karma23 希望はここにある

 琴海は動揺にきっする。


「何言ってんのよ、あんた……」


「私に課せられた罰は、試練だったのです。人の身に余りある力を授けていいかどうか、見極めるための」


 XAキスは空を仰ぐ。


「今日は月が綺麗ですね。神がはなむけをくれたと、思えてなりません」


 XAキスの声が優しく喜々をうたう。柔らかな微笑みは、月明かりに照らされ滲んでいる。


「こうしてこの時を迎えられたことを、私は喜ばずにはいられません。最期まで、信じてきてよかった……」


 XAキスは藍川を見据えて歩き出し、琴海の隣で屈む。

 夜の深みに眠る藍川の顔を覗き込んだ。心を飽和する、かの未来に想いを託すように、投げかけた笑み。

 これからも、信じ続けることを誓おう。この誓いを永遠に刻む。この世界に。彼らが描く未来に。

 XAキスはサングラスを取り、地面に置いた。そして、眠る藍川に視線を向けながら願い出る。


「これから私がやることを信じてください」


 琴海の表情はかすみがかり、不安入り交じりながら問う。


「なにを……」


「神は私を信じてくださった。だからこそ、私にこの力を与えてくださったのです」


 XAキスは左手を上げ、顔の前に持ってくる。すると、左手の周りに小さな電気が走った。筋状の青の光は宙を飛散してすぐに消える。だが、左手から出る青い光の線光は、またたく間に増えていく。幾百、幾千と数を重ね、青い光はXAキスの左手を抱擁する。

 琴海の瞳は感光したような景色を映す。


「……!」


 奇妙な現象を見せる青い光は、ただ電気を発しているだけじゃないように感じた。吹き為す微風に煽られることもなく、光は球状にまとまり、輝かしい白を放ち始めた。


炎心えんしんの神、ヤーテ。彼はつるぎの先に炎を見せた。炎の光に当てられた民は心を奮い立たせ、再び歩み出した。ヤーテが顕現させた炎心えんしんは、人々の心気しんきを高めるための力。それを究極の境地へいざなえば、世のことわりから外れた奇跡すら可能とさせる」


 XAキスは自身の輝く左手から藍川に視線を向ける。


「まだ死ぬには早過ぎる。あなたを必要とする人はたくさんいるのです。そしてこの世界も——あなたを必要としている」


 XAキスの光を抱く左手が、藍川の頭に近づく。光玉こうぎょくが藍川の頭に触れた途端、突き刺すような光が一気に広がった。


「あなたに、世界の希望を託します」


 白い光の中、XAキスの優しい声が鳴った。まるで世界の行く末が幸せに満ちることを知っているかのように、柔らかな微笑が華やぐ。


 琴海はあまりの眩しさに目を瞑った。辺りは優しい光で覆われていく。それは死臭漂うこの場を浄化しようとするほど、純に白く輝いていくのだった。





 ——————————。



 光で塗り潰された夜。世界を照らすかのような光は、予兆もなく終わり、再び星々が小さな光をささやく夜となった。


 琴海はおそるおそる目を開けた。

 地に倒れたXAキスを琴海の瞳が捉える。まだ整理できていないが、微動だにしないXAキスに声をかける。揺らしてみるも動く気配はない。後に残るのは霧消むしょうの清音だった。


 動揺が巡る頭が沈殿するも、どうにか状況を把握しようとした時、清らかな空音に鳴るかすかな吐息を耳にする。出どころは近く。琴海の膝元で鳴っている。さっきまで息をしていなかった藍川は、静かな寝息を立てていた。

 琴海は絶句し、倒れたXAキスを見つめる。


 XAキスは今頃、燦々さんさんたる光の雨に打たれていることだろう。よりも温かい雨の中を歩き続け、尊き父であるミアラの下へ向かうに違いなかった。


 何がどうなっているのか、その場にいるにもかかわらず事の成り行きをうまく理解できない。体にすっかり染み込んでしまった疲れをずっしりと感じ始める。

 すると、琴海の上で空を裂く音が響いた。黒い飛行物体が空を旋回しており、その下ではゆらゆらと浮かぶドローンが夜空を泳いでいた。

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