karma7 透明な送電線

 氷見野は任務や訓練の日々の合間に、いずなと関原の関係を深める手立てはないかと考えていく。時にはいずなのことをリサーチするためにそれとなく会話の流れで私生活を聞いてみたが、関原の言うように曖昧なことしか返ってこなかった。

 若い子が興味を持つことが何なのかまったく知識のなかった氷見野は、近しい年齢の琴海や藍川などの若い隊員、候補生に聞き回った。

 候補生にいたっては、攻電即撃部隊ever4のクイーンであることがすでに知れ渡っていたため、仰々ぎょうぎょうしくあからさまに緊張された。その反応に氷見野も戸惑った結果、質問が上滑りしてめぼしい情報を得られないこともあった。


 そんな醜態があったものの、なんとか若い人たちの嗜好性をリサーチでき、ネットでも女子中高生が遊びに行ってる場所を探していく。しかし、流行りの場所はどれもいずなが行きたそうな場所じゃない気がした。


 スタンドライトがぼんやり灯る部屋の中、氷見野はラグカーペットの上に背中をゆっくり落とす。スタンドライトの明かりだけが氷見野テイストのカジュアルな内装を映している。白い天井は薄くオレンジの膜を被る。どこからか入ってきた蚊が天井付近をけていった。


 いずなと見たプラネタリウム。いずなは言った。戦ってきた仲間と共に、地下で暮らしているみんなの笑顔が見たいと。共に喜び合いたいと。

 満天の星空を見ていたいずなは、穏やかな表情で言ったのだ。

 もし、いずながウォーリアじゃなかったら、いずなはどんな子だったのだろうか。もし、家族に愛される家庭に育っていて、ウォーリアじゃなかったら、いずなは幸せだったのだろうか。とりとめもない想像が氷見野の脳裏を駆け巡る。


 いずれにせよ、何を幸せと呼ぶべきか。いずな次第なのかもしれない。いずなが家族に愛されていたとしても、家族を失った悲しみを背負うことになっていたかもしれない。

 すべての理想に手向けの花を贈るよりも、地の底からすくい上げたいと思うだろう。その願いを叶えるとするなら、この世界に迫る危険を除去しなくてはならない。

 もし、いずながそんな願いをほんの少しでも持っていたとしたら、自分の願いをすでに持っている人たちがいるとして、いずなはその人たちの幸せを守りたいんじゃないだろうか。


 氷見野は上体を起こした。時計を見れば深夜1時を回っている。氷見野は背筋を伸ばしてパソコンに向かい、夜空に散らばる1つの星を掴むように、ある言葉を打ってエンターキーを押した。



 氷見野は攻電即撃部隊ever4の隊員たちと共に巡回に出て、東防衛軍基地に帰ってきた。ブリーチャー接近の報告を受けたが、1匹の野良ブリーチャーが遊泳し、誤って海岸に近づいたものと思われた。海上警備隊のヘリが目撃現場に近づいていくと、ブリーチャーはすぐさま沖の方へ逃亡していった。


 緊迫した出来事はそれくらいで、今日は平和的な仕事内容で巡回を終えた。鎧から身を外し、電源を切ったARヘルメットを取る。

 すると、氷見野の横を通り過ぎる人影に視線が向く。いずながARヘルメットを抱えて網棚に向かっていく。

 氷見野は少し緊張した面持おももちでいずなに駆け寄る。


「島崎さん」


「お疲れ様」


 いずなは振り返り、淡々とした口調で言う。


「お疲れ様。あの、3日後休みですよね?」


「そうだけど?」


「よければ、3人で地上に出かけませんか?」


 いずなはまばたきをする。


「3人?」


「私と関原さんよ」


「崇平が?」


 いずなは不審な表情で問いかける。


「はい。どうですか?」


 いずなは機体スーツ離脱室のカーブした壁に視線を向け、ぼーっと見つめる。氷見野は不思議な様子になるいずなに疑問を持ったが、同時にいずなから返答があった。


「まあ、いいんじゃない」


 あんまり嬉しそうにしないものの、いずなはそれだけ言うと氷見野に背を向けて歩いていってしまった。


「またメールしますね!」


 いずなの背にそう言うと、いずなは手を挙げて答えた。

 なんとか約束を取りつけたと安堵する氷見野は、来たる日に向けて少し気負った様子で顔を引き締めるのだった。



ЖЖЖЖЖ



 氷見野の願いが届いたのか、晴れやかに太陽が咲いた。

 関原が借りたレンタカーに乗り、シートベルトをする。助手席に乗るいずなは気だるげに窓の外を見ている。そこにあるのは立体駐車場の昇降機の骨組みくらいで、機械製造の匠の造形美に心を震わせる趣味などなく、いずなの顔が華やぐことはない。


「乱磁性ループはつけたかい?」


「はい」


 氷見野は首につけられた青いゴム製のネックレスに触れて答える。


「それじゃ行こうか」


 関原はぎこちない微笑を浮かべ、喜々とした口調で言う。


「はい」


 氷見野は口調を合わせて応える。

 エンジンをつけると、昔愛用していた車のアナウンスお姉さんみたく、今日の晴天具合と近辺の交通状況をお知らせしてくれる。

 車は昇降機の台から下りてゆっくり走り出す。


 対ブリ―チャー用の銃を携行する警備隊3名が、救急搬送の扉と一般通行用の扉の前で警護していた。関原たちが乗った車が通り過ぎると、軍関係者の警備隊3名は敬礼を送る。

 氷見野は左手の窓から会釈を返し、次に通りがかる、基地の出入りを看視する通行看視室の窓から見守る人――その時、看視室の窓の前にいた看視人は敬礼をしなかったが――にも会釈をする。


 車は一旦隔壁の前に止まった。すぐにコンクリート質の壁上部にあるランプが黄色い光を回す。重厚な隔壁が鈍い音を立てて上がっていく。

 隔壁が上がりきるまで車は待たなければならない決まりになっている。この決まりはすでに車の運転システムに組み込まれており、違反する者が出ることはない。


 ゴリラの絵柄がフロントに入ったTシャツを着る関原は、少し硬い表情をしながらラジオをつける。その操作に反応したアナウンスが操作の結果を報告すると、ビジネス界で新進気鋭の若武者のヒューマンヒストリーを、軽快な語り口で伝えるラジオMCの声が入ってきた。


 隔壁が上がりきり、車は長いトンネルを走り出す。

 どことなくぎこちない車内は、これから遊楽地へ向かう者たちとは思えない。淡いブルーのシャツと白いスキニーパンツ姿で後部座席にいる氷見野は、やきもきしながら2人の様子をうかがうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る