karma2 研修とゼロ

 プリンの上からネジを巻いていくかのようなフォルムで佇む、奇々怪々の建物を背に、隊員たちはハッチから降り立った。春の匂いに晒された空気を肌に感じ、いかめしい光景を前に、横一列に並んで制止する。

 藤林隊長と司令部所属の司令官補佐が、出迎える2人の人物へ歩み寄っていく。

 お互いに相対して立ち止まると、藤林隊長と司令官補佐の男性がサッと敬礼を行う。出迎えた2人の男女も引き締めた表情で敬礼を返す。


攻電即撃部隊ever4、藤林健太三佐さんさ、並び司令官補佐、紗々幕熾堂ささまくしどう二尉。特務司令支部那覇基地の研修担当を仰せつかりました。このたびはお時間をいただき感謝申し上げます」


「変わりないお顔を拝見できるとの一報があり、那覇支部一同待ちわびておりました」


 粛然しゅくぜんとはっきりした口調で歓迎の意を示す女性。襟の片側に3本のイエローグリーンの横線が入った白を基調とする制服——黒いベルトに長ズボンと上着を身に纏っていた。

 切れ長の双眸そうぼうが印象的な小柄な女性だが、制服の色合いからしてかなり使ってきた形跡が見受けられる。

 先に敬礼をやめる藤林隊長にならい、他の3人も左手を下ろす。


「45名の大所帯になりますので、去年同様、2グループに分かれて基地を回る形でよろしいでしょうか」


 紗々幕は司令官の制服となる白の燕尾服を着こなすが、よく見れば細かい違いがある。

 制服の上着は、後ろの長い裾からロイヤルブルーが侵食するデザインになっている。腰元にくるとUの字を描いて2つに分かれていた。そのまま両肩に伸びて、ロイヤルブルーが両端に追いやられた形を取っていた。


 紗々幕の問いかけに那覇支部の女性が視線を移す。視線に気づいた凛々しい男性は顔を見合わせると首肯し、代わりに答える。


「ええ、そうしましょう。では攻電即撃部隊everと技術部に分かれて基地を見回りながら説明させていただきます。攻電即撃部隊everは私に。技術部は……」


「おいおい、ここにいる奴でお前らのことを知ってるのは、攻電即撃部隊ever4の僕を含めて3人と紗々幕だけだぞ」


 藤林隊長は早速進行しようとする男性を苦笑交じりに制止する。


「ああ、そうでしたね。失礼」


 すると、男性と女性の視線が初めて新人隊員に向けられる。


「西防衛軍基地那覇支部司令室所属、細外芽衣ほそがいめい三佐です。みなさん、よろしくお願いいたします」


 女性が先に自己紹介すると、男性が続ける。


「那覇支部防雷撃装甲部隊over0所属、棋彩良新椰きさらしんや二尉です。新人隊員のみなさん、今日は西防衛軍基地那覇支部のことを知り、今後の任務に活かすなり、我が那覇支部の取り組みを参考にしていただきたく思います。よろしくお願いします」


 棋彩良に固くおごそかに紹介され、氷見野たち新人隊員は緊張の面持ちを携えて「よろしくお願いします!」と快活に応答した。



 那覇支部の基地は東防衛軍基地よりも小さい規模だった。東防衛軍基地は日本の東を防衛する役を担う。しかし那覇支部の防衛の役は、沖縄県を護衛することが本務であるため、必然的に県規模に応じた大きさとなった。


 更に隊員寮が地下に存在しているが、東と西の防衛基地のように軍所属外のウォーリアは住んでいない。防護壁を海に敷いてブリーチャーたちの侵入を遮断している沖縄では、必要ないとの見解が示された形だ。

 東西の防衛基地に住む隊員たちよりも気軽に家族と過ごせる時間が持て、外食や買い物も地上で済ませている。


 東西地下基地に住む隊員や軍所属外のウォーリア国民は、多かれ少なかれ制約を受けて生活を送っている。同じウォーリアなのに開放的な生活を見聞きすれば羨ましくもなってしまう。

 当然巡回にも違いがあった。防雷撃装甲部隊over0の警戒区域は沖縄本土が中心となる。巡回担当は見回る範囲を指定され、移動距離も少ない。

 負担の少ない巡回は東西のウォーリア隊員の間で有名だった。そういった理由から防雷撃装甲部隊over0に入りたいと思う者もおり、配属希望者は後を絶たない。


 また、防護壁が敷かれているのは沖縄の土地を多く占める沖縄本島と、半径75キロ圏内にある島々だけだが、他の島は小規模で最低限の設備と人員が配置されている。

 フランス、アメリカ、台湾、韓国、インドネシアなどの防衛連携協定により、沖縄県の島々のみならず、県外の島々を協力して防衛する約束を交わしていた。

 防護壁を敷いていない島々には各国の武装部隊と日本の特殊機動隊、初動防戦部隊が常時警戒に当たっている。これらのことも含め、様々な説明を受けながら基地内の様子を見回った。


 東防衛軍基地に所属する隊員には見劣りする内部ではあったが、隊員の生活や巡回負担の少なさ。ブリーチャー対策の設備、各武器などなど、海上機動を想定した物が充実していた。

 東防衛軍と遜色ない機能を持った司令室は、宇宙管制室のように所狭しとモニターがあり、オペレーターと情報総括員が様々な報告をさばいていた。


 すべての案内が終わり、技術部と共に食堂で食事を取ることになった。

 食堂のコックたちの繁忙時間はとうに過ぎている。しかしそれは毎年あることで、むしろ東防衛軍の研修日を聞いて、遅れてやってきた今日を張り切っていた。

 大所帯と遅めの昼食を取る人たちで賑わい、カウンターにはお代わりしに向かう列ができていた。御園、興梠も3往復してきたところだった。


「ここの食堂、こんな素敵料理が毎回出るのか……」


 興梠は目を瞑り、口の中を彩る味覚に感激している。那覇支部の食堂では定番の沖縄料理が食べられるとあって、研修の最後に沖縄料理を一緒に食べることが慣例だった。


「那覇支部に来たがるのも分かる。巡回も楽そうだし」


 ブロック状の豚肉に艶やかな甘味を染み込ませたラフテーをほおばる御園も、舌を唸らす数々の料理を食し、ご機嫌になっている。


「キヨがこれを聞いたら悔しがるだろうね」


 そう言うと、葛城は磯の匂いが香るアーサ汁を微笑む口に含んだ。

 勝谷篤郎と西松清祐は未だ完治には至っておらず、今回の研修は不参加となっていた。


 他方、新人隊員たちとは少し離れた場所で、藤林は防雷撃装甲部隊over0の棋彩良と向かい合って食事を共にしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る