karma7 余りあるほどの勝機
突然現れた
狭い通路で回れ右をするわけにもいかない。ブリーチャーの体長では、左右の家の外壁に体を痛めつけてしまう。先頭にいるブリーチャーの背中が開く。永い眠りから目を覚ました
いくつもの触手が上空へ立ち昇り、様々な角度からいずなに突っ込んだ。光の強弱を見せた電気は一筋の蒼を灯して消える。そう認識した後には、斬られている触手がアスファルトに落ちていた。
古きよき木造家屋にも触手が飛ぶ。人の視界ではそこに
狭い通路に入ってしまったブリーチャーには戦うという選択肢以外になかった。無理くりで放った触手は攻撃というニュアンスからほど遠い。襲いかからんとする雷神のような
太いレーザーが数体のブリーチャーの体を貫通して、後ろに流れる挙動が浮かぶと、ブリーチャーの体は萎んでいく。体に入った切れ込みからいろんなものが液状になって、地面に広がり埋め尽くす。
着地したいずなの
空では轟音が響いている。散らばり過ぎて発生源を特定するのは難しい。斎藤司令官の指示や隊員同士のやり取りが、断続的にARヘルメットの受信機に入ってくる。いずなの
この土地に住んでいる者はいない。海に囲まれた港町はブリーチャーに襲われる危険がある――――という認識は、一般市民にも充分浸透している。
悲惨な事件を度々見聞きすれば、明日は我が身、と
残るのはかつて人が生活していた痕跡だけ。ゴーストタウンと化した街は今や戦場の前線として用意されたフィールドでしかない。つまり、ここで食い止めることが隊員に求められる任務であった。
ブリーチャーたちはバラバラに動き、隊員たちの目を散らしているが、速攻で駆除していく隊員たちの効率のよさのせいで前進するのも一苦労のようだ。
海岸沿いを走る丹羽と四海は、ARヘルメットの透過性視覚機能で海中にいるブリーチャーを目視していた。海中を泳ぐブリーチャーと並走する2人に、触手が飛んでくる。海から飛び出した赤黒い皮膚を纏う触手は、的確に2人を捉えていた。
丹羽が前に出ると、ドライヤーのような形をした銃を向ける。グリップの背にある直径1センチの球体を弾く。
すべての触手を跳ね返すほどの
丹羽が作った一瞬の隙。それが合図であることは、何度も同じ任務を共にしてきた四海なら言葉を交わす必要はなかった。四海の左腕はあきらかに他の隊員と違う。左手を突き出すように海へ向けた。
左腕の外側で開かれた小さな翼が2つ、シンメトリーで肩に留まっている。小さな翼の先は上下に向き、掠れた高音を鳴らした。
音の変化は唐突だった。強烈な甲高い音が尾翼の後端から吹き出るように響く。それとほぼ同時、中華料理店の円卓の範囲くらいに海面がへこみ、膨張した瞬間、水柱が立ち昇った。
体内の圧力を変化させる武器、インターナルプレッション。サウジアラビア製の音響兵器でもある。生物の体内にある均衡した圧力を乱して、生体機能を破壊していく。
ほんの十数年前から極秘に販売されるようになった非合法な武器であったが、改良してブリーチャーに対する効果を確認したことにより、世界中で使われるようになった。
荒れる海面。自然の摂理によって作り出される小さな波が攻撃的な波紋を打ち消す。穏やかな海へ戻り、凪が流れていく。
透過性視覚機能はブリーチャーを確認できない。辺りに視線を散らすも、海中で動くブリーチャーの影は見えなかった。触手も飛んでこないとなると、予想できることは限られるが、今は防衛戦であることを考えればここで区切りとする。さすがに海に入って追いかけるわけにもいかない。
「さ、行こうか」
丹羽はそう四海に促す。
「はい」
2人はブーストランで次の群衆の駆除へ向かう。
塀によって居住敷地を区画された家々が並ぶ通りで、ブリーチャーと戦う藤林隊長は、棒状の武器で触手を弾き、外壁を蹴って飛び回っていく。身軽な動きで触手の網を抜け、ブリーチャーに飛び込む。触手を出すために開いた背中に向かって、丸まった棒の先を突き刺す。
外皮はとても硬い皮膚を持っているブリーチャーだが、開閉する背中の皮膚は水分を含んだ細胞のために、棒の先が入ってしまう。その瞬間、周囲へ解放される青い光。太く筋状になって周りへ散っていく。
藤林隊長が乗っかったブリーチャーの近くにいた仲間は、感電を免れない。生存するために必要な器官をやられたブリーチャーはここで命を散らす。
ただ、それは数えるほどしかいない。ブリーチャーはまだまだ陸で活動している。地面に這いつくばる形のまま、死に絶えたブリーチャーの上に立つ藤林隊長の視界の先には、触手をゆらゆらさせて攻撃体勢に入るブリーチャーがいた。
ブリーチャーの触手が攻撃の仕草を見せる。身構えた藤林だったが、右の高い建物が突然傾く。
藤林隊長が異変に気づく頃には何の迷いもなく、建物は豪快な音を立てて崩壊してしまう。近くにいたブリーチャーは倒れてきた建物から逃げられず、下敷きになってしまった。
建物の中から放たれる埃か、空気中に離散していく。倒れた瓦礫を見る
悠然とした様子で瓦礫の山に上る
「そろそろ終了かな?」
藤林隊長は声をかける。藤林が近くにいることに初めて気づいた東郷は、一瞬驚くも問いかけに唸って考えを巡らす。
「たぶんな」
騒々しい音は減っているし、司令室からの情報もない。ようやく終わりを見せているような雰囲気を察する。
「じゃあ見回りだけだね」
藤林はそう告げてその場を去る。
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