第30話 再び

2回目


1日目

小夜たちの社から離れてほどなくして敏蔵はふとした違和感に気づく。丹田のあたりが妙に熱くジンジンと痛い。不思議に思い直垂の裾をめくった。臍のあたりの皮膚が少し裂けていた。裂け目から血がぽたぽたと流れている。


「けっ、あの社の中で引っ掛けたか。おい、垂、さらしあるか?」


「へいっ、敏兄ぃ。」


血がぽたぽた流れている腹の裂け目を止血も兼ねてさらしで巻くと、次の巣窟に目を付けておいた庄屋の屋敷へ向かった。


7日目

長者の家で敏蔵、永吉、宮助、植太、垂一、祭、他悪党の群れは皆一様に腹部に地平線のように長い亀裂を抱えながらさらしを巻いて横たわっている。傷口はほとんど張り裂けんばかりに大きくなり歴戦の悪雄たちといえどもあまりの痛みに弱音を吐きだしていた。


「おとうちゃん、痛い。。。」


もはや叫ぶ力もなく、敏蔵の愛娘祭りがかすれた声でつぶやく。


「く、くそっ!!!」


悪態はつくものの、今度ばかりは敏蔵も腹いせに垂一を殴り飛ばす気力もない。


漢方医もなすすべがなく、悪党どもの報復が怖くすでに住処を引き払って村からは逃げ去ってしまっている。


絶対に助からない疫病に見舞われたかのような、1週間に及ぶ猟奇の中で敏蔵は気付くのであった。ひょっとしてこれはあの小娘の祟りではないかと。


――――――――――――――

夜になると、悪辣な四天王を除いてはほとんど気絶するか、あまりの痛みとどう処置しても広がっていく傷の恐怖に気が触れてしまうかしていた。


ほぼ皆死に絶えたかのような静寂の中、ひたひたひたひた、、、、這いずり回るような音が屋敷の外から聞こえる。


「なんでぇ、あの音は!!!?」


非常に耳障りな、おぞましい音だ。腹部を裂かれそれでも負け惜しみで強がっていた敏蔵は、腰を踏ん張って立ち上がり音のする方向へずるずると歩いていった。


そこには、、、、。


小夜が、這いずりながら敏蔵の方へ向かってきていた。


首と内臓だけになった小夜が。


口から血を吹き出し、血の涙を流し、生前はきれいに整っていた髪を振り乱し、この世のすべての者を呪い殺すような形相をして、地獄車のように転ってくる小夜が。


首から下すべてを呪いの贄にして、敏蔵達への復讐を遂行している、小夜が。


小夜は、時に転がりながら、時に内臓を引きずりながら、その憎しみに満ちた血の瞳だけは片時も敏蔵から外さず、徐々に彼の足もとへ近づいて来た。それは敏蔵に、やがて彼に訪れるであろう苦しみに満ちた確実な死を想像させるに十分であった。


「ひ、ひぃ~~~~!!!!!」


これまで、どんな者にも暴力と屈辱を与えることしか知らなかった敏蔵の発した、初めてのそして最期の悲鳴。


みりっ、みりみりっ、みりみりみりみりっ、、、肉が、石臼にすりおろされ何かの餌になるような音を立てて、敏蔵の腹部の中心、へそのあたりから放射線状に裂けて広がってゆく。潰れた内臓をぶら下げながら。その様は肉でできた蜘蛛の巣のように見えた。


「ぎ、ぎぎ、ぎゃーーーーーー!!!!!」


凄まじい絶叫。気の遠くなるような恐怖と痛み。敏蔵は、同じように腹が裂けていく祭や子分たちを見ながら、小夜と同じように首から下の体を爆裂させ、その生命を終えたのであった。永遠の後悔をその身に背負いながら。

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