第3話 賽の河原

 創作とは”ゼロからものを作り出すのではなくゼロからものを組み立てる作業”だと考えている。

 だから”よいインプットがなければ、よいアウトプットはできない”のであり、”オリジナルなき模倣によって作り出された世界”に僕らは住んでいる。言い換えれば集合的無意識と同一か、或いは極めて似た構造を持った世界である。


 創作とは”心の奥底に釣り糸を垂らして、何かを引き上げる作業”でありつまるところ、生けすに魚がいなければ、何一つ釣り上げることはできない。稚魚を買い、己の中で育てそれを釣り上げるのであって、ゼロからまったく新しいものを作り出すわけではない。もし仮にゼロから何かを生み出すのであれば、それは神の領域であり、その意味で人間は悪魔的であるといえるかもしれない。


 聖職者は叫ぶ”悪魔は奇跡を起こせない。さも、奇跡を起こしたように人を謀るだけなのだ!”と。


 ならば私は悪魔に魂を売ってしまおうか。創作という作業は、集合的無意識に意図的に向かい合いながら、さも自らが造り上げたという錯覚のもとに成し遂げられるというのであれば、それは鏡に映った自分を模して、女神を描くがごとき、不敬で不遜な行為なのかもしれない。こんな私を神が愛してくれようはずもない。


 造り上げるまでは自分は神であり、作り終わった後はただの人になる感覚を何度となく繰り返した。私は神を謀り、私自身を騙してきたというのか。神であればすべて満たされるのだろうが、人であるがゆえに望むのかもしれない。”また神になりたい”と。


 それは地獄となんら変わりはない。

 賽の河原にたどり着いた私は、石ころをひとつひとつ積み上げては、それを”鬼”に壊され、また積み上げる。

 その石の一つ一つがアイデアであり、完成することを常に許されない石積みなのである。石積みを壊すのは、すなわち心の中に巣食う”創作の鬼”であり、創作者は心に鬼を飼う鬼神であり、奇人であり、貴人である。


 時折、悪魔が心の扉をノックする。

「もっとこうすれば、今風じゃん?」

「ほら、これってあの作家のあの作品に似てるよね」

「こんな登場人物がいたら萌え度アップじゃないか?」

「こういう政治的なことを描くのって、どーなのよ」


 そんな時神は何もしてくれない。

 私の中で、鬼と悪魔がせめぎ合う。神はそれを傍観者として眺めている。仕方がないので私が神の御心を組んで両者の間に割って入る。「良識と常識に照らし合わせ、世間様を騒がせず、かといって無視もされず、多くの人に喜ばれ、やがて尊ばれ、作品は私の手を離れて万人のものとなり、神がごとき存在になることこを、創作の目指すところ。我も欲も無用なり」


 悪魔が呆れたという顔で言う。

「で、人間。お前はいったいぜんたい何がしたいんだ」

 鬼が笑う。

「お前の魂なんぞ悪魔も買いやしないぜ。大体、人の分際で何か創り出そうなんて100年、いや数万年早いのさ」

 あれを見ろと悪魔が指差す。

 私は遠くの山を眺めた。

 山は見る見るうちに切り崩され、コンクリートの建物に変わっていった。木々は燃やされ黒煙を上げながら立ち並ぶビルの灯りとなった。

 こっちを見ろと鬼が指差す。

 河原の水たまりに何かが映っている。それはこれまでの人の営み。略奪、搾取、支配、差別、繰り返される争いと破壊の歴史。

 私は嘆く。

「そうだ人は壊し続けてきたのだった。人は何かを壊さずに何かを作ることはできない」


 神は沈黙を守る。


 でも、だからこそ、人はペンを持ち、紙を前にして、神を前にして文字を書き殴ったのではないか。神の声を紙に書とめ、それを読み広めた。神の言葉は人を救い、魂を救済した。紙は、人の書いた文字は神なのだ。


「信じる者にとってはね」と悪魔が囁く。「だからさぁ、そんなのオリジナルじゃねーっていってんのよ。だいたい人間程度の知能で神の言葉を人の言葉に変換した時点で、それはもう人の言葉だよ。そこに神はいないね」

「やっぱりお前たち人間は石を積み上げ続けるしかないんだよ」と鬼が石を差し出す。

「そして、積み上げた石を自ら壊し、それを鬼のせいにする」と悪魔が言う。

「そして、積み上げ方を間違えた責任を悪魔のせいにする」と鬼が言う。


 神が重い口を開く。

「悪魔や鬼を生み出したのは、さて、神か、人か」


 賽の河原に積み上げられた石は、いったいどこから来たのだろうか。神のみぞ知ると人は言う。

 そんなことはどうでもいいことだと鬼は笑った。

 知りたければ川を上ればいいと悪魔が囁いた。


 僕は誰のせいにもしたくなかったので、

 誰にも笑われたくなかったので、

 誰にもそそのかされたくないので、


 また、石を積み上げた。


 ひとつ積んでは父のため、二つ積んでは母のため……


 僕はその先の歌を知らないことを思い出して、また、溜息をついた。



※『スターシーカー』収録と同一作品ですが、改訂しています

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