り進めてください」


「了解」


 一旦訓練制御室との通信が切れる。

 生島がマイクイヤホンの外曲部から手を離したのを見計らい、藤林は口角を上げて見透かしたかのように聞く。


「もしかして、この訓練って氷見野さんのためだったりする?」


「半分は正解。半分は間違ってる」


「どういうことですか?」


 四海も興味を示す。


女王クイーンの力は自身の速度と電撃の威力など、自己の能力を向上させる。でもそれは女王クイーンの力の本質じゃない。女王クイーンの力には、同じ素質を持つ仲間の力を最大、あるいはそれ以上にまで昇華させることができる」


 生島隊長は特別訓練室を見渡せる窓を背にして、窓の手前にある手すりにもたれる。


「あなたたちもすでに体験済みのはず」


「ああ、他国の女王クイーンとも合訓はしたことあるからね」


「なら感じたでしょ? 氷見野優の昇華波しょうかはが、他の女王クイーンより劣っていることを」


「うーん……そうだっけ?」


 藤林は腕を組んで考えたが、あんまり気にしたことがなかったので四海にパスする。


「ええ!? 僕ですかっ!? そういうのうといので分かんないですよ!」


「あなたたち……」


 生島は呆れて物も言えないと落胆の息が漏れる。


「まあでも……仕方ないかもしれない。氷見野優の昇華波しょうかはは連鎖反応数が少ないし、他のウォーリアの電力上昇値もそれほど高くない」


「そうなの?」


 藤林は首をかしげる。


「前に合同訓練があったでしょ? アメリカと多良間島たらまじま奪還の時」


「はい。あ! その時に……」


 四海の言いたいことを察し、生島が頷く。


「データを取っていたの。アメリカには女王クイーンがいなかったから、私のデータによる上昇値と照らし合わせれば簡単に割り出せる。氷見野優は女王クイーンの力に目覚めていない」


 生島は一度目を閉じて、下げた目線で瞼を開く。その瞳が深刻に重さを伝える。


「これから、女王クイーンの力が私たち人類生存の鍵になる」


 藤林は生島のピリピリした表情にいぶかしみ、四海にアイコンタクトするが、四海も同じ表情をして投げかける。2人はかける言葉がなく、黙るしかなかった。


「この訓練が、氷見野優のためにあるのは事実。だけど、女王クイーンだけでこの世界は守り切れない。この世界を本当の意味で守っているのは、女王クイーンじゃない」


 言葉尻がくぐもって、どうにか聞き取れたのは近くにいた四海だけだった。

 四海は生島の表情から目を離せなかった。思い悩む生島の眉間に皺が刻まれている。まるで自分の力の限界に、焦りと苛立ちを押し殺しているみたいに。

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